姉マリアさんとジャンヌさん1
「そう言われましても、審問二課長ですとしか答えられませんね~」
多分とぼけての事では無い、素だ。
審問局の異常性を理解していたマリア婆さんは、特にそれ以上の追及はしなかった。
どうせそれを含めての審問局員採用なのだろうから、外野がとやかく言う事でも無い。
「まあ良い。時に助祭殿、昼には戻りたい様な事を言っていたが良いのか?日が中天にかかっているが」
「余り二課には関係ない招集ですからね~待たせれば良いんです」
法王庁市国、特務省異端審問局に午後から招集が掛かっていた。副課長、主任と役の付く者は出頭だ。
だから逆に大した会議では無いとジャンヌさんは踏んだのだ。
本当に隠密仕事ならば課長、副課長、当該局員のみの出頭となる。経験上そうであった。
因にテリポリ教区の顔役との接触は、別に指示が有っての事では無い、午前の時間が空いていたので、まあついでの片手間仕事だ。
旧市街から独立行政区は近い、それだけの理由で空いた時間の有効活用だ。
「そうか、では助祭殿、わたしは暫くここに残る。晩にはルッツァ教区教会に戻る。
どれ、ポルチーニ、稽古をつけてやろう。お前の言う我流癖を見たい」
本来ならば新入りのシスターなのだから、教会内の行事や礼事、勤行など覚える事、成すべき事は多い筈なのだが、ジャンヌ助祭の口利きでほぼ免除だ。
婆さんの感覚では、隠れ蓑位の僧衣僧業なのだから気楽な物だ。
こうしてマル暴尼僧二人はこの場で別々に行動する事となった。
マリア婆さんの方を描写しても、血腥くダラダラするだけで益も無いので、ここはジャンヌさんを追う事とする。
来た道を蜻蛉帰りで引き返し、大通り、大通りへと抜けて行く。遠回りになっている事位は承知の助だ、最近移動になったジャンヌさんにしたら地理不案内なのだ。
審問二課長と云う役職上、首都から外に異動する事は無い。
だが、かつて世界の中心だった巨大都市だ、メインの街道、それらを繋ぐ環状道路は当然把握しているが、各々、斯々の市街の通り迄把握しきれる訳も無い。
それに市街の通りの把握が済まないのに、脇道小道を覚えた所で仕方ない。
幾多の大通りを抜けて、法王庁市国に通じる。
一般信者や観光客用の迎門からの入国では無く、小じんまりとした小門から入国する。
彼女は異端審問局員だ、専用の通用門である。一般僧や尼僧が使わない事も無いが、守衛に顔を覚えさせて有るので、手続きが簡略できるのだ。
各省庁建屋……は表現が悪い、宮殿の様な装飾過多な庁舎を抜け、外部から隠す様な場所に、これまた華美な庁舎とは対照的な、堅牢で武骨な大理石作りの庁舎に至る。
特務省庁舎だ。異端審問局は特務省管轄下になる。各種省庁は法王補佐である枢機卿が長官を兼ねるが、特務省は基本法王管轄下だ。
現法王ヨハネス13世は、どちらかと言えば鳩派で裏仕事を嫌う。なので特務省の様な異質な機関を敬遠し、件のマカロフ枢機卿に権限委託をしていた。
マカロフの大坊主の役職は、外務省長官である。なので特務省の権限委託をされるとなると、本来なら権力集中で碌な事が無いのだが、法王庁は国で有って国では無いのだ。
法王と云う地位の権力は絶大だ、この宗教組織にNo.2は存在しない。
法王以下は一般信徒も枢機卿も同列なのだ。
神からしたら、天使も人もナメクジも等しく同列である。そして神自身とは決して越えられない隔たりがある。
その神の代理人が法王なのだから、有力枢機卿の権力集中による独裁など、法王に対する信徒の支持規模が大き過ぎて問題にならないのだ。
そもそも神による独裁組織が景信教で、億を越える信徒が神を盲目的に支持し、その代理人が法王の地位だ。
なので有能な枢機卿が重職を兼務する事は、法王庁の歴史上多々有った事であり、別にタブーでは無い。
マカロフ枢機卿が特別と云う訳では無いのだ。
さて、史上調子に乗った枢機卿も居ない事も無かったが、枢機卿任命権が法王に有る以上、いや、いや、法王就任の性質上、独裁有力者が法王にとって変わる事など出来ない。
法王選出はかなり独特で、全枢機卿による全員一致による賛成により選出される。
だから君主制国家の様に、国王を、この場合は法王を暗殺した所で、暗殺首魁による権力交代はあり得ないのだ。
………永い歴史の中に、確かに暗殺された法王もいた。ただ、その場合、新たに法王が選出されるだけで、暗殺の報復は確実に実行される。
話が脇道に反れた。
勝手知ったる何とやら、守衛に身分証を提示するやスタスタと第一会議室へ向かう、第一会議室は大人数の使用用途室だ。
案の定会議は始まっていた。
「審問二課長ジャンヌ。遅参しました~、申し訳無く」
口程に申し訳無さそうでないのはご愛敬。
会議室は埋まっている、規模としては全体会議に近い。
「思ったより早かったな、ジャンヌ課長。15分か、遅刻には……」
「ジャンヌ。貴女は役職を奉戴しているのです、故なき遅刻は許されません」
前者は陰気な見た目のヨードル司祭、泣く子も黙る異端審問局長だ。いつ見ても恨めしい。
言葉を被せて来たのはマリア司祭。当然あっちのⅠ、Ⅱ、の方では無い、あっちはフェルチーニとその一党とで、面白可笑しく暴力稽古を堪能している。
「え?姉さ~……いえ、何故奇跡認定局長が」
二点目の紅だ、マリアさんはジャンヌさんの姉で奇跡認定局局長だ。
奇跡認定局はそのまま奇跡を審査する機関であり、聖人認定、奇跡審査、聖遺物審査、聖遺物保管管理を行っている。
印画紙の原型とも言える、件のレオナールさんが作成したとされる“聖骸布”も結局ここに保管された。
錬金術や占星術が科学と認識されていた時代の審査だから仕方ない。
ただ、何故そんなケッタイな物をレオナールさんが作成したのかは、永遠の謎である。
「先ずは着席なさい。ヨードル司祭、進行願います」
こっちのマリアさんは素っ気ない。
Ⅰ、Ⅱ、マリアと紛らわしいので、仮に姉マリアと呼ぶ事にする。
「ジャンヌ課長、委細は課長補佐から後で聞いてくれ。では続ける」
姉マリアさんは公私の別が超激しい事を知っているので、特にジャンヌさんは気にもしない。
ただ、職分の異なる奇跡認定局局長として姉が会議に参加している事が気になった。
姉は数年の内に還俗する予定だ。業務引き継ぎの為に、この様な共同会議には後継者を同席させ様な物だが、姉以外には審問課の人間しか居ない。
その疑問は直ぐに解けた。
「………数々の物証、証言、言動から、まず間違い無く異能を有している。アルニン政府要人が直接その異能を確認する運びとなったが、確認は超遠距離狙撃の異能のみとなり………」
「異能者?………それだけで奇跡認定局が~?いや、姉さんが?」
思わず呟いてしまったジャンヌさん。これはヨードル局長の耳にも入ってしまう。
「疑問は最もだ課長。異端審問局員は少なからず異能を有している、珍しくも無いだろう。
ただ、件のアル技術官は預言系の異能も有しているらしい」
ザワリとした、これは会議の参加面子も初耳情報らしい。
異能は異端では無い。異能を有する者が異教徒の場合、異能の程度により異端審問局が手を下す。
改宗出来ればそれで良い、出来ないならば最悪始末する。
だが、それも景信教の拡大と共に無くなった。世界三大宗教とまでに多方面、多国家に信徒を有すとなると、異教教徒自体が大陸を跨がない限り存在しなくなったからだ。
むしろ、景信教分派、枝派のほうが煩わしくなっている。
さて、預言系の異能だが、これはとても危険な存在となる。
預言と予言の違いが分かるだろうか?
予言とは予め表した未来予想だ。こうして言うと大仰だが、まあ、当たるも八卦、当たらぬも八卦と云うレベルの未来予想だ。
辻占いなどがそうで、そう、オカルトだ。
預言とは、預っての託言だ。誰からとは言うまでも無い。この場合は託言なのだから、何も未来情報とは限らない。
教えだったり、警告だったり、命令だったりする。
景信教は一神教なので預言とはそのまま神の言葉となり、神託預言は法王の言葉より上位に置かれる。
異教の預言者なら大した問題では無い、“あらヤダ勝手にどうぞ~”である。
しかし同門信徒の神託預言となるとそうも行かない。
厄介なのは神は預言者を教会内部の人間に限定してくれない事で、市井の人間にも満遍なく神託を預けてくれる事だ。
また、その条件は解明されては居ない。
つまり預言とは真性のオカルトであり、それをオブラートで包んだ物が宗教だ。
だから預言系の異能を有する信徒は教会により保護され、審査される。
それを識別可能な異能が、ジャンヌさんの姉、姉マリアさんの審神者能力であり、その為に奇跡認定局長がこの会議に呼ばれた訳なのであった。
アルの阿呆の預かり知らぬ所で、だんだん盛り上がって来た事は何よりだ。