幽霊はセーフ
「………そんな事が可能なのですか……」
近代戦史上、三個重装歩兵が壊滅する様な事例は無い。
火砲とは、云わば投石機の進化した物で、基本巨石を投げ、堡塁、城壁を破壊する為の対物兵器だ。
テュネスのテレ街道戦で連合軍の行った重装騎馬迎撃戦術は、騎馬誘導の上の定点砲撃だから、見掛け上対人砲撃に思えるが、その実防戦戦術だ。
誘導され砲撃されると分かっていながら騎馬突撃をかます馬鹿な指揮官は居ない。
敵重装騎兵を遊軍にする為の布陣が、重装騎馬迎撃戦術の根幹なのだ。
砲撃による敵部隊の撃破は、本来考慮されて居ない。
それがダッドの告白により、砲撃による敵部隊の撃破が明かされたのだ、与太話で無い事は不思議と知れた。
「ああ、軍曹、そっちはあんま関係ない、大体は四号行きになったから俺ん所。
皆んなはテュネスの首都で拾った、外人が珍しいんじゃ無いかな」
「そうか?じゃ、灯台の砲台での戦闘も関係ないのか?」
「軍曹以外はな、ジョージ君が何かやってただけだ」
ドルド軍曹が口を挟む、有無を言わさぬ口調だ。
「我輩達は軍人だ、戦闘で敵兵を殺すのは仕方ない、またそれを怨み思われ怨霊に取り憑かれるのも、またやむを得ない事だ。
それよりアル君、昆虫炭をくれ、代価なら払うぞ」
「待ちなさいって、わたしは嫌よ、ちょっとお坊さん、悪霊祓いってわたしも追加で頼める?」
我も我もとサンダースに続く者は続く。
ドルドの様に気にしない者はやはり気にも留めない
山岳歩兵の面子も身に覚えの有る者はどさくさに紛れてサンダースに続く、カオスだ。
………張りつめる空気がダレた、アルはダッドの肩をポンポンと叩く。
「んー軍曹、折角の演説だったけどね、落ち着いたか?」
「あん?落ち着いたって何だ、俺は冷静だぞ……まあ、チト喋り過ぎたか……」
本来なら情報漏洩罪で軍事裁判物だ、対外的にはテュネスには派遣されただけ事になっている。
当事者の、更に実質的な小隊副長の口から大規模戦闘参加を明言したのだ、ヤバいっしょ。
「それがな、まあ平たく言えばジョージ君が暗躍してる、周囲を巻き込んで一致団結した、チキンさんが話の腰を折ったから皆んな正気に返ったね、こんな事も有るんだな、面白い」
「あん?何言っている」
「さっきまで凄かったんだぜぇ」
何やカンやで二人は仲良しだ。
………どうしてこうなった?ターゲットに接近を果たし、気軽に会話が出来る場の雰囲気に誘導し、有力な情報も幾つか入手した。
ターゲットも特に警戒もしている様子も無く、人柄、人格も大概知れた。
話の流れから、ターゲット当人を法王庁に誘導する事に半ば成功した筈なのだが、
………どうしてこうなった?
「曹長とアルさんだけに紹介状を書くなんて言わないでよ、皆お祓いして貰いたいんだから」
お姉ぇ言葉なだけのゴツいおっさんに詰め寄られながら、諜報坊主達は思案する。
まさか全員分の紹介状を書く訳にはいかない、この大部屋(大食堂)にいる半分が紹介状を求めているのだ、いや、書くのはかまわない、
ただ独断での判断でターゲットに紹介状を書いたのだ、この人員分の紹介状を書き作戦に支障をきたすものか思案した。
現法王の方針で、異端審問局、奇跡認定局、聖騎士団は縮小されている。異端審問局は三課が廃止され、奇跡認定局は二課である悪霊祓いの人員が廃された。
聖騎士団は人員自体が減らされ、専ら式典の賑やかし要因と化している。
つまり、奇跡認定局には本職の退魔局員が居ないのだ、探せばかつての二課局員も要るだろうが、何れも高齢だろう。
いや、それよりも何故かここの人員は奇妙な程にターゲットの言葉を聞き入れた、言葉遣いはぞんざいで特に響く物も無い物言いだが、凡そ信じられない様な内容の指摘だ。
考えを改めた、ターゲットと親しげな砲兵がオカルト思考誘導をしているのでは無く、ターゲット自身がオカルト肯定者で有ると理解した。
尻馬に乗った山岳歩兵の面々は分からない、だが砲兵の方はターゲットのオカルト発言を全面的に受け入れて、あたかも自分達が悪霊に取り憑かれていると信じきっている様子に見える。
少し考え難い。
つまり、ターゲットの言葉を信じるに足りるだけの実績が本人に有るのだろう。
奇跡認定局で審神者するまで、ターゲットの能力は判別出来ない。
ターゲットが如何なる実績を示してきたのか、それを聞きたい。
示してきた実績は不可思議案件で有る事は間違い無い、またそれは問題無い。
宗教は真性のオカルトで有ると、職務上理解している、
だからターゲットのオカルト具合が低レベルなのか、それとも預言者足り得る真性寄りなのかを確かめる必要が有った。
諜報坊主達は、少し欲を出した。
「救済を求める信者に施しを与えるに吝かでは有りません、紹介状は全ての方に書きましょう。
ですが………」
他の坊主が続ける。
「そちらの……アル殿とおっしゃいましたか、アル殿にお尋ねしたい事が幾つか御座います、宜しいですかな」
なあに?などと矢鱈と呑気に答えるアル殿。設定年齢は21なのだから、今少しマトモに対応せんかい。
因みにジャンヌさんとタメだったりする。
「悪霊云々を口にされましたが、アル殿は悪霊を見聞き出来るのですか?」
審問と取れない事も無い質問だ、ムッ、とダッドが息を呑む。
「あいつらが悪霊ってんならそうだ。けどねぇ、色々教えてくれるし割りと便利だ。
逆に聞くけど、あいつら悪霊なのか?
いやね、軍曹に取り憑いてるジョージ君なんかは、そりゃどう見ても悪霊だ、他の奴等は、まあ善良なもんだ」
俺のは悪霊かよ、とダッドが呟く。
「いやー、悪霊って言うかねぇ、最近分かったが、別物だね。皆んなの奴は、別に臭く無いし一号になって散らない」
「何だそりゃ、つまり、まんま幽霊か?」
チラリと坊さんを見るアル。
「幽霊は坊さん的にはセーフ?」
知らね、別に宗教者の活動範疇に無いのが幽霊だ。
ただ、超自然現象は、言葉を代えれば“奇跡”なので一応窓口は有る。
「………それが迷える信者で有るなら、如何なる立場に有ろうとも救済するのが我々です………」
外国人の霊で、テュネスは景信教が差程浸透していないのだからアウトでは……と、一同は思ったが、ややこしくなるだけなので誰も突っ込みは入れない。
「いやね、皆んなの奴ならば、別に簡単に追っ払えるのよ、別にセーフならば態々坊さんが紹介状を書かなくても俺がやるよ」
?悪霊祓いを行うと。
田舎の方では、兎に角何でもカンでも教会に面倒事を持ち込まれるので、退魔の様な事を行う事も有る。
結果祓うのだが、別に神力、退魔力による祓いでは無く、つまりは信徒の教会に対する信仰心から祓いが成立するのだ。
国教である景信教はアルニン国民ならば全員加入している、また田舎は教義が浸透しており、地教区長の司祭は地位的には村長より上位認識されている。
その、尊敬され心服される地教区長自らが見よう見まねながら退魔を行うのだ、
佯狂(狂ったふり)ならば背徳罪悪感から正気に戻り、ふりを止めるし、動物雑霊の類いならば司祭村民一丸の気迫に恐れを為して逃散する。
本当に結果成功するだけなのだ。勿論失敗例の方が多い。
その場合は、民間のいわゆる祓い屋に回されるのだが、成否は教会の関知する事では無い。
大昔は異端対象であり魔女狩りの的の様な祓い屋だが、これは生まれもった資質による物が大きいと、取り締まる側である坊さん連中は理解していた。
技術による退魔、つまりは姉マリアさんの様な口八丁手八丁で依頼人一同を丸め込むスタイル、(護符や護摩の灰を高値で売り込み、金銭的負担からのプラシーボ効果)も有る意味先天的退魔異能力であり、
そのまんま悪霊雑霊を見聞きし、祓い落とす事が出来る資質を有する者も、極稀に誕生する先天的退魔異能者だ。
かつての奇跡認定局二課局員は、そうした者達をスカウトして出来た部課だ。
だからターゲットが、あっさりと退魔を行うと言った事により、生れつき霊対話能力が有ると知れた。
また、奇跡認定二課局員の申告から、その力はかなり巾が有るとも知っていた。
そう、他宗教に於いては上位者ならば“神降ろし”すら行う能力、異能で有るとも。
………ターゲットを審神者審査する第一目的は、ターゲットが預言者で有るか否かを審理する為で有る。
妙な経緯に諜報坊主達は息を飲んだ。