坊さんの元帥か大統領
想像以上に出鱈目な人格に坊さん連は絶句する。
おそらくだが、他にも多々有るに違いない、情報は多いに越した事も無い。
そう坊さんは理解する。
「申し訳有りませんが、勘当申請受理条件は満たしております………ですが、勘当とはあくまでも御身内内での判断で、教会としては申請に則った処置です。
ですから御身内内での不和からの疎外までは関知出来ません、早くに御相談戴けたら仲裁に入れましたが……」
「どうでしょう、今からでも地元の教会に仲裁に入る様手配致しましょうか?枢機卿猊下の保証を受けられた御方ですので、無下には出来ません」
「いや、いい。あんな腐れ外道馬鹿供とはこちらから縁切りだ、こっちで面白可笑しく生きていく。心強い爺婆も居るこんだし」
最後が分からない、ターゲットの祖父母は既に他界している事は調べがついている、また首都に親族が居ない事も。
だから愛称として、こちらに居住する懇意な老夫婦?をそう呼んで居ると解釈した、友好関係者ならばその情報も欲しい。
「何だアル、こっちに爺さん達が住んでるのかよ、なら爺さん家に下宿したら良いじゃんか、戸籍は爺さんにでも保証人になってもらってよ」
ダッドの突っ込みに聞き耳を立てる諜報坊主。
「?いや、こっちに爺婆どころか知り合いも居らんが……何言ってんだ?」
「お前、爺婆が居る事だしって……」
「はい、曹長ストップ、アルもな。
お坊さん、さっきの話に戻るけどエクソシストってのはこの事さ。
話に出た爺婆ってのはアルの死んだ爺さん婆さんだ、取り憑かれてる……は言い過ぎだけど、どうもアルはその手の者を引き寄せるらしい」
再び直球だ、ツーストライク。
“何と”が坊さん連で、“へぇ珍しい”が岳兵だ。
海兵程でも無いが、山岳兵もかなりオカルト肯定派だ、山にも不思議は多いのだ。
斯く云うベント自身、山ん中で三本足の妖精を見た事が有る。………変なの。
「おい、コロンボ……」
ダッドの言葉を片手で制するコロンボ、何か格好いい。
「折角だよ曹長、別に超常は審問対象じゃ無いって言うなら、アル共々曹長も祓ってもらいなよ、曹長に取り憑いているのはジョージったかな。綺麗な体になんなよ」
この男が悪霊憑き云々をターゲット周辺に吹聴したのかと、坊主は踏んだ。
体調不良の原因が悪霊憑きに有るとは、ハッキリ言えば突飛過ぎる発想だ、
だからその様に誘導する、オカルト肯定者が居てもおかしく無いと坊さん連は考えた。
オカルト肯定者の発言は、駄目な者には戯言にしか聞こえないが、半信半疑位にでも信じる者には思考誘導が出きる程には効くのだ、
やりようによっては、そこいらの砂や石ころ、粗塩や壺などが万金に化ける。
更に上手いことやれば、全財産を寄贈させたり喜捨させたり、浄財させたり、御布施させたりとケツ毛まで毟る事すら可能だ。
何せ経験者だ、ノウハウは矢鱈と有る。だから元祖真オカルト使徒としては、この手の半熟オカルト信者は警戒対象でも有る。
だが、敢えて乗る事にした。エクソシストは元々は奇跡認定局の仕事であり、また今回ターゲットを奇跡審問する事も目的の一つである。
自発的に出頭するのならばこれに越した事も無い、だから奇跡認定局に振る事にした。
「………法王庁に奇跡認定局と云う古くから有る部局が有りましてな、聖人認定や聖遺物、また、奇跡そのものを審査する所なのですが、悪霊憑きを祓う業務もかつては行っておりました」
おお、やっぱ有るのか、などと言うざわめきが広がる。
田舎の方では割とよく聞く悪霊祓い(悪霊祓いと言うより狐憑きなどの動物霊払い)だが、法王庁で扱っていると知られてはいなかった。
当たり前の話だが、宗教組織と退魔調伏はあまり関わり無い。別に宗教組織は悪魔悪霊の敵対者では無い。
宗教組織としては、生きている人間、又は生きている人間に影響力の有る故人がその触手対象で、エクソシストも信者に悪影響が有るのなら手を尽くすに過ぎない。
しかし、それもこれも今代の法王が禁止し、廃れている。
ただ、拷問部所である異端審問三課が密かに存在する様に、先代奇跡認定局局長がエクソシストを行った事は知るものは知る事実である。
「如何ですかな、猊下が身元保証をなさり、またアルニン政府のお役人さんで有るならば奇跡認定局への紹介状を書きますよ」
「ん?ひょっとしてお坊さん、結構偉い人?」
アルは偉そうな人には覿面に弱い……と言うか全面降伏する。
佞人たる由縁である。
ただ、野郎は偉そうな人に弱いのであって、権威や権勢を理解しているかは別の話となる。
また、その偉そうの基準線引きが分からない、現在判明しているのはカイザー髭、ダッドの密度髭と云う髭勢である。
「ははは、聖職者に偉いも何も有りませんよ、神の前ではその代理人で有る法王聖下以外全て等しい存在です。
奉職している役分が違うだけなので、紹介状位なら何時でも書きますし、また面会する事に否やは有りません」
「うん?つまり法王聖下が一番偉いって事?………何で?
そもそも法王聖下って何だ?坊さんの元帥か大統領みたいな感じか?」
なっ!と周りは息を飲む、枢機卿の不敬で最悪破門なのだから、その親玉に対する不敬となれば最悪極刑だ、火炙りだ、牛裂きだ、磔、獄門、晒し首に遠島だ、ザマァ。
しかし坊さんは意に解さない、呵々大笑で応答だ。
「ははは、その様な物です、ただ、元帥は国から任命された役職でしょうが、法王は神から任命されるのです、だから地上に於ける神の代理人なのですよ」
「すげぇ」
阿呆が素直に感心する、メンタルは幼児か乳児か胎児のそれと同じだ。
「いや、坊さん、コイツはこんな感じの馬鹿だから、出来たら奇跡…ウンチャラ局って所より頭専門の医者を紹介してもらいたいんだが、駄目か」
精神科がまだ無い時代だ、だから頭専門の医者とは投薬内科か開頭外科しか無い。
つまり薬によって木偶にするか、頭を割って中の悪い所を掻き出して欲しいとのリクエストだ、ヒデェ。
………悪い事に異端審問三課が概ね該当する、ただ医者の資格が無いだけなのが残念だ。
諜報坊主達は三課行きも視野に入れる事にした。
「曹長、混ぜ返すなって。それじゃお坊さん、その奇跡…ウンチャラ局って所の紹介状を書いてもらえるかい、対象はこの二人で」
二個イチを指すコロンボ、元班員なだけに上官だろうが容赦無い。
本来ならば、ここで手数料である御布施を渡すべきなのだが、そんな気の利いた者はここに居ない。
ベント山岳歩兵軍曹もその点気が付かないでも無かったが、初対面のそれも他兵科の人間に指摘する程に関わり合う気も無い。
レオンが居れば、或いは幾らか包むだろうが、上の階でやっつけ仕事の最中だ。
「はい、はい、しばらくお待ちを」
割合チョロい連中であった。当初はターゲットの新所在地を突き止め、新戸籍申請に合わせ面談云々と言いくるめ法王庁に出頭させ、そこで面談を装い審神者審問を行う予定であった。
それが悪霊祓いを願い出て、自分から法王庁に出頭すると言うのだ、手間が大幅に短縮されるのだ、紹介状を書くくらいの手間など、それからしたら些細な物だ。
内心のホクホク面は封印し、如何にも聖職者面をして紹介状をしたためる。
阿呆が尋ねる。
「そもそもエクソシストって何だい?説法か何かか?………何か坊さんは俺見ると矢鱈とくどく説教するんだよな、……面倒だから俺はいいや、軍曹だけ行きなよ」
突飛な事を言い出した、坊さん連内心不味いと思いもしたが表面には出さない。
フォローは砲兵山岳連合連中から入る。
「いや、アル技官が行かねば意味がない、曹長は、まあ何とかなるだろうし」
「折角だから技官さん見てもらったら」
「お前が行かねぇでどうするよ、馬鹿だな、ついでに馬鹿も治してもらえ」
「な、アル頼むから、な、な」
「加護持ちハこの国デは悪霊憑きアつかいか?」
「技術官殿は、どうも教会に好意的では無い様に聞こえるが、聖職者の善意は疑ってはいけないですよ」
「それよりアル君、その昆虫炭の残りは有るかね、我輩も味わいたいのだがね、グフフ」
「同志、ウンコ関係で無ければ別に祓ってもらえば良い、ただ、ウンコ関係は駄目だ、絶対駄目だ」
妙なギャラリーが増えた、類友の類いだ。
アルは砲兵連中の変人とは仲良しだ。