魔弾の射手3
「レオン.パルト砲兵中尉、閣下はこの名前に聞き覚えは有りますか、若しくは名前は知らなくともその存在は知っていますか、アルニン人なのですが」
妙な質問である。存在を知っているのならば、名前位は耳にする。
砲兵中尉との事だから陸兵だが、先頃ナザレ軍港包囲作戦での引き抜き将校が砲兵であった。
海将である私に、直近で接点が有る砲兵などそれくらいしか無い。尤も砲兵将校の回収作戦は失敗だったが。
記憶では回収予定の砲兵将校の名にその人物は居ない。
アルニン人に姓持ちは少ない。リストの中に姓持ちの将校は、少なかった、パルト姓は無かった。
「アイランズ殿でしたな、些か妙な質問だが、その名に覚えは無い。ただ、諜報部がそう断じたのならば、そのパルト中尉とやらに接点は有ったのだな。
さて、レオン.パルトと………」
本日二人目の来訪者だ、一人目は監察医、身内だ。
二人目の来訪者は本国の諜報部、首相府直属機関、国家安全保障局諜報部からの来訪だ、つまり外野だ。
てっきり、本国から正式辞令として国防大臣からの内海艦隊ヤルタ島総司令任命書を持ってきたのかと思った。
それが、首相府から怖い怖い諜報員が来訪したのだから身構えもする。
「さて、陸兵とは接点が無いのでな、アイランズ殿、その砲兵士官殿と某と、どの様な関わりが有ったのだ」
愛想笑いを張り付けた諜報員は、その間じっとベルソン暫定ヤルタ島総司令を観察していた。
ベルソンにしてみたら、幾度と無く経験した査問会議に出頭した心持ちとなる。
なにせ、海賊扮装をして任務遂行するような手合いだ。品行方正とは言い難く、査問会議に呼ばれる事しばしば。
ジャールの援護で減俸処分に収まった案件が多々、謹慎処分数度。
ユーモアこそが四連合王国紳士たる者の嗜みとの行為の賜物だが、些か度を越している。
隻腕隻眼も、元をたどれば嗜みのユーモアが原因なのだから筋金入りだ。
「閣下の報告書をそれぞれに精査した所、件のパルト砲兵中尉と閣下は三度接点がありました。これは偶然なのかと、失礼ながら調査させていただきました」
フンとベルソンは端を鳴らす。
「諜報部は暇なのだな、どうだねアイランズ殿、ヤルタ島に移籍して来ないかね、有意義な仕事がいくらでも有る」
「閣下、ご不快は最も。ですがこの人物の来歴を聞けば、恐らく閣下も疑問を感じる事でしょう」
少し興味が湧いた。レオン.パルト………やはり記憶に無い。
「接点が三度との事だが、いつの事だ?またどの様な人物なのだ」
「アルニン陸軍士官学校砲兵科を主席で卒業しており、そのまま陸軍の火砲戦術研究室に配属となりましたエリート砲術家ですよ。
今春、ナザレ軍港城塞第三砲台へ移動しました」
「ん、ナザレの第三砲台だと……」
ナザレ軍港は半湾形状であり、東西岬に砲台を有する軍港だ。
第二砲台は説得により開場したが、第三砲台は鎮圧開場した。
当時ベルソンは公海上で高見の見物と洒落込んだものだ。
ただ、岬は高低差があり望遠鏡での観察は無理であった。
砲撃音から鎮圧側の不利は想像出来た、無論報告書に上げてある、客観性を持たす為に部下からの報告も複数上げてある。
ただ、何が起きたのか、戦の潮目が変わり砲台側の砲撃が沈黙した。
「砲兵科との事だが、造反側に付かず鎮圧側からの参戦か、いや今春から配属だから諜報部の工作から漏れたのだな。
主席卒の上研究室出身なのだから、是非ウチの陸軍に欲しかったな」
「そのパルト中尉が、ほぼ独力で三砲台を鎮圧したと聞いたら、閣下も他人事では有りますまい、作戦を失敗させられたのですから」
「何!………いや、確かに砲撃音が妙では有った。砲台側は間断なく砲撃をしていたが、鎮圧側の砲撃は疎らだった……ただ、砲台側も次第に疎らな砲撃となり沈黙したな。……そのパルト中尉とやらが何やら工作したのか」
「詳細までは分かりません、ただパルト砲兵中尉、当時は准尉でしたが、彼の指揮の元、新兵器の投入により砲台側は各砲門ごと壊滅させられたようです」
「新兵器と、それはどの様な物だ」
「複数車輪を有した砲門です、これはテュネスのテレ街道防衛戦でも確認されました。機動性に優れ重装騎馬と同等の機動力を有するそうです」
各報告をまとめれば、それが同じ物である事は推察出来た、諜報部は分析解析の専門家だ、つまりその砲門の確認が出来たと云うことは、パルト砲兵隊の参戦を掴んだ事でも有る。
事は一軍事的敗北に収まらず、アルニン政府による内政干渉と云う政治的カードの獲得に繋がる。公式には物資支援しか干渉しない事になっているのだ。
首相府直属機関である国家安全保証局が動く訳である。
その事にベルソンもピンときたが、気が付かないふりをした。妙な事に首を突っ込み、秘密裏に協力要請されても迷惑だからだ。
「成る程、それが最初の接点か。その新兵器、類似する物は他国に有るのかね」
「機動力を除けば、唯の荷車形状です幾らでも有りますとも。ただ、砲門を素早く移動出来る事と、砲弾の命中精度は相関関係に有りません」
「うん?すまない、どういう事だ。そもそも砲弾とは当たる物なのかね、陸ではどうか知らないが、海では唯の賑やかしだからな」
些か自虐的だが、彼のダンディズムはユーモアにある。
しかし表面的にはアイランズには通じない、軽く流される。
「お戯れを。話しが前後しますのでテレ街道での使用弾については後で説明しますが、第三砲台攻略時は通常の鉛無垢弾での砲撃でした。
その多車輪砲門の砲撃は、一撃で各砲門を破壊していったと調べがつきました」
アルニン人は陽気過ぎる。箝口令が敷かれていたが、軍轄酒保でダダ漏れだ。
ウンコ関係や蒼き衣などと言う与太話に混ざり、深刻な情報漏洩が有ったのだ。
玉石混淆の情報の中から、連合王国は根気良く裏を取りながら真偽を見抜いたのだ。
………怖ぇ。
「む!そう言われれば思い当たる、鎮圧側と思われる砲撃の度に砲台側の応射が少なくなっていたな、つまりそう言う事か」
アイランズ諜報員はベルソンの反応に頷いた。彼はこの情報を欲していたのだ。
「閣下、そこの所を詳しく聞かせていただけないでしょうか。本日の来訪目的は正にそこの部分を当事者である閣下にお尋ねする為なのです」
報告書ならば上げてある。なので聞きようによっては無礼な言ではある。
しかしベルソンは特に気分を害した様でも無く、むしろ面白げだ。
「ふむ、するとそのパルト砲兵中尉に関する調査も大詰めなのだね、興味深い人物の様だ。諜報部の、いや、君個人の見解でも構わない。
聞かせてくれるのならば、私も話そう」
「構いませんよ閣下、どのみち報告を上げるので、閣下ならば入手可能は情報と成りますので。
ではお尋ねします。鎮圧側と思われる砲撃音、これは単発での砲撃ですが、これの後に砲台側の応射が有りましたね」
工作兵の支援の為に鎮圧側は他にも砲撃をしていたが、兵科用法上複数砲撃となる。でなければ支援足り得ない。
だから、単発砲撃は耳につく。浮いた砲撃音なのでベルソンも覚えていた。
「そうだな、その後応射が有った。うむ、確かに着弾を含み誘爆音もした」
「………その単発砲撃、定点からでは無く広範囲のポイントからではありませんでしたか?」
「そうだ、配置までは海面からでは見えなかったが、複数ヶ所からの単発砲撃だった。支援砲撃と思われる複射の方は定点砲撃だったと記憶している」
実際は工兵に合わせた微速前進、微速後退での複数射撃砲撃だが、そんな違いが分かる精密な耳など、人類は持ち得ない。
「成る程。それからその単発砲撃の度に、砲台側の応射砲撃数が減っていき、最後に砲台側と思われる位置に単発砲撃が有りましたね」
「そこまでは分からない、ただ、そうだ、その最後の砲撃は印象的だった、金属製の何かを破壊した物音だったな。
状況は想像もつかないが、それが決着だったのだろう、以降砲撃音はせず私は次の作戦に移る事にしたのだ」
アイランズは大きく頷いた。実際に現場近くにいた者からの言葉だ。
推測や独自調査、またその他の状況や物証により導いた結論に、また裏付が取れたのだ。
一枚の表をベルソンに提示した。
「何だねこれは」
数字の羅列だ、アルニン語でなにやら簡単な単語で書かれている一覧表だ。
「パルト砲兵中尉の恐ろしさの証拠ですよ、閣下。
中距離野戦砲の着弾計算尺です、定量の火薬、定斤の砲弾使用の元、砲撃角度を算出する物です。
本国でこれの実地試験をした所、命中率80%を越える精度を出しました。
熟練砲兵では90%を越える者も居りました」
「………信じられん。これをそのパルト砲兵中尉が、か」
アイランズは再び頷いた。