皆してテュネスからお持ち帰り
「んだよ、チキンさんと一択さんもこっち来たのかよ」
「何やらグルメな話が聞こえたからな、グフフ」
「同志の危機には駆けつける、それだけだ」
別に美食話はしていない、ついでに危機でも何でもない、馬鹿を治す段取りをしていただけだ。
チキンさんとは、鶏の生まれ変わりの人でドルド軍曹だ。エセ美食家にしてゲテモノ美食家でもある。
便所コオロギの炭が琴線に触れた様だ。
チキンなど本来腰抜けのスラングなのだが、職業軍人にこんな渾名を着けよう物なら、本当ならば血の雨案件となる。
しかしこの人は特に意に解さない。多分性分が鶏寄りなので誉め言葉と理解しているのだ。
一択さんとはマリオ軍曹の所の装填手で、例のウンコ一択の人だ、因みに鼻シェイクがマリオ軍曹。
本名はアダモ、階級は伍長。別に彼はスカトロ趣味は無い、幼少期に卒業した肛門期を近年派手にぶり返し、哲学的な思考に超絶下ネタが混ざるエセインテリの変人だ。
そもそもウンコ一択にも理屈はある。
ウンコ味のカレー、カレー味のウンコ、どちらも嫌だが、彼曰く“誰のウンコにも依るのでは?”を真面目に討論した結果、
“絶世の美女のウンコで拵えたカレーならばイケるのでは?”となり、
“いや、いや、ならば絶世の美女のウンコ味を正確に模したカレーなら万人受けするのでは?”
と、侃々諤々の流れとなり、件のアダモ氏が、
“待て諸君、折角の美女のウンコがカレー味など言語道断だし、態々美女ウンコ味にしたカレーなど食す意味も無く片腹痛い。
そこで前提条件として絶世の美女のブツとした所で……”
“ウンコ味のウンコ一択”と結論着けた訳なのである。
………馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しいついでに、彼は三砲研設立に惹かれて部所移動を願い出た訳では無い。
一頃ナザレの軍轄酒保に流れた、“ウンコの使徒が爆誕した”の噂に釣られて部所移動を願い出たのだ、だから噂の主であるアルの事を彼は同志と呼んでいる。
「そう言うけどな、訳分かんなく怒られるのはこっちだぜ、まあ、最後に飴くれるから良いけどさぁ」
「飴なら買ってやるからさ、行ってきな。じゃ坊様、二名様ご案内で」
コロンボの言い草も大概だ。
「話は済んだかね、では昆虫炭を我輩にだね……」
「待ちたまえ軍曹諸兄、どうも諸兄達は人間が濃くていけない。お寺殿、そもそも悪霊祓いは成功する物なのかね?田舎では長い間教会に通った挙げ句、馬鹿みたいな木偶になった者も多い」
いや、成功しようが失敗しようが、その点だけは大差無いのでは……が一同の声無き突っ込みだ。
あと、濃さならアンタが頭一つ抜きん出てる……も追加で突っ込まれる。
「そこで聞きたい、同志のウンコを除いた悪霊は、本当に祓う事が出きるのかね?」
……意味不明である、坊さん連は互いの顔を見合い、理解者を探すべくアイコンタクトを試みるが、誰も意味を理解できず当然返答出来ない。
「コラ!妙な事ほざくな、キチ外ばかりが居ると思われるだろが、済まん坊さん、兵隊は口が悪く汚い、勘弁な」
「いや、曹長殿、これは重大事項だ、思うに同志の能力は、多分にウンコに起因している、だから……」
ああ、成る程。などと得心が行く者は頷いた。
「何が成る程なんだ?」
それにはコロンボが答えた。
「それはウッカリしていたな、曹長、アルの発明関係や、砲術(砲術は自前の感だが、コロンボや周囲はウンコ関係の権能か何かと思っている)がウンコと一緒に祓らわれたら確かに困る、馬鹿だけが残る」
「あん?そうなのかアル」
「知るかよ!黙って聞いてりゃ人の事を馬鹿馬鹿と!馬鹿野郎供が巫山戯やがって、ウンコぶっかけるぞ!戯け!」
「落ち着け同志、……ここで質問なのだが、そのぶっかけるウンコなのだが、それは誰の……」
「すっこんでろ変態、まあアル、そこの変態勇者じゃ無いが落ち着けよ、らしくない。コイツらの口が悪いのは生まれつきだって知っているだろうがよ」
「そりゃ知ってるさ、けどな軍曹、だからって何でもカンでも言って良い訳無い。
それにだ、ウンコ関係ウンコ関係って言うけどな、別に俺や軍曹だけが特別に取り憑かれた訳じゃ無いぜぇ」
「あん?何だって」
「つまりさ、みんなテュネスからお持ち帰りしてんの、程度の差は有るけどな。ザマァ見さらせ」
ケケケっ、と最近覚えた奇笑をする阿呆の王様。
一方、不穏な言葉に砲兵連中は些か狼狽だ。
「今、みんなって言ったよね、みんなって………みんな?」
「うん、全員が全員じゃ無いけどね、伍長さんにも憑いてきてるよ」
「ちょっと、技官さん、それ本当?わたしにも憑いてるの?」
阿呆はニッコリ微笑んで頷いた。
「何か先生の所には居着かないみたいだけどな……って言うか、ジョージ君が先生ん所から溢れたのをスカウトしてるんだが……何でだ?」
………常識的に考えれば、ただのオカルト与太話なのだが、何せ言い出しっぺが、ウンコ臭いと云う元祖悪霊憑きだ。
最近人気、いや、馬気も無いのに馬の嘶きが聞こえたり、妙な気配を感じたりするのだ、信憑性は有る。
ただ、全くの部外者の山岳歩兵の皆様にしてみたら何とも言えない心持ちだ。
「何やら妙な話の成り行きになりましたが………テュネスで軍務に就かれたのですな……一体どの様な軍務なので」
「ん?見かけない人だけど、ウチの小隊の人間じゃ無い……ねぇ。
と、言うかテュネス関係無いなぁ、やっぱみんな憑いてる、俺が怒ったからか連中も活性化したのかな、キメぇ」
「お前は口を開くな馬鹿、済まんが軍務については口外出来ない、それはお前さん達も分かるだろうがよ。
ただ……詳細は言えないが、大量殺戮はこなして来たよ。
そこの阿呆が言う様に、怨霊が憑いて来ていても不思議じゃ無いな」
「おや、おや、しおらしいねぇ軍曹。
殺せそうだから、取り敢えず皆殺しにしようとか言っていたくせにさぁ」
うわぁ、と、砲兵連中からもドン引きされるダッド、立つ瀬無し。
「あのな、撃てば簡単に皆殺しに出きる場所に敵兵が固まっていてだ、こちらは撃つばかりの段取りが済んでいる。
試射も済んだ、仰角補正を合わせれば、後は本当に点火するだけの状態だ、撃つだろ普通?戦争なんだぞ」
うーん、と砲兵の砲手連中には理解を得られるが、新規移動の押手掃除手には余り賛同を得られない。
同じ小隊員からも賛同を得られないのだから、山岳兵や坊さん連からは尚更だ。
……ただ、何故かダッドの言葉、雰囲気には引き込まれる。
「やはり大規模戦闘は行っては来たのですな、詳細を聞きたいのですが……いや、曹長殿、今更ですよ。
大丈夫、話の種にするには暈しますので」
「………まあ確かに今更だな。新型砲の貸与、扱い伝授の為にテュネスに出張った訳じゃ無いのは想像通りだ。
実際は新型砲、その他備品のテスト運用試験が目的だ」
注目がダッドに集まる。
………奇妙な雰囲気だ、機密漏洩をたしなめる者も無く、その場に居る者が耳を傾ける。
山岳歩兵の面々や坊さん連中は勿論として、同じく出兵した砲兵小隊員もだ。
「行き掛けに偽装海賊艦を沈めたのは、まあ、アルの功績だからノーカウントとして、何だかって街道の戦闘では、重装歩兵……三個中隊人員を皆殺しにした、戦略単位の全滅(部隊行動不能な損耗状態)じゃ無く一人残らず殺した方の全滅な」
すごい光景だったな、驚いた。などと相槌を打つアルだが、当時その場にいた全ての将兵はそれどころでは無く、放心状態だった。
わずか一月程前の話だが、精神衛生的に忘却しようとした砲兵連中の努力はフイになる。
血煙、硝煙、焼鉄臭。
堡塁から流れ出た血河。
そして漂うには早すぎる死臭。
船酔いからの嘔吐により、胃の中が空だと云う事が幸いし、砲兵連中は顔をしかめるに止めた。
「二撃目で敵堡塁は壊滅だ、実質二砲撃で勝敗を決めた」
「あの後退砲撃は上手かったよ、先生が一番砲撃感が良い、鍛えようかねぇ」
………あまりにも情報を漏らし過ぎている、普段のダッドならばここまで口が軽く無い。
明らかに奇妙な雰囲気であった。