変態遊戯
「ちょいパルト砲兵中尉殿、そこん所詳しく、砲兵にしか扱えない弾薬か?」
「いや、拡散距離の把握が必要なだけで、通常弾と用法は変わらないよ、ただ、通常弾より若干軽いから飛距離が伸びたな」
「マジかよ、さっきも言ったが、戦艦は風まかせだから帆を損壊されたらお手上げだ、要は遠くに飛ぶ散弾なんだろ、どのくらい飛ぶんだ」
「重火砲での試験だったから、戦艦搭載の短尺重火砲では分からないよ。ただ、無垢の通常弾よりは軽い弾だから、飛距離は二割増し位伸びた。
多分短尺重火砲も似た様な物じゃないかな」
「すげぇな!本当に革命的だぞ、艦砲砲撃は命中率が悪いから数十門を搭載しているんだが、散弾、拡散弾ったか、面での攻撃になるから阿呆みたいに当たるだろ、つまり………」
「つまり何だ、含みを持たせるな」
「おや、仕返し、ねえ仕返し」
子供か。まあ幼馴染みだから仕方ない。互いに士官学校に進んで以来は音信不通だった訳だが仲の良い事だ。
「からかっただけだ。拡散弾は命中率は良いが破壊力は無いぞ、ただ、帆船には有効だ」
「帆を破ければそれで良いのさ、つまり命中率が高いならば搭載門数を減らせる、船舶の軽量化が出来るのさ、そうさな………機動性を活かした一撃離脱機動戦術なんか有効じゃないか」
「……なんか似た様な戦術をウチもやっているから大体見当がつくよ、ウチは重騎兵と連携したけど、戦艦はどんなもんなんだ」
「重騎兵だと、そこん所詳しく」
「そればっかだなコント」
こっちはこんな感じで、多少の機密漏洩を交えながらの雑談だ。
小隊の面々はと云うと、船倉で海馬の如く横臥中だ。一通り嘔吐しつくしたから、これ以上吐く物は無い。
船酔いだ、テュネスへ向かう時もそうであった。四六時中上下に揺れていると云うのは想像以上にキツいのだ。
ただ、レオンの様に平気な者も居る、ここら辺は体質だろう。
漁師の倅であるアルも平気な物だ、今何をしているのかと言えば……
何だろう、スポーツカイトと言うべきか、スポーツカイトフィッシングとでも言うべきか。
例の凧帆を調整し、海面上10m程の高さで右に左に、上に下に、8の字に∞字に、斜めに垂直に、縦横無尽に操作して、コロンボ軍曹と遊んでいる。
コロンボも船酔いでゲーゲーしていたが、アルの凧遊びに釣られ、いつの間にか一緒になって遊んでいる。
………良い歳をした大の大人が、幼児の如く目を輝かせて、一心不乱に、純真無垢に、無我夢中に、六根清浄に、遊び呆けて居る姿はいっそ清々しい物だ。
凧帆は小さな物では無い、風に煽られ当人が持っていかれない様に、主弦は輸送船に結わえてある。
操作弦で凧帆を……この場合は最早凧であるがこれの下部に釣糸を結わえてあり、凧を使った釣りをおこなっているのだ。
まあ、操作を面白がりアクロバッテックな凧操作を始めたので、釣りの方はほぼ断念だ。
ただ面白い物で、動きが気になるのか、餌が良いのか、たまに魚が食らい付いたりする。
だから釣りと言えば釣り、凧遊びと言えば凧遊びだ。
「いや、面白いなこれ。なあアル売りに出さないか?多分流行るぞ、俺なら買う」
「売りたいね~ただこれも軍事機密に当たるそうだから無理。
特許取りてぇ、あれも駄目これも駄目でまだ一個も特許取れてねぇ。
可怪しい、そもそも特許申請に釣られて軍属になったのにさ」
「そうか……まあヤバイやつばかり発明したからそんなもんかな?でもよ、靴底は良いぞ。これくらいなら販売しても良さげだがよ」
「そうなんよ、ただねぇ、それもこれも全部元がアレだから秘匿したいんだとさ、だからソーセージも駄目らしい」
アレとは粘り昆布の粘液の事だ、外見が昆布に似て、更に生息圏が同じなので昆布に間違われているが、実は別物だ。海藻では有るのだが。
「ソーセージもか、まあアレは大して美味く無いから良いけどな」
歯ごたえは良いのだが、それだけだ。無味に近く、匂いも薄いので何とかなりそうなのだが、やはりすぐ飽きる。
更には滋味栄養はほぼ無いので、本当に腹が膨れるだけだ。
味が何とかなればダイエット食品になりそうだが、ダイエット食品の概念自体が一世紀程先なので、この時代では仕方ない。
「あれでも随分とマシになったんだぜぇ、ただ無念な事に大昔からある駄菓子味付けに負ける。やっぱハチミツミルク味が最強」
「そうかぁ、グレープ味だと思うがねぇ。おっ!また何か掛かった」
鱶だ、水面をパシャパシャ餌が舞うので鰯か何かの群れと勘違いするのだろうか。
「それよか伍長さん、軍曹どんなだ?何か乗船直後から寝込んだけどさ」
「知らね、船酔いの前借りか何かじゃねぇ、最近寝不足な様な事を言っちゃいたけどさ。あと、俺軍曹ね」
主弦を手繰り鱶を釣り上げる、小物な為大人二人の手にかかれば訳も無い。
凧帆自体は、件の補強処理が防水効果も有るので濡れる事も無い。
鱶自体に用は無い、釣針を外してリリースだ。いや、フィッシングのキャッチ&リリース精神では無い、感覚的には捨てたに過ぎない、鱶も喰えない事も無いが、美味くも何とも無い。
「いや、ジョージ君が何やら暗躍しているのは知っているのよ」
「ふうん、それでダッド曹長体調崩したの?」
いちいち妙な物が釣れても面倒なので、コロンボは釣針を外そうとするが、阿呆に止められる。
「いや、伍長さん針はそのままで。なかなか面白いのよ、奴ら水面に集まってきていてね、猫じゃらしみたいに飛び付いてくるのよ」
「あん、海にも居んの?まったく、アルの話だと、まるでこの世は亡者の棲みかだな」
スポーツカイトの様に、凧帆をアクロバティックに操作していたのはこの為だ。
コロンボは操作自体を楽しんでいたが、アルは亡者?の群れと戯れていたのだ。
………この変態野郎。
「伍長さん、その言い回し格好いいねぇ、貰い」
「そうかぁ、まあ良いよ。それよかダッド曹長だ、ジョージ君とやらが体調不和の原因ならば何とかしてやんなよ。あと、俺軍曹ね」
「何でよ、別にジョージ君は悪く無いぜ、寄生虫と同じで、宿主に悪さはしないさ。むしろ役に立つよ」
「いや、いや、曹長寝込んだだろが、祟られてんじゃ無いのか」
「取り憑かれただけで、祟られてる訳じゃ無いよ。ただねぇ、軍曹の場合感覚が冴えるみたいだね」
「ん?つまりどういう」
「五感かな?感覚の感度が上がって、聞き逃す様な物音や僅かな光に目が反応しちゃう。それで寝が浅くなるんじゃ?
そういえばどぶの臭いがどうのと言ってた、冴えた嗅覚から悪臭を幻覚連想しちゃうみたい、幻臭ってたかな?」
「最後が分からん、何だその幻覚連想って?幻臭?」
「軍師さんが言ってた、実際はしていない悪臭を、今までの嗅覚記憶からチョイスして、あたかも悪臭がしているみたいに感じる現象らしい」
医学用語では無い、ゴーンの造語だ。
「ふうん、今更だけど上官は敬称はつけた方が良いよ。つまり、曹長は治らないのか?」
「うーんジョージ君をひっぺ返せばあるいは……ただねぇ」
「ただもロハも無いよ、ダッド砲班時代には班長にゃ世話になったし、治るんなら治してやりたいさ、何か必要なのか?聖水とか香油とか」
こんなでコロンボは義理堅い、ダッドと人間的に相性が良かった事でもある。
「いや、ウチの四号にジョージ君を喰わせれば良いだけなんだけど、それもなぁ。可哀想じゃんか、べつに慣れれば良いだけなんだし、ペットと同じでその内愛着が湧いて来るもんだよ」
「化物をペット感覚で飼ってんなよ、それよか四号?ケンタウロスがどうのこうの言ってた?共喰いするのか?
………よくそんなの飼ってるな」
「それよ、今は前よりはケンタウロスに近付いた。どうやら士官兵舎でふて寝していた間にパワーアップしたみたいだ、少し格好良くなった」
「パワーアップって……一応聞くけどどうなった」
「角が生えた。動きも素早くなったかな、具体的にはテュネスん時の三倍位」
赤くは無い、基本暗黒色の化物供だ。
「………なあ、アル、悪い事は言わない、教会へ行きな、悪霊払いか何かしてもらって綺麗な体になんな、首都には法王庁も有る事だしさ」
まあ、悪霊払い課が有れば良いのだが、流石に無い。
大昔は奇跡認定局にそんな部所が有ったのだが、今は変人の巣窟と化しているだけでそんな部所は無い。ただ………
記録上、先代のアンナ局長が悪霊退治を成功させた事がある、まだ姉マリアさんが修道女だった頃だ。
やり方は超大雑把で、片っ端から聖遺物をけしかけたのだ。
剣だの槍だのをけしかけた辺りで悪霊は退散した。
聖遺物の霊験による調伏では無い。聖職者が嬉々としてと聖遺物をけしかけてくる異常性に、悪霊の方が恐怖しての事だ。
まあ、キチに刃物のリアル版だからねぇ。
因みに発案者は姉マリアさん、この当時からアンナさんの異能とは相性が良かった様だ。