ドン.マイケルとジャンヌさん4
「助祭殿、最初に聞かせて欲しかったな、他に話していない事は無いのか?」
違約とは成らないギリギリの線だ、件の軍人を脅す事は、些細な事だ。
ただ、枢機卿の声掛かりで、アルニン国内でも有数な名家同士の縁談だ、それの妨害となると此方にも相応の覚悟がいる。
有る。とジャンヌさんが断言した、………正直聞きたく無い。
「これはこの件のみの単発依頼では有りません~、バロト家の縁談は全て妨害してもらいます~」
うん?と、言う事はパルト家と通婚する事による不利益からの依頼では無い事になる。
背後関係を突き止める必要が有る。
「ジャンヌ助祭殿、一体何の為なのだ。連続しての縁談妨害では、流石に我等の介入がバレる。またバレたからには枢機卿猊下から報復されるだろう。
いや、今更同盟解消などとは言わない、だから全貌を教えて欲しい」
マイケルの言うことは至極尤も。暗黒街の住人とは云え、流石に枢機卿、または枢機卿に附随する権能と喧嘩する気は無い。
まさか、馬鹿正直に姉に対する嫌がらせとは言えない。
なのでジャンヌさんは知恵を絞って、それらしい設定を考えてきた。
「固有名は避けますが~そのバロト家令嬢は在家信仰者組合に出向する事と成りました。そう、叔母様が組合長を務める組合です。
これは口外法度と願いますが、叔母様は近い内、たぶん数年の内にバロト本家の当主に就任します」
聖女ファンのマイケルは、ジャンヌさんの与太を聞き入る、思いがけず聖女の近況が知れたのだ。ジャンヌさんは続ける。
「その令嬢は在家信仰者組合を引き継ぐか、もしくは組合上層部に在籍します。
………もうお分かりでしょうが、その時外圧をかけられる様な大家との通婚は、非常に不味いのです。
在家信仰者組合は、法王庁の衣食住を賄う組織ですので~」
「むっ、それではジャンヌ助祭殿に話を通した本当の依頼人とは……いや、助祭殿、流石にこれは助祭殿の一存依頼で無いと分かる、助祭殿は立場的に頼まれたのだろう?」
マイケルの勘違いに、これ幸いとジャンヌさんは乗っかる。
「それは言えませんが、バロト家内部も一枚岩では無いのですよ~前提で当主が交代しますし、在家信仰者組合絡みの利権は莫大ですし、サンドロ猊下の思惑も絡んできますし~。
そうした事を踏まえると、出向する令嬢には、当分の間“何故か縁談がまとまらない”と云う状況が望ましいのですよ~。
私にしても、懇意にしているサンドロ枢機卿の顔を潰したく無いので~」
ジャンヌさんにしては整合性の取れた設定だ、荒事が得意ではあるが、別にジャンヌさんは阿呆では無いのだ、頭脳労働も出来る事は出来る、動機は何だが。
マイケルが頷いた。
「ジャンヌ助祭殿、そこまで聞けば依頼人は分かる、つまり、バロト家当主に収まる御方が、御自身の不在となる組織の不安要素を取り除こうと、こう言う訳なのですな、しかし表向きは枢機卿猊下の面子を潰す事無く………お優しい御方だ………」
マイケルは盛大に勘違いをした、しかし、それならそうと思わせた方が好都合なので、ジャンヌさんは肯定も否定もせず、曖昧に微笑んだ。
「助祭殿、そのバロト家令嬢とは、ひょっとして………」
ここまで聞けばⅠ、Ⅱマリア婆さんとて、その人物がジャンヌさんの姉と分かる。
姉マリアさんと面会も果たしているし、個人的にも相性が良い様なので会話も弾んだのだ。
婆さん目線では、仲の良い姉妹に見えていた、だから縁談妨害の口利きをしたジャンヌさんの、やむを得ない心情を慮りそれ以上は口閉じた。
それぞれが、それぞれの思惑で行動し、結果、事象の整合性が取れる事も有るのだ。
ただ、ジャンヌさんの計算違いは、レオンの周囲に強力なキチが居る事を知らない事であった。
まあ、どのみちキチの動きなんか予想出来る訳無いのだが。
この場はこれで散会となる、それぞれが、多忙だ、フェルチーニは件のレオン.パルトの情報収集に動き出し、尼僧組は法王庁に戻る。
さて、レオン.パルトの情報なのだが、これはジャンヌさんがフェルチーニに直接流しても良い様に思えるが、実はジャンヌさん、この度の任務の関係者にレオンが混ざっている事を知らない。
資料はざっと目を通したが、そもそも二課の任務はターゲットの情報収集に無く、一課局員の護衛だ。
氏名や所属兵科、移動時期からして分かりそうな物だが、ジャンヌさん的には別にレオンは報復対象でも何でも無い、だからこの妙な偶然自体を察知する事すら無かった。
もし、ジャンヌさんがアルの特異性、または任務の重要性を理解していて、その友好関係者の一人が、姉の縁談相手と知っていたなら、また違った結果になったかも知れない。
「何やら、妙な動きが異端審問に見られます」
「妙、とは何だね、中尉殿関係かね、法王庁も中尉殿の動向を探りだしたというのかね」
首都ロマヌス新市街の一等商業地にて営業している輸入雑貨店の事務所内での会話だ。
もちろん会話主は雑貨店の親父と仕入れ業者では無い。
いや、書類上はオーナーなのだから、やはり雑貨屋の親父で間違いでは無いのだが、普通の雑貨屋の親父は異端審問局の動向など口にしない。
報告を受けたのは四連合王国首相府、国家安全保障局諜報部局員アイランズ、報告者は同組織アルニン帰化諜報部員ランド、もう帰化して10年の古株だ。
アイランズはヤルタ島を後にすると、報告書を上げ、アルニンに潜伏した。
レオンがロマヌスに移動するので、潜伏諜報員に指令を出す為だ、また、彼の人物の人となりを直接確認したくもあり、接触機会を探っていたのだ。
「中尉殿を探っていると言うより、小隊の人員に接触している様です」
「おかしな事かね、中尉殿指揮下の部隊だから調査対象だろうに」
中尉殿とはレオンの隠語だ、現在の階級だから捻りも何も無いが。
「中尉殿の調査は大してされずに、その指揮下部隊を念入りにですか、異端審問の坊主供は中尉殿とも接触しましたが、特にアクションを起こさなかった様ですが………」
「さて、何処の諺だったか、将を射んと欲すれば、先ず馬を射よ、と有るからな。
部下の情報収集に重きを見たのかも知れない、いずれにせよ我が祖国が中尉殿関連の情報に遅れをとっている事は確かだ」
しかしランドは食い下がる、彼自身も妙な情報に得心が行かないのだ。
「いや、それが……余りに奇妙な顛末でして、何でも中尉殿の部下が坊主供の前で“悪霊祓い”を行って、それを坊主が嗜めるでも無く認めたとか何とかで……意味が分かりません」
うん、分からない。泣く子も黙る異端審問局員の前で(連中は旅の遊行僧と思っている)態々やる様な事では無い。
例えるなら、お巡りさんの目の前で盛大にジャージャー放尿するくらいに無意味な挑発行為だ。
しかも、そのお巡りさんから放尿行為を咎められるどころか、“いいね”と称えられたとあっては、どんな夢も叶う国にでも転生した凡夫の様に心温まり過ぎる、裏を探りたくなるのは人情だ。
何処ぞの変態勇者の“誰の放尿にもよるのでは?”は、引用しない。都合が良すぎる前提条件は書き手からすると、結論が迷宮入りする。
「何だね?それは?悪霊祓い?旧教ではそんなものが認められているのか?まあ中世では無いのだから、魔女狩りでもないだろうが……なんでそんな妙な真似を」
それより、その場では副隊長補佐による重大な秘密暴露が有ったのだが、連合王国は当事者だ、アルニンの新兵器テスト派兵など知れている。
「近代兵科とは結び付かない行為ですが、何でも、彼の部隊ではそれを普通に受け入れている様子だったと聞きました」
「………わからん、中尉殿の意向なのか………そのエクソシストとやらは、どの様な儀式なのだ。あと、誰がそれを行った」
情報の精度は良い部類だ、そもそも民間の宿泊施設の従業員にしてみたら、別に機密漏洩感覚ではない。多めのチップに愛想良く世間話をしたに過ぎない。
ただ、この情報発信源は、食堂給仕であり本職諜報局員では無い、だから人物像まではいちいち覚えていない、服装から軍人では無かったと証言に有った。
「軍人では無い、すると該当する人物は……アル武官待遇者か、何者だ」
首都移動人員名簿は入手している、この名簿一つとっても莫大な費用と労力が費やされている、連合王国諜報部は本気だ。
「アル武官ですか……特に重要調査対象者に上がって居ませんが……ですが、首都移動組に数えられているのだから、只人ではあり得ません、早速調査します」
連合王国人は外部の情報機関をあまり信頼して居ない、ましてや街の情報組織など使用しない、足が付いても困るからだ。
だからアルの阿呆の調査は、古巣のナザレに潜入調査となるのだが、まあ、ウンコ関係の情報満載で裏取りに時間がかかり、結果野放しになってしまう。
坊さん連中の行動を、今少し精査すべきで有ったが、後の祭りだ。
なのでアルニン担当、四連合王国諜報部としては、当初の予定通りに“中尉”の行動を追う事に終始する。