卵殻磁器の面白味
『驚かせてしまいましたか、すみません。
その商品に興味を持たれた事が嬉しくて、つい声をかけてしまいました』
『面白いカップですね、この店の関係の方ですか』
互いに流暢な公用語での会話だ、内海周辺国では大体通じる。
『私はバイヤーですよ、ジョニー.アイランズといいます。
こちらの店主とは長い付き合いでして、その卵殻磁器も私が卸したのですよ、ミスター』
『レオン.パルトです、アイランズさん』
特に握手が必要な挨拶でもなかったが、アイランズの差し出された右手に、レオンは応じた。
『パルト家……もしやアルニンでも由緒ある、あのパルト家のお方なのですか?』
レオンの家柄など基本情報だが、なんせ初対面だ。レオンん家を矢鱈と詳しくても不審でしかない、なので自然と周知されている情報内での対話となる。
レオンにしても、パルト家がそこそこ知名度が高い家門だと体感している、別に隠す意味も無いのでそう答えた。
『店主、これは善き方と知己を得た、お茶をお出ししなさいな、そうだ、折角だからその卵殻磁器でお茶にしましょう、紅茶越しに透かして見ても、味わいのある彫絵なのですよ』
「いや、旦那、パルト家のお方とは驚きました、ご贔屓にしていただたら幸いです。紅茶はお好きですか?」
店主はアルニン語だ、元は連合王国人だが、帰化してアルニン国籍を入手している、もちろんスパイとバレたら極刑なのだから、いい度胸ではある。
「いや、いや、店主、お構い無く、それにその卵殻磁器ですか?まだ購入を決めた訳でも無いのだから、申し訳ない」
レオンとしたら雑に扱えるカップで良いのだ、卵殻磁器は面白い事は面白いが、日常使いには難がある、やはり薄過ぎて壊れやすく思えるのだ。
『そうだ、パルトさん、この近くに行きつけの喫茶店が有るのだけど、そこにもその卵殻磁器を納めました、類似商品の卵殻手も納めて有るので、これからどうですか?頼めばそれらで淹れてくれるのですよ、折角お近づきになれたのですし』
類似商品が少し気になった。
『卵殻手?ですか、こちらのカップには妙な形状の取手が対に付いているのですが、それは通常の形状なのですか?』
『その通りです、それから生産国も違います、土も当然違うので卵殻手の方が硬度が高いのですよ。
いや、その卵殻磁器も良い物なのですよ。
チンナの国内流通品なのでその形状ですが、近頃普通に輸出用の西洋形状のカップも出回り初めました』
「ウチは磁器専門では無いのですが、アイランズさんの売り込みに負けて、こうして珍しい品も扱っているんです。
その形状の卵殻磁器も今しか手に入らないでしょう。プレミアが付きますよ、紅茶カップとしての使用がベストですが、コレクターアイテムとしても売れていますよ」
ランドがフォローだ、アルニン帰化10年で雑貨知識も付けている、紅茶、紅茶と言う辺り連合王国人の飲茶嗜好が抜けない。
当人の嗜好としては紅茶販売も行いたい所だが、嗜好食品販売業同業者組合には加盟していない、なのでコーヒー、紅茶関係の雑貨で気を紛らわしている。
アイランズにしても、表向き連合王国人の小物雑貨バイヤーが身分となる、本当にあちこちから小物関係を個人輸入をしている。
だからこの手の知識は豊富だ。
プレミア、の一言が心に響いた。値札を見た限りでは、確かに高価ではあるが、断念する程では無い。
一対20000リーラ(注、作中1リーラ1円勘定です、1円とは現世日本円で)手が届く額だけに心が動く。
「まあ、パルトさん商談はお茶をしながらサンプルを鑑賞しながらと云う事で、私もアイランズさんの相伴で、その喫茶店には良く行くのですよ。
おーい、少し留守を頼む」
使用人の少年に留守を頼む、この少年は本当にただの少年だ、スパイでは無い。
「いや、店主、まずはその卵殻カップを購入しますよ、セールストークに負けました。ただ、お茶には呼ばれましょう、面白い話が出来そうです」
プレミア、甘美な響きである、アンティーク関係で何度散財した事か。
レオンも兄夫婦に世話になったので、この面白げなティーカップをプレゼントしようと思い付いたのだ。
「これは有難うございます、そうですね、お近づきの印に、二割引き致しましょう。彫りの絵柄はそれぞれに違っていて、チンナの女神がモチーフになっているそうです」
そう言いながら商品を梱包する、口と手が別に動くのは、見ていて気持ちよいものだ。
アルニンでは他国もそうで有る様に紙幣が流通する。硬貨も流通しているが、こちらは法王庁が発行していた名残で、現在は金貨の発行はされていない。少額硬貨のみである。ちな内税式である。
電卓の無い時代であるから、総額表記にしないと分かりにくい。
会計を済まして商品を受けとる、物が物だから梱包は頑丈だ、宿泊した際の手荷物に紛れさせる。
道々歓談だ。
「しかし店主、店は良いのですか?来客時には使用人の少年では心細くはありませんか」
余計なお世話ではあるが、わりと高価な商品を扱っている、少年と言うより子供の様な店番に他人事ながら心配となる。
「大丈夫、あれで店番は長い事やっていますし、何か有れば喫茶店まで聞きに来ますので。
……それに、お客さんはパルトさんが久しぶりで、留守中急に大繁盛する事も無いでしょうし」
実も蓋も無いが、客がごった返しているのを嫌い、店から抜け出す様な変態店主もいない。暇だから、太口客に成りそうなパルト家に上手をしたいのだ。
………一般的な商家ではそうだ。
今回レオンとの接触は偶然だ。接触を図る意図があったので、遠からずアイランズはレオンと接触しただろうが、先方からこちらに接触してきたのだ、この偶然を活かさない手は無い。
アイランズはアルニン語はそこそこだ。
公用語が話せるからだが、細かい所で会話に齟齬をきたす事もあり得る。
ランドは帰化人だけあり、アルニン語、公用語は堪能だ、細部の通訳からアイランズのフォロー、また、強行手段実行要員として同行が必要だった。
最悪、レオンは拉致、殺害対象で有るのだ。
ランドとしても、強行手段は取りたく無い、荒事は不得手だ。
また10年も年月をかけてのアルニン潜伏だ、下手を打つと歳月が無駄となる。
連合王国の意向としては引き抜き調略である。
これは閣議決定された首相命令だ、つい先日に通達がアイランズの元に届いた。
ナザレの砲兵調略時もそうで有ったが、連合王国は陸軍砲兵が弱い。
装備は最新で、訓練も行き届いているのだが、何せ海軍が巨大過ぎる。
人材は皆海軍に流れ、陸軍の更に砲兵など落ちこぼれ感覚だ、これでは砲兵兵科自体が育たない。
そこに天才的砲術を有する、特異砲兵戦術を披露した指揮官の出現だ、軍事的脅威も然ることながら、部下の教育手腕も見逃せない。
異常な命中精度を誇る着弾計算尺を駆使し、脅威的な砲撃を部下に実施させた。
是が非でも連合王国に引き抜きたい人材だ。
連合王国としては、陸軍砲兵将官の地位と砲兵総監の地位を用意した、ゆくゆくはそれだけの出世をするで有ろうと分析した。ならば先に地位を提示する。
また、爵位、男爵位授与も検討されている。
連合王国は、先の敗戦から本気でレオンの脅威を認めていたのだ。
『先程、生産国が違うと聞きました。チンナとは通称で、国号では淸国と云う事は知っていますが、もう一国とは何処なのです?またクオリティーはどうなのです』
『流石ですね、西洋人は国号で呼ばず太古の国名のチンナと呼ぶんですが、パルトさんは大淸帝国、淸国と云う国号を知っておられる、学士様(大学卒)なのですか』
馬鹿正直に答えるのもナンなので、家庭教師が優秀だったのです、と答える。
この辺りはやはり育ちが良い。
これが砲兵連中だとしたら(レオンも砲兵では有るが)“お前の知った事かぁ!この変態珍棒真桑瓜野郎!”とばかりに威嚇しがつら鈍い放屁でもするのだが。
清那と西洋近代兵科は関わりが深い。
三大発明、火薬、羅針盤、活版印刷。
活版印刷はあまりにも汎用が利くので省くが、火薬と羅針盤は大いに軍が依存する。羅針盤は海軍に、火薬は陸海軍にと製法を含め関与した。
既存戦術を根元から変える程にだ。
全て清那発祥である。研究室勤務経験者で有り、新火砲戦術研究員で有ったレオンとしては、淸国は身近な国感覚なのだ。
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