その名はアレキサンダー
「それじゃ窓際に並んだ並んだ」
ターゲットが悪霊祓いをすると言う。坊さん連中にしてから実際に施術される現場を見るのは初めてだ。
砲兵連中の退魔希望者は素直に並ぶ、山岳歩兵の面々も何とは無しに並ぶ、信じる信じないは兎も角、成功ならば儲け物位の感覚だ。
「何でシレッと軍曹も並んでるんだよ、軍曹は無理……っと言うか可哀想だから駄目」
「馬鹿野郎、可哀想ならば真っ先に祓え、そもそも何で今まで祓える事を黙ってた」
体調不良の原因がジョージとやらのせいならばとっとと祓えば良い、時間は有った。
ダッドは腹の中で毒づく、確かにメリットも有るが、死霊に取り憑かれたまんまを良しとするほどには益はない、
祓えるならば落として貰いたいのだ。
「馬鹿野郎!可哀想なのはジョージ君だ、ジョージ君は見ていて面白い。そもそも悪霊祓いを教えてくれたのは……と言うか気付かされたのはジョージ君のお陰だ戯け、俺を恩知らずにする気かよ」
「このキチ外野郎!さんざ俺に世話になっといてそっちは無視で悪霊に恩義が有るだァ……おし、分かった覚えていろ」
ダッドの目付きが危ない、殺意三割増し状態だ。
「ゴメン、そんなに怒んなよ軍曹、ジョージ君は祓え無い………って言うか、祓うとマズイ」
「見ていて面白いからか、あぁ」
ダッドが絡む、確かに体調不良に引きずられ情緒も不安定気味である。
「そうじゃ無くてだな、ジョージ君はレベルが半端に高い、だから祓うとしたら喰わせるしか無いんだが………なあ、軍曹、俺がふて寝している間に、爺ちゃんが喰われたんだが、どうなったと思う?」
サラッと飛んでもない事をほざく阿呆、ダッドは怒気を削がれた。
「………喰われたって四号にか、………お前あん時別に慌ててもいなかっただろが、どうなった?」
「角が生えて格好良くなった、バランスも良くなったし、ギリ、ケンタウロスと呼べない事もないな」
「………婆さんの方はどうなった、爺婆に取り憑かれてんだろ?」
「ああ、婆ちゃんは角の生えた爺ちゃんに喰われた、つまりは雌雄同体、完全体だ」
本当にサラッと飛んでもない事をほざく、まあ、既に故人なんだから何時までも付いてこられても困るが………何だかなぁ
「………今度は何が生えたんだよ」
「羽?かな?いや甲殻?ほれ、甲虫って甲殻の下に羽有るじゃん、そんな感じ」
カブトムシかよ。ただ、角はいわゆる尖ったワ〇ウ角でカブトムシの様な角で無い。
少しまとめると、人頭馬をややケンタウロス寄りにして頭部からワム〇のような尖り角、馬の背中に甲虫の甲殻、全体的に暗黒色であり、人語を解し対話可能、アルの爺婆をインストール済み。
………出来損ないの下級悪魔だと思う、どうやら爺婆を取り込んだ事により人格の主体は爺婆に有る様だ。
マジでキメぇ。
「お前、そんな化物に取り憑かれていて、何で平気なんだよ、そんなお前が一番キメぇよ」
「馬鹿野郎、うちの爺ちゃん達を馬鹿にすんな、“姿形は違えども我が身内に違い無し”だ」
何かの台詞の引用だが、もとネタは不明だ。
「そんな訳でジョージ君は勘弁だ、何が生えるか分からん、軍曹だって妙な進化したジョージ君なんぞ背負いたく無いだろ?」
生えてくるのが毒キノコ程度ならば良いんだが。
「こっちこそ勘弁してくれ、ジョージならばくれてやるから、爺ちゃんにでも喰わせろや」
聞き捨てならない情報がポロポロと零れている、二個イチはそれに気がつかない。
坊さん連中は聞いていない振りをする、まだまだ情報を拾いたい。
「曹長、アル、今更ながらとは思うけど止しにしな、お坊さんが目を白黒させている、それよか早く祓ってくれ」
コロンボもシレッと並んでいる、ブブエロなんかは興味無さげだ。
「だとさ、だから軍曹は坊さん連中の所だ」
何でだ?とダッドが尋ねるが、周囲が強制排除した。
グループ分けだ、などと応じるが意味不明だ。
これ幸いと諜報坊主達はダッドを質問攻めにする、
四号とは?今まで何が有ったのか?
テュネスで集団憑依されたとは?
そもそも何のための出兵だ、本当にテストだけが目的?
大量殺戮とは?
など重要な質問とどうでも良い質問を織り交ぜてながらだ、勢いに負ける性分と坊主達は見たのだ。
「さて、出よ四号集団、いやさアレキサンダーズ」
………酷いネーミングだとは思うが、アレキサンダーとはアル爺の本名だから仕方ない。
元船乗りで、出自定かならずの外国人なのだから、名前に関する苦情はそちらに願いたい。
ズ、なので複数なのだが、奴等は別にアル爺婆の分体ではない、カブトムシケンタウロスがアル爺婆だ、その他の化物も妙に変化している。
アル以外に見えない事が幸いだ。
………実はアルは把握が面倒臭くなったので、アレクサンダーズが共食いを始めて、最終的に二~三体になれば良いと画策している。
今の所ジョージ君の行動は色々参考になるので放置しているが、終いに爺婆に喰わせるのも手だと、たった今思い付いた。
……コイツはコイツでやはり碌でも無い。
ゾクリ!窓際の面子は総毛立つ、背筋にかけて悪寒が走る、一度だけでは無い、続けて3~4度の悪寒だ。
ヒュッと息を吐く強面の兵隊。いや、目付きに怯えが見て取れる、本能的な恐怖を感じたのだ。
「な、なんだよ。一体何だ、山ん中でたまに感じる気配だったぞ」
「音が消えた……山岳でもたまに遭遇する」
「何かビクッとした、何が有った?」
「うううぅう………」
最後のは犬語の変人の物だ。本物の犬ならば尻尾を巻いている所だが、こんなで軍人だ、威嚇するだけ天晴れだ。
初出のルキーノ伍長、極度の犬好きだ。
「もう良いよ、追っ払った」
アルが終了宣言をする、野郎自体はなにもしていないのだから、肩透かし感は有る。
ただ、悪霊祓いは成功したと、これも本能的に感じた。目に見えて何か変化が有る訳でも無いが、心なしか肩が軽い。
「アル凄いな、祓い落とされたのが分かる。体が軽くなった様な、気持ちが軽くなった様な、何か上手く言えないけど、生まれ変わったような」
余程鈍く無い限り、大体の人間は霊感知はする。
幽霊、霊、怨霊、悪霊の類いは頑なに信じない人も魂の存在には寛容だ。
体と魂。もしくは生命力。
生きていれば、体は勝手に活動しているのでは無く、生かされている事に気がつく。
それが何に生かされているのかと考えれば、魂ではないかと阿呆で無いならば思い至る。
そこで大概の宗派の坊主達は、上手い事考えて、ならば肉体が滅した後の世界を構築して刷り込ませた。
即ち地獄極楽。
肉体無き自己存在。
それを許容する世界観。
大衆に刷り込まれた死後世界。
その死後世界の住人になる自己の魂。
そう、およそどんな宗教に入信していようが、死後世界を前提にしていたら魂の存在は外せない。
つまり、魂=霊とするのなら、魂を内包する肉体は霊に反応するのだ、既に手持ちに有るのだから。
この場合は、信仰教義に裏打ちされた霊的過敏とでも言うべきか。
だから他宗教……いや、故国の土着宗教信者であるブブエロなんかは、生物の死後は精霊と化す教義なので、この国の悪霊祓いになんぞ興味も無いし、それだから霊的に鈍感なのだ。
「まあ、皆んなの奴は野次馬みたいな物だから、放って置いても飽きれば離れただろうしねぇ」
………言葉を返せば、つまりダッドのグループは放って置いては離れない輩達だ。
コロンボ、ダッドに続いてシレッと並んでいたピエト一等卒、掃除手兼運搬手が感心する。
「アルさん、いっその事祓い屋か何かやらない、実家の近所に祓い屋が居たけどソコソコ儲けてたよ、流石に祓い屋に組合なんかは無いから必要資格は無いよ」
あえて組合名を付けるとしたら、“祓い禊業同業者組合”だろうか。
ただ悪霊払いを立証して、祓い禊の効能を、文面にて明文化出来ない事には、御上に申請出来ないだろうから無理だろうね。
阿呆は少し考え込む。
「言われてみれば………別に軍属なんぞ続ける意味無いしなぁ。特許なんてアレは駄目だのコレは見送れだので、一個も特許取れてないしな。
その点祓い屋ならば、たった今出来ると実証したし、特に坊さんに怒られないとも分かったしなぁ。
いっそそうするか………」
諜報坊主は聞き耳を立てている、どうやらターゲットはアルニン政府にそれほど帰属意識は無い様だと理解した。
その後、アルを中心に漫才の様なやり取りに終始し夕食となる、各自に配膳されるのではなく、バイキング形式だ。
レオンも下りてきたが、特に他兵科の人員や坊さん連中に気にも止めない。
十年近く首都居住だったのだ、珍しくも無い。
連合王国の諜報部にマークされたレオンでは有るが、異端審問局からしたらほぼノーマークだ、ターゲットの友好関係者とのみ認識されている。
坊さん連中は、当たり障りの無い接触を果たしたのみである。
翌日、各団体予定通りに移動を開始した。