コント.ボルジア海軍少尉との雑談
「別に専属って訳じゃ無いぜ、偶然だ……いやナザレ軍港に所属している訳だから、確率は高くはなるわな」
「まあ、何れにせよ久しぶりだボルジア少尉、二日程の海路だがヨロシクな」
コント.ボルジア海軍少尉と、姉マリアさんにロックオンされたレオン.パルト砲兵中尉だ、ここはナザレ軍港を出港した海軍輸送船上である。
砲兵小隊を首都直近のポルコ港への移送任務である、兵器の類いはとっくに首都へ移送してある、人員だけの移送なので船速は軽やかだ。
蛇足ながらコントの言は半分間違っている、輸送船の船長、サンタ海軍大尉がレオン一行の移送任務に志願したのだ。
彼なりに偽海賊艦隊の一件に恩義を感じての事だ。
官邸報告の時は快速船による移動だったが、今回は隊員の移動も有る。その他物資と共に隊員は船倉内だ、いや貨物扱いでは無く軍人の移動の時はこんな物だ。
ただ、士官であるレオンは副長と同室で一室があてがわれる。
基本艦長より階級が高い者の移送でも副長室での同室となる、前回はゴーン参謀少佐がボルジアと同室だった。
「今回はあの少佐殿は居ないのか?」
あのの理由は大体見当がつく。何せテュネスに山羊だか猴だかの頭蓋骨をもって行く様な奇人だ、海に関するオカルトネタの収集に根掘り葉掘り尋ねたのだろう。
「ゴーン少佐殿は総合総司令本部所属だからね、軍事作戦でも無ければ同行はしないさ……うん?海軍ではどうなんだ参謀将校は居ないのか?」
「そこら辺が陸との違いだ、海の事は海兵にしか分からない、一艦を運営するに船長以下一水夫までが共同で当たる、だから外部から口の挟み様が無い、人命無視の無茶な命令だと、最悪乗員が造反するしな」
変な解釈だが、乗組員の多数決的支持が有って船は動くのだ。
だからバクスタール提督の艦隊特攻など本来はあり得ない。
ただ、彼は常日頃財力に物を言わせ、一水夫に至るまで待遇面で目を掛けていた。
私費でワインを配り生還を祝う様な人柄だ、部下の支持は厚いのだ。
何せ一艦で百名、一艦隊千二百名に振る舞い酒だ、バクスタール財閥のバックが無ければまず無理だ。
話が反れた。
「するとどういう指揮系統なんだ?」
「いや、指揮系統は陸と変わらない、ただ大まかな作戦命令で序盤は行動するが、基本各艦対処だ、その点四連合王国海軍はすげぇな、一糸乱れぬ艦隊運用だ、あれって一水夫に至るまで命令伝達内容を理解しているから出来るんだぜ」
「どういう事だ?」
「風だ、例えば反転航行するに陸では風向きなんか考慮しないだろ、帆船の主動力は風だからこれ抜きに航行出来ない」
「櫂はどうなんだ?」
「商船じゃ無いんだぜ、こんな吃水の深い軍船が、のんびり手漕ぎで漕いで戦えるとでも、コイツは非武装だから比較的軽いがよ」
「ピンとこないな」
「つまりさ、反転命令を受けた所で風向きによっては即座に動けない、隊列を崩さない様に互いの艦の位置を常に頭に入れての操帆、操舵だ、だから多分連合の水兵は……」
「多分なんだ?」
「多分、艦長が予定戦域を逐次各部所に通達して、各部所が予測運営しているんじゃないかな、風向き、艦隊体勢、艦位置を水夫レベルで理解しててさ」
「む、何か分かってきた。成る程だから外部から口を挟んでも無理な訳か」
「な、仮に参謀がいたとしても、口を出せるのは出港前の作戦会議までさ。しかも艦隊運動を理解していなければ空論だ、だから海軍将校は指揮官で有り、陸軍で言う作戦参謀でも有るのさ」
「成る程な……してみると、やはりジャール提督は名将だったな、理解不能の事態遭遇に躊躇いも無く総撤退の指示をするんだからな。………末端レベルでの大混乱を回避したのか」
「……あらましは聞いていたが、ジャール提督に何が有った、教えてくれよ。公表にある艦上で長銃の暴発事故なんかあり得ない、火気厳禁なんだからな」
「口外法度でな。テュネスの異常に目の良い海軍士官の話だと、ジャール艦隊旗艦に隕石が命中したのを目視したそうだ」
「はあ!巫山戯んなって!なんでよりによって海戦中に隕石が!また何だってその将校が敵艦隊のど真ん中の旗艦を注視出来た、隕石云々は百歩譲るとしても総司令艦に余程接近せにゃ見える訳ねえ」
「それがその時にその海軍士官はジャール艦隊に接近してたんだ。
なあコント、海兵の常識からして艦隊特攻突撃なんてあり得るのか?」
「有る訳ねえ、そんな命令出した所で下が動かねえ、最悪その馬鹿を拘束して軍法会議行き………したの、艦隊特攻突撃?」
「バクスタール艦隊がジャール艦隊に艦隊特攻突撃を仕掛けたらしい、件の士官も僚艦の艦長だ」
「マジィ!マジィ?突撃に隕石?そんな事有るかぁ、まだ長銃暴発の方があり得るぞ!」
「それだよ、隕石が武器庫か火薬庫付近に命中して、それで爆発事故が起きたんじゃないかな、ジャール提督はそれで負傷したとかな」
「なんで伝聞なんだよ」
「当たり前だ、うちの小隊が首都テュニスに入場したのは全てが終わってからだ。これにしたって、ゴーン少佐殿が方々からかき集めてきた情報なんだぜ」
超極秘事項なので、気安い仲のボルジア海軍少尉と云えど真相は漏らせない。
いや、漏らした所で“巫山戯んな”と罵られるだけで信じては貰えまいが。
「あん、んじゃ何で砲兵小隊を態々編成して、あんなゴツい大砲持って行ったんだよ」
「だから新型砲教導砲兵小隊なんだって。まあ本当は新型砲の実戦テストなんだが、戦闘には参加してないよ、砲の貸与と扱いに兵員を回しただけだ。………そうだ、コント……」
「んだよ、含みを持たせんな」
「実はテュネス派遣中、海軍砲術にとって革命的とも呼べる発見が有った。アルニン海軍は連合王国に取って換わるぞ」
「いや、いや、パルト砲兵中尉殿、話を聞いていた?連合海軍は一水夫レベルで戦術を把握しているんスよ。
中尉殿は砲術家だからどうせ火砲関係の発見なんだろうけど、多少火砲の命中率が上がった所で連合とは水兵の練度が違う。
命中弾喰らったら即座に散開する様に下が自動で動くんだぜ、だから二発目の命中は無い」
「それがそうでも無い、ここからは真面目な話で本気で口外法度の情報なんだが………親兄弟の類いにまで沈黙を守れるか?」
「こんなでも海軍士官だ、上官命令でも無ければ口外はしない。で、どんな機密だ」
上級士官ならば重要情報は得られるから、態々コントを尋問する海軍将校も居まいと踏んでレオンは話す事とした。
「重火砲用の拡散弾の開発に成功した、実戦に於いて有効性は立証された。戦艦搭載の短尺重火砲に対応すべく調整中だ、近々配備される」
「………何?拡散弾って、散弾の重火砲版か?珍しくも無いだろが、ブドウ弾ったかな?砲身を痛めるだけで大して威力の無い奴の、大昔に廃れた弾だろが」
バラの小弾をまとめて撃ち出すのだから散弾では有る、ただ小銃や野戦砲と違い海軍の搭載火砲はゴツい短尺重火砲だ、薬量が違うので砲身を痛めるだけだ、最悪砲身破裂する。
また射出直後、と言うか砲身内で既に小弾が推進拡散中なので運動エネルギー効率が悪く至近距離でしか効果を発揮しない。
これならば通常弾を砲撃した方がマシだ。
こうした訳で射程の長い短尺重火砲を、数撃てば当たる式で複数搭載する事が海戦戦略の要となった。
当然積載重量が増し、船足は遅く小回りは利かない。艦隊となれば尚更である。
ただ、ならば重火砲の搭載量を減らし船足を増せば良いのかと言うと、それはその時代時代の世界的海戦戦略による。
火砲の少ない搭載なら確かに機動性は増す。
その代わり破壊力は少ない。だから艦隊の定数を増し火力を補う。
当然維持費が嵩む、軍事費がかかり国庫に負担がかかる。
コストを重視し、火力を犠牲にした艦隊を常数にするならば海戦に於いて最終的には敗北する。
1~2艦隊による中小規模な海戦では優位に立てるが、5艦隊を越す大規模海戦では、そもそも機動性など意味をもたず(艦隊を並べて海上要塞とする為)撃ち負けるからだ。
覇権主導時代には、コストを度外視し100門火砲搭載の化物戦艦も出てきたが、当然これに対抗すべく多砲門搭載戦艦が登場し、局地的一海戦が決戦化した。
貴重な人材人命船舶戦艦が、大した意味の無い局地戦で消耗し、大局的には国庫を圧迫し国力は疲弊した。
結果、厭戦世論が蔓延し、平和主義主導時代に突入する。
すると局地戦の短略的決戦化を避け、紛争の早期解決が主戦略となり、軽量艦隊による足の早い問題解決が望まれたのだ。
………船足の早い巨艦巨砲多砲門搭載艦隊が有れば良いのだが、帆船時代は不可能だ。
蒸気機関が開発されるまで、時代時代で海軍戦略が変化するのはこうした訳である。
現在の世界的海戦戦略は、1艦20砲門、定数12艦を1艦隊とする中武装戦力が主流である。
「いや、散弾じゃ無い、拡散弾だ。予想着弾地点で砲弾が散弾みたいにバラける砲弾だ、拡散距離により一号、二号、三号と分けたが、ここいらは海軍の要望により調整出来るだろうな」
「………だから拡散弾?」
「ああ、実戦で艦の帆を砲撃し無力化に成功した。実戦テストとデータ収集の為に控えたが、多分艦隊単位で撃沈可能だったろうよ。
戦果としては二隻撃沈一隻拿捕だが、こちらは無傷で弾薬は二割も消費していないからな」
「おい、それって………」
「ああ、海戦も戦の形が変わるな。くれぐれも口外法度で頼むよ」