シスターマリアとジャンヌさん5
「分かりました、まあ~良いでしょう」
とりあえず、フェルチーニの要求は飲む事にした。ここいらを取り仕切るマイケルにはどの道面通しは必要だ。
と、そうなるとシスターマリアの情報が必要となる。指名手配の武術家としか認識していなかった、これは手落ちだ。
基本異端審問局は情報収集が本職だ、局員の情報など、二課長ならば簡単に入手出来る地位なのだから。
急な話な為、日時は詰められなかった。ジャンヌ、マリア組は兎も角、マイケルの都合が分からないからだ。
手荒なコンタクト手段であったが、別に審問二課として地元ヤクザファミリーに喧嘩を売りたい訳では無い、あくまで顔繋ぎと以降の協力要請が目的だ、だから今すぐに面談に押し掛けても仕方ない。
ただ、ついでだからマリア婆さんの事を聞いてみる事にした、カストーラファミリーでどれだけ顔が効くのかも知りたい。
「それでは、日時は連絡下さい。
テリポリ本教区、ルッツァ地区教会のジャンヌで繋ぎがとれる様にしますので~。
時にポルチーニさん」
ザワリザワリとしっぱなしだがお構い無しだ。
と、言うより素で間違えているのだから仕方ない。
「フェルチーニだ、ポルチーニと呼んで良いのは老師とドンと同輩…大哥だけだ」
大哥と言い直した辺り、極拳の兄弟子なのだろう。ファミリーの序列では無い所がややこしい。
「え、ポルチーニって通名なんじゃ無いんですか~?まあ、どうでも良いです。
マリアさんはそちらではどの様な立ち位置なのですか~、四十年も音沙汰無しとの事ですが」
どうもジャンヌさんは一言余計だ。それはさておき、確かにマリア婆さんの扱いにも繋がる重要事項である。
ズブズブならそちらに行ってしまうだろうし、軽んじられたら多分敵対する人柄だ。
程々の距離を保てれば窓口になって貰いたい所である、二課長の職務は割りと多忙だ。
フェルチーニは周囲を見回す。広いと言う程では無い空地だ。
「ここに劉老師が住んていた。そこでマイケル大哥、ロッシ兄、レンツォ兄、レアル兄弟にボアボア。皆この青天井の道場で遨家極拳の教えを受けた」
全員カストーラファミリーの幹部だ、故人もいる。
「劉老師から多くの教えを受けた、武術だけで無く、ヤクザの仕来り、シノギに、生き方だ。
劉老師こそがカストーラを産み出したのだ、だからマザー、“ゴッドマザー”なのだ」
これはジャンヌさんにのみに聞かせた訳では無い、手下にもだ。年齢的に手下達はゴッドマザーを知らない。
フェルチーニ自身四十も後半年齢だ、それより若い手下一党が詳しく知る筈も無い。
一党は息を飲むが、ジャンヌさんは空気を読まない読めない。
「それでは、マリアさんがそちらに戻ると言ったら、受け入れ可なのですか~?」
可能性の一つだ。それならそれでやり様が変わってくる。
「それは………」
「無いぞ、助祭殿」
フェルチーニの返答を割ってマリア婆さんの登場だ。このババア隠身術の心得も有る、いつの間にかの神出だ。
フェルチーニ一党は勿論ジャンヌさんも驚いた。
「種を明かせば隠身術だ、遨極小派の武技だ。久々に鍛練場を覗きに来たら、助祭殿とポルチーニが話込んでいた。それだけだ」
突っ込み所は多々有る。あんた破落戸打ちのめしてたんじゃ?それから隠身術とは?
遨極小派とは?拙筆武侠少女ではまだ設定外の流派だが……
「そうですか、凄いですねマリアさんは~」
ジャンヌさんは軽く流した。これはこれで凄い。
「劉老師、小派とは?初耳です」
小拙もです。
「遨家極拳中興の三大師の一人、小馨派の武技だ、小馨様は近接戦を得意とされたらしいが、隠身術を虚打に実打に織り交ぜられたと聞く。暗中打と言う」
ここに繋がりますか、覚えました。
「そうでしたか、知らない事ばかりです」
「わたしがここで暮らしたのは数年だからな、だがポルチーニ、功練を重ねてきたは感心だ。お前を中級拳士と認めよう」
「あ、有り難く!」
右拳を左掌でくるむ拱手で応礼だ、武人礼として拳士には一般的な礼である。
「どうだ、極めるか?これより先は武の頂に通じる道となる」
「勿論です劉老師、老師よりの教えを繰り返し功練し、時に工夫してきましたが、本流から外れてしまっている事は自覚していました。
劉老師より再び教えを受けられるならばそれに勝る物は有りません」
「いや、あれほど連経繼歩を巧みに繰るのだから基本は完全に習得している、ならばそれ程外れてはいまいよ。
極論を言うと極拳は連経と練経が全てだ、その片方を習得したお前は次に進む権利がある、誇れ」
フェルチーニが何かを良い掛けるが、今度はジャンヌさんが話を割る。
「まあ、まあマリアさん、その話は後にして一つだけ聞かせて下さい~。教会から離脱する意思は無いのですね、それにより今後の方針が変わるので~」
「当然だ、わたしはヤクザが大嫌いだからな、門下で無ければポルチーニも半殺しの所だ」
「ろ、老師……」フェルチーニ絶句。
色々と台無しだ、マリアⅠ、Ⅱ、共に暗黒街の住人で有ったが、別に一家一党を率いていた訳では無い。簡単に言えばヤクザな生き様だがヤクザだった事は無いのだ。
無頼武侠ババアが近い。正解で無いのはババアの性格が雑過ぎて、その場その時で方向性が変わるからだ、正に土石流。
「そんな顔をするな馬鹿者、だがお前は俺の門下だ。だから無下にはせん」
マリアⅡ御降臨、こうしたフォローが入るから、このババアは一応慕われはするのだ。
「マリアさん、話はどこまで盗み聞きしてましたか~?審問二課としてマイケルさんに面談依頼をしたのですが、条件が有りまして」
「ああ、俺の同席な。まあ良いだろうよ。ただ、門下に会う名目ならば、それ程角は立つまい」
些か暴れ過ぎだ。身内上位者としてで無ければ収まる物も収まらない。
審問局員にボコられた、と、ファミリー創設者の一人にボコられた、では捉え方が違う。
「ならば決まりですね、ポルチーニさん面談依頼を頼みますよ~」
「分かった、劉老師同席ならば問題ない、手配がついたら連絡する」
取り決めが決着した所でマリアⅠ婆さんが尋ねる。
「さて、話がついた所でだ、助祭殿。助祭殿は何者だ、審問二課長などとは言うなよ」
マリアⅠ婆さんは早々に破落戸達を戦闘不能にするとジャンヌさんを追ったのだ。
冗談めかして鍛練場を覗きに来たと言ったが、マリア婆さんはこの粗忽な上司を嫌ってはいない。
神行歩で駆ける術者に追い付ける健脚者はそうは居ない。
案の定一行に遅れをとり撒かれてしまう。
道に不案内の様子なので声を掛けようとした所、何やら空を見るや否や迷う事無く空地にたどり着いたのだ。
声は拾えなかったが、何者かと会話を交わした様で有る。
ふと、パルト市街での小僧を思い出したが、何だかムカついてきたので思い出す事を止めた。
中興三大師、小馨師と翠馨師が左道術の心得が有り、人ならぬ物を使役したと伝えられていた。
なのでマリア婆さんは人外存在の否定はしていない。
現につい最近、人外使役の馬鹿を打ち殺そうとして、防がれた事も有る。
そうした物を使役する一族がいるとも聞いている、そうした者達は血縁、血統により使役物を継承するとも。
審問局をこのババアは魔窟と理解していた。
これは偏見からでは無い、実体験からの率直な感想だ。
暴力に秀でた者、ひたすら息を潜められる者、異常に感働きが冴える者、見えぬ物が見える者、必中告死できる者。
何れ碌でも無い輩ばかりだ。そんなのばかりが昔の異端審問局に詰めていた。
なので、この粗忽の気がある上司もその類いと認識したのだ。