姉マリアさんとサンドロどん5
有るだろう……いや、姉マリアさんが妥協と云う高等自己暗示を掛けられるならば、選り取り見取りだろうが、本人は派手に結婚願望を拗らせている。
しかし情状酌量の余地はある、名家に生まれ、蝶よ花よと育てられた所に、一族の都合により出家し、更に名うての変人に囲まれて成長したのだ。
普通を渇望した所で、責められる謂われは無い。うん。
なので、紹介状の精査は難航した。
家柄、地理的条件、社会的地位、は、ほぼクリアしている。
問題は歳。あと容姿だ、容姿の方は極端にデブであったり、これまた極端に類人系の顔面で無い限り大丈夫なのだが、歳ばかりは曲げられない。
姉マリアさんは歳上は好みで無いらしい………戯け。
あーでもない、こーでもないと、サンドロ坊主とざっくばらんに精査していた所、聖霊鳥“レイシャ”が囁いた。
「パルト家?」
何気に手にした紹介状に“レイシャ”が囁いたのだ、“この人”と。
ムキムキ爺さんは耳聡い。
「パルト家……アンジェロ殿からの紹介依頼じゃった。アンジェロ殿はアルニン政府の内閣府所属の官僚じゃ、……父親のカルロ殿とは古い付き合いじゃ、ナザレ州パルト市街区の終生執政官就任に尽力した物じゃ」
終生執政官就任にパルト市街住民から教会を通じてアルニン政府に要請したのだ。
現ナザレ大教管区、パードレ大司教がまだ司教でパルト教区長だった頃(この頃はまだパルト市街の名称では無く、ナザレで9番目の教区なので、ナザレ9番教区と何の捻りも無く呼ばれていた)カルロ.パルトの行政手腕に感銘した住人が教会に嘆願したのだ。
本来ならば、全くの筋違いの嘆願だ。アルニン政府に、では無く国教宗教組織にする嘆願では無い。
しかし、姉マリアさんの例で分かる様に、宗教的法系列の伝をたどり、司教、大司教、枢機卿、法王にと嘆願が通り、法王庁と云う巨大組織からの請願となると、アルニン政府としても無視は出来ない。
と言うより逆らうメリットが全く無い。更に推される個人としては、終生執政官に住民から請われて就任するなど、歴史上数える程にしか居ない位に非常に名誉な事なのだ。
ただ、名誉と共に、そこが人生ゲームの上がりでもある。
カルロ.パルトはそれを受け入れた。一から育て上げたと言っても過言で無い開拓都市だ、住民に推されての終生執政官就任である。彼個人は至上の名誉として受け止めたのだ。
ただ、彼は息子達には自分の後を継がせる事はしなかった。
長男のアンジェロは、中央にいた頃の伝を頼り官僚に進む道を開いてやり、次男のレオンは陸軍士官学校に進む程には学業を修めさせ、また金銭的支援をした。
レオンの妹であり、長女のマグダレットは良縁を見つける予定である。
主人公の家族構成がようやく明かされたのは何よりだ。
………白状するならば、マリア婆さんよろしくアバウトにしか設定を考えていなかったんです。
まあそんな事より、パルト家長男、アンジェロさんはとっくの昔に成婚済み、子供もいる。
アンジェロさんは弟の縁談紹介を方々に依頼していたのだ。彼にしても身内の良縁は歓迎だ、アルニンは縁故主義が浸透している為、自身の支持基盤が固まる事でもある。
レオンは陸軍士官学校を主席で卒業している、更に砲兵科は出世は早い。末は高級士官足り得る。
地方への移動も有るだろうが、そこをクリアすれば悪い物件では無い……筈だ。
軍人の家系では無いが、パルト家は四大家門クラディウス一門の流れを汲む。数多くの文官文人を輩出している、現アルニン元首とは親戚であり本家、分家の間柄だ。
面倒臭く………尺の関係で端折ったが、レオンが元首官邸での報告の時、アルニン人らしいオーバーアクションで一族の挨拶は交わしていたのだ。
マリさん事マリウス軍曹とは訳が違う。
ただ、レオンの年齢は姉マリアさんより下だ。テュネス派遣中に誕生日を迎えているので23だ。年回りとしてはジャンヌさんと合うのだが……
「年回りも丁度釣り合いますね、パルト家とは何度か、耳にした事の有る家ですが、成る程、政治家門なのですか」
しれっとした物だ。姉マリアさんは歳上は駄目だが、年下ならばウエルカムなのだ。
………やはり拗らせている。
「フム、カルロ殿やアンジェロ殿とは面識が有るから人となりは分かるんじゃが、レオン殿とは面識が無い、軍人か……はて……聞き覚えが」
ムキ爺事サンドロ枢機卿とて法王庁の中枢に所在している、先のテュネス争乱に関する報告も受けてはいた。
ただ、軍事的な事は門外漢で、テュネスに派遣された砲兵小隊隊長と、アンジェロ依頼の縁談者が結びつかなかった様だ。
パルト繋がりでピンと来そうな物だが、実はパルト家はロマヌスに10数家有ったりする、名家なのだ。なので直ぐには結び付かなくて当然だ。
「猊下、何も問題は有りません。パルト家家長、紹介依頼人共に猊下は面識が有り、特に問題は無いのでしょう?でしたら軍人とは云え、礼節はわきまえた人物の筈ですよ」
姉マリアさんは乗り気だ、“レイシャ”の囁きも有る、軍人も何と無く気に入った。
心療治療の為、軍人は割りと法王庁市国に出入りする。無論私服での入国だが、動きや応答から分かる。
姉マリアさんも司祭位に有り、懺悔告解や心療治療の心得は有る、軍人は上下関係が厳格なので、市井の信徒の対応をするよりよほど上等なのだ。
なにより、心療治療に来る軍人は年若な新兵が割りと多く(大体ファーストキルで心が病む、レオンの様に平気な者も居るが例外だ)また鍛え上げた体躯も高評価な姉さんだ。
紹介状のプロフィールは古く、まだ陸軍総本部の火砲術戦術研究室所属の物だ。一応移動の可能性にも触れられている。
「少なくとも数年はロマヌスを移動して欲しくは無いのう、在家信仰者組合の関係も有るで……」
大前提が在家信仰者組合の人材補強だ、婚姻後即移動では意味が無い。
「それは大丈夫です猊下。その場合は単身で移動してもらいますので、私もロマヌスは離れたく有りません」
………姉マリアさんは、派手に結婚願望を拗らせている。いや、結婚が目的なので有って、結婚生活は三の次四の次だ。
宗教教義上離婚は無い、だから結婚さえしてしまえば別に“亭主元気で留守が良い”のである。
………珍妙な女である、変人の小覇王の名は伊達では無い。
ただ、サンドロ坊主としてはそれでは申し訳無い。
「いや、いや、マリアどん。もしこの縁談がまとまる様ならば、アルニンの軍部に根回し位はすっど。
……それに、まだ他にも候補は居るで」
紹介状にあるレオンの階級は准尉の物だ、軍階級に疎いサンドロとて、それが余り高い階級で無い事位は知れた。
だから差程重要な職務に就いては居ないと予想でき、ならば移動を配慮してもらう事に問題は無い、枢機卿の直接な請願を無視はできないと踏んだのだ。
「いえ猊下、たった今天啓が下りました。どうやらこの殿方が良い様です、他の殿方は遠慮しましょう」
生まれて物心ついた頃から“レイシャ”の囁きを聞いている。
時に誤った事を囁きもするが、概ね正しい事を囁く、此度の事も正しい囁きと姉マリアさんは理解した。
何よりも年下である事が決定打だった、他は全て歳上だ。
……一~二歳位の歳上ならば構わないと思うのだが、変人には変人の厳格なルールが有るのだろう。国際的なテロリスト兼スナイパーの様な。
「……天啓。マリアどんの異能の……そうで有るか、ではアンジェロ殿に連絡を入れよう、マリアどんの還俗時期も有るし、先方の状況も問い合わせたい。
互いに顔合わせをする機会位は調整すっど」
法親であるサンドロは、当然マリア、ジャンヌ姉妹の異能は知っている。天啓と言われてまで他者を勧める事はしない。
還俗前に正々と見合う訳には行かない、ただ教会の行事にかこつけて、然り気無く顔合わせをする事はまま有る。
時期的に誕生祭が一番近い行事だが、流石に間に合わない。
新年祭も無理だろうから、新春行事のいずれかになる。
“宜しく御願いします猊下”との姉マリアさんの返事で、この件はまとまった。
あと、在家信仰者組合の打ち合わせ、組合人員との顔合わせ時期の話し合いで面会時間は終了した。
さて……この予定では、早くとも来春にレオンとテレーズは顔合わせとなる運びなのだが、そうは問屋が卸さないがキチのキチたる所以であり、行動原理である。
そのお陰で予定より早い面会となるのだが、この場はここまで。
マリアさんシリーズの尺が大幅にオーバーした事でも有りますので。
長かったジャンヌさん姉マリアさんシリーズが終りました、五話位で終わる予定が、おかしい。
本編もダラダラと続きます。