姉マリアさんとマリア婆さん6
「マリア局長、一つお伺いしますが、姐さんにパルト家との縁談話をした事が有りますか?」
ぬ!とマリア婆さんが呻く。婆さんは嘘が下手だ。顔に出る所か言葉に出る。
「いえ、パルト家との縁談話は、これで極秘情報なので今の所はルイーズにしか話していませんよ。
蝶ネクタイと伊達眼鏡はどうします?」
「そうでしょうね、縁談話は私も分かってはいましたが、あのパルト家とは知りませんでした。姐さんはジャンヌ局長見習殿から聞きましたね、何時ですか?
眼鏡は老眼が来ていて煩わしいので、蝶ネクタイのみを」
素直に姉マリアさんは、引き出しから蝶ネクタイを出し渡す、ゴング同様に姉マリアさんの私物だ。
ササッと蝶ネクタイをするテレジアさん。修道服に蝶ネクタイは間抜けな組み合わせだ。
意味は………無い。ノリだ。
あと、引き出しにネクタイなんかしまっていたら、シワになるのだがね。
「そうだ、助祭殿から聞いた、マイケルの所でな、審問二課の業務になるから詳しくは言えないな」
「マイケルとは、昔姐さんが面倒を見ていた子でしたね、今は何をしているのです」
「何でも、カストーラなるヤクザ組織の親玉になっていた。
大姐、さっき打ちのめしたのがカストーラの下部の下部の末端組織だ、だから大姐に報復が向かわない様に俺から釘を刺しておこう」
「カストーラ?五大シンジケートの。随分と出世したんですね、あの坊やが。
そんな組織にジャンヌ局長見習い殿が何用だったのです?また、姐さんは何でまたそんな所でマリア局長の縁談話を?
巨大ヤクザ組織のトップの前でするような世間話でも無いでしょうに」
ムッ、と一言婆さんは黙る。
「私の推理はこうです、ジャンヌ局長見習い殿は、姐さんの伝が活かせる五大シンジケートの組織力を必要とした。
そこで、局長の縁談、この場合還俗に関する諸々の依頼を組織のボスに依頼した。
違いますか、姐さん」
「………言えない。察しろテレジア」
バロト家の方針で、当分テレーズの縁談を破談にするとは、流石に言えない。
依頼人のローザンヌは自分に弟子入りしたし、交渉窓口となったジャンヌは敬愛する上司だし、当の本人は義兄弟の誓いをした義姉だ。
それぞれに犬猿程に仲が悪ければ、それ程感じる物も無いが、互いに憎まれ口を叩く程に仲良しだ。
大昔の極武館時代の人間関係を思い起こし、婆さんとしては、嫌いでは無い人達なのだ。
「テレジアさんは、ルイーズが何用で、その何だかってヤクザ組織に接触したと推理しましたか?」
異端審問局員は、地元勢力に協力を求めるため接触する事は有る。それも業務の一環だ。
だが、ここは奇跡認定局。婆さんも含め(婆さんは荒事専門で有る)ヤクザ組織に協力要請や同盟を持ちかける様な、渉外仕事は業務に無いから他組織接触に不得手不案内だ。
だから、ジャンヌさんの目的すら予想出来ない。テレジアさんを(婆さんは知ってるので除外)除いて。
「局長が昔アンナ様にした事ですよ、おそらくマリア局長の引退式を画策して、その手配を依頼したのでしょう」
んあ?は姉マリアさん。
あん?はマリア婆さん。
テレジアさんではないけれど、本当に仲がよろしい。
「アンナ様の時は、莫大なお金が動きました、それは当事者のマリア局長もご存知でしょう。
引退式など、本来は教会の関知しないイベントなのですが、アルニン人はお祭り好きです。
名目があれば別に引退式だろうが葬式だろうが構わないのですよ。
つまり、実益を兼ねて姉である貴女を祝いたいのではないかと、推察しました」
勿論、テレジアさんはそんな事など、これっぽっちも思ってはいない。
と、言うより、あの日当人の口から縁談妨害宣言を聞いている、だから宣言を実行に移しただけだと推察した。
姐さんは適当に言い包めたか、肝心の交渉の場に同席させなかったのだろう。
いや、口振りからして業務にかこつけた内容で口封じをしたのだろうか。
………違う、姐さんは腹芸が出来ない。言い包めるに大義が必要で、適当な大義と、利益で釣ったのだ。
まあ、良い。
姐さんは面子を重んじる、面子を潰す様な事を言えば、何をするか分からない、最悪殺される。
ここは姐さんの面子を立てるの一手のみ。
何より、ジャンヌ局長見習い殿の動きが見もの。マリア局長の縁談妨害、とても面白い演目じゃないですか。
こんな感じで、テレジアさんも腹黒だ。なので発言した推理を補足だ。
「姉思いの人柄ですし、割合イタズラ好きと拝見しました。だからサプライズでマリア局長引退を祝いたいのでしょう。
うん?局長、ひょっとしたら局長も引退式か何かを考えられていましたか?」
テレジアの推理が頓珍漢な方向に向かっていたので、マリア婆さんは安堵だ。
婆さんは顔に出る質だ、テレジアさんは婆さんの面子を潰さずに済んだと、横目に確認する。
姉マリアさんは思案のし所だ。
姉マリアさんとて、テレジアさんとの付き合いは長い。
だからテレジアさんが適当を言ってはぐらかしていると直感した、何より“レイシャ”が違うと囁いている。
何か知ってる。そう思いもしたが、何だか面倒だ。直接ルイーズに尋ねれば良いのだから。
そう判断し、テレジアの虚言に乗る事にした。
小策師、表裏比興の灰のマリアの自称は伊達では無い。
「あの娘に(当年21ギリセーフ)商業、特に飲食店関係の組合に顔が利くとは思えません、だからヤクザ組織に助力を求めたのですか。
まあ、あの娘にはヤクザ組織は身近かも知れませんが………不安ですね」
「詳しくは言えないが、マイケルの所なら俺の顔が利くから大丈夫だ。それにさっきの末端組織みたいに飲食店関係にヤクザは顔が利く。
報酬は高額だが、丸投げできるから手間はかからない」
適当に婆さんが相槌だ。
「マリア局長は商魂逞しく、早くから商業関係の組合に伝を作っていたから(聖女グッズ関係、製造、販売と複数の組合をまたいでおり何気に手間だ)でしょうが、新規に伝を作るより、そっくり一任した方が間違いは無いですからね。
言わば局長が正攻ルートで、見習い殿は裏ルートでしょうか」
テレジアさんも超適当に追槌だ。
あっ、こりゃ何か知ってはぐらかしている。と、姉マリアさんは確信した。テレジアさんは普段ポーカーフェイスだが、何か企んでいると、口数多く微笑が零れるのだ。
このテレジア情報は、伊達眼鏡と蝶ネクタイと共に、ローザンヌさんから引き継いだ。多分その頃探偵物にはまっていたのだろう。
「私の主催する引き継ぎ式とダブらなければ良いのですが。
実は今日叔母様の元に訪れたのも、その関係なのです。
テレジアさんも、私の引退に供だって地方の教会へ移動したがっていると聞き、それとなく叔母様に話した所、大変世話になったから、送別のお祝いをしたいと言っていましたよ。
もちろんお受けしますよね」
事情を知らないマリア婆さんが相槌だ。
「ああ、聖女殿とそんな話をしていたのか。ならばテレジアに嫌や否は無いだろう。聖女殿は情に厚いお人柄だった、盛大に祝ってくれるだろう。そうだ、大姐や俺からも何か祝おう」
「そんな……私ごときに勿体ない、気持ちだけ有り難く………」
何やら不穏な物を感じたテレジアさんが辞退するが、そうは問屋が卸さない。
「折角ルイーズが私のために骨折りしてくれているのです、一緒にテレジアさんも歓待されましょう。
何、どの道叔母様が送別歓待をしたいと言っていました、もしルイーズの件が別だったとしても送別式は行いますので。
叔母様との連名で、餞別は弾みますよ」
逃げ道を塞いで行く、テレジアさんが何か知っていてはぐらかしていようが、紅白餅投擲長寿計画はどのみち道実行するのだ、ならばこの誘い水に乗り、テレジアさんもイベントの渦中に巻き込むのみだ。
テレジアさんも考え込む、ローザンヌ、マリア連合は、どうやら今日自分を巻き込んだ碌でもイベントの打ち合わせをしてきた様だ。
本来ならば理由をくっ付けて遠慮するのだが、餞別の一言が魅力的過ぎた。
前回の聖女引退イベントの裏方で、莫大な浄財を手にしている。
二人は氏素性が正しいので、金銭関係は綺麗に支払い、報酬も気前が良いのだ。
今回も大掛かりなイベント主催となると、またまとまった金額を餞別として頂けると言うのだ。
多少の不快さを天秤に掛けても、よほど利益が大きいと、テレジアさんは判断した。
薮蛇なお惚けでは有ったが、乗らぬ手は無い、この業界に退職金など無いのだ。
「私は幸せ者です、アンナ様、マリア様、という慈悲深いお二方にお仕えでき、またこうしてお二方から隠居を労って頂けるのですから」
シレッとテレジアさんは二人を持ち上げ、話に乗る事を明言した。
あとは紅白餅の手配だけだ。姉マリアさんは、そうほくそ笑んだ。