シスターマリアとジャンヌさん4
「ポルチーニさんと言いましたね~、私はテリポリ本教区教会ルッツァ教区所属のジャンヌ。助祭位に有ります。調べがついているならば話が早い」
ポルチーニ呼びにザワリとするが、フェルチーニが方手で制した。
「そんなゴツい対人鞭を使うシスターなんか居ないからな。シスターは荒事に首を突っ込み過ぎだ」
審問二課は荒事担当だ。腕を買われてジャンヌはあちこちで助っ人をしていた。勿論暴力専門でだ、そんなのが自分達の縄張りに移動してきたのだ、情報屋から知らされない筈も無い。
「仕事なので仕方ないのですよ~。それよりポルチーニさんと知己を得たのは重畳。
マイケルさんと話がしたいのです、仲介を頼めますか」
ついさっきまでマイケルの存在すら知らなかったのに何の話か?
マリア婆さんも大概だが、ジャンヌさんもかなり雑だ。でも紅一点だ。
「ドンと?シスターはそれが狙いだったのか」
大雑把な作戦だがその通りだ。ここいらで揉め事を起こせば、その内大物が出張って来る事は知れている。
そこで本来の身分を明かせば大概の人物は面談を了承する。異端審問局員の肩書きは大きい。
ただ、同僚のシスターマリアの知人とは想定外だった。ならばその伝を逃す手は無いのだ。
「目的は何だ、劉老師の声掛かりならば一も二も無いが、老師を外しての依頼だ。………ドンに危害を加える気ならば止めておけ」
荒事の達人シスターとしてしか、ジャンヌの事は伝わっていない。
いや、通常シスターは荒事……いや、いや、シスター所か宗教関係者が荒事を好んで行使する事自体が無い。
だから、顔面に鞭を入れられ、眉間に拳を貰った三下の言っていた様に、シスターに変装した刺客か何かと、最初一向は推察したのだ。
それが現場に着くと、報告に有った荒事シスターと、ゴッドマザーが暴れていたのだ。
まあ、マリア婆は分かる、珍しくも無い。
昔は毎日あんなだった。だからマイケルは独立出来た様な物だ。四十年振りの再会の出会いとしては何……でも無い、むしろそれらしい。
ただ、ジャンヌ助祭は意図が知れない。教会組織内でも特にジャンヌは咎められてはいない、テリポリ本教区教会に移動してきた事からそれは知れる。
現テリポリ本教区教会の司祭は温厚篤実な人物だ。ややボケが入っているが。
旧市街だけあり、人口は多くつまり信徒は多い、テリポリ本教区教会への移動は栄転とも呼べるのだ。
そのテリポリへの移動なのだから、懲罰的移動では無い。だからジャンヌの立ち位置と意図が知れないのだ。
「ただの挨拶ですよ~、ポルチーニさん。私達はその地その地区の実力者に、助力願う様に声を掛けているだけですよ」
「………揉め事を起こしてまでか、普通に面談依頼は出来ないのか」
「助祭が何の面談依頼ですか~。例えば私がポルチーニさんに面談依頼して、会ってくれます?」
「それは………」
微妙な所だ、報告に上がっている荒事シスターだから会う事は会うだろう。
だが、普通のシスターだったら会う必要は無い。助祭だとの事だが、教会内でも重要な地位では無いのだから、メリットが無いのだ。
だから疑問だ、助祭ごときがカストーラファミリーのドンと面談する意味も無いのだ。
ドンに面談しようと言うならば、最低でもテリポリ本教区の司祭レベルで無ければ、話にもならないのだ。
助力を願うとの事だが、教会周辺の治安維持、町内美化、風紀更正を願うには、願う側、聞く側に釣り合いが取れない。
「………それだから派手に暴れたのか、シスターは何者だ」
教会内部から咎めが無いのだから、このシスターは只の助祭などでは無い。
更に仕事と言っていた。ならば思い当たる節も有る。
「審問二課と言えば分かります?」
やはり、と言うか劉月佳がいるのだから、そうではないかとフェルチーニは思っていた。
月佳は大昔に異端審問局に腕貸しをしていたのだ、教会に草鞋を預けたと推測したのは、何も成りから判断したからでは無い。
当時の異端審問局長に貸しが膨大に有るからだ。
全国指名手配されたらしいので、独立行政市国である法王庁に逃げ込むのは選択肢の一つだ。
ましてや地理に明るく、有力者に貸しが有るとなれば、当然首都ロマヌスに潜伏するだろう。
この国は縁故や伝を大事にする。有力者に庇護を求める事は恥では無く、また頼られた方も求めに応じる事は美徳の一つとされていた。
アルニン独特の縁故主義だ。古くは古代アルニンの一門発祥にまで遡る。
庇護を求める側は、見返りとして各自の出来る事で保護者に奉仕し、保護者側は庇護者の安全を保証する。
似た様な風習が月佳婆の故国に有り、仁義礼知信を重んじる、任侠の世界では特に顕著だ。
ただ、月佳婆は暗黒街の住人では有ったが、どちらかと言えば無頼寄りであり、侠者とは言いがたい。
ただ、一宿一飯の恩に報いる程度には無法者では無く、そんなこんなで異端審問局を頼ったのだ。
前任の局長はとうに天寿を全うしていたが、現局長のヨードル司祭、当時三課長とは面識が有りその腕を買われて、晴れて二課に採用となったのだ。
………本当に波乱万丈だ、まるで土石流の様な人生だ。
それはそうと。
「異端審問………やはりか」
地方と違い、首都では異端審問局を文字通りの部局と捉えていない。
諜報局、捜査局と捉えられている。
何の事やら、法王庁は独立行政市国だから別に他国の諜報機関に目を付けられようと問題無い様に思えるが、これは巨大な宗教組織に目を付けられたと解釈した方が理解が早い。
アルニン一国のみならず、内海周辺国、いや世界三大宗教の一つである超巨大組織と対立する事に繋がるからだ。
まともな神経をしていたら、その巨大組織の諜報機関である、異端審問局を恐れない者は居ない。
個人レベルでは兎も角、組織レベルでの対立は破滅を意味する。
文字通り、世界と対立する事になるからだ。
「あまり驚きませんね~流石です。ああ、マリアさん関係か」
マリア婆さん事、劉月佳婆さんは異端審問局長から直々に預かった新規局員だ。
教会教義や仕来り、作法礼法にまるで理解の無い人物であったので、丸切り外部の人間とは分かっていた。
異端審問局では珍しくも無い。ただ、伝説的な審問局員、コードネーム“ゴッドマザー”当人であるとは知らなかった。
因みにマリア婆さん自身そんなコードネームで影で呼ばれていたとは知らない。
そもそも当時はアルニンの不法移民であり、異端審問局員では無い。あくまで助っ人として稼いでいただけだ。
「ドン.マイケルも異端審問局と対立は望まないだろう。面会は手配しよう、ただ、条件が有る」
「大袈裟な、ただの挨拶ですのに。まあ面会は審問二課長として面談しますので~、悪しからず」
「二課長か………別に大した条件じゃない、マザー、劉老師を同席させて貰いたいだけだ。
シスターはマザー抜きの単独での面会を望んでいるのだろうが、此方にも面子が有る」
ここまでボコられたのだ、本来報復案件なのだ。
だがドン.マイケルが認める上位者ならばこの狼藉も教育の一環として周囲を収められる。
だから面会に“ゴッドマザー”は必要なのだ。
だが………
「さて、さて」
ジャンヌさんとて、手放しでマリア婆さんを信頼している訳では無い。そもそも局長直々の声掛かり自体が異例だ。
まあどこの組織、部局、部所にした所で一枚岩の集団はあまり無い。
御多分に漏れず異端審問局とて同様だ。
そもそも法王直下部局である異端審問局が、特定枢機卿の御用達機関として、良いように使われている事自体ジャンヌさんは気に入らない。
ジャンヌさんには姉がいる。こちらも只人では無い。姉経由でジャンヌさんは教会上層に太いパイプが有った。
そんな事は先方も承知の助だろう、何せ本職の諜報部局長だ、だから局長寄りのマリア婆さんに手の内を余り晒したくないのだ。
ただ、今回はその条件を飲まざるを得ない。
まさか文字通り“マザー”としてシスターマリアが慕われているとは想定外だった。
マリア婆さんの対応を含め、テリポリ教区での活動方針を再考する必要が生じてしまった。
武断派のジャンヌさんにしてみたら苦手分野だ、だからマリアの去就を含めた活動方針を“頼れる姉”に相談する事にした。