魔弾の射手5
「さて、砲弾命中を前提とするならば、船体補修用のタール保管樽に命中したか……炎は分からない、甲板上に火薬、可燃油の類いは常識的に置かない……」
火薬にせよ、油にせよ水濡れは厳禁だ、そもそもそんな物を甲板上に設置する意味など無い。基本火気厳禁の船舶だからと言って、無造作に放置は無い。
更に火薬の類いは湿気すらも厳禁だ、火薬倉は耐火目的より防湿目的の方の意味が大きい。
「初め報告書に眼を通した分析官も、閣下と同じくタールの可能性を指摘しました。タールであれば確かに燃焼もします。ですが、砲弾着弾によって即座に炎上する事はありません」
「話を進めてくれ、諜報部ではどう結論付けた」
「パルト中尉の開発した新型弾と。
度々話が前後して申し訳有りませんが、彼はおそらく参加したであろうと思われる、テレ街道テュニス防衛戦に、独特な戦術を行使し防衛戦力、三個重装歩兵中隊を文字通り粉砕しました。
重装歩兵に生き残りは居ません、パルシェ艦に使用した物とは別の特殊弾が使用されたと分析されています」
「…………特殊弾とは、分析されたとて有るからには詳細も掴めているのだろう」
「散弾砲弾と、大昔に廃れたブドウ弾を再開発した物と。
彼の発明開発は、着弾計算尺、多車輪砲門架台、大型砲門架台に留まらず砲弾にも及ぶ物と思われます。
これは、おそらくこれも彼が参戦したと思われる、テュニス港封鎖作戦に置ける局地戦、東部灯台併設砲台からの砲撃砲弾にも見られます」
「なに!奴はあの砲台に居たのか!」
「テュネスは火砲後進国、とても彼の国の火砲砲術でパルシェ、ベーリング、ガストン艦を航行不能に出来るとは思えません。
生存水兵は捕虜に捕られ詳しい証言は取れませんが、観戦諜報官の報告では砲撃を受けた艦は、先ず帆がズダズダに裂かれ航行不能にされたと有りました。
先のテレ街道で使用された散弾砲弾を考慮し、口径違いの重火砲対応散弾砲弾が使用されたのでは無いかと推測されます。
この様に、彼の開発砲弾は多岐に渡り、パルシェ艦を砲撃した時は、燃焼飛散する砲弾を使用したのでは無いかと……」
スッと、ベルソンの顔から感情が落ちた。そして、絞り出す様に口を開く。
「………奴だ……そうか、やっと繋がった。アイランズ殿、感謝する、有益な情報だった」
「閣下?何が繋がったのですか」
妙な反応に戸惑う。彼は自身で海兵に聞き込みを行った。なので海の人間に共通する独特な迷信深さ、それに伴う思考硬直を肌で知った。
一水兵、一下士官だけで無く、佐官、将官のレベルにも見られた思考硬直だ。
ベルソンにして例外で無い、どうやら理解不能の事象に対面した時、理解しやすい理を当てはめて、それ以上の思索を止ると言う思考行動パターンが見られるのだ。
黒雷公など良い例で、別に彼らは悪魔の存在など信じては居なかった。
だが、あの場はそう解釈する事でパニックを回避したとも言える。
非合理の合理とでも言うべきだろうか。
なのでこれまでのパルト中尉の報告により、理解しやすい理を見いだしたと理解した。
「アイランズ殿の前にウチの監察医官殿が、ジャール総司令の検案検死結果を、私見を交えて報告に来ていた。冗談を交えて“魔弾”ではないかと言っていた」
「それは………」
何とも言い難いジョークだ。畑の違う諜報畑の自分ですら、ジャン・ジャール総司令の功績や武名を知っている。
四連合王国の内海海運の守護神とも呼べる海将だ、敬意を払うに足る人物だ。
ジョークの種にして良い事故では無い。
「ジャール総司令が長銃暴発事故に巻き込まれての殉職で無い事は、諜報局員の貴官ならば知っているだろう、監察医官殿の見解は、既に報告に上がっている海軍憲兵の現場検証とほぼ同じだ」
「…………………」
部外者であるアイランズは発言を控えた、ベルソンとジャールの付き合いの長さは資料で目に通している。
「ただ、監察医官殿の見解はより詳細で、洋上、少なくとも海面上20mの位置からの狙撃で無ければ貫通入射角上あり得ないと、また通常の弾薬量ではあり得ない貫通力だとも。
それらを踏まえ、甲板上の人員が共謀し、ジャール総司令を暗殺したのだと、そう所見を述べていた。
そうで無ければ、暗殺者は至近距離から非常に不自然な体勢で、あり得ないタイミングを態々選び、脱出不能の暗殺を成功させ、姿を眩ました事になるからだ」
「それは………」
事故のあらましの報告書に目を通しては有った、だが、現在調査中のパルト中尉には関係無い事故と解釈していたので、詳細は知らなかった。
尤も監察医官の詳細報告書はこれから本国に送られるので、知らなくて当然だが。
「ジャール総司令旗艦乗組員、いやヤルタ島所属海兵ならあり得ない暴挙だ、一水夫に至るまで総司令に心酔心服しているのだ、だから、絶対に外部の犯行だと確信していた。
その確信が、確証になった。奴が、ジャール総司令を殺害したのだ」
「お待ちを、それは些か無理が有ります。パルト中尉がテュニス港東灯台砲台に居た事はほぼ間違い有りません。
ですから逆にそれがジャール総司令の件に関与していない証拠となるのです。
海軍の艦隊布陣図も、各艦隊の動きも艦隊運用研究室を通して専門家から報告を受け取りましたが、ジャール総司令の旗艦は事故当時、東西に分離した艦隊群のほぼ中央に位置し、直近の陸地からでも4キロ強、東灯台からは5キロ強の距離が離れていました。
いくら何でも火砲の射程距離から…いや、最大飛距離からすらも外れています」
「私は砲術家では無いから詳細な事は分からない。だが、奴は常識外れな戦術を、常識外れな砲術で持ってして、常識外れな弾薬を開発してまで実行してきた。
退却航行中の不安定に揺れる洋上から、2000mの距離を特殊弾で砲撃して命中させる様な化物達だ、4~5000mの距離の戦艦に遠距離飛翔散弾を浴びせる位はやるだろう、彼は特殊弾の開発者なのだろう。
火砲の火薬量ならば、人体貫通の破壊力も頷ける、貫通弾は甲板にめり込んでいた通常長銃球弾だ、砲弾散弾への転用も充分に考えられる」
「な………いやしかし、……いや、飛距離は兎も角、面攻撃の散弾ならば、ジャール総司令に命中する可能性は0では無い……」
「アイランズ殿、パルト中尉の異常性を詳細に教えてくれたのは貴官だぞ、貴官の仕事は、5000mも散弾を飛ばせる能力の有る火砲の検証だ、大雑把な理屈では砲弾重量が半分になれば飛距離は倍になる」
暴論と言えば暴論だ、重量、と言うより質量が少なければ確かに飛距離は伸びる。ただ、空気抵抗や風量も無視できない物となり一概には言えない。
でっかい石と小さい石を投げ比べるならば、それは小さい石のが飛ぶだろう。
ならば、小さい石と紙屑玉を投げ比べれば、より軽い紙屑玉が飛ぶかと言えば、そんな事はない。
現行の火砲砲弾は、その砲門の最適質量で砲弾が作られている。火薬量の増減で多少の飛距離の差は出ても、最大飛距離を遥かに越える飛距離を出す事は先ず無い。
無い筈なのだが、もしベルソンの暴論が暴論でなく、5000mも先の標的に攻撃を加えられる砲弾を開発したとしたら、戦術が一変する。
それどころか、根幹戦略、いや、国家戦略レベルでの見直しが必要となる。
その事に思い当たるとアイランズは冷や汗を感じた。
「……仮に……仮にそんな砲弾が開発済みで有ったとして、5㎞先の公海上の輸送船から、ここヤルタ島の指令部に砲撃が有ったとします、それを防ぐ事は可能でしょうか?」
「アイランズ殿、無理に決まっている。5キロ先ではそもそも目視不能だ、我々は何が何だか分からない内に砲撃散弾の餌食となる。
………ジャール総司令の様に。そして、反撃の術は無い」
背筋が寒くなってきた、私が調査中の人物はそれ程危険な相手だったのか。
「すぐさま検証に入ります、超遠距離から砲撃された散弾攻撃、充分に脅威です。………パルト中尉の排除を含め検討具申しましょう」
「彼は今どうしている、我々が考える事をアルニン陸軍上層部で考えない訳が無い。
実際、開発が済んだから彼はテュネスにテストに出張ったのだろ?
ならば彼の排除は余り意味の無い事だ、既に着弾計算尺は実地で運用され、新型弾の効用は証明されたのだから。
パルシェ艦の砲撃は、部下にさせたのだろう、買収した技術者の証言では、パルト中尉自身が砲撃したとは無い」
「はい、部下に砲撃をさせたと有ります」
「2000mの距離だ、揺れる甲板上からの砲撃で、尚且つ天才自身の砲撃では無い。
着弾計算尺の精度が、貴官持参の物より余程洗練されたのだ、一砲兵が揺れる艦上から2000m先の艦に命中させられる程に。これがどういう事が分かるかね」
「……リングの外から、一方的に殴り続ける事が出来る。
パルト中尉は、さしずめそれを考案し指導した名トレーナーでしょうか」
「貴官は拳闘を嗜むのかね、まあ、妙な例えだがその通り。今さらトレーナーを害しても、選手は育ってしまったのだ。
ならば……」
「御助言感謝します閣下。我々は有能なトレーナーを引き抜く方向で検討するように具申します。
少なくとも、同じリング上でやりあえるまで選手を育てなければ」
「私としては、いやコルス島駐留海兵は無念な事では有るが、小義と大義を混同はしない。彼は祖国を脅かす存在であると同時に、取り込める事が出来れば救世主足り得る、ならば今は手出しをしない……が」
「が……何でしょうか?」
「あくまでも我国に立ち塞がるのならば、大義と私怨を持ってして叩き潰す。
アイランズ殿、その時はコルス島駐留海軍全将兵が協力すると約束しよう」
「………何れにせよ、遠距離散弾砲撃の調査からです閣下。
本日の報告で分かり得た情報は、首相に報告と成りますが、その際閣下の御名前も証言者として報告書に記載しても良ろしゅう御座いましょうや」
「構わないよアイランズ殿。ただ、今後のパルト中尉の調査報告は私にも回してくれ」
了解しましたとの返事と供に、暇乞いをしてアイランズ諜報員は退出した、すべき事が続出し時が惜しいのだ。
こうしてレオンは、姉マリアさんに続いて四連合王国の国家安全保障局諜報部にロックオンされる事となった。
一体どんな星巡りに生まれたのやら。
やれやれ。