ドン.マイケルとジャンヌさん3
「同盟成立ですね~良かったです。では、早速なのですが依頼したい事が有ります~」
せっかちに過ぎる気もするが、ジャンヌさんも暇な体では無い、これから奇跡認定局に戻り審神者技術の習得講義が待っている。
それから異端審問局に戻り、此度の審神者審問対象者の中間報告を受け、一課長と共に異端審問局長とこれからの対策会議が待っているのだ。
Ⅰ、Ⅱマリア婆さんとて奇跡認定局の業務引継ぎ教育が有る。ただ、こちらは意外な事にスムーズに進んでいる。
マリア婆さんは元は大規模武館のNo.3で、組織の運営、指揮に慣れている。
些細な差違はそのうち修正するとして、大まかな儀式の流れや作法は覚えてしまっていた。
種を明かせば“俺”の方のⅡマリア婆さんが、この手の作法、儀式に強いのだ。好奇心と相まってほぼ習得した。
妹分として、当時随分と目をかけていたテレジアさんからの講義なので、Ⅰ、Ⅱマリア婆さんとして面子的に頑張った事が勝因である。
「さて、何でしょうかなジャンヌ助祭殿」
態度の急転に、比較的新しく加盟した幹部連は鼻白む。
古い連中は、まあ自分達も聖女ファン倶楽部の一員と云う事もあり、肯定的である。
「本来ならば人払いを願いたいのですが~、まあ、信頼も得られて居ないので良いでしょう」
「いや、聖女殿の姪御ならば全面的に信頼しましょう。おい、フェルチーニを残して場を外せ」
聖女フィルターが矢鱈と効いた、ローザンヌさんの実物は聖女でも何でもないのだが、この衆には通用しない。
あっさりと幹部連は引いた、フェルチーニは幹部連の中で一番の腕利きだし、Ⅰ、Ⅱマリア婆さんは此方に取り込んだ。
何よりも婆さんは二人の師だ、門下に甘い事も知れている。
それに小娘一人にそれ程の警戒は必要ないとの認識だ。
円卓にジャンヌさん、Ⅰ、Ⅱ婆さん、マイケルにフェルチーニの顔ぶれが残る。
「信をいただけた様でして恐縮です~。さて、依頼ですが、とある人物を脅迫して頂きたいのですよ~」
藪から棒の依頼で流石にマイケル、フェルチーニ組は魂消る、数十秒前に爆上がりした好感度が少し低下した。
「まて、助祭殿、何も態々マイケル坊に依頼する様な内容じゃ無かろ、それ位なら助祭殿の手下でも十分だろうに、何ならわたしがやるぞ」
異端審問二課実働経験は、実はⅠ、Ⅱマリア婆さんの方が長い。暗殺専門の極悪婆さんだが、脅迫や威圧示威もお手の物だ。
「いや、マリアさん、今回は二課動員は出来ないので~、むしろ本職のマイケルさん達の方が好都合なのです」
「ん、つまりジャンヌ助祭殿、ヤクザ組織を匂わせる系の脅迫ですかな」
単純な暴力威圧の脅迫ならば、確かに異端審問局員よりは効果を期待できるだろう。
ヤクザ組織は暴力が商売では無く、暴力も辞さない集団組織で有ると云う先入観が売りの集団なのだ。
単純に暴力商売のそれは傭兵集団になるのだから。
つまり、“暴力振っちゃうよ、良いの?嫌なら言う事聞け”がヤクザの売りで、
“仕事なんだから迷わず成仏してくんなまし”と直接暴力を振るうのが傭兵の売りだ。
また、雇用主が国で固定の場合は、その集団は国軍となり、特に雇用主が定まっていないのならば、それは傭兵集団な訳である。
当ったり前に思えるが、以前に触れた法王庁北門守備のスイッツランド傭兵団の例も有るので特記する。
彼の集団は、かれこれ百年は法王庁に雇用されており、団長は代々聖騎士を襲名する。
普通に解釈すれば、それは法王庁市国軍になるのだが、宗教国家に国軍の存在は歴史上不味いのだ、最悪法王庁自体が消滅する。
だから契約雇用上の傭兵集団であると云う建前は必要なのだ。
………十字軍に見られる様に、宗教国家の影響力は、国際社会通念的に脅威に過ぎるのだ。
また脅威は排除する事も、そのために一致団結する事も、国際社会通念上常識なのだから。
長々と話が反れた。
「わからん。助祭殿、話しぶりでは助祭殿の個人的な依頼みたいだが………。
こう言っては何だが、公私混同では無いのか?わたしはまあ、自由に街中を往来出来る権利をもらったから文句は無いが……助祭殿に益は有るのか」
忘れがちだが、婆さんはアルニンで指名手配されている。
僧形、と言うより本物の尼僧に落ち着き警邏から逃げ回らなくて済んだのだが、(信者でなく信徒なので法王庁市国民に帰化される、現行犯でなければ逮捕は難しい。また身柄の引き渡し要求は煩雑な手続きが必要であり、法王庁側の意向で却下も有り得る、つまり実質不逮捕となる)当然勤行やお勤めが有り、勝手に出歩けない。
それを奇跡認定局の公務として街中(カストーラへの貸し出し)を出歩ける様にして貰ったのだから、婆さんに益は有るのだ。
「短期的には利益は無いですが~長期的には(溜飲が下がる程度には)益が有りますよ」
………つまり、実益は無いのだ。
まあ、姉マリアさんに長期に渡りストレスを与える事で下がる溜飲だから、ジャンヌさんの静かな怒りは恐ろしい。
「なんだそれは?何かの報復か?そんな悠長で復讐になるのか?助祭殿らしくないな、直接報復するわけには行かないのか?助祭殿には世話になっているから、わたしが報復してやるぞ、どこの誰なんだ?」
「いや、いや、いや、そこまで大事にする気も無いですよ~。
まあ、ひょっとしたらその内マリアさんの手を借りるかも知れませんが~まだ暴力は必要ないのですよ」
「つまり、奇跡…何とか…局とは関り合いの無い、ジャンヌ助祭殿からの直接依頼な訳ですな、分かりました。それで脅す相手は誰ですか?」
脅すだけなら簡単な仕事だ、更にジャンヌの弱みを握る事にもなる、報酬(Ⅰ、Ⅱマリア婆さんの組織在籍)と天秤にかけてみて充分にお釣りが来る。
更にジャンヌに上手にしておけば、元“聖女アンナ”との伝を作って貰えるかも知れないのだ。これは大きい。
マイケルは変な所でウブな男だった。
「アルニン政府内閣府、総務官僚、アンジェロ.パルト氏の弟、レオン氏を。何でも軍人だそうでして~脅迫するには非番時を狙うしか有りません」
「パルト家の者か………また大家が出て来ましたな………」
前にも記したが、パルト家は四大家門、クラディウス家に連なる家で、首都に十家程存在する。政治家門であり、アルニン政府の要職になにがしか就いていた。
無論全て一族である、同姓別家では無い。ただ、宗家は現元首の所属するクラディウス本家であり、パルト家門間に特に序列は無い。
Ⅰ、Ⅱが興味を示した。
「パルト家には縁が有る、首都にも有る家門なのか………さもありなん、終世執政官に推される位だからな………」
婆さんはレオンの名は忘失していた、簀巻きにして蹴転がした位の事ではいちいち覚えていないのだ。
特に誰もⅠ、Ⅱ婆さんに補足で説明などしない。と、言うよりパルト家について詳しく知る者も居ない。普通そうだ。
拙にした所で、地元代議士の親族構成など知らないし、興味も無い。
「陸軍ですか?ジャンヌ殿、海軍ならば所在地が違うから骨だ」
これはフェルチーニ、恐らく実行部隊はフェルチーニ一党となる、実働部隊だ。
海軍本部はコルス島に有る、ただ海軍大将は総合総司令総本部に詰めている、これは陸軍大将も同じだ、総責任者が現場に詰めるほど緊急時では無いのだ。
「陸軍ですよ~砲兵科のエリートと聞きました、私と同年代で士官だとか。
陸軍の研究室に所属していた事が有るとかで、一度地方に移動して、この度中央に返り咲きなのだから~有能で優秀なのでしょうね~」
ここらは姉マリアさんの自慢話から得た情報だ、サンドロどんからアンジェロどんに打診して帰ってきた最新情報だ。
中央所属に決定なので、サンドロどんにしても気がかりは無くなった。
アンジェロどんからも色好い返事を貰っている、後は当人の了承だけの段取りだ。
………それをブチ壊そうとするのだから、ジャンヌさんも相当アレだ。枢機卿が絡んでいるのだから絶対に表に出れないのだ。
「脅す内容はなんだ?またどの程度脅せば良い、手足を折る程度か?それとも……」
実行部隊のフェルチーニの質問は生々しい。
ただ、ここにはそんなんで怯む様な輩は居ない。
「程度はポルチーニさんに任せます、内容はですね、バロト家との縁談辞退ですよ」
ここでヤクザ連中は早合点をする、目の前のジャンヌ助祭もバロト家の出だ。
バロト家の誰かがパルト家と通婚するのだろうが、それを由としない者がジャンヌ助祭に頼んだのだと。
なるほど、ならばジャンヌ助祭個人の依頼も頷ける。元々荒事専門の審問二課長だ、本来の依頼人がジャンヌ助祭を頼る事も充分に考えられる。
つまり、バロト家内部の騒動が予想された。
「成る程、パルト家がバロト家と結び付いて欲しくない者が居るのですな、大家同士、溢れる利権も有ると云う事で……」
全然違う、要は姉マリアさんに対する嫌がらせなのだが、そんな事までいちいち教える必要は無い。
ただ、重要な事が一点。
「マイケルさん、ポルチーニさん、この縁談はサンドロ枢機卿猊下の声掛かりです~、
なのであからさまな脅迫では不味いので、先方から断る様に仕向ける事がベストですね~。
下手打つとマイケルさん達がアルニン警邏局に検挙されてしまいますので~」
こんな重要な点を最後に持ってくる辺り、ジャンヌさんも油断ならない、こんなで異端審問二課長だ、歳にそぐわない経験も積んできたのだ。
武侠の方も間話を投稿しました、よろしければお目通し願います。