山岳歩兵の精鋭
「聞捨てなんねぇ戯言が聞こえたなぁ、コラ小僧、高々素歩兵のペイペイが砲兵曹長様に大口か」
重装でも猟兵でも工兵でも無い歩兵を、砲兵は素歩兵と馬鹿にして呼んでいた。
工兵や輜重兵なんかとは仲が悪く無いのだが、一般兵装の歩兵とは最悪に仲が悪いのだ、ペイペイと呼んでいたが、階級章からして上等卒だ、わざと二等卒呼ばわりした。まあ、挑発だ。
パルト教導砲兵小隊に曹長は二人しか居ない。ニコイチは食堂に下りて来ていない。
こちらはダーレン曹長だ、良い歳なんだから喧嘩を態々買わなくても………
兵科章までは理解出来ても階級章までは見逃していた様だ、流石に四階級も上に喧嘩は売れない、売ったとしたら先が無い、乱世の愚連軍組織では無いのだ、
目配せで上官に助けを求める。やれやれと云った感で歩兵上官が取りなす。
「トト、懲罰な。砲兵曹長殿、これはこちらが悪い、申し訳ない。
小官は首都防衛第12歩兵連隊所属、山岳歩兵小隊三班長ベニーニョ、曹長殿、訂正するならば、素歩兵じゃ無く山岳歩兵だ」
山岳歩兵、これも言うなればエリートだ、体力系の。
レンジャー部隊と言った方が理解が早い、各歩兵部隊より選抜される山岳地帯専門の兵科だ、重装、猟兵に並ぶ人気兵科だが、ガチのサバイバルが任務になるので、体力が有りさえすれば適任かと云うと、そう言う訳でも無い。
何せ、全くの無手で山に放り込まれて、衣食住をなんとかし、生還を果たす様なアレな訓練をこなすのだ。知識云々もそうだが、メンタルが強くなければ簡単に壊れる。
ハイキングコースを散歩する訳では無いのだ。
真冬の深山に手ブラで単独夜営するなんぞ、想像するだに身の毛もよだつ。
「ああそうかい、見慣れない所属章が付いていると思ったら岳兵かい、初めて会った。
ベニーニョ軍曹、こちらは総合総司令総本部開発部所属教導砲兵小隊だ、副長補佐ダーレン。歩兵は嫌いだが岳兵には含みはないよ」
階級章から歩兵軍曹と知れる。ただ、山岳兵は本当に珍しく、軍隊編成上連隊レベルならば一~二小隊位は配置されている。
「小官もですよ、ダーレン曹長殿、しかし開発部所属ですか?失礼ながら実戦馴れした部隊の様に見受けられますが……」
「ああ、ついこの間までテュネスに出張していた、まあ、戦場帰りだ。気が立って居てな、年甲斐も無く喧嘩を買った、そこのトト上等卒、俺も言いすぎた勘弁な」
喧嘩は不発だ。まあ乱闘になった場合砲兵連中では分が悪い。何だかんだで歩兵は格闘戦技を身に付けている、軍人で有る以上砲兵も格闘技必修だが体力馬鹿の歩兵ほどの熱心さは無い。
トト上等卒が敬礼で答えると、妙な所から合いの手が入る。
「おお、砲兵さんテュネス帰りですか、我々がこれから向かうのがテュネスなのです、よかったら向こうで知り得た話を聞かせてもらえませんか」
坊主組だ、南方教会設立が有るので不自然では無い。ただ、兵隊組はそんな事は知らない。坊主が何で外国の話を知りたがるのか少し興味が湧く。
「坊さん達何でテュネスなんぞに?あそこ妙な風習って言うか、多神教だから居心地悪くなるんじゃないか」
ハム兵長だ、ダーレン砲班の装填手である、特に妙な悪癖はない、つまり貴重な人材だ。
「ははは、宗教者は信徒足り得る人が居るのなら何処にでも行きますよ、それこそ地の果てまで。
はは、真面目な話、今度テュネスに教会を設立する事になりましたので、その先触れですよ」
「あらぁ何故今頃?何世紀も時間が有ったのにぃ」
このおねぇは初出ではない、テュネスで阿呆が騎馬に絡まれた時に出ている。
コロンボ砲班の装填手、サンダース兵長だ。歩兵上がりだがパルト砲兵小隊募集に合わせての砲兵転科ではない、なので元からの装填手である。
「多分に政治的な理由でしょう、またそれが神の身心に叶い給うと、聖下が御判断なされたのでしょう」
「坊様も大変だ、辞令書一枚であちこち行く軍人とどっこいどっこいだ」
他人事の様に宣うダーレンだが、自分たちが一役買っているとは知らない。と、言うか階級的に開示されない情報だから仕方ない。
「………ひょっとして、政府派遣の砲兵小隊の方々ですか?軍艦をダース単位で撃沈したとも、敵歩兵大隊を殲滅したとも噂されている」
また別の山岳兵が口を挟む、ベニーニョ班とは別の人員だ。
かなり大規模な戦闘規模だったのだ、いくら情報統制されようとも軍轄酒保からチョロチョロと漏れはする。
ただ、あえて与太を交えるから信憑性に欠ける。
近頃の話題はテュネスの政権奪取より、政府派遣の砲兵小隊の話題にシフトしていた。アルニン政府が意図してフェイクを流している可能性も有る。
あり得ない与太にするのも一つの手だ。
「何だいそりゃ?いくらなんでも尾ひれが付き過ぎだ、大砲の撃ち方教えに行っただけだぜぇ」
ダーレンさんは素面の時は守秘義務は遵守する、つまり酒保で奢り酒にポロポロ溢している手合だ。
「テュネスの治安の方はどうですか?新聞では軍部の政権奪取で、軍の傀儡政府との見解ですが」
諜報坊主の合いの手だ、実際は坊さんの方が現テュネスの情報に通じている。
ダーレンがあまり口が固くないと見切った様だ、副長補佐との肩書きだ、ターゲットの情報も得られると踏んだ様子である。
「さてねぇ、行軍に付いてっただけで、後は兵舎だったからな、上の人間しか情報に触れてないよ。まあ観光で行った訳じゃ無いしな」
お惚けは下手な部類だ、当り障りの無い程度の事実は混ぜてやれば、余計な尾ひれが付いてボヤけるのだが。
小拙は割りと得意だ、いざと云う時は
“そんな事言ったんだ~”だの“そん時はそう感じたんだな”
などと無責任に放言すれば、まあ8割方はokだ、その後の人間関係は考慮しない物とする。
「曹長殿、構わないレベルの話で良いので武勇伝を聞かせてもらえませんかな、
我々はこれから演習でアルニン山脈に籠るのだが、今話題のテュネス派遣砲兵小隊の話なら話の種になる」
山岳兵の皆はざわめく、“帰営じゃ無いのか”だの“とんぼ返りで演習か”だのブーイングだ、どうやら演習帰りの様だ。
“つってもな”などとダーレンはほざくが、どの道暇だ。
移動任務中だから酒も呑めない、仕方ないから大部屋である食堂に下りてきて水でも飲んでいたのだ、カードの類いを持参する様な気の効く輩は居ない。
………しかし、大の大人がたむろして、水を啜っている姿と言うのも、なかなか愉快な光景では有る。
「まあ、奇妙な事は有ったわよ、テュネス正統政府軍と行軍した時なんだけど……」
「おい、サンダース」
「大丈夫よ、任務外の出来事だからさ。
……とある都市で休憩していた時なんだけどね、軍馬、いやぁ騎馬ね、騎兵の面々が回収に来たから。
馬甲を外した騎馬が私達を取り囲んだのよ、4~50匹位でさぁ」
「ああ、アレな。驚いたもんだった、アルが何ぞやらかしたと思った。道中軍馬に蹴られたり唾吐き掛けられたりしてたから、腹いせに騎馬に何かやらかしたと思った」
コロンボだ、コイツも水を啜りに来た口だ。
「いやぁ班長、アルさん軍馬に嫌われているってより、怖がられてたわよぉ、最初は班長の言ってた通りだったけど、終いの方はアルさんに震えてたからねぇ」
「そんな事が有ったのか?放馬事故と聞いてたぜ、わからねぇな、騎馬に囲まれたって?襲われたのか技官さんが」
妙な所からターゲットの名前が出てきた。異能を有すると知らされていたが、詳細は不明である、聞き耳を立てる坊主達。
シュールだ。
「それが曹長、俺もその場に居たんだけどね、じっと見てんだよ、アルの事を。
騎馬ったら犬なんかより余程頭が良いんだよ、でもね、身動ぎ一つ嘶き一つ上げずに奴を見てるのは異常だぜ、ま、坊様が居るからこれ以上の事は言わないけどな」
コロンボは四号云々を当人から聞いている。流石に控えた。
「なんだぁ?益々分からん。馬に嫌われるってのは分かる、畜生の類いには全般的に嫌われる奴ってのは居るからな、けどよ、それじゃ何で騎馬に……つうか、なんで囲まれた、それにやっぱ集団放馬じゃ無ぇか、あり得んな」
「小官の所属連隊に騎兵部隊は配属されて居ないので詳しく分からないが、騎馬は最精鋭の軍馬と聞きます、放馬事故とは考え難い。
そのアル技官?とやらが好奇心から騎馬に細工をしたのでは?」
砲兵連中からは
“あり得る”だの
“馬の王だの鷹の眼だの妙な二つ名持ちだし”だの
“妙な発明品を試したと聞いた”だの
“奴こそが真の馬だ!”だの
“昆虫炭だと!俺が喰う!”などと言いたい放題だ。
「それからアルさんが馬に話し掛けて解散となったのよぉ、変な話しでしょ」
坊さんが合いの手をいれる
「話し掛けたと。何とも……古の聖人に動物と会話したと言われる方が居られますが……」
聖ルーラーの事だ、彼の聖人の周囲には常に小動物の類いが纏わり付いていたと云う。また言い付けを小鳥が聞いたとも。
ヒスパニエ教会設立に尽力し、ヒスパニエ王国守護聖人とされている。