魔弾の射手4
「これは計算尺の一部で、更に気温、風向、薬量調整による補正を合わせるそうですが、それは入手が叶いませんでした」
「……私は砲術家では無いので詳しくは分からないが、命中率80%は聞いた事が無い。つまりパルト砲兵中尉とは砲術の天才か」
「間違い無く。彼はその驚異的とも言える着弾計算尺と、機動性の高い多輪架台により、大変ユニークな戦術を考案し、実施しました、閣下の証言により確証を得ました」
「むっ。すると第三砲台鎮圧は………」
「はい、砲台が高速で次々と砲撃地点を移動し、その異常な命中率で砲台側の砲門を破壊したのです。これは多くの証言が取れています」
「何とな。………待て、数多くの証言と言ったが、ならば私の証言は差程必要では有るまい」
味方海軍将官の証言と、敵下士官以下の酔言では重みが違う。小拙ならば酔っ払いの証言なんぞ耳目に入れず便所にでも流す。
「いえ、閣下、直接観戦した閣下の証言ですので裏付として重みが有るのです。それに、閣下はまだパルト中尉と接点が有りますので、その事もお伺いしたいのです」
「三度、との事だがやはり覚えが無い。厳密には初回も接点とは言えないだろうよ」
「いえ、そうですね。諜報部の私が言うのも変ですが……閣下は運命を信じますか?
この半年ばかりの間に、閣下は三度もパルト中尉に振り回された形となり、その被害は段階的に拡大している、そう、まるで立ちはだかる様に」
「……二度目とは。運命を信じるに海の男は吝かではない、彼は私に何をした」
「閣下の特別任務であった、アルニンによるテュネス支援の妨害任務を妨害しました。これにより閣下は二艦を失い、リーグ少将を失いました」
「何!」
偽装海賊艦隊によるアルニン船籍の船舶掃討作戦の事である。
特別任務なので表向きベルソン艦隊はこの時期稼働していない事になっており、リーグ大佐は訓練中の事故により殉職した扱いで二階級特進を果たした。
ベルソンが驚いたのは、パルト中尉云々では無くアイランズが特別任務の事を当たり前の様に知っていた事だ。
この情報は国防大臣にしか開示されていない筈であり、それを諜報部が知っていると云う事は、諜報部が所属する内閣府から開示が有ったと云う事である。
つまり。
「パルト砲兵中尉の動向調査は首相直命なのです。決して暇から閣下の行動を調査した訳では有りません」
ささやかな意趣返しである。しかしそんな事にいちいち反応するほどベルソンの面の皮は薄く無い。
「リーグ、パルシェの艦は誤爆である。両艦供に沈没したから調査のしようが無いが、パルシェ艦の誤爆により、射出した砲弾がリーグ艦に命中し、誘爆したと生き残りの水夫から証言が取れている。
パルト中尉が関与しようも無いだろう」
「ええ、更にはパルシェ艦に落雷が命中したとも、それが黒い雷だったとも。
お二人は、アルニン海軍の輸送船を拿捕すべく行動中でしたね、閣下自身の報告書にそう書かれていました」
首相命令で調査をしているのだ、閣僚レベル開示情報も閲覧権限を付与されているのだ、マル秘報告書も当然閲覧している。
「そうだ。ただ、間の悪い事にテュネス海軍と鉢合せて艦隊を割ったのだ。
テュネス海軍の方は誘引に成功し、輸送船から引き離せたが、そちらに向かった二人は不運な事故に見舞われた」
「………そのアルニン海軍輸送船に件のパルト中尉が乗っていたのです。もう、お分かりでしょう」
「………馬鹿な、貴官はまさかパルト中尉が輸送船の積載砲門か何かで二艦を撃沈したとでも言うのかね、言っておくが、海で砲弾は命中などはしないぞ。
そもそも、ナザレに居る筈のパルト中尉が、何故テュネス行きの輸送船に乗り合わせている」
「極秘事項に接触しますが、当事者である閣下には情報共有指示が出ています、なのでお答します。
パルト砲兵中尉はテュネス政府に対する支援の為に、アルニン政府派遣の新型砲の貸与、扱い伝授の砲兵小隊を指揮していました」
「うん?彼はナザレの第三砲台所属ではないのか?何故アルニン政府派遣の小隊長に抜擢されている」
「そこら辺は調査中です。
ですが閣下、彼は元々アルニン陸軍本部の戦術研究室に所属しており、おそらくその頃開発した着弾計算尺や、多車輪砲門架台をもってして、ナザレ争乱を鎮圧する為に派遣された切り札なのではと推測されます。
彼の移動してきたタイミングからして、ナザレ軍港封鎖作戦自体がアルニン政府にリークされていたと考えられます」
「成る程、つまり初めからアルニン政府直属か。諜報部も頼りない事だ、肝心な部分がリークされていたのなら、我艦隊が包囲されていた可能性も有った訳だ」
「肝に銘じます、繰り返しますがこの辺りは調査中でして、逆にパルト中尉を派遣する事で手一杯で有ったとも考えられ、真相は不明です」
「それもそうだ。アルニン海軍虎の子のコルス島駐留艦隊のお出ましは無かったからな、最大船速で二日の距離だ、事前に察知しているならば出撃可能海域だ」
「話を戻します、この時のパルト砲兵小隊はテュネス貸与用に大型砲門が配備されていました、その巨大さから輸送船に格納出来ず、輸送船甲板に積載されていたと、ナザレ港湾荷受渡し人足の証言が取れています。
尤も巨大な長大な重量物との報告でしたが」
「……諜報部の事だから、それが巨大な砲門であると確認が取れたのだな」
「はい、話が前後しますが、首都テュニス陥落時に移動中の巨大砲門を住人が目視しています。布に覆われていたそうですが車輪の運行を遮らない用に簡易隠蔽だった様です、シルエットが見て取れたそうです」
「そんな簡単に巨大砲門が移動出来る物なのかね」
「ナザレの開発部で専用に開発された移動架台だそうです。
詳細は不明ながら、パルト中尉が中央研究室に所属していた頃に開発したと思われる多車輪架台がモデルとなった様です」
「重装騎兵並みの機動力で野戦砲門を移動出来ると云う多車輪架台かね……」
「再び話を戻します。閣下の部下、パルシェ、リーグ両艦の追跡を躱す為、パルト中尉は異常な方法を取りました、甲板上に積載した大型砲門による迎撃です、これは同船した派遣軍属技術者を買収し、得た情報です」
「馬鹿な、大型砲門だろう、輸送船は砲撃設計はされていない、船体が持たない、撃てる訳が無かろう、第一海軍ならばそんな事は承知の上だ、私なら砲撃許可を出さない」
「詳細は不明です、そこまでの証言は得られませんでした。ですが、パルト中尉は部下に命じて砲撃を実行しました。
……状況から、パルシェ艦に命中したそうです」
「………信じ難い証言ではある。やはり、落雷としか思えない」
「閣下、報告では砲撃命中と有りますが、偶然落雷と重なった可能性も有ります。彼我の距離はおよそ2000mと有りました。
洋上の艦上からの砲撃で命中弾が撃てるとは思えません。
ただ砲撃は一度だけで、その技師者は命中撃沈を喜ぶ海軍兵達が、お祭り騒ぎだったと証言して居ります」
「………アイランズ殿の見解では如何か、落雷による誘爆も、2000mの遠距離艦上砲撃による撃沈も、どちらもあり得ない。
いや、前例が有るだけ落雷誘爆のほうがまだあり得る可能性だ」
「そこの点も、閣下に質問が有ります。状況は、パルシェ艦の謎の爆発と、その爆発による搭載砲門の砲弾射出による命中弾により、リーグ艦も撃沈しました。
ですが、奇跡的にパルシェ艦長は救出されたと有ります」
「ああ、彼の他に十数名の生存者がいた」
生還を祝い、活躍を期待したが、結局パルシェはテュニス封鎖作戦、東部灯台併設砲台攻略作戦に失敗して捕らわれた。
公的には海難事故による行方不明と発表され、砲台攻略作戦を立案したベルソンとしては苦しい思いだ。
「報告書では閣下の私見として落雷直撃による誘爆と有りますが、生存者の証言では突然甲板上に黒い何かが衝撃と供に飛散し、甲板上が炎に包まれたとあり、危険を察知し海面に飛び込んだ直後に、爆発が有ったと有りました」
「付け加えるならば、それは黒い雷で、大悪魔の黒雷公レーベルが贄を求めた結果だと証言に無かったかな」
戯けたつもりが、アイランズには通じない。
「むしろ、その証言ばかりでした。海軍は迷信深いと感心した次第でして。
閣下は、この黒い飛散物を何だと思いますか?報告のニュアンスでは、とても雷とは思えない」
「むっ」
その通りだ、証言に何か違和感を感じたが、あの時はパルシェの生還の方に気を取られ、深く考えはしなかった。
まあ、それが何であれ二艦喪失に変わりは無く、調査の仕様も無い事なので、受け入れやすい迷信に乗っただけなのだが……
陸の人間は、いや、諜報部だから尚更か、まず疑う所から思考を開始させるのだな。
ベルソンは、海人と諜報人の人種の違いに腑に落ちた。