姉マリアさんとジャンヌさん6
「劉姐?テレジアさんはゴッドマザーを知っているのですか~。一応極秘情報なのですが」
「ええ、若い頃に。私が心療治療師として信者の心のケアをしている事は知っていますね。
治療は、何よりもリラックスして貰う事が一番なのですが、こちらのアロマティーの様に、香りもリラックス効果が有るのですよ」
まあ、テレジアさんはくしゃみ量産の為に嗅いでいるのだが。
心療治療は教育省の奉献会で行う信徒向けの療医院だ、以前に記した軍人の心療に当たる。
まあ、御大層に聞こえるが、つまり心の動揺につけこんで、信仰を深く植え付ける一種の洗脳…布教だ。
この方法の素晴らしい所は、当人に洗脳されている自覚が無く、また、率先して洗脳されに来る所だ、更に手ブラでは無く御布施付きだ。
テレジアさんは奉献会の療養師でも有るのだ。かなり評判は良い。
「はあ、そうですか~それがゴッドマザーとどう繋がるので?」
「アロマの研究にドモン司祭の研究室に出入りしていたのですが、そこで劉姐さんを紹介してもらったのですよ。
漢方と言う変わった薬剤知識が劉姐さんには有りましたので」
「はあ、そう言えばマリアさん、外国の……いや、マリアさんの母国の暦だの年齢呼称を口にしてましたね~武道の達人だけでは無いのですね~」
「ドモン司祭も、止血薬剤の調合だの湿布だの外傷薬の研究が進んだみたいですよ」
あんなで師範だ、外傷薬剤や打ち身打撲の治療薬の知識は有る。痛み止めの漢方薬………心神喪失する様な強力な鎮痛剤の調合も知っていたのだ、
これはドモン司祭の手により、自白剤に転用される事となった。
「その劉姐さん、今はシスターマリアさんですか、奇跡認定局にジャンヌ課長と共に移動する様に根回ししますか」
「?いえ、テレジアさん、ドタバタの寸劇で中断しましたが、私はそもそもアホ姉の護衛任務の打ち合わせに来ていた訳でして~、
マリアさんも私と共同で任務に当たります。だからこちらには、マリアさんも来ますよ~」
「いえ、一時的な物では無く、奇跡認定局に移動して貰うのです、ジャンヌ局長の補佐の為に、劉姐さんは野放しにしては駄目です、あの異能はこちらに置くべきです」
局長の呼称にイヤ~な顔をするジャンヌさん。テレジアさんの言うことは最もだ、だが………
「局長云々は兎も角~確かにマリアさんは鈴を付けるべきですね~ただ、もううちの局長が唾を付けているのでは?まだそこら辺の見極めが付かないんですよ~」
暗黒街に顔の利く人材だ、手元には置きたい。幸いマイケル、フェルチーニといった搦め手は先程判明した。門下には甘いと知れたのだ。
「大丈夫ですよ、劉姐さんは超~割り切った思考の持ち主です、異端審問局には貸しが有る位の感覚でしょう。
ただし、脅しや弱みにつけこむのは悪手。劉姐さんは即座に殺しにかかってきますので」
分かっている、だから搦め手だ。脅すばかりが策では無い、情に絡める、温情を与える、便宜を図る、結果、恩を売りこちらに取り込む。
「………流石姉妹です、悪い事を考えている時の表情はそっくりです。やれやれですね」
二代続けてバロト家の変人局長の側にいたのだ、これくらいの放言は嫌みにすらなっていない感覚だ、ただジャンヌさんは少し驚く。
「テレジアさん、何か気を悪くされましたか?」
「?いえ、特には。………ああ、そうか。申し訳無く。どうも長らくアンナ様やマリア様に接していたお陰で、物言いが直接的になりました。他意は無いので悪しからず」
いや、物言いだけでなく、思考や行動にバロト家に染まり過ぎた感が有る。考え様によっては一番の被害者だ。
「まあ、劉姐さんに引継を果たすまでは私も奇跡認定局に所属しますので、ジャンヌ新奇跡認定審査官殿にはご心配無く」
「……テレジアさんも還俗なさるのですか?」
「いいえ……ただ、法王庁内勤から外れて、そうですね、田舎の寺院で余生はのんびりしたいですよ。
司祭位を得ましたし、心療治療師でも有るのでつぶしは効きますので」
「そうですか。気が合いそうなので~残念です」
「そこが曲者なのですよ、どうも私はバロト家の人と相性が良いみたいでして、気がついたらこの歳ですよ。もっと早く後進にマリア局長の事を託すべきでした」
人生とは儘ならない物である。変人と相性が合うとは、つまり専属に押し付けられると云う事でも有るのだから。
教会内でも奇跡認定局はそれなりに地位が有るのが悩ましい所だ。
そんなこんなで、多少の愚痴を交えつつ、ジャンヌさんは、実質的に奇跡認定局を運営しているテレジアさんと打ち合わせ始めた。
姉が混ざると話が進まない事が判明したので、かえって姉の逐電は都合が良い。
場面変わってこちらは姉マリアさん。ゴツくて重い、厄介な聖遺物を妹に丸投げすると、足取りも軽く内務省庁舎に向かう。
踊り出したい位の心行きだが、そうも行かない。
しずしずと品良く歩む所は、流石に良家の子女である。
急遽枢機卿に面談依頼しても、本来ならば不可能だ。そもそも先方の予定が分からない、外出している可能性もある、内務省長官は激務だ。
サンドロ枢機卿の所在は先程確認した。不在ならばマカロフ枢機卿の所へ行く積もりだったが、所在確認がとれた。
聖霊鳥“レイシャ”がそう囁いたのだ。
姉マリアさんは、かなり聖霊鳥を便利使いしている様である。
また、還俗前提で縁談斡旋はかなり前、数年前から依頼してある、今日は逐電がてら進捗状況の確認だ。
(しかし、ルイーズが間抜けで助かった。あの子あんなに馬鹿な子だったかな?
まあ、どのみちアタシの後はあの子しか……いや、まあ再従姉妹のミッちゃんが居たけどさぁ、まだ10だしねぇ、出家資格の15まで5年もあるし、待ってたらアタシが三十路越しちゃう)
………言い訳だ、別に奇跡認定審査官はアレに認められれば良いのだから、バロト家関係で無くとも良いのだ。
姉マリアさんが、妹のジャンヌさんに後を継がせたかったのは、まあその方がなんと無く格好良く思えたからだ。それに前記の年齢が絡み急遽の寸劇となった訳だ。
アレにジャンヌさんが、適合する事は分かる……と言うか“レイシャ”がそう囁いたのだ。まあ、再従姉妹のミッちゃんも適合すると囁いていたのだが。
(姉妹で奇跡認定局の奇跡認定審問官証を保有し、さらに二代続けてバロト家本家からの局長就任。
惜しまれつつも、後を託すと実妹に権限を譲り渡し、多くの信徒から祝福され退任する可憐な乙女………。
凄く格好いい♪
だから再従姉妹のミッちゃんでは絵的に没。31と15では肌の質で小娘に及ばない、やはりルイーズ辺りで丁度良い)
などと、本当に碌でもない夢想をしながらしずしずと歩む姉マリアさん。
………26では乙女と言うに無理が有る気がしないでも無いが………
ふと立ち止まる姉マリアさん、この姉妹は見目は麗しい。まあ、名家であり代々美男美女を迎えていれば、遺伝的に当然だが。
その見目麗しい姉マリアさんが、右手を頬に添え考え込む。
とても拳で打ち合ったとは思えない美しさだ。いや無傷では無い、化粧で誤魔化し鼻血の詰め物は鼻奥に突っ込んだ。
裏事情さえ知らなければ、実に絵になる。
(どうせなら派手に退任式とルイーズの就任式をやろう、鳩か鷲か七面鳥かなんかを会式に合わせて飛ばしてさ、新旧交代式だ。
そう言やテレジアの奴も田舎に引っ込みたい様な事言っていたな……まとめて祝うか、参加者に紅白餅でも配ってテレジアにぶつけて遊んで余興とするか。
とそうなると予算は………おし、ローザンヌに集るか、最近羽振りが良いみたいだし。野郎には貸しが有る。
すると近日中に面会か~面倒臭せぇ、ルイーズに丸投げしようかな)
中身は本当に碌なもんじゃ無い、外面との落差がこれだけ激しい人も、拙筆のキャラでは珍しい。
突っ込み所も満載だ、何、その七面鳥って、食材じゃ無いのそれ、そもそも飛ぶのか七面鳥?紅白餅?有るのこの国に?豊葦原国の建前祭?ぶつけて祝うとは聞いた事も無い。
貴女、本当に何人よ?
そんな碌でもない思いつきをすると、何でも無い顔をして内務省庁舎に向かった。