姉マリアさんとジャンヌさん2
「審神者選別。成る程分かりました~。つまり二課は対象者の身柄確保に動くのですね」
二課は荒事担当だ、ジャンヌさんはそう理解した。何度かこなした事もある仕事内容でも有る。
物騒な。
「今回はそれが出来ない。アル技術官はアルニン政府の内閣府技術向上推進本部所属となる、役職は開発主任となり社会的地位、いや、アルニン政府が要人として囲い込む」
誘拐手段自体は否定しない所が物騒だ。
「さて、では審神者審問はどうするのですか~」
一日二日で済む様な審理では無い。神託とは東洋では神降ろしとも呼ばれる奇跡だ。
いつ何時神託が下るか分からないのだから、数時間程度の対話で審神者が完了する訳も無いのだ。
最も資質や精度は当人と対面すれば、大体の真偽は判る。それが審神者能力だ。
「それだ。アル技術官はこちらで新規に戸籍を作る事になった、何れかの教区で申請が有るだろう。そこで面談審査が有るとでも通知してもらいこちらに出頭してもらう」
「成る程、そこで拉致して審神者審理をするのですか~、すると我々は拉致実行担当なのですね」
だから物騒だって。
「違う、マリア局長に面談審査役を演じてもらい審神者してもらう……ジャンヌ課長、今回は荒事は避けたいのだ。預言異能、これの審理が最優先となる。判っていると思うがそれが聖下の御為であり、特務省、いや特務省長官の意向である」
些か狡い言い方だ。本来なら特務省は法王直下だが、現在はマカロフ枢機卿が権限委託されている。だからどちらとも取れる言い分だ。
いや、権限委託されるほどに信任の厚い枢機卿なのだから特に問題無い様だが、ヨードル司祭の狙いは他にある。
ジャンヌ課長の伝は複数人の枢機卿に通じている。姉の伝も有るが、まあ暴力関係で繋がった伝だ。
審問二課は、委託暴力機関として大変優秀なのだ。
枢機卿ともなれば、大概何れかの省庁長官を兼務する、綺麗事も有れば汚れ仕事も有るのだ。
口が固く、また優秀な暴力機関の長と誼を通じる事は、当然と言えば当然であり、またジャンヌさんとしても、いざと云う時に頼れる後ろ楯は数枚欲しい所だ。
だからヨードル局長は言外に他枢機卿への情報漏洩を禁じたのだ、敢えて異端審問局員が集合している会議で、こんな発言したのは証人確保の為である。
「大聖堂の主祭壇の前に導きます、そこで審神者審査をします」
これは姉マリアさん、この手の仕事には慣れている。
大聖堂の神秘性により姉マリアさんの審神者能力が向上する訳では無い、これは所謂虚仮威し。
数世紀に渡り改装、美装を施した芸術的な大聖堂だ。時に法王自らが祝福し、各国王家王族が額づきもした大聖堂礼拝所だ。雰囲気に呑まれない鈍感人も居ない。
と、言うよりこの手の装飾過多な建造物は端から威圧目的で造られる。目視可能な極楽を擬似的に創造し、圧倒するのだ。
だから煌びやかに派手に上品に創造される。侘び寂びなどお呼びで無いのだ。
こうして、一般礼拝者にはそうそう入場出来ない大聖堂に案内し、如何にも我々こそが神の使いとばかりに接し審査をする。
まず落ちない者は居ない。偽物ならば涙ながらに謝罪を垂れ流し、真物ならば感動に付け込んで洗脳……いや教義理解を叩き込みこちらに取り込む。
こうして異端審問局員と化した者も、実は居るのだ。
今回は異能自体は認定済みなのだから、預言審問のみの審査となる。
身柄が確保出来ないのだから、景信教の威厳を最大限に誇示し、当人の口から自白させる形で短期に決めようと云うのだ。
これだから巨大宗教組織は恐ろしい。
「了解しました~。ただ、それでは二課の召集目的が不明ですが~」
空気を読まない読めないジャンヌさんだが、流石に部下の手前仕事内容を問い正す。
「順に話す。件のアル技術官だが、近日中に首都に到着する。
一課はアル技術官に張り付いて貰う。まだ、彼の居住予定地迄は掴めていない、だからどこの教区に戸籍申請が出されるか分からない」
政府の職員となるのだが、官舎をあてがわれるのか、ホテル住まいになるのか、はたまた軍居留地に留まるのか分からない。
ただ、戸籍が無いので個人的に宿舎を借りる事は出来ない、一課にはそこから調査して貰わなければならないのだ。
「一課にはアル技術官の言動から日常行動、友好関係、思考や嗜好、果ては性癖まであらゆる調査を行ってもらう」
挙手した者がいた、一課長のローラン助祭だ、因みに教会内部の位階と役職位は比例しない。廃されたとされている三課長は、ヨードル司祭が兼務している事でもある。
ついでに補足するならば、異端審問局員は何も教会内部の人間だけではない、かつての“ゴッドマザー”よろしく外部の人間に委託する事もある。
まあ、マリアⅠ、Ⅱはアルバイト感覚だったのだが。
還俗した僧侶、尼僧で組織される在家信仰者組合などに局員を在籍させたりもしていて、中々に根が深い組織である。
「局長、やけに慎重な捜査ですが、アル技術官はこちらに取り込む前提なのですか?」
「………そうだ、これはマカロフ猊下の御下命でもあり、したがって聖下の聖心に叶うのだ」
またまた狡い返答だ、組織図的には法王任命の枢機卿なのだから矛盾は無いが、別に法王その人からの下命ではない。
どうやらヨードル司祭にしてみたら、マカロフ枢機卿は一押しの様である。
「さて、二課なのだが、一課と帯同してもらう。アル技術官は粗暴でも好戦的でも無いが、平和主義でも無い。手を汚す事に痛痒を感じない性分の様だ。
手段は不明だが5㎞先の特定人物の殺害に成功している。
………局員の安全を考え二課局員には護衛任務を依頼したい」
質問を返したのは、またもや一課長ローラン助祭。
「局長、共通開示情報によると件のジャール提督殺害は新兵器による超遠距離狙撃による物と聞きます、局員が狙撃される事を危惧しての事でしょうか」
一同は今更ながらギョッとする。火器による攻撃では、護衛はあまり意味が無い。精々が肉盾だ。
「………何とも言えない。彼は政府職員となり技術開発主任位を得る、火器の類いの携帯許可を得る可能性もあり、当人の資質は殺人も忌避しない様である」
ヨードル局長は言葉を続ける。
「何より異能が判別しない、目視不可の対象者に狙撃などは本来不可能だ。
遠視が出来るのか、未来予想が出来るのが、はたまた狙撃に見せかけた別な攻撃方法を有しているのか………」
最後が良く分からない、ジャンヌさんが尋ねる。
「局長、最後の異能に心当たりでも?」
「……5㎞先の人物を射殺するなど、物理的にあり得ない、狙撃系異能とするにも無理があると思う。
連合王国海軍の公表では長銃の暴発による事故とある。暴発によるだ」
「つまりどう言う~?」
「……長銃を暴発させた水兵に、何らかの干渉をしたのかも知れない、意思支配の異能ならば過去にも存在した」
と、言うより宗教組織………景信教も多分に似た様な物なのだが………しつっこい十字軍の遠征なんかにその特質が見て取れるが、ここでは触れない。
さておき、キチガイに刃物、愚者に如意棒、阿呆に玉石、ナメクジに砂糖水と先人の格言にあるように、精神的のリミッターが怪しい者に接触、調査するには危険が伴う。
相手は殺人も辞さない半狂人であり、一見普通な分たちが悪い。
一課の面子は、確かに捜査には優れるが戦闘力は一般人と大差無い。
ムキムキマッチョが諜報活動に向かないのは偏見では無いと思う、アレは目立つ。
だから一課員は通例的に武術鍛練などしない。今回の二課帯同は特例だ。
「何れアル技術官の情報が足りない、猊下は聖騎士任命も視野に置かれている。
そのつもりで諸君達には情報収集に努めてもらいたい」
マカロフ枢機卿の本気を知らされ、異端審問局員は気を引き締めた、聖騎士任命はここ百年ほど例が無いが、いわば法王庁引き抜きの禁じ手、裏技だ。
内海周辺国の国民は大体景信教徒だ。所属国とは別に、信仰宗教国より聖騎士任命され感動しない者も居ない。
そもそも武名以前に信仰心の薄い者には任命などされないのだから、感動もひとしおだ。
そこに付け込む。あとは当該教区司教の手練手管により、法王庁に忠実な騎士の出来上がりである。
直近、と言っても百年前だが、スイッツランドの傭兵団長が聖騎士認定されたが、これは報奨の意味が強い。
アルニン山脈を越えてきた軍勢に、寡兵で防戦し全滅するまで闘い抜いた報奨だ。
法王庁市国北門は、現在でも代々スイッツランド傭兵団に、聖騎士に守衛されている。
マカロフ枢機卿の本気の度合いが知れると言う物だ。