あちこちからのラブコール
「何やら妙な動きがあちこちの組織に見られますぜ、旦那」
「妙な動きとは、レオン氏に対してか。枢機卿が動いていると聞いた、それに対したアクションなのか」
こちらはカストーラのフェルチーニ。あれから彼は直ぐに動き、脅迫対象者であるレオンの情報を集めていた。
首都への移動、陸軍砲兵科、パルト家のアンジェロ氏の弟。
これだけの情報提供で、現在のレオンの所在地、所属先を割り出したのだから、ヤクザお抱えの情報組織は優秀だ。
そしてその優秀さから、レオン周辺の妙な動きも察知した、その報告だ。
「旦那は異端審問局をご存知ですかい、法王庁の諜報部局の」
知っている。知っているも何も、その二課長から受けた依頼だ。
だが、いちいちそんな事を口にしない、コイツは情報屋だ、他組織に拐われ、指の二、三本も折られれば口を割る。
知らなければ割り様も無い。
「異端審問局なら何度か合力した事が有る、坊さんの諜報部だな、レオン氏に何かしたのか」
ジャンヌ助祭は、所属組織抜きでうちに依頼してきた、だから異端審問局が組織でレオンに接触してくるとは考えにくい、時間的に、異端審問局が稼働したのはジャンヌ助祭の依頼前になるからだ。
ならば、ジャンヌが依頼時にその旨の報告が有るはずだ。
枢機卿の声掛かりの縁談とは聞いている、だが、異端審問局が動くとは聞いて居ない。
それに、異端審問局が動く様な案件とも思えない、助祭の話しぶりではレオン氏は破談にする縁談候補の一人に過ぎない。
同様の破談工作を今後も続ける前提なのだから、レオン氏はその他大勢の一人に過ぎないのだ。
「審問一課、二課合同で彼のパルト砲兵小隊と接触しましたなぁ、つまり、異端審問局長ヨードル司祭か、その上位者命令となります……」
そんな話は聞いていない、レオン違いでは無いのかと尋ねる、無論人違いでは無い。
「何のために異端審問局がレオン氏の………待て、パルト砲兵小隊と言ったな、首都に移動と聞いていたが、当人の栄転じゃなく部隊ごとの移動なのか?」
何やら途端にキナ臭くなってきた。助祭は枢機卿の声掛かりの縁談と言っていた、名を……そう、サンドロ枢機卿だ、枢機卿がアルニン軍部に介入したのか?
そんな事が可能か?………もし、可能としたら、サンドロ枢機卿はレオンと彼の部隊を欲したと云う事になる。
うん?あちこちの組織が、と言っていたな。
「異端審問局が動いたのは枢機卿の一声が有ったのだろう、それは聞いている。それよりあちこちと言っていたが、他は何処だ」
情報屋は少し感心した様だ。
「お見それいたしました、その通り枢機卿の号令一下で、局長のヨードル司祭が指揮を採っています、現段階では目的までは不明ですが………それより旦那、こちらの方が大事でして、外国の複数の諜報機関がレオン氏の動向を探っています、その中で悪名高い四連合王国の諜報部が跋扈しております」
お分かりだろうが、それぞれ枢機卿違いだ、今回こうした齟齬が積み重なってゆく。
「何だと、連合王国だぁ?それに複数の国の諜報部だと?やっぱ同姓同名の人違いじゃないのか?」
「いや、内閣府総務官僚の弟なんて肩書きは他に居ませんぜ。
………旦那、悪い事は言わねぇ、この件は手を引くべきだ。アルニンはこの間連合王国とテュネスでやりあった、件のレオン氏ってのはそん時アルニン軍を率いていた指揮官だ、連合王国諜報部の方はその報復の可能性が高い」
率いていたのは小隊で、また階級上軍団指揮など採れないが、軍事の素人からしたら細かい事はどうでも良く、要は派兵部隊の指揮官だと言いたいのだ。
「何だと、それこそ聞いていない話だ、………他の国の諜報連中は何なのだ」
「何なのだって……いや、旦那、レオン氏は我々ですら知っている様な大物ですぜ、他国が注目するのも当然ですって」
言われてみれば至極尤も。ジャンヌ助祭はそんな事を口にしていなかったが、本当の依頼者は“聖女アンナ”殿だ。
聖女殿ならば枢機卿の口利き縁談者が、途轍もなく危険な相手と察していて当然なのだ、何せ“聖女”様だ。
態々、部隊ごと首都に呼び寄せる工作をアルニン政府、軍部に行い、法王庁の……在家信仰者組合幹部と縁組する程にだ、枢機卿の意気込みは尋常で無い。
「少し聞くが、在家信仰者組合とは、民間組織なのか?」
フェルチーニの突拍子もない、話の前後が繋がらない質問に妙な顔をするが、情報屋は答える。
「いいや、還俗しただけだから半官半民組織ですぜ、法王庁内務省管轄下だったかな?」
「………その法王庁内務省の責任者は判るか?」
「確か、サンドロ枢機卿猊下だったな、やたらとゴツい御方だから忘れ様が無い」
やはりサンドロか、とフェルチーニは得心した。考えをまとめる。
つまり、こうだ。理由までは分からないが、サンドロがレオン氏をその部隊ごと必要とし、自分の支配下の在家信仰者組合幹部を嫁がせ、レオン氏を取り込む。
ただ、現組合長であり、通婚予定令嬢の一族でもあり、次期バロト家当主で有る“聖女アンナ”殿は、レオン氏の危険性を考慮し、先方からこの縁談を断る様に仕向けたい。
なにもバロト家が巻き込まれる必要は無い、縁者は他に当たれと。
多分、“聖女アンナ”殿はそこまではジャンヌ助祭殿に話して居ない、自分の一存と腹に納めるつもりだ。
そこまで分かれば、この謎かけは判る。
“当分の間バロト家令嬢の縁談を破談にする様に”とは、その令嬢に泥を被ってもらい、サンドロ枢機卿と、バロト家の関係にヒビが入らない様な縁談妨害が望ましいと、そういう依頼だ。
ならば簡単だ、その令嬢の悪評を吹聴し、レオン氏の耳に入れるのが一番危険が少ない。結果として当分の間縁談はまとまらない。
ただ、この作戦はジャンヌ助祭殿には報告出来ない、本当の依頼者である“聖女アンナ”殿が態々伏せたのは、ジャンヌ助祭殿の心情を思いやっての事だろう。
ジャンヌ助祭殿は口にしなかったが、バロト本家の出だと言っていたから、その令嬢も見知った相手だろう。
その点を汲んで“聖女アンナ”殿は“当分の間”などと云う謎掛けの様な依頼をしてきたのだ。ならば………
「調べてもらいたい事ができた、件のレオン氏はバロト家の令嬢と縁談するのだが、その令嬢が誰か調べて貰いたい」
誰か判らなければ、悪評を流しようも無い、“聖女アンナ”殿の想いを汲んで、ジャンヌ助祭殿に尋ねる訳には行かないのだ。
………姉マリアさんの思い付きから始まった還俗騒動が、当人の思惑を外れ、結局自分の首を絞める事になるのだから、桶屋は何故儲けるのかを考えさせられる事例では有る。
所は変わる。
「何やら妙な報告ですね、何ですか?この悪霊祓いとは?」
こちらは特務省庁長官執務室応接間、上手にマカロフ、下手がヨードル、ヨードルに並び一課長ローラン助祭、三課員ドモン司祭。
本来なら二課のジャンヌさんも立ち会うべきなのだろうが、奇跡審問官の詰込み教育中で不在、代わりに課長補佐が同席した。
「どうにも捉え所の無い人物でした。カリスマ性が有る訳でも無いのに、個性派揃いの砲兵小隊で、一目以上に置かれているようでした。理由はその悪霊祓いに有る様に、極度の奇跡肯定者でした」
「ふうん、つまり局ではアル技術官の異能はそこに有ると結論付けた訳ですね」
「十中八九。………法王聖下の方針により特務省庁の縮小が影響しました。特に奇跡認定局二課廃止が痛く、ナザレの……いや、アルニン全州に於ての異能者発掘が滞った事が原因と考えられます、あれ程の霊能異能ならば早くに調査対象者としてリストアップされていたでしょう」
霊能異能は、真性に近付けば預言霊能足り得る。奇跡認識局の範疇たる所以だ。
「当時特務規模縮小はやむを得なかったのですよ、移民政策の悪弊で、移民が“帰化を条件に教会が魔女狩りを行う。”と、動揺しないようにアルニン政府からの要請で縮小したのですから、移民のほうが景信教に偏見が強かったのですよ。
その結果として移民を全て信者に取り込めたのだから、これは今上聖下の失敗では無く功績なのです」
だから奇跡認定二課以外は、表向きの廃止でしょう。と、マカロフが宣う。
ただ、マカロフ自身は、その当時アルニン政府の官僚で法王庁に注文を付ける側だったのだが、その辺りは御愛敬で。
武侠の方もアップしました、よろしければどうかお目通しを。