姉マリアさんとサンドロどん3
「かかか、マリアどん心配はいらんよ、数年来の依頼じゃ、幾人か候補が上がって居るよ。
ただ、マリアどんの還俗期が未定だったからこれから精査せねばならん。成婚した候補も居るでの」
(おし!最低限の目的達成、後はどんなのか吟味じゃ。ただ、信仰者組合加入が条件みたいな流れが気に食わぬのじゃ~)
これもおくびにもださない。
「お骨折り感謝します。ただバロト家は一族が多いので、余程の功績がなければ本家一員と見なされないのです。
浅はかな願いと、猊下に措かれまして、さぞや呆れた事とは思いますが、その点を御理解頂けたら幸いです」
実は、叔母のローザンヌは景信教会での名声と在家信仰者組合長就任による功績により、次期当主就任が決まっていた。
これはバロト家のみの家風では無く、割りとアルニンでは一般的だ。
縁故主義も、元を辿れば有力者の庇護を求めての相互扶助だから、実力者が台頭するを助けるは、歴史的に当たり前な概念だ。
ましてや一族だ、一族の先導として有力者が当主に選ばれる事は当然だ。
「なんの、当初からそう云う取り決めじゃ、どれ、マリアどんが成婚の暁には拙僧が立ち会おう」
豪勢な物だ、枢機卿の結婚立ち会いなど、余程の縁故が無ければ有り得ない。
……つまりサンドロの庇護下に有る事を周知させる事であり、また信仰者組合に並みならぬ期待を寄せていると言うアピールでもある。
「して猊下、叔母上は具体的にどの様な仕事を考えておられるのですか?唯の通訳を求めての事では無いと思いますが………」
いささか含みがある。姉マリアさんはローザンヌさんの実物を知っている。
ローザンヌさんの脳内は、実に奇妙な好奇心で占めており、その他は、全く何も考えていない空の器に過ぎないと言う事を、付き合いの長さから熟知していた。
間違っても大器などでは無い、虚ろとも違う、馬鹿でも賢くも無い。
空の器が一番説明するにしっくりする。
だからテュネス政府との交渉窓口として、然るべき立場(共通語を話せる程度には教会内での位階が有る人材)の人員要請を申し出る程に、当の本人は緊張感や危機感や必要性を感じてはいない。
無知蒙昧愚鈍からでは無く、そんな些細な事など脳内に発生する余地や隙間が無いのだ、断言出来る。
そんな事より、朝食時に目にしたマヨネーズの卵含有量に好奇心が全力で傾く、そんな奴だ。
……金筋入りの変人だ。
(絶対に誰かの入知恵が有る………と言うか、猊下?)
姉マリアさんはムキムキ爺を見やる。やはり無駄にマッチョだ。
「在家信仰者組合の方から要請が有った方が通りが良いでのう。いや、はや人材の精査中であったのじゃ、マリアどんは、正に渡りに船であった」
時の氏神、渡りに船。まあ、ここいらの格言では無いが、国籍不明人の姉マリアさんには通じる。
“嫌だ”では通りそうも無い。仕方がないから姉マリアさんは腹を括る。何せ婿か嫁入りがかかっている。
「分かりました、お受けしましょう。……猊下にここまで目をかけていただいたのです、非力不才の身ですが粉骨砕身致します」
(何を具体的にやるのかは知らない。
でもまあ、ローザンヌの奴ですら組合長が務まるのだから、大した事は無いだろう。あわよくばローザンヌに取って代わろう。
ただ、野郎はバロト本家当主となる。やはり保険をかけて、婿か嫁入り先の家柄はバロト家に対抗出来る程度には名家でなきゃならん。
どうせならこのムキ爺を巻き込んで、関係図をグチャグチャにしよう、そうすれば私に余計な口出しをしてくる外野も無かろう)
姉マリアさんは、そんな碌でもない未来図を瞬時に画いた。
「有難い、マリアどん。していつ頃に還俗する予定か?いや、いや、信仰者組合の件もそうじゃが、マリアどんの見合いの関係も有る、流石に出家中には具合が悪いで」
そう言うとムキ爺は呼鈴を鳴らす、内務省長官秘書兼側近の僧侶が呼ばれた。
姉マリアさんにしても、即答出来ない問いなので考える時間を作ったのだ。
「御呼びでしょうか猊下」
秘書の様な事もしているが、側近の坊主だ、お茶を運んで来て以来隣室に控えていた。
「うん、ティーダどん、済まないが縁談リストを用意してくれんか。
方々から縁組周旋にと紹介状が届いている。
そこなマリアどんの相手となる、年格好の近い者をリストアップして持ってきてくれんか」
ティーダと云う側近は、返事と共に引き下がる。
俗世と離れた僧侶に縁談周旋とは、如何にも奇妙な感じだが、坊主のカテゴリーを抜きにして、一国の大臣に縁談周旋依頼が多々あったと考えた方が分かり易い。
勿論、枢機卿に、大臣に依頼するだけの地位や影響力の有る者からの依頼である、市井の縁談オバちゃんとは訳が違う。
更に宗教勢力図で考えれば、影響力はアルニン一国に収まらず内海一帯に及ぶ。
姉マリアさんが態々縁談依頼したのも、巻き込んでグチャグチャにと画策したのもそうした訳だ。
枢機卿の社会的影響力は、ハッキリ言えばアルニン国家元首よりも大きい。
そうだ、とばかりにサンドロの大坊主は執務机の引き出しより手紙を取り出す。
形状からして公式文書用の公用手紙だが、姉マリアさんには分からない。
「マリアどんは、テュネスのバクスタール家を知って居るか?テュネスでも五本の指に入る財閥なのじゃが」
(いや、だから出家して年も10年も経つんだから世俗の事など知らんて。
そもそもテュネスなぞ、生まれ出でて初めて聞いた国名じゃわい)
おくびにも出さず腹内で毒づく姉マリアさん、どうも思考言語はオッサン臭い。
ついでに、サラリと自分自身にサバを読むあたり油断ならない。自己暗示の欺瞞上等な姉様だ。
「バクスター家……ですか、いいえ存じません。テュネスの財閥との事ですが、先の話に有った穀物輸入に関係する話しでしょうか」
「いや、バクスタール家じゃ。紛らわしいが、テュネスにバクスター家も有るで、混同せぬ様にな。
端的に言えばマリアどんの推察通りじゃ、テュネス政府の肝いりでバクスタール財閥が穀物輸出を手掛ける」
「言葉は悪いですが、官製財閥でしょうか、天下り先用の。どこも似た様な物ですね」
在家信仰者組合も似た様な物だから批判はしない。
「それが、ちと違う。あちらは矢鱈と官民揃って利権権益を主張する、一つの利権に群がる人間関係図は、複雑過ぎて外部の者には分からない程じゃ。
だから民間は財閥化して一本化してきたのじゃが、先の争乱でバクスタール家が頭一つ抜きん出た。
軍部を掌握した事で、テュネス政府に強い影響力を持つに至ったのじゃ」
(ふうん)
姉マリアさんには興味の無い話だ。それより現在リストアップ中の縁談候補が気になる。
「そうでしたか、世情に疎く汗顔の至りです」
これもここいらの格言では無い、種を明かせば“レイシャ”の囁きだ。
姉マリアさんは色々と残念な二点目の紅だが、聖霊対話異能はピカイチだ。
……ただ、本当に聖霊なのか、かなり怪しくなってきた。
現在ダッドに取り憑いたジョージ君を思い出す、アレも初出時は“倒立カバの聖霊”だった。
「それでそのバクスタール家の長子に、法王庁の意を汲んだ、然るべき家柄の娘を嫁に欲しいとの事じゃが、如何じゃマリアどん」
いきなりの直球だ、それまでノラクラしてたのは何だったのだ。
姉マリアさんの心情としてはそうだが、開口一番バクスタール家との縁談話しを振った所で仕方ない。
テュネスと法王庁と、それをとりまく世界情勢。
これをスッとばかして、いきなりバクスタール家とバロト家の縁組話をしたところで説明が、二度手間になるだけだ。