姉マリアさんと聖女様3
「すこし真面目な話ですので、叔母様の補佐事務でも有るサラなら同席でも良かったのですが………まあ、良いでしょう」
ローザンヌさんにしてみたら気を効かせたつもりだったのだ。
チラと縁談話を耳にした、その報告か助力依頼かと思ったのだ。
だから、途端にダレた。
「えー。難しい話なら担当者にね」
「その担当者を呼ぶにも、先ずは話を聞かないと、誰を呼んで良いか分からないでしょうが。
叔母様は私が在家信仰者組合に加入する事の詳細は、……ズバリ覚えていませんね」
「それは失礼ね、サンドロ猊下から外国人との折衝用の人材が必要だとの事で、それで貴女が来るのでしょうが」
「その外国人がどこの国の人間で、何を折衝するかは分かります」
「南方大陸のとある国で、さあ、コーヒー豆か何かを売りに来るんでしょう、貴女本家の嗜好食品部のコーヒー豆貿易部門に出資しているから適任じゃないの」
思った通りだ、やはり何も覚えていない。
と言うか、どっからコーヒー豆が湧いて出てきた、コーヒーに凝り始めたのかいな。
それから、何で私がコーヒー豆貿易部門に投資している事を知っている。
「これは高度な政治判断による人事ですよ、叔母様。南方大陸のとある国とは、テュネス共和国で、農業国です。
主要輸出品の小麦を法王庁に卸す事になったのですが、その折衝要員ですね」
「?何で。小麦ならアルニンでも自給率は高いし、フランクがメイン貿易国でしょうが」
フランク王国も農業国だ。と、言うか覇権国家が食を輸入に頼る訳には行かない。
国内供給量の余剰分は当然輸出される、同盟国であるアルニンは主輸出先だ。
「いや、それはアルニン政府が考える事。法王庁市国としては、受け入れ輸入穀物の国別配分が変わるだけだから、そこは問題ないの」
「その話、長くなるの?」
「子供か!………まあ、いいでしょう。正直な所、私も政治には疎いので。要はテュネスから法王庁に対する対話窓口になると云う事です」
「?何で、別に南方大陸は布教比重が重く無いでしょうが、永らく広報担当をしていたからそれくらいは分かるわよ」
「これを機に比重を重くするのでしょう。何でもテュネスに南方教会を設立するとかで、ゆくゆくは国教にしたいとサンドロ猊下が仰ってました」
「ふうん、でも、何で今さら?今まで野放しだったのは特にメリットが無かったからでしょうが、それがここに来て小麦に教会と。何か有りましたか?」
「野放しって……いや叔母様、少しは言葉を選びましょう。
何でも、先頃アルニン政府がテュネスでどっかの国と戦争したらしく、勝ったからだと聞きましたよ」
マリア姉さんや………まあその通りなんだけど、もう少しね………
「そうなんだ。なら仕方ないですね。でもそんな面倒臭い事情で貴女は還俗するなんて、不憫ね」
「そうなんよ、私はただ還俗、結婚だけで良かったんよ。何か猊下に言い包められて、在家信仰者組合に加入する事になった訳でして。そんな訳で叔母様、ひとつ宜しくお願いします」
「えー、何やら難しい話だし面倒だし面白くないから嫌ですよ、宜しくと言われても困ります」
「“困ります”じゃ、ね。叔母様の肩書きは組合長なんだから嫌だろうがやんないと。大体折衝は私がやるんだし、最高責任者としてどっしり構えて下さいな」
「分かりました、ならば貴女が南方関係担当者に任命します。励みなさい」
ローザンヌさんが組合長にモードチェンジして丸投げした。
無駄に威厳が有るので逆らえない。
「………少しは手伝って下さいね、私としても初めての業務内容となるので、本当、頼んます」
ノーともイイエとも答えず、聖女スマイルで応じるローザンヌさん。そしてそれに誤魔化されない姉マリアさん。
「こら、叔母、返事」
フー。とため息のローザンヌさん、本当に嫌らしい。
「仕方有りませんね、貴女にはハンスさんの件で世話になりましたし……これで貸し借り無しですよ」
姉マリアさんとしては釈然としない。助力なのだから本来はこれも貸しになるのでは?と、思ったが瞬時に策謀する。
「お待ちを、本来在家信仰者組合の業務なのですから、最高責任者の叔母様の仕事で、私は手伝いです。
ですが、まあ良いでしょう。ただ、借りを返したとするには、些か足りませんよ、叔父様の件では私財も投じていますからね」
まあ、私財の財源は聖女グッズ関係だから余り強くも言えない。
「あらそうなの?お金ならば全額払いますよ」
「いえ、貸しに重みを持たせるためには、私の負担で良いのですよ」
「そう?それで、足りない分は何をすれば良いの?貴女は変な所で商売っ気が有るから、銭儲け話?」
………銭………
「いいえ、なんちゃって商売は抜きの真面目な話です。実は私の組合加入はついでの話でして、こちらが本命話なのです」
「………その話、長くなる?いえ、長くなるのならサラにそろそろお茶の用意をね」
お願いします、紅茶キノコは結構ですので普通のお茶を。との返事に、ローザンヌさんはサラを呼び寄せる、二、三小声で指示を出し、話に戻る。
「妙な指示じゃ無いでしょうね、お茶受けにビーフジャーキーでも出せとか」
「貴女の中では私の評価は低いのね、そんなヘンテコな指示は出しません、ハンスさんのお勧めコーヒーを淹れる指示をしただけです」
ならば妙な事は有るまいと、姉マリアさんは油断した。
先の対話のコーヒー豆の部分で、ローザンヌさんの好奇心アンテナが、コーヒーに向かっていた事を察知すべきで有った。
また本職の料理人である、叔父のお勧めと云う部分で安心した嫌いも有る。
「来年、春頃に私は還俗します」
「そしてお見合いだったわね、どんな人?色よい返事を貰っていると聞いたけれど」
「……耳が早いですね、猊下からですか?まあ、隠す様な事でも有りませんね、パルト家ですよ。アルニン政府の高等官僚、アンジェロ氏の弟君レオンさんです。
政治志望の多いパルト家では異色の軍事志望者です、この度首都へ栄転の運びとか。エリート士官と聞きました」
淡々と話しているつもりでは有るが、段々と早口となるのは、柄にも無く初々しい。
聖女スマイルで頷くローザンヌさん。
生暖かいスマイルは姉マリアさんの癇に触ったが、隠す事でも無いと自分で言ってしまっている、引っ込みはつかない。
「一つ二つ年下ですが、それほどおかしな年回りでも有りませんし、その、数年は移動が無い様に猊下が掛け合うとの事で、こちらに穴は空きません」
三つでは有るが、詳細を知らないローザンヌさんにはそれで良いのだ。
「あ、いえ、話とは縁談の件では無いのですよ、叔母様に手を貸して貰いたいのは、引退式、引継式に配る“紅白餅”の手配を頼みたいのです」
少しばかり強引に話の流れを変える姉マリアさん、そして案定紅白餅に食い付いたローザンヌさん。
「何?その“紅白餅”って?響きからして異国の物らしいけれど、配ると言うからにはパンの様な固形の食品なのかしら」
「何やらライスをすり潰し、こねて丸めた食品の様です。
紅白の紅は赤色の事で、着色した赤色餅と無着色の白色餅をワンセットとした縁起食品だそうでして、年の数だけ食べると寿命が伸びるとか何とか」
葦原国の年中行事、節分の拾い豆と、ハレの日の祝い餅がごっちゃになっている。そう、ごっちゃだ。
「その“紅白餅”を互いに投げあって祝福するのです、私やルイーズは兎も角、一緒に奇跡認定局を退くテレジアを祝い……じゃ無く餅をぶつけて今までの憂さを晴らそうと」
建前と本音が、端から逆転している。実は姉マリアさんとテレジアさんは水面下で合わない。表面的に迎合していただけだ。
それから、この手のイベントはローザンヌさんは大好きだ。
「テレジアも引退するのですか、彼女には大変世話に成りました、その“紅白餅”とやらをぶつければぶつける程寿命が伸びるのですね、ならば彼女には長生きして頂かないと」
いや、節分の拾い豆が元ネタだから、当人が食べての事なのだが、ローザンヌさんは都合良く改竄した。
どうやらローザンヌさんも表面的にテレジアさんとは仲良くやっていただけらしい。
ここに、反テレジア派が野合した。