姉マリアさんとマリア婆さん5
「マリアさん詳細を、さっきの軍人さんと面識が有ると云う事でOK?」
OKとはAll、clearのスペルミスが、どうした事か広まった略称で、新大陸の大統領が語源となる。
ただ、まだ新大陸には州は有っても国は無い状態なので、大統領なぞ存在しない。
普通に解釈するならば存在しない言葉であるが、姉マリアさんは多用する。
実はこちらの世界線では語源が別で、言葉は存在するのだ、意味は同じだ。
「かつて、俺に無礼を働いた馬鹿を毒殺しようとしたのだが、たまたまその実行日に生業の運送仕事の依頼にきたのが、件のパルト家子息殿だ」
「運送仕事?姐さんは運送関係の仕事をしていたのですか?故郷に戻ったのではなく」
「パルト市街で俺は帰化したのだ、その時読み書きや仕事の都合の面倒を見てくれたのが、執政官のカルロ殿だ。
知っているかどうかは知らんが、カルロ殿の行政に感謝した住民に推され、カルロ殿は終生執政官に就任し、姓を市街名に冠する栄誉を得た。
子息殿の里帰り申告と姓を聞いてピンときた、パルト市街でパルト姓は執政官家しか居ないからな」
と、言うよりパルト姓自体が珍しい。葦原国でも、源五郎丸姓、権田原姓、長宗我部姓などはあまり見かけない、珍しいと言うか一族姓みたいな物だからだろう、それと同じだ。
何せ、パルト家は首都でも10家ほどしか無い家姓で、同族だ。
いくら婆さんが粗忽でもピンとくる。
「まあ、馬鹿はいつでも殺せるから運送仕事を優先したのだが、倅がパルト家子息に出した茶が、俺が仕込んだトリカブトティーで、ウッカリ子息殿を毒殺する所だったのだ」
「コントですか姐さん、大雑把な所は変わり無い様で何よりですが、本人に間違いないのですか?」
「それは勿論。支払いは軍票小切手だったから官姓名を記入する、それでパルト家と分かったし何より当人が認めている」
「レオンさんで間違いないですか?ナザレ州パルト市街出身のレオン.パルト氏、アルニン総合総司令総本部開発部所属、火砲戦術開発局局長、砲兵中尉の?」
「肩書きは違う。ナザレの所属だったが、確か砲兵………何だったか中尉では無かったな、少尉でもないな、大体仕事の依頼に当人が来るほどだから、それ程偉くは無かったのだろう。
だが、砲の運搬依頼だったから、砲兵科には違いないな」
つまりこの婆さんは、毒殺する対象者に仕事を振って、仕事が終わり次第に始末する気でいた訳だ。
キチの超常合理性は余人には計り知れない。
「戦功を上げて中央に移動と聞きましたから、そうかもしれません。
ただ、マリアさん、それだけのやり取りで、姿顔立ちまで覚えてしまったのですか?やはり人違い何て事は?」
事務的な手続き一回で、依頼人の顔を覚えてしまうとは考え難い。
姉マリアさんにしても、さっき会ったばかりのレオンの顔はおぼろ気だ。
ついでに、レオンのマリア婆さんの動きに見覚えが有るという証言や、婆さんがナザレ州パルト市街から来たのでは?と言う決定的な証言をすっかりと忘れている。
更には“レイシャ”がその時に何ぞ囁きかけていた事も。
ただ呑気な事だが、直感的にレオンが奇人変人では無いと感じ取っただけだ。
それはそれでどうかと思うが、同族嫌悪が働かない、イコール、非変人認定なのだから、姉マリアさんの方こそが実は変だ。
「それが、そこからモメた。倅の出したトリカブトティーを慌てて捨てたんだが、倅は自分用のそれを既に飲んでいる。
それを馬鹿が囃し立てたのが癇に触り、何だか面倒臭くなり、手っ取り早くその馬鹿を撲殺する事にしたのだ」
「いや、いや、姐さん、その直感的短絡思考は流石です。よく客商売が務まりましたね、いや、姐さんの事だから武力で何とかしてきましたか、よく今まで捕まりませんでしたね」
テレジアさんは別に婆さんをディスっている訳では無い、婆さんを本当に理解しているだけだ。
婆さんが続ける。
「何ともケッタイな小僧でな、中々死なない、内硬が使える訳でも化経をしている訳でも“黒手”が使える訳でも無いに、俺の練経打を防ぐ。いや、やはり“黒手”か?打感が似ていた。………まあ、良い。
つまり、つい子息殿の存在を忘れて、極拳奥義を使ってしまった」
「姐さんお待ちを、その小僧さんは姐さんの技を食らって生きていたのですか?信じられませんよ、姐さんは、大体一撃で仕留めるじゃないですか」
「それが、生き残る所か鼻血を流した程度でピンピンしとる。それで水に流してやったら、そのまま運送仕事を請け負いおったからな、あれも化物だ。
それより、件の子息殿だが、モメ事を察知して逃げようとしていたから、拘束したのだが、その時人相体躯を把握した。
奥義を見られて生かして返す訳にはいかんのでな」
「マリアさん、つまりレオンさんは巻き込まれただけの被害者ではないですか」
「そうかも知れんがやむを得ん、まあ恩人の子息だし、技の術理を盗まれたとも思えなかったから結局解放した」
「レオンさんにしたら踏んだり蹴ったりですね、それからどうしました?」
「まあ、話もついたし子息殿の仕事を正式に請け負い、その馬鹿に荷を運ばせた。確かナザレ軍港城塞行きの荷だった」
それまでのドタバタが、まるで無かったかの流れに、二人は慄然とする。
テレジアさんは、想像以上の出鱈目さ加減に、姉マリアさんは飛んでもない人物と関わりになった現実に。
「うん?すると姐さん、ナザレからこちらに流れてきたのは、その件が刑事告訴されたからですか?アルニン全土指名手配をされたと聞きましたが」
「………詳しくは言えないが、別件だ。
まあ、馬鹿を殺し損ねた事で、逆に血が滾り気脈が活性した。それでまあ、指名手配をされるだけの騒ぎを起こしたのだ………老師に言われた事だが、俺は拳に死する定めだそうだが、納得だ」
ただ、騒動に巻き込まれての武力行使なのでは無いのだから締まらない。詰まるところ、自業自得で滅びる定めを言い換えただけだ。
馬鹿め。
「成る程姐さん、そのパルト家子息と姐さんの関わりは分かりました。その人物が偶然外出時に鉢合わせた事も。
分からないのは、何でお二人がそんなに慌てているのかですよ」
「俺は別に慌てた訳じゃ無い、藪から棒の偶然に驚いただけだ、謝礼も渡さねばならんしな。ただ、大姐の方はな、俺からは言えないな」
「まずはそこですよ姐さん、先程から言っている“大姐”とは、局長の事ですよね。
つまりお二人は出先で何かの弾みで義兄弟になったのでしょう?それはなんとなく分かります、姐さんは大雑把な人柄ですし、局長は極度にお調子者ですので」
「ぐっ」
「グゥ」
ぐうの音とはリアルで出るものなんだなぁと、テレジアさんは内心感心する。
「推理するならば、出先でひょんな事から意気投合したお二人が、おそらく派手に義兄弟の誓いか宣誓をした所に、そのパルト家の子息が居合わせていたのでしょう。
謝礼云々を、口にしていたので、何かを依頼したのでしょうが、それでは姐さんが偶然に驚く意味は分かりますが、局長が慌てる意味が分からない。
また、局長が知るレオン氏と、現場に居合わせたパルト家子息殿とが同一で有るかを確認したがる意図も。
そう、この推理には決定的なパーツが足りていない。局長、つまりレオン氏とは局長にとって何者なのです」
「ぬ!」
「む!」
本当に相性が良いなぁ、孫、祖母以上に歳が離れているのにと、テレジアさんは感心する。
「………局長は来春還俗しますね、またあの日、サンドロ猊下の元に縁談周旋依頼に赴きました。
ひょっとして、そのアルニン軍人のレオン氏とは局長の縁談相手ではないのですか?
その縁談相手に、派手な義兄弟コントか何かを披露してしまったのでは?と慌てているのでは」
「なんだと!ではカルロ殿の子息殿がそうだったのか!パルト違いでは無かったのか!」
「………見事、お見事ですテレジアさん。これだけの証言からよくぞ真実を見抜きました、流石です。蝶ネクタイと伊達眼鏡を授けましょう」
いや、分かるでしょ、テレジアさんは当事者みたいな物だし。姉マリアさんの還俗に伴うゴタゴタの処理はテレジアさんの仕事だし、還俗、婚約、結婚はバロト家出家子女の通例だし、矢鱈詳しくレオンの所属を口にしていたし。
ただ、テレジアさんはマリア婆さんの“パルト違い”の一言が気になった。蝶ネクタイはスルーだ。