異端審問三課動員
………やはりタイミング的に少し妙だ。確かに移民政策に合わせ特務規模は縮小したが、発令は40年も前の話である。
アル技術官は20代なのだから、規模縮小発令から20年、つまり発令が厳守される様な年代では無い、地教区からなにがしかの報告は上がる筈だ。
まあ、それを精査する部局が廃止と有っては、察知しようも無いが、報告書自体は奇跡認定局に上げられる。
20年前となると奇跡認定局長は先々代ハンナ司祭から先代アンナ司教の頃だ。
……もし、情報が極秘に流通していたとしたら、有力霊能異能者の情報は奇跡認定局で止まっている事になるが……私は知らない、今代のマリア局長からも、全く聞いた事が無い。
そこまで考えて、ふと“蒼き衣”の件が思い出された。
枢機卿の庇護の暗喩で“蒼き衣を纏う者”と穿って考えたが、情報の出自が突飛に過ぎた。
もし、有力霊能異能情報を奇跡認定局で抱えていたら、その当時の特務省長官がその情報を知っていた可能性は高い。
いや、その長官命令で奇跡認定局に極秘調査を命じていた可能性は高い。
私の前任特務省長官は………サンドロ枢機卿だ。
先頃管轄外にも関わらず、ジャンヌ助祭、マリア修道女の移動命令を発令させた。
評判の良い二課長を取られたのは痛いが、特務省庁内の移動であり、マリア局長から還俗に伴う後継の事は何度となく聞いていた。
更に宗教国家の制度上マリア(姉)、ジャンヌ両名はサンドロ法子なのだから仕方ない、アルニン政府官僚だった私には、今だに馴染まない法親子制度だが。
ただ、態々この時期の移動は解せない、裏が有る。多分アル技術官に関係する裏が。
つまり、サンドロ枢機卿はナザレ大教管区のパードレ大司教や、奇跡認定局を通し、幼少時よりアル技術官に目をつけていた。
奇跡認定局旧二課局員はまだ在命の者もいる、旧局長“聖女アンナ”に仕入れた情報を注進する者もいただろう、アンナ司教はサンドロ派だ。
それがここに来て、アル技術官が急に盛名を成したので、急遽囲い込みを図ったのだろうか。
……ただ、その場合、“蒼き衣”の情報の出所が分からない、サンドロ派の分裂か?
何れにせよサンドロ枢機卿の情報が足りていない。
弱みを握られている以上、敵対は出来ない。
……ここは慎重に。
「長官、報告を続けても宜しいですか?」
沈思黙考中のマカロフに言葉をかけたのはヨードル司祭、いつ見ても恨めしい。
「ああ、失礼、続けて下さい」
「では。アル技術官はアルニン陸軍総本部の高級士官兵舎に入りました、戸籍申請はボルゲン教区、ヴェレ小教区の陸軍出張教会にされるでしょう。
当初の予定通り、本人確認のために法王庁に出頭してもらう事も考えられましたが………」
「何か問題でも」
「先程の悪霊祓いに繋がるのですが、ポルコ港でアル技術官一行と接触した局員が、悪霊祓いの件で奇跡認定局に誘導しました。
何でも友好関係者が悪霊に悩まされていたそうで、相談を受けた事が切っ掛けだそうです」
「お待ちなさい、悪霊祓いはアル技術官がしたのでしょう?まあ、それも妙な成り行きですが、なのにどうして悪霊祓いで奇跡認定局に?そもそも現在は二課は有りませんよ」
「いえ猊下それは方便です、目的はマリア局長による審神者なのですから、誘導方法は構わないのでは………他には奉献会の診療も呼び掛けたそうです」
こちらは友好関係者にですが、とヨードルが続けた。
「それもそうです。ただ、大聖堂を使用する関係で、出頭日時を定めたかったのですが」
「いえ、猊下、前提条件が変わりました、アル技術官の霊能異能はかなり高度な物と目撃されました。
なので後は預言異能者足り得るかどうかの審問になります、霊能異能自体は間違い無く有しておりますので」
「成る程、………こうして報告書を精査すると確かに接触しただけの収穫は有りましたね、良いでしょう。
すると、マリア局長の仕事は審神者審問では無く、能力鑑定となりますか。確かにそれでは大聖堂は必要無いでしょうね」
そこに伝言が届いた、メッセンジャーが恭しく手紙を奉じる。緊急伝言の様で伝言用紙は、とても枢機卿に対して使用する品質の物では無いが、マカロフは頓着無い。
二、三回読み返すと口を開く。
「更に予定変更になりました。件のアル技術官ですが、砲撃狙撃を実施して成功させた様です。
預言異能云々より、技能異能により教会取り込みが決定しました。
彼の戸籍は申請はされたのですか?」
「今朝の段階ではまだ申請されていません、首都到着から7日ですから、ずいぶんのんびりした性分の様です」
「取り敢えずはボルゲン教管区にアル技術官の戸籍申請後の対応を指示して下さい、法王庁に出頭する様にです。
どうもヴェレ出張教会に素直に申請するか心配になりました、報告書を見た限りでは乱雑な人柄だ」
「どちらに向かわせますか?やはり審神者審問、いえ、判別審問のために奇跡認定局にですか?」
「いえ、法王庁への取り込みが決定しましたから異端審問三課にお願いします、意味は分かりますね」
「了解しました………ドモン司祭、必要な物は有りますか、猊下のお力添えは必要ですか?」
三課員の(三課長はヨードルが兼任している)ドモン司祭は少し考えて答える。
「では、やはり大聖堂と、マリア局長を。驚愕洗脳法が一番効率的かと愚考いたします、使用する薬剤はお委せください」
異端審問三課は、拷問部所ではあるが、何も鞭打ち、火炙り、水責めなどと言った非効率拷問ばかりをしていた訳では無い。
自白洗脳記憶改竄なんかもお手の物だ。
ドモン司祭が今回選択した驚愕洗脳法とは、基本姉マリアさんがやろうとした大聖堂のこけおどし審神者方法と変わらない。
ただ、薬品を使用して一気にせん妄酩酊状態にもって行き洗脳するのだ。
時間が許せば数日間ぶっ通しで行うが、今回はアルの身分的に無理なので、教会に対して好意的になる様にしむけ、自発的に法王庁に出向くように行動誘導暗示を行う。
そうして時間をかけて完全洗脳をするのだ。
「聖騎士任命前提での施術になります、なのでやり過ぎない様にお願いします。
私の方は引き続き聖騎士任命調整を各大司教、枢機卿、アルニン政府に対して行います」
本来なら法王その人に任命権が有るのだから、法王を説得するのが早いのだが、これは次期法王を狙うマカロフとしては、有力者と誼を通じる狙いもある。
そして賛成過多案件で法王に上奏するのだ。
有力者の連名なのだから法王も反対はしない、そもそも特務関連はマカロフに一任だから否は無い。
マカロフは外務省長官も兼任だから、アルニン政府の工作もお手の物だ、さらに昔の伝も有る。
こうして方針は決まったが、マカロフにしては懸念事項が一点。
サンドロの動向だ。そもそも内務省長官が、何の為のアル技術官の囲い込みなのか、穿ち過ぎだとしたらその確証が欲しい、敵対は避けたいのだ。
「それでは大聖堂と、マリア局長の調整はしますので、日時が決まったら連絡ください。
以上ですが、ヨードル局長は残って下さい」
暴力関係と拷問関係はお呼びでない話をすると解釈し、ヨードルを残して退出する。
「猊下、何か別件の調査依頼でしょうか」
見た目の恨めしさに反して、ヨードルは優秀な諜報機関長だ、自分の仕事を理解している。
「サンドロ枢機卿の内偵を願います、ヨードル局長もこの度のジャンヌ二課長の移動は意外だった筈。
私もそれとなくマリア局長から聞いていましたが、まさかこんなに強引な発令をするとは思いませんでした」
「当人は意欲的に職務を遂行していましたし、進行形で一、二課合同での任務中でしたので………驚きました、何でも聖遺物の聖選別により、ジャンヌ課長が選ばれたとか」
「聖遺物関連の預言託言は、聖下法令より上位に置かれるから仕方有りません、確かマリア局長も先代のアンナ局長より聖選別され局長に就任しました。
………まあ、それは良いのです」
「サンドロ猊下の動向ですか………」
かつての上司でも有る、ヨードルは古株だ、Ⅰ、Ⅱマリア婆さんと面識が有るのだから。
「私の考え過ぎならば良いのですが、ここに来てこちらの邪魔をする様な動きです。
前任の特務省長官であり、特務情報を得られる伝も残っているでしょう。
アル技術官関係で妙な動きをしているならば、防ぎたいですね」
「分かりました、サンドロ猊下の動向を探りましょう、………しかし猊下、私には理解しかねます、それ程アル技術官は必要な人材でしょうか?報告書から推察するに乱雑幼稚、分裂思考の半狂人にしか見受けられませんが………」
ボロ糞である、反論の術が無いのがいっそ愛おしい。
「酷い分析ですね、ただ、その半狂人は5キロ先の等身大人形を三連続で狙撃命中させたそうですよ、その能力は脅威です。
保安上の理由からも取り込むべきです。何せ………」
ジャール提督の例で分かります、彼は殺害するに背後関係や地位を考慮しません、海の伝説だろうが誰だろうが、まるで衒い無く狙撃しますから。
と、含みを持たせた返事を返した。