姉マリアさんとジャンヌさん5
「臭ぇ!」
「臭ぇ!!」
「臭ぇ!」
上から順に姉マリアさん、ジャンヌさん、テレジアさんだ。トリオ漫才か。
「馬鹿野郎!拾ってこいルイーズ!私が上に怒られるじゃんかよ」
「ジャンヌ課長!後生です!拾ってきて下さい!所有者が移動したから局長では駄目なんです!」
「うわっ!マジこれ!マジ!靴下臭?ブルーチーズで作った靴下かぁ?正気かアレ作ったヤツ」
ジャンヌさんは涙目だ、特に駄目な類いの匂いらしい。
それでも姉マリアさんとテレジアさんは耐性がある、テレジアさんに至ってはウン十年も嗅いだ匂いだ。
けど、だからといって、決して好きになれない類いの匂いだ。
奇跡認定局は三階だ、窓から放ったから中庭の芝生に落ちている。
一階は異端審問局だ、地階が審問三課の拷問室だから機能構造上仕方ない。
早速下から悲鳴が上がる。あんなで聖遺物であり、基本門外不出だ。
先代の奇蹟認定局長は、平気所か大好物な匂いだったらしいが、別に彼女はゲテモノ食いでも、嗅覚障害だった訳でも無い。
本当に好き嫌……いや、嫌いか不快かなのだが、好きな人は珍しい。
変人の先代は、業務にかこつけて信徒で統計を取った所、百人に一人がこの匂いを好んで、残りが駄目だった。
その中でも鳥肌が立つ位に駄目なのが十人程と云う結果を、その妙な好奇心から突き止めた。
………だからといって益は1ミリも無いが。
ジャンヌさんはその十人に入る様で背筋にかけて総毛立った。
不思議な物で、窓から捨てたのだから室内に匂いなどしない様に思えるが、ジャンヌさんを中心に匂いがする。
……碌な聖遺物じゃ無いので処分すれば良い物の、聖遺物保管庫の鍵だからそうも行かない。
異臭の聖人カルタスの例も有る。悪臭は許容範囲の宗教だ。
泣く泣くジャンヌさんは呪い……聖なる十字架“奇跡審問官証”を取りに行った。
ジャンヌさんが手にすると、不思議と匂いが止んだ。嬉しくも無い。
ルッツァ教会に帰りたくなったが、まだ話を詰めていないので、仕方なく奇跡認定局長私室に戻る事とした。
異端審問局員にジロジロと見られたが、それが“双鞭のジャンヌ”と分かると目を反らされる。泣きたくなった。
それもこれもこんな妙な寸劇を企んだ変態姉が悪い。
ジャンヌさんは足音も荒く帰参した。
「コラ姉!人生について少し込み入った話を拳でしようか!」
だが、とっくに姉マリアさんは逐電している。
テレジアさんが、呑気に来客用のお茶を口にしていた。
「ジャンヌ課長落ち着いて、まず喉を潤しましょう。口直しならぬ鼻直しで。
お茶の香気で良くなりますよ」
姉マリアさんは、鼻血の詰め物で必要無かった様だ。
どうもテレジアさんも共犯っぽい。お茶の運ぶタイミングと良い、様子を伺っていた可能性が高い。
してみるとこのお茶も策略の可能性がある、迂闊に口に出来ない。
「アロマティーだから、荒ぶった気も落ち着きますよ」
はい、共犯、確定。
「テレジアさん、何でこんな妙な寸劇を企んだので~」
「いいえ、私は何も。ただ、ジャンヌ課長、課長が次期奇跡認定審査官の筆頭候補だった事はご存知でしたか?」
「………いいえ~まあバロト家なので、その可能性が有る事は分かっていましたが~、姉の後は、従兄弟だか再従兄弟が継ぐ物と思っていましたから」
これは本当。バロト家はその血筋の特異性から親族が矢鱈と多い。縁を結びたがる良家は多いのだ。
従兄弟、再従兄弟など数えるに、1ダースの人員の両手両足の指では足りない程だ。2~3ダースは必要だ。
また、それぞれに異能を有しており、だから誰が出家し奇跡認定局に配属になるのか分かり様も無い。
バロト家は、もう数世紀も前に教会に取り込まれていた。大昔には法王も選出した事も有る名家だ。
教会絡みの利権のお零れも莫大な物だ。
件の先代局長、ローザンヌ.バロトはしれっとテレーズに奇跡認定局長の座を明け渡すと、還俗し現在は在家信仰者組合の組合長に収まっていた。
教会納品業者に成るには、在家信仰者組合に所属せねばならず、組合に莫大な組合費を支払わねならない。
独立行政市国の衣食住を賄うのだ、在家信仰者組合は各同業者組合……と言うよりアルニン商工会議所、アルニン農業会議所とはツーカーの仲であり、権限は巨大である。
在家信仰者組合は法王庁市国内務省の管轄下に有り、その組合長は信仰心、実績、人望、また還俗者である事が前提で選出される。
ローザンヌさんは、その異能による立ち振舞いにより、賛成多数によって選出された組合長だ。
また、現内務省長官サンドロ枢機卿の庇護下にある。
話を戻す。
「だから、私やジャンヌ課長がどう足掻いても仕方の無い事なのです。……先代のアンナ様(ローザンヌ.バロトの洗礼名)も大層ユニークな方でしたが、マリア局長も輪を掛けユニークなお方でして……………」
イクショイ!!
人のくしゃみと云うのはかなり個性的だ。因みにこれはテレジアさん。自分で話の腰を折っていれば世話は無い。
続けて三連発。うるさい。
「申し訳無いジャンヌ課長、あの匂いをリセットするにはくしゃみが一番なので、アロマのキッツイやつを煎じたのですよ」
ズビーと鼻をかむテレジアさん、うるさい。
「はあ、テレジアさんは機先を制するのが上手いですね~、何だか馬鹿馬鹿しくなってきて落ち着きました」
「あら、バレました。………流石はマリア局長ですね。私をけしかけてジャンヌ課長を落ち着かせる所までが策なのだから」
姉マリアさんは策士だ。この手の小細工、小策略に天性の物がある。
だから政治向きかと言うと、そうでない。あくまでも得意なのはイタズラみたいな小細工だ。ガキ大将、イタズラ小僧向きの資質だ。目一杯評価して三流ペテン師だろうか、何だかな~
今回の寸劇、実は異端審問局長のヨードル司祭に根回し済みだ。
いずれジャンヌさんを奇跡認定局に移動させるにせよ、業務引継教育をせねばならず、今回の審神者審問は良い教育機会であった。
何よりも予定より早く、いや、予定は過ぎていたのだが、延長で奇跡審問官を続ける事になっていたので、還俗出来そうな機会があれば狙っていたのだ。
小策士の面目躍如だ。
ただ、“ゴッドマザー”は想定外で動きが読めない。なので前倒しで作戦強行だ。
「それで、姉さん出てきなさい~もう怒ってないから~」
「いえ、ジャンヌ課長。マリア局長は本当に外出しました。
“善は急げ、時は金なり、急いで回れば棒に当たる”とか何とか言い残しまして」
急がば回れと、犬も歩けば棒に当たるのがゴッチャになっている。因にアルニンの諺では無い。
「え?マジで逃げたの何処に?」
そもそも護衛任務の打ち合わせ、予定調整の為に来たのだが、先方は頓着が無さすぎる。
“善は急げ………”も妙な捨て台詞だ、あの姉の事だから、
“アバヨ~ジャンヌちゃん”だの、
“じゃな~マイシスタ~アイラブユー”だの、
いちいち挑発してから逃亡しそうな物だ。
「聞かされてはいませんが、多分サンドロ枢機卿の元では無いかと」
そこで再びズビーと鼻をかんだテレジアさん、うるさい。
「?何でサンドロ猊下に?猊下は内務省だから支配向きが違うんじゃ」
特務省はマカロフが兼任している。話を通しに行くならマカロフ大坊主の所なのだが……
ジャンヌさん自身もサンドロ枢機卿には面識が有る。いや暴力関係の依頼での面識では無く、バロト家の一員としてだ。
在家信仰者組合の莫大な利権がバロト家と絡むので、内務省長官であるサンドロ枢機卿とは付き合いが深くなったが、元々サンドロがまだ大司教の時からバロト家として付き合いが有るのだ。
マリア、ジャンヌの洗礼名も彼女達の出生時にサンドロ枢機卿(当時は大司教、バロト家は名家だ)が付けたのだ。
ジャンヌさん自身は、拳闘のトレーニングをしていた頃から見知った間柄だ。(大司教となるとそうそう出歩けない、教会に通う様な年頃まで普通会う事も無い)
大柄な巌の様な坊様だと、子供心に認識していた。
「ひょっとして、還俗した後の在家信仰者組合入りを狙って………」
「いいえ、そんな殊勝な人では無いですよ。多分縁談斡旋依頼に行ったのでしょう、前にそんな事を言ってましたから」
………本当に面白い人である。当然ジャンヌさんは激怒だ。
「あのアマ!巫山戯やがって!おし、野郎がその気ならこっちも考えが有る、野郎の縁談、全部ブチ壊してやる、舐めんな審問二課!こっちにはゴッドマザーって言う切り札が有らぁ!」
「勇ましいですね、流石です。局長は最近やりたい放題だったから、心置き無く存分に。
そんな事より、ゴッドマザー?ひょっとして劉姐さんですか?」
……そんな事……この人はこの人で面白い人だ。やりたい放題との事だが、この人もやりたい放題の共犯なのでは………
………正に特務省は変人の梁山泊である。
あっと言う間の正月休みでした、皆様如何お過ごしでしたか。
また当分週一投稿に戻ります、武侠の方も再開したいですね。