ダ.リンチのベアリング
レオナール.ダ.リンチ。説明不要の偉人をモジッテます。直接本文には出ませんが、そういうキャラクターはちょくちょく出ます。例外もありますが
「軍人さん、時間が押しちゃうから出発しよう」
そう声を掛けられるまで、私は質問をした。それほどこの車両に興味を持ったのだ。
「済まなかった、では出発しよう」
私は背袋と手荷物を荷台に乗せてもらい、歩きだした。
大して物音も立てず車両は動き出した、まるで水面を進む船のように滑らかな動きだ。
私は車両の質問を織り混ぜて世間話をした、
実の所、私は彼を知っていた。だから昨日の奇態も目をつぶる事ができたのだ。
「成る程な、つまり車軸が回転している訳じゃなくて車輪がそれぞれ独立して回転しているのか」
「そう、ダ.リンチって知ってるでしょ、アイツ絵描くだけじゃなく、いろんな発明したんだけど」
歴史上の偉人に随分な言い草だ。
レオナール.ダ.リンチ。この国のみならず、世界的にも高名な、歴史に名を残す天才だ。
美術、音楽、建築、数学、幾何学、解剖学、天文学、物理学に多大な影響を与えた偉人だ。
この国に産まれて知らない人間は居ないだろう。
「その中にベアリングってのがあって、簡単に言うといっぱいある球が軸を受けてる」
「ああ、ベアリングなら見たことがあるよ、水車や風車の軸受けに使われているね。木製のかなり大きな装置だ」
大きくなってしまうのは、強度の問題だ。
木製だと小さくすると、割れて実用出来ないのだ
「あれを鋼鉄で作った、ここがそうだ」
指差したのは車輪中央部の扁平円柱だ。
この中に球が複数個はいっており、車軸を受けていた。
「驚いたな、軍でも開発してないと思うよ」
発想自体はダ.リンチがした。だが、当時の材料、器具では鉄で実現出来なかった。
コークスの普及でこの時代では実現可能だった。だが、誰もやらなかったのだ。
「よく見ると、車軸も鉄製だね」
「厳密には輪軸だね、ベアリングが鋼鉄製だから軸も鋼鉄製でないと、割れちゃう。10輪5軸だからかなりの重量物でも大丈夫だよ」
「軽量物でも対応出来る様にコイルの数が調整出来るんだ」
そう言うと、アルは手前から二番目の車軸のコイルを内側に倒した。空荷だからできた芸当だ
「こうやってコイルを外してフリーにすれば、車台の反動が調整できるよ。多ければ反動が固く、少なければ柔らかい」
「今回は1㌧だから、6輪3軸で大丈夫だろう」
そう言うと、アルは偶数番手のコイルを倒していった。
見た目は10輪だが、今コイルが効いているの奇数番手の6輪だけだ。
「このコイルという緩衝金具も、見たことないね」
「これは偶然出来た。ベアリングケースのこの部分、ここを作る時、鉄材を棒に巻き付けて作るんだけど、一巻きづつ切る時、螺旋がかなり弾力がある事に気がついてね」
「ためしにベアリングといっしょに焼き入れしたら、いい感じで伸縮するじゃない、だから緩衝金具として採用したの」
「こういう事を聞くのは何だけど、個人で作ったんでしょ?かなり高くついたんじゃ?」
「金属部分以外はフルオーダーだからねぇ。たぶん軍人さんの年収よりはかかったよ」
なんとも判断がつきにくい、准尉の年収が世間一般の平均より上か下かで言うならば、それは下だろう。
ただ、衣食住が国持ちなので、その分を金額として加算すれば、上になる。
何れにせよ、車両の金額としてはかなり高くついている。
「運送の仕事に、思い入れがあるんだね」
断定だった。そうでなければ、鍛冶屋に弟子入りしてまで、車両の金具なんて作らないだろう。
「いんや全然。昨日ババアにも聞かれたけど、別に運送なんてやりたくないよ」
「ではなぜ?はっきり言って、この車両は軍で正式採用されるほどの出来だよ」
「まあ、コレで遊ぶため。こいつに幌つけて、世界中流れて歩きたいからだね、ジプシーみたいにさ」
アルはかなり祖父の影響が強かった、彼の祖父も世界中を流れて、ここアルニン半島に落ち着いたのだ。
彼の祖父はフリーの船乗りだった。
気の向くままに、募集がかかれば、どこの国籍の船だろうと乗り込んで、どこにでも行った。
アルにとっての祖父は憧れの英雄だったのだ。
まあ、祖母に刺されて死んだのだが、そこは御愛嬌と云うことで。
「アル君。だね」
「?そう言えば、名乗ってなかったけど、昨日の騒ぎで名前は知れてたみたいね」
「いや、そういう意味じゃなくて、私はレオン。覚えてないかな」
「あ、あ~あっあレオン、レオンね、うんレオンとえーレオン?」
「覚えてないか、仕方ないね。私が陸軍幼年学校に入るまでの、一年ほどの付き合いだったからね」
「すまん、レオンって名前は、昔飼ってたザリガニしか思い当たらない」
「……まあ良いさ、この市街の学習所だよ、君は3つ下で、何かと面倒をみたものさ。よく、ジプシーになって世界中を放浪する。と言ってたよ」
本日夕方に、もう一話投稿します。