パルト兄とパルト弟3
「流石だね、奥さん。多分奥さんの予想した通り、先方の令嬢は還俗後に在家信仰者組合に移動する。
これは奥さんもレオンも口外しないで貰いたいんだが、現組合長が数年の内に辞任するから、その後任に収まるらしい」
「ええ?!ローザンヌ様が辞任されるの?まだ引退される様なお歳でも無いのに」
「兄さん、結構影響力が大きそうな話だけど、一軍人の僕なんかに話して良いのか?」
「阿呆、当事者のお前に話さなくってどうするよ。
だから口外法度でな。次期在家信仰者組合長に就任する令嬢となると、縁談に横槍を入れてくる輩も出てくる。
また、“聖女様を組合から追い出すのか?”と騒ぎ出す輩もかなり居るだろうしな」
「聖女様?その組合って教会関係の組織なの?それに聖女様はアンナ様なんだろ?義姉さんの言うローザンヌさんって誰なのさ」
「いや、お前にも洗礼名は有るだろが、教会に行かな過ぎで忘れたかよ。
聖女アンナ様の俗名がローザンヌ様だ。………色々とすったもんだしたけど、聖女様が在家信仰者組合の組合長に就任して、一連の騒動が収まったからなぁ」
やっかみから始まった定食屋の排斥だったが、いつの間にか聖女の功績を無視した迫害、法王庁から石もて追われた聖人と、変な方向に民衆の同情と憐れみが向かい、それが各地教会へ聖女救済嘆願運動へと繋がったのだ。
結局、在家信仰者組合に迎えられ、組合役員の賛成多数で組合長に就任する事によって、ようやく民心が落ち着いたのだ。
「それで、ローザンヌ様はどうなるの、在家信仰者組合から追い出されてしまうの?そんな事は許されない!」
グレタさんも聖女……と言うより組合長のローザンヌファンだ。グレタさん自身はローザンヌさんと面識は無いが、実家が懇意に……ローザンヌさんの琴線が、カステラーニ家の何か触れたらしく、重用している関係でご贔屓だ。
「ああ、何でもご実家の御当主に就任されるらしい。これは絶対口外するなよ、正式にはまだ民部省に届け出がされてないけど、内々でそんな話が有った。バロト家内部では決定事項だそうだ」
「それは良かったわ、ローザンヌ様との御縁が遠くなるのは残念だけど、御栄達なされるのなら祝福するわ」
「まあ、直ぐにじゃ無いよ、数年は引き継ぎ期間が有るだろう。奥さんの実家は、組合長の引き立てが有っての事だから不安が有るだろうけど、まあ次期組合長はレオンの嫁さんだからそんなに心配いらないだろうよ」
「………しつこいけど、本当に僕かね?凄い大物じゃないか、つまり枢機卿猊下の意向を汲んで、次期組合長に就任するバロト家令嬢にして聖女様の姪。
と、言う事は法王庁内でもかなりの地位に有ったんだろ」
「正解、現奇跡認定局長のマリア司祭その人だ。還俗前だから俗名呼ばわりは憚りがあるが、テレーズさんだ。古式名乗りでテレーズ.バリウス.バロト。バロト本家、現当主アロルド殿の長女だ」
「………なあ、兄さん、やっぱ辞退していい………訳無いよね、そんな睨むなよ。でもさ、聞けば聞くほど大物じゃないか」
まあ、尻に敷かれるだろうな。と、アンジェロは他人事だ。
「けど、お前軍人だから、逆に上下関係がはっきりした方がやり易くないか?軍人の知り合いは皆んなそう言うぜ」
「人柄にもよるよ。そのマリア司祭、他にもエピソードはある?うん?奇跡認定局長ったね、それじゃ件の聖女様の後を継いだのがマリア司祭なのかな」
「………そうだ、そういえば聖女様の引退式の時見掛けた。思い出した、別嬪さんだった」
普通ならそんな式などはやらないが、絶大な人気を誇る聖女の引退となると話は違う。
と、言うか引退式実行に暗躍したお調子者がいた。今後の聖女グッズの売れ行きに見切りをつけ、引退記念グッズ販売として在庫一掃を図ったのが引退式実行の真相だ。
公式行事では無いので法王庁施設は使えない。なので引退式式場として、帝政期には軍の凱旋式にも使用した大演壇公園の使用許可をアルニン公共施設管理局から得たのだ。
さらに箔付けとして法親のサンドロも私用参加を促し、かつ式次第を後見させ、自身が主宰する聖女アンナファン倶楽部に大々的に通達し、どさくさに紛れ飲食業安全衛生同業者組合に渡りを付けて出店を募り、締めにオープン馬車で聖女アンナを(自分は乗らない)新市街大通りでパレードだ。
グッズの最終販売の売上アップの為だ。
方々への支払い、アンナの取分を引いても莫大な現金が手元に残り、同じく暗躍したテレジアさんと儲けを折半した。
テレジアさんはタンス貯金としたが、姉マリアさんは実家のコーヒー豆貿易部門に投資し、割と儲けを出している。
話が反れた。
「わたしはその頃ローザンヌ様を知らなかったから、引退式を見て無かったけど、凄かった様ね、パレードを含めお祭りだったと皆言うわ。見たかったわ」
人伝で噂が広まり、引退式は数十万の人出になった。元々はファン倶楽部にしか流していない情報なのだから、アルニン人はお祭り好きな民族なのだ。
「噂だが、その引退式を主宰したのが次期奇跡認定局長とその補佐だと、当事聞いた覚えが有る。
今改めて考えてみると、マリア司祭はバロト本家の出で、人を使う事にも事業を行う事にも慣れているだろうから、本当かも知れないな。
………だとしたら、そうした実績を買われてローザンヌさんの替わりに在家信仰者組合長を勤める様に懇願されたのかも」
大筋で正解だ、サンドロが姉マリアさんを強く印象付けたのは、これが発端だ。
ただ、引退式実行の主宰者は、実は引退する当人も含め三人の合作だ。
当時ローザンヌさんは紅茶キノコの研究にはまっていて、資金が必用だったのだ。
この研究は、後にそっくりと旦那が引き継ぐ。興味が他に移ったのだろう。
「眉目秀麗才媛令嬢か、何だか出来すぎで怖い感じだね、でも不思議だ。
いや、兄さんは少し適齢期が過ぎているからと言っていたけどさ、それくらいマリア司祭の肩書きや実績からすれば無視しても良い失点じゃ無いか。引く手あまたと思うんだけどね。
何か裏が有るんじゃ無いの?」
「何だよ、裏って」
「マリア司祭個人の社会的地位、法王庁内での権威、御実家の権威、権力、財力。
兄さんはウチもクラディウス一門だから引けは取らないと言うけど、クラディウス本家じゃない。ウチは分家の支流だよ、兄さんの社会的身分を加味しても、やはり釣り合いの取れない縁談だ。勘繰りたくもなる」
「なにを言ってやがる。と、言いたい所だが、お前の言った御実家の権威、権力、財力って所が、何か引っ掛かるな。
そう、バロト家当主が変わるんだよな、マリア司祭の目線では、父親から叔母に。
つまり本流から外れる、叔母の血統が本流となる。だとしたら聖女目線からだと……
………ううん?見方を変えれば本家当主就任のために組合長を辞任するんじゃ無く、教会関係から手を引く為に自発的に組合長を辞任するともとれる人事だな」
「マリア司祭は、その何だかって枢機卿猊下の後押しで在家信仰者組合に行くんだから教会派だよね、つまり兄さんの考えとは逆になるけど、聖女様は栄達と云う形で、猊下から組合を追われるとも取れる。
でも、バロト家は教会べったりの家だし………何か変だね、聖女様、何か猊下に睨まれる様な事を仕出かしたのかな、何よりも本当に当主就任するのかね」
「ムッ正式に申請はされていない、現段階では口頭予定申告でしか無い。
………うーん、疑い出したらキリが無い、ただレオン、表向き断る理由も無いから話を進めるけど、バロト家、法王庁、聖女様、マリア司祭と、探りを入れてみる事にする。
考え過ぎかも知れない、実際は占いか籤引きで、適当にお前が選ばれただけかも知れんしな」
それはそれで傷つくな。とレオンが抗議した。
150話に到達しました、予定では3章は30話位で終わらせるつもりが、ダラダラと。
まだまだ続きます。