姉マリアさんとジャンヌさん3
「局長、概要は理解しました~。二課局員帯同もその必要性も了解しました~。対象者の危険性も判りました~」
ジャンヌさんだ、二課帯同はあまり有る作戦では無いが、前例が無いわけでは無い。
格闘技の心得の有る者は、どうしても筋肉質になる。肉体労働者風体に変装すれば目立たなくはなるが、行動も制限される。
例えば土方人足扮装で、金融街をウロつけば当然目立つ、TPOと言うやつだ。
ただ、マッチョにも意外な抜け道がある。
なんと、カップリングすると割りと目立たない……と言うか爆発しろと言うか、視界から失せろと言うか、まあ、無視に動くのが人情だ。これ本当。
だから二課とペアになるように一課局員を選べば……逆である、一課局員と対になるように二課を組ませれば良いのである。
まあ、この時代も開放的な民族だ、あぶれたカップリングは同性で対応して貰おう。教義的にはアウトだが。
要は“爆発しろ”と思わせて、それ以上に思考を進ませなければ良いのだ。
………そんなつまんない事より。
「肝心の奇跡認定局長の護衛は誰が~?アル技術官がそんな不安定な情緒であるならば姉さ~…マリア局長が危険です、入国時に火器の携帯チェックもしなければ」
………まだ見ぬアルがすっかりイかれ…情緒不安定銃乱射人間と認識されている。
………まあ、当たらずとも遠からずだ。
「それはジャンヌ課長と、そのペアのマリア局員に専属で付いて貰おう。実の妹ならマリア局長も安心だろうし、マリア局員ならば護衛として問題無い」
マリア局長が姉マリアさんで、マリア局員がⅠ、Ⅱマリア婆さんだ。
凄く紛らわしくも煩わしい。
「そうでしたか~、それでマリアさん、“ゴッドマザー”を私の所に配属した訳ですか」
会議室はザワリとした。いや、無反応の者が多い、年配者は反応した。その中でドモン司祭が挙手をする、彼は表向き廃された三課員だ、薬学、薬草学に通じている。
主な用途が拷問自白。極めて非健全的研究開発者だ。
「局長殿、“ゴッドマザー”とは劉さんの事なので?劉さんは故国に帰ったと聞いていたが」
Ⅰ、Ⅱマリアはパルト市街で洗礼帰化したので、首都では本名で通していた。
古くからの局員はゴッドマザー=劉月佳だ。彼女は暗殺仕事がメインだったが、漢方薬の知識を通して、ドモン司祭と面識が有った。
件の鳥兜ティーも、“如何に美味しく飲ませるのか?”をテーマに共同開発した産物だ。甘味料不使用の縛りで知恵を絞ったそうな。
「ドモン司祭殿もゴッドマザーと面識が有りましたな。つい最近二課局員として正式採用しました。何でも、アルニン国内で指名手配処置をされたとか。
現在はジャンヌ課長に教育して貰っていますよ」
いや、していない。ほぼ放置だ。Ⅰ、Ⅱマリアは僧形をしているだけで、信仰心など欠片も無いし、むしろ箍が外れてイキイキと暴れている。
宗教教義など糞喰らえなババアだ。
雑談はここまでと一課と二課によるバディ形式の編成が行われる。
それぞれが各教区に配属されているので、教区、性別、年齢、実績などが加味されて編成されてゆく。
頭脳労働は苦手なジャンヌさんだが、荒事に関しては別らしく、ローラン一課長、一課、二課各主任の提案、提言を元にテキパキとバディ編成を決める。
誘拐や、殺害目的では無いのだから24時間体制の張り込みは無い。基本身辺調査だ。
ただ、機密保持や報告、連絡、相談の必要性から、各局員は当分特務省庁舎に詰める事になる。
ホウレンソウは大切だ。
当分の活動予算が配分され、散会となる。流石に特務省の予算からの拠出だ、この類いの活動での使途は口頭報告で構わない。
帳簿にも載せる事の無い金で、足が付かない用に現金供給だ。羨ましい。
肝心のアルがまだ首都に到着して居ないので若干の時間的余裕がある。
アルを始め、砲兵連中の移動の足は、彼等の所在地がナザレ軍港と云う事も有り、海軍輸送船での移動となる。
首都ロマヌス直近の港と言えば、首都より南西に位置するポルコ港である。軍港では無いが、古代ロマヌスは世界都市であり、そのロマヌス人が造成運用した港だ。
現在でも大型船が接岸可能な水深を誇り、軍船までも停泊可能な大型港だ。
当然、海軍の指定停泊港でもある。ポルコ港に軍港を併設しないのは、ひとえにイレニア海のコルス島の駐留艦隊の海軍力による物だ。経済的物量流動性を優先した結果でも有る。
首都から30㎞程で直通で街道が通じている、距離こそ短いが国道1号街道だ、古代ではミエーレ街道と呼ばれていた。当時出資した組合の名を冠している。
8組の混合バディが、先行してポルコ港に向かう運びとなった。
「何なの!何その技術官、キチガイなの!聞いて無いよ、冗談じゃ無いよ、巫山戯んなよ、何、そのシャアシャア人を殺せるメンタルって、嫌だ、そんな変態のキチガイに会いたく無い、ルイーズ、チャッチャッと今の内にその馬鹿殺ってきて。お願い貴女なら出来る」
散会後、細かい打ち合わせも兼ねて、ジャンヌさんは奇跡認定局の局長私室に案内された。
「いや、いや、いや、姉さん落ち着いて、色々と不味いから今の台詞」
「細けぇ事ぁ良いんだよ!大体話が違う!ちょこっと審神者審問して、本物か偽物かを非公開審理するだけの話しだったじゃんか、それが何だって護衛を付ける程にヤバイ野郎の審理なんだよ、やだよ私ゃ、ヤダ、ヤダ、ヤダ、ヤダ、ヤダ!」
姉マリアさんの素だ。本名はテレーズ。当年26。僧籍に有るのだから行き遅れでは無い。
いや、審神者能力のせいで還俗が遅くなっている、本来ならば遅くても25才までに還俗し、良家との縁組が待っていた……筈だ。
なので情状酌量の余地は有るが、やっぱし行き遅れと言えない事も無い。
俗名テレーズ.バロト。古代ロマヌスより四大一門であるバリウス一門をの流れを汲む名家である。
古風に名乗るのならば、テレーズ.バリウス.バロト。
妹のジャンヌさんは5才違いの21。俗名ルイーズ.バロト。
バロト家は遺伝的有異能家系だ。一族の者はなにがしかの異能を有する。
ファンタジーらしくなってきた様で何よりだ。
ただ、異能はスキルなんぞと云う、ケッタイで卑怯な狡では無い。
異能はオカルトだ。説明可能な特殊能力も、説明不可な超自然能力も、ひっくるめて異能と呼ぶ。オカルトとはそうした物の坩堝なのだから。
前者は、例として占星術やタロット、そして我等がⅠ、Ⅱマリア婆だ。
万人を敵として定められる人格異常者であり、五百に届く殺人を、素手による格技でこなし正気を保っている。
思考の背景に東亜細亞の武林と云う、特殊環境が有るとは言え、条件が一致該当すれば桁外れの人員殺害に忌避が無い。
その様な者は、異常者であり、異能者と呼ぶにふさわしい。
言い方を変えれば、歴史上の偉人や名を残した様な輩は、人外の行いが実行出来た異能者だ。
後者の方は、まあ、アルだ。野郎はウンコシリーズを生来使役出来る。
シリーズが何なのかは、人外化生としか今の所は言えない。ただ、聖なる物では断じて無い。
こちらも人外の行いが実行出来ると云う点で異能者だ。
手段、手口、方法、アプローチなど問わず、常人には出来ない事が出来る者を、異能者と定義しているのだ。
だから、舌先三寸の天才詐欺師も異能者で有るし、死者の言葉を口寄せする霊媒師も異能者で有るのだ。
バロト家は、そうした先天的に異能を行使出来る一族であり、その能力は各人の資質にもより、特に相伝的、系統的な物では無い。
バロト姉妹は、聖霊の声が聴ける異能者だ。
いや、アルの例が有る。聖霊とは方便で本当はどうかは知れない。
ただ、姉マリアはその姿を目視出来る。光輝く鳥の姿はとても邪霊の類いとは思えなかった。
その聖霊鳥が、真偽真贋を見抜き囁くのだ。
それは、各々姉妹を守護すべく周囲に侍っている。
そう、審神者能力は実はジャンヌさんも有している。ただ、ジャンヌさんは姉マリアさん程には聖霊の声は聴けず、また聖霊の囁が審神者能力の全てでは無い。
宗教絡みのペテン行為は命懸けだ。中世の様に火炙りなどはしないが、死刑はあり得る。
だから嘘を吐く側は、命懸けで嘘を己に刷り込む。
己すら欺いて吐く嘘なのだから、それを見抜くには相応な観察力が必要だ。
対面し、対話し、眼動、呼吸、発汗、心音、挙動、それらを総合的に読み込み真贋を見極める。
審神者能力とは本来は技術であり、初等のオカルトなのだが、前記した舞台装置に対象者を誘導する事で、大いに効力を発揮する。
姉マリアさんの聖霊鳥の囁きは、実は+αに過ぎないのだ。
空気を読めない読まないジャンヌさんは、肝心な観察力が欠けるのだ。マル暴関係では実施出来るのだが………
とは言え、聖霊と対話出来る異能者は貴重な人材であり、教会としては手放したくは無い。
そんなこんなで姉マリアさんは婚期を逃していたのだが、流石に三十路まで続けよとは言わない。
次期奇跡認定局奇跡審問官、ゆくゆくは奇跡認定局長の候補に、ジャンヌさんが上がっている事は、当の本人は知らない。
今年最後の投稿になります。激動の2020年でしたね、来年は良い年になります様に。
出来たら元日に投稿します、では。