ドン.マイケルとジャンヌさん1
「マイケルさん、面会依頼を受けて下さった事を感謝します」
「他ならない劉老師の口聞きだ、ジャンヌ助祭殿」
ロマヌス旧市街のとある高級ホテルの大会場だ、ポツリと大部屋中央に円卓が置かれ、差向いにジャンヌさん、ドン.マイケルだ。
無論Ⅰ、Ⅱマリア婆さんと、カストーラ幹部面々も揃っている。
大部屋なのは盗聴防止、襲撃予防のためだ。入り口から遠いので襲撃者が飛び込んできても、正に飛んで火に入る状態になるからだ。
尤もこのホテル自体がカストーラの所有物だ、この事は幹部連中も知らない。ケツ持ち物件の一つくらいにしか認識していない。
「それでジャンヌ助祭殿、我々に面会を願った理由を聞かせていただきたい。
フェルチーニからの報告では異端審問局に協力依頼との事だが、近頃助祭殿は旧市街から新市街(法王庁内勤)に移動となりましたな。
ルッツァ地教区(旧市街ロニオ小教区管内)から外れるのならば管轄違いになるのでは?」
流石に情報が早い、あの後姉マリアさんが何食わぬ顔で奇跡認定局に戻ってきた時には、ジャンヌさんとⅠ、Ⅱマリア婆さんの移動辞令書を引っ提げてきた。
サンドロさんに面会したついでに、総務省人事課への命令書を書かせて発行させたのだ。
特務省内の移動人事なので、その長官であるマカロフに根回ししなければ、本来マズイのだが当時マカロフは不在だった。
サンドロも特務省長官だった事があり、マカロフの先任だったので、マカロフに対し貸しの二つ三つ有る。
その旨を匂わせた親書をマカロフ主席秘書に送り、事後承諾を得るつもりであった。
異端審問局二課長の移動なので、本来ならば通らない話だが、聖遺物の聖選別が成されたと有っては通さなければならない奇跡だ。
またその奇跡認定する当人からの認定証言付きである。
悪知恵が回るお調子者が暗躍した結果だ。
サンドロにしたら姉マリアさんを自分の直属に引き抜いた形となる、これくらいの無理は聞き届けた。
但し、後日マカロフから注文が付き、後任が決定するまでジャンヌさんは二課長を兼務する事になる。
奇跡認定局、異端審問局も特務省管轄なのだから否はない。
「流石に耳が早いですね~あっ、マリアさんからですか」
「マズかったか助祭殿、わたしの事でも有るから伝えたのだが」
一応は上司に当たるのでⅠ、Ⅱマリア婆さんもジャンヌさんを立てる。
んで、そんなⅠ、Ⅱマリア婆さんをゴッドマザーとして敬い、また武術師として尊敬しているカストーラの面々はⅠ、Ⅱマリア婆さんを立てる。
一見するとジャンヌさんが最上位者に思えるが、カストーラにしたらファミリーを襲撃した小娘でしかない。
いや、異端審問局二課長の肩書きから、他組織の敵対幹部認識でしかない。
少し前なら、ジャンヌさんにしてもカストーラは唯のヤクザ組織認識でしかなく、こちらの武力と組織を見せ付けた圧迫同盟対象でしか無かった。
それが事情が変わった。
「構いませんよ、マリアさん。マイケルさんの組織力ではどの道知れる事ですから。
それにマリアさん、当分は異端審問局も兼務するので、マイケルさんの助力は必要なのですよ」
新市街と旧市街は隣地である、教区は当然別では有るが、Ⅰ、Ⅱマリア婆さんの往来には関係無い。
なので、所在地移動に婆さんは差程重きを見て居なかった。管轄教区など考えても居なかったのだ。
そもそも40年程昔にゴッドマザーとして暴れていた頃は、ロマヌス全域で活動していた、その感覚から教区を細かく考えた事が無いのだ。
「そうか。まあ縄張り違いと考えれば軽率だったな、気をつける事にする」
何か偉そうに応じる婆さん。ファミリーの手前のポーズでは有る。
「マイケルさん、マリアさん関係の話はついたのですか?」
「ジャンヌ助祭殿、他人事の様に言うが、助祭殿が襲撃の主犯で有る事を忘れては困る、確かにルッツァ教会に対して不埒な行いが有った事は認める。それについては謝罪し、補償もしよう。
だが、襲撃はやり過ぎではないか、普通に対話する気は無かったのですかな、異端審問の名を出せば面会には応じましたぞ」
「あ、マイケルさん、あまり異端審問局の名称は出さない様にお願いします。これでも隠匿されている機関なので」
「待て、マイケル坊。助祭殿はついでに付いてきただけだ。わたしも些か腹を立てていたからな、どの道ヤクザは嫌いだから殲滅するつもりだった。
ポルチーニに出会さなんだら、わたしはお前達と知らないまま殺める所だったのだ、すまぬ」
場の空気が重くなる、何を!と色めき立つ者、呆れて絶句する者、鼻で笑う者、………そして本気で震え上がる者。
「いやマザー、いや老師、その話しならば済みました、今更蒸し返しませんよ、ジャンヌ助祭殿は現場に居合わせただけですよ」
マイケルが即座に前言を翻す、マイケルにしたら一言位の謝罪を求めるためだったのだが、やぶ蛇だった様だ。
ゴッドマザーの事をよく知らない者は大口を叩く婆ァ認識だが、実際に教えを受けた者からしたら恐怖でしか無い。
3cmの導火線。
Ⅰ、Ⅱマリア婆さんの(当時は二十代だが、小娘と表記するのも妙なので婆さん表記とする)の気性と暴力性を表したマイケル一党内の隠語だ、門下には寛大だが敵対者には容赦無かったのだ。
超短気で躾には厳しく、筋肉ダルマの大男を、一撃で仕留める武力を有する“烈火”の様な人物。
他組織に懸賞をかけられ、送り込まれた殺し屋を、全て返り討ちにした最強の殺し屋武人。
幾分か人間性が丸くなった様だが、侮るなど飛んでもない相手がⅠ、Ⅱマリア婆さんだ。
………何時もの事だが、何で運送屋なんぞを?
連れ合いの猿山亀太郎、(葦原名。清那帰化名、張柔剛)にその辺りの原因が有りそうだが、本編で触れる事はまず無い。
「ではこれにて手打ちですね~」
呑気な物である、しかしジャンヌさんもこれでも修羅場を潜って来ている。
移動先の教区の顔役に繋ぎを取り、協力を得るなど、本来この年頃の娘には無理だ。
これはジャンヌさんの精霊鳥“アイシャ”の助言にもよる。
命に関わる様な危機は囁いてくれるのだ。
「………面白いお人だ、さて、話を進めよう。
劉老師の事は此方で話がまとまりましたが、ジャンヌ助祭殿の用件が分かりません、協力要請との事だが、どのレベルの要請なのです、また、報酬は如何程で」
当初は当方の活動に手だし無用、また簡単な調査依頼程度の協力要請だった。
だから圧迫同盟で宜しいと踏んでいたのだが、それもこれも異端審問局二課長なればこそだ。
その肩書きが外れる、当分兼務だが、姉マリアさんの還俗時には完全に外れてしまう。奇跡認定官となれば法王庁から出歩く事は出来ない、だから兼任は不可能だ。
ジャンヌさんにはやらねばならない事が有った、いや、出来た。
それは姉の縁談の妨害だ。
なにもジャンヌさんはシスコンでは無い、姉の嫁入りが悲しく、傍に居たくて妨害するのでは無い。
それまでは姉に振り回されはしても“しょうがないな~”で済ませてきたが、今度ばかりは腹に据えかねた。
他に奇跡認定審問官の候補者が居ないのならば仕方ない、それに還俗前提の出家だから引継ぎが必要だとも理解している。
あの時は実妹の自分しか奇跡認定審問官証に適合する者が居ないと思ったから我意を引っ込めたのだ。
それが、再従兄弟のミッチェルや従兄弟のアーチェスト、同ロクサーヌ、にメリッサ。更に奇跡認定局員見習いのイヴァン、正局員のヴェルサス、局長補佐役テレジアの付き人のヴィラン。
何か矢鱈と適合者が出てきた、精霊鳥“アイシャ”がそう教えてくれた。
その事を姉に問いただしたら“だって皆んな臭いから嫌だって言うし、何よりもルイーズが継いだ方が何か格好いいじゃない”
流れ的に。などとほざき、ジャンヌさんは静かにキレた。
その後、サンドロの紹介で還俗に合わせて見合いをするだの、在家信仰者組合に請われて行くことになっただの、叔母を傀儡にして私が組合を牛耳るだの、引退式に餅を配るなど、妄言を垂れ流し始めた事により、ジャンヌさんの決意は不動の物となる。
姉が結婚願望が強い事を知っている、また、政略の意味を深く考慮していないので、年上が駄目だと云う事も。
つまり放っといても、縁談がまとまる可能性が低いと云う事も理解していた。
ならば、その低い可能性を0にするまでだと決意した。
その為の手足として、Ⅰ、Ⅱマリア婆さんの強い伝が生かせる、カストーラファミリーとの同盟が必要となったのだ。
………流石に現審問二課の部下は使う事は出来ない。
まあ、姉マリアさんの自業自得とは云え、妙な成り行きになった事は結構な事である。
猿山亀太郎、筆名候補でしたが亀は嫌いなので没となり、結局本名の可児夫を採用しました。姓は適当です。
蟹江カニオ、本人は矢鱈と気に入っています。