パルト兄とパルト弟1
「何かタネが有るのかレオン、信号弾の弾芯による狙撃と聞いたが、ありゃあり得ん」
「それが兄さん、全く無いんだ、本人は感だと言っていたけど、実際超遠距離狙撃は僕も初めて見た、艦上砲撃からの敵艦撃沈ならば見たけどね」
「何だそりゃ、お前陸軍だろ、何で艦上なんだよ」
「詳しくは言えないけど、テュネスへ移動中の艦上の事だよ、テュネス派遣は知っているだろ」
「そりゃな、ただ移動中の戦闘は知らないぞ、撃沈な………」
こちらはアンジェロ.パルト官舎応接室。
官舎としたが、本来は戸建て賃貸屋敷だ、もっとはっきり言うのならば旧パルト家だ、カルロ.パルトの終生執政官就任に伴い売却したのだ。
現オーナーが高級借家としたのだ、アンジェロの妻帯に伴い借り受けたのだが、費用の半分は政府負担だ。
ただ、アンジェロにしてもレオンにしてもあまりここで過ごした思い出は無い、売却前に何度か訪れただけの別荘感覚だ。
ギリ、アンジェロの生家だが、レオンや妹のマグダレットはパルト市街執政官官舎が生家だ。
まあ、別荘の方が大都市に有るのも何だが。
今日、予てより懇願されていた5000mの砲撃狙撃を行った。
陸軍の砲撃演習場での事だ。元首、副元首、その他政府要人、軍部首脳。
極秘試射となる、本来なら参加資格の無いアンジェロだが、レオンの兄という理由で参加した。
………有り体に言えば人質だ、塹壕からの見聞となったが、相手は超々遠距離の狙撃を行う異能者だ。
もし、ここにいる軍政首脳陣の狙撃を考えていたら、防ぐ手立ては無い。
こちらの所在位置を伝えて有ろうが無かろうが、意味は無い。
件の技術官は、面はおろか、名前すら知らない敵艦隊総司令の所在位置を正確に察知し、5000m先から射殺するような化物だ。
だが、乱雑な人物ではあるが、人格が破綻している訳では無く、人間関係は通常人の如くに構築できていた。
特に同郷のパルト中尉と仲が良いので、その身内を人質……いや保険に同行させたのだ。
元首チューザレ.クラディウス。一門名を姓としたので、帝政期の正式名乗りである、名、一門名、家姓、と云う名乗りは妙な案配となる。
なのでチューザレ.クラディウス.メインクランとでも呼ぶべきか。
そのメインクランの一門に属し、また自身の政治派閥に属する親族の同行は、表向き無理のない理由である。
アンジェロにしても、まさか保険同行とは思ってはいなかったが、等時間隔で人形の的が吹き飛ぶ所を目撃し、思い至る。
自分はレオンに対する保険なのだと、万一こちらの首脳陣に危害が及べば、報復する対象である訳だ。
不穏な行動をとらせない為にも、仲の良いレオンがその者を抑える筈だと。
………それだけ、5000m先からのピンポイント狙撃は恐ろしいのだ。
アルコールが入った頭で、ツラツラ考えていたら、アンジェロは急にむかっ腹がたってきた。
レオンに八つ当たりだ。
「なあ、レオン、もしも、もしもだ、その技術官があの時こちらを狙撃したとして、お前にそれを防げるか?俺はその技術官が馬鹿な事をしない保険として呼ばれたんだが、意味分かるよな」
クピッ、と一口赤ワインを口にしてレオンが答える。
「そんな事分かる訳無い。いや、防げるかどうかが分からないと云う意味じゃ無くて、彼が今何を見ているのか、何に照準を合わせているのか、と云う意味で。
5000m先なんかこちらは目視出来ないからね。でもアルはノンポリっぽいから政府に含みは無さそうだよ」
「そうか、なら良いか。………と、言うかその技術官は見えているのか?5000m先が?どんな感じに見えているんだ?聞いた事は有るのか?」
今度はツマミのチーズを頬張る。妻君は、機密情報に触れる会話になるからと外してもらっている。このツマミを運んで以来この場に居ない。
「聞いた事は有るけど、何とも要領を得なくてね、頭の中に景色が浮かぶそうだけど、今現在見ている光景も見えているそうだよ。
二重に物が見えているのかと尋ねると、違うと答える。白昼夢が近いと言うけど、白昼夢を経験した事は無いからなぁ」
ああ、あんな感じか。とアンジェロが独り言ちる。逆にレオンが尋ねた。
「兄さんはそれで分かるのか?白昼夢ってどんななんだ?」
「そうさな、2日ばかり貫徹してだ、ボケッと朝食なんかとっていると見れるぞ。
目は開いて食事風景を見ているけれど、頭の中で全然関係ない景色を見ているなんて事がな、多分目を開けながら夢を見ているんだろうな。
フワフワした感じで現実味は無いけどリアルな夢だ………夢なんだから現実味が無いのは当然か、ははは」
「うーん、分かった様な分からない様な。半覚醒で寝ぼけて夢を見続けている感じかな」
多分な。そう相づちを打つと呼び鈴を鳴らしツマミのお代わりを妻君に催促だ。
「義姉さん、お構い無く、兄さんは呑み始めると舌がだらしなくなるから、塩か砂で良いですよ」
「言うね。まあ、チーズも飽きた、オリーブか何か有る」
「分かりましたが、そろそろ難しいお話は終わりましたか?レオンさんにご挨拶させて下さいな。今年の春先にナザレへの移動送別で御会いしたのが最後ですから」
夜更けと云う程でも無いが、子供達を寝かしつけて暇になったのだ。
家政婦を数人雇っているが、何れも通いである、よって酔漢の給仕をしていたのだが、先の理由で追い払われていたのだ。
「僕も年内に首都に戻れるとは思っていなかったからね、人生ってのは分からない」
陸軍火砲戦術研究室は所属こそ陸軍総本部なので、所在はボルゲン区となる。新市街区の隣りである、つまり大都市部だ。
幼年学校、士官学校、研究室配属で10年から首都住まいだ、パルト市街より思い入れは深い。
ただ、アンジェロはテュネス派遣の事と勘違いした。
「そうだな、正に電撃戦だったな。実際3ヶ月程でテュネス内乱を平定か、まあ、新政府との折衝はまだまだこれからだが、それは我々の仕事だしな」
「いや、その件じゃ無いんだが、まあ良いか」
「おやおや、まだ難しいお話が続くのですか?外しましょうか?レオンさんは今晩は泊まるのでしょう?」
「ええ義姉さん、区切りがついたので休暇を取りましたからね、話が有るとの事なので一晩厄介になります」
考えてみたらテュネスから戻ってから休んでいなかった。隊員は帰国後に10日程の休暇を与えたが、自身は少佐殿と報告出頭だ。
ナザレに戻りトンボ返りで首都に移動。本日の超々遠距離試射に合わせて折衝事や交渉事、必要書類の作成に部下の指示。
帰国後の方が多忙に過ぎた、だから予め試射後に休暇が取れる様に調整していた。
試射後の検証で現場に出向いた所、バッタリ兄に出会った事は、何も偶然では無い。
話が有るとかで現場に残り待ち伏せをしていたのだ。
のんびりした態度、口調からそれ程大事では無いと踏んでいたが、未だに切り出さない。
「ゆっくりして下さいな」
そう言い残してツマミを取りに向かう妻君。何か台所に有るのだろう。
「さて兄さん、話が有るそうだけど、早めにね、久しぶりの休暇だから呑んでるけど、普段呑まないから回りが早い」
「そうか、俺は呑むのも仕事の内だからこの位じゃ酔わないが、まあ良い。
話ってのはお前の縁談だ、言っとくが選択肢は無いぞ、何せ枢機卿猊下の声掛かりだからな」
あん?と怪訝な顔をするレオン。いや、縁談話はまあ良い、研究室勤務の時にもそんな話が有った。
当時は特に焦る年でも無く、また研究課題がこなせず、精神的にゆとりも無く乗り気でも無かった。
ナザレへの移動と共に、その手の縁談話を兄から聞かなくなったのを幸いに放置していたのだ。
それが枢機卿猊下……どんなトリックを使ったのだと警戒した。
レオンの面識の有る枢機卿と言えば、官邸報告の時に少し会話したマカロフしか居ない。
政治坊主のにこやかな物腰に却って警戒した事を思い出す。
ゴーンなどあからさまに警戒態度を取り、距離を置いた事を思い出す。
それだけに枢機卿の身分自体に警戒した。
「妙な顔をしているが、お前偉い坊様に何かトラウマでも有るのか?あまり教会に通っていない様だったが」
「兄さんの方が警戒しそうな物だけど、職務柄上位者に慣れてるのかね」
アンジェロは内閣府所属の官僚だ、今は総務部に所属しているが、大概内閣府に所属する者はあらゆる部所を経験する。
内閣府内務部(内務省では無い、適正が合えば各省庁への移動は有る、逆に各省庁の官吏が官僚となり内閣府への移動は、まず無い。官僚試験を突破したアンジェロはエリートだ)時代にサンドロと面識を得ている、レオンの縁談依頼をしたのはその頃だ。
「まあ、政治家を志すなら度胸がなけりゃな、サンドロ猊下は豪放なお人柄で表面上は付き合い易いぞ」
何とも引っ掛かる言い草だ。
武侠番外編投稿しました、また機会を見て投稿します。