シスターマリアとジャンヌさん2
「まあ、待てジャンヌ助祭殿。俺の門下ならば無下に出来ん。ポルチーニ、マイケル坊はどうした、ここら辺を仕切っていた筈だ、出世でもして他所に行ったのか」
取り巻き連はざわりとしたが、ポルチーニとやらは直立不動で応答だ。
「マイケル大哥………ドン.マイケルは劉老師の助力で力をつけ、老師の出奔後に幾度かの抗争に勝ち残り、今ではテリポリ地区全域を支配下に置いて居ります」
「ん、カストーラってのは何だ?マイケルには姓が無いだろう」
「他組織を穏便に支配下に置くには相手の面子を立てる事です。それぞれの組織のファミリーネームを、配下に置くたびに取り入れました」
「そうか、道理で聞いた事が無い訳だ。さて、ジャンヌ助祭殿どうする。ここらの風紀を正すに破落戸供を伸していたが、俺は気が変わった、マイケル坊なら俺の門下だし無下に出来ん」
「教会周辺の風紀治安美化が守られるならば良いですよ~、ただ、シスターマリアは何者ですか?」
「ただの拳士だ。ポルチーニ、この辺りの顔は誰だ口利きを頼みたい」
二人の所在するテリポリ教区、ルッツァ地区の教会はあまり立地が良くない。
教会自体は昔から有るのだが、どうやらマフィア、ヤクザ、破落戸の勢力図が変動した事で貧民街化しつつあった。
治安は警邏局の仕事ではあるが、自警自衛町内美化は各所各人の努めだ。
本来ならば教会の然るべき人物が、地元顔役に話を通すべきなのだが、ルッツァ地区教会の司祭は高齢で、耳が遠い。少しボケも入っている。
毎日投げ込まれるゴミの始末、塀に垂れ流される汚物小水。医院でも無いのに担ぎ込まれる病人、半死人。
いい加減イラついていた所に、地元金融ヤクザの信徒への執拗な取り立て。
教会にまで取立催促にやって来た破落戸金貸しを軽く半殺しにし、簀巻きにして納屋に蹴転がしたのは情けである。
「いえ、劉老師、それには及びません。お姿から老師は教会に鞋を預けているご様子、誰にも手出しをさせませんよ」
「それが宜しい。この助祭殿は怖い人だから怒らせない様にな」
またもやザワリとした。ポルチーニ(本名フェルチーニ)呼ばわり自体癇に触る所に、上から目線の小柄な老婆だ。
先程の戦闘は鞭打撃に合わせた奇襲だ、武闘派のフェルチーニ配下からしたら種は割れた攻撃だ。
そもそも、カストーラファミリーに喧嘩を売ってきた、間抜けの排除に急行してきたのだ、聞き捨てならなかった。
「頭、そりゃ通りませんぜ、カストーラファミリーと知ってこの連中は襲撃を掛けてきた、手打ちにするにも通す筋が有る」
「黙れ。劉老師に無礼は許さん」
フェルチーニは反抗した手下の反対を封じた、これが更に反発を呼んだ。
「頭、このババアは頭だけで無くドン.マイケルまで軽く見た、流石に聞き捨てならない」
「頭、知り合いかも知れないが、それとこれは別だ、ここまで虚仮にされたんだ」
先に伸した連中も、各人手当てを済ませると二人のシスターを囲み始めた。
「おい、ポルチーニ。俺は“下の者とは馴れ合うな”と教えたな、面倒を見るも良し、情を掛けるも良し、ただ、馴れ合いだけはするなとな」
フェルチーニはドッと冷や汗をかく。冷や汗と云うものは本当に冷たく感じるものだ、また、ジワリジワリとでは無く吹き出てくるのだから人体は不可思議だ。
「申し訳ありません、こいつらも普段はこんなでは無いので、どうかお許しを」
そう言うとフェルチーニは跪く。両腕を交差した妙な仕草での謝罪だ。
流石に一同は面食らう、見かけない作法では有るが最上位の謝罪で有ると感じたからだ。
「な!頭!そりゃ無い」
「止めてくれ頭!あんたのそんな姿は見たくねぇ」
「分かったから止してくれ」
フェルチーニの手下は動揺したが、グルリと囲んだ先の破落戸や幹部連中にしたら話は別だ。
経絡打で伸される面子は兎も角、単純痛打の鞭打では次第に回復する。
「下に慕われたなポルチーニ、ならばそいつ等は大目に見よう。だがコイツらは加減を止めだ、教会周辺で見た破落戸面も有る。練歩は勘弁してやるか」
クルリと翻り“タン!”と一際高い足踏みを発した。
始発径だ、マリア婆さんは経絡拳使いだ。経絡拳の原理術理は、小拙筆の武侠少女を参照の事!
「老師!いかん引け!」
フェルチーニはマリア婆さんの雑さ加減を熟知していた。あんな事を言っていたが、興に乗って見境が無くなる事も多々有った。
なので手下に離脱指示だ。ついでにジャンヌさんも離脱した、マリア婆さんの武術に興味も有るのだ、高みの見物を決め込んだ。
縮地走から、直近の幹部ヤクザに間合を詰める。
とうにナイフを抜いている相手だ、だが、別に短刀術に心得が有るで無く、威嚇用の単純刺突の構えとも呼べない構えだ。
縮地走で減衰した連繼経絡に、追加で発経を加え、獲物持ち手に掌底を這わせ滑らす。
浸透経“黄派舐掌”、これで1日は腕が痺れて動かない、痛覚すら痺れるから無痛だ。
「何だ?」ポロリとナイフを落とす、いやそのまま持主をマリア婆に移し、刃を逆手に掌を突き刺した。
痺れから痛みは無い、ただ、刹那の間で持っていた筈のナイフが手の平を貫通しているのだ。
激しく動転するが、婆さんは容赦無い。
逆手貫通ナイフを腕ごと引き、体勢を崩した所に肝臓に発経肘打を入れる、これも浸透径。
グボッと一声崩れ落ちる、先ず一人。
“テメエ!”と勇ましく殴りかかるチンピラに抜いたナイフを投げる。
飛刀術の心得の有るマリア婆にしたら、外す距離では無い。
本来ならば目を狙う所だが、別に殺しに来た訳では無い、目立つ様に円盤投げの要領で頭上三寸投擲だ。
キラキラと陽光反射の飛来凶器に注目しない戯けは居ない。
「小派、暗中脚左前掃」
身を落とすと、左脚で頭上に注意が散っているチンピラの右脚を刈り払う。
ステンと転倒するチンピラに円弧を描いた右脚踵で脳天を一撃する、これも脳震盪を狙った浸透経打。二人目。
タンッ!
反復経を拾い直すより、新たに始発経を入れるが早い、マリア婆さんは再び縮地走で次の獲物の間合を詰める、
そして再び疾駆長打、狙いは胸部人中心的。
これは経打では無い、縮地走による質量打撃。小柄軽量のマリア婆だが、速度が違う、また体重を拳に載せている。
胸部を打たれたチンピラは、周囲を巻き込んで吹き飛んだ。三人目。
この間三呼吸程の間、凡そ5秒程だ。
「馬鹿野郎!囲め!ババアの動きを止めろ」
が当初からのマフィア幹部。
「逆だ!散れ!劉老師は近接戦闘の達人だ」
がフェルチーニ。いや別にマリア婆さんを裏切った訳では無い、そもそもフェルチーニはこちら側だ。
被害を最小にする助言だが、聞き入られない。
粘身功、マリア婆さんの得意戦闘だ、相手の心音、吐息が聞こえる程に、まるで抱き着いている程の間合、超々近接戦闘だ。
本来ならこんな間合では闘い様が無い。
組み付いての投技よりも近接するのだ、当然間合を取ろうとする。
これは対面相手のみでは無い、囲う周囲にしてからそうする。
下手に動けば同士討ちだ、だから闘うならば、組み付いて動きを止めてからの袋叩きがセオリーなのだが、これは経絡拳相手には悪手だ。
浸透打は別に両腕両脚のみが打点では無い、頭、肩、腰、臀部、からでも打てるのだ。
そうで無ければ体内内部からの内経絡で打撃相殺をする内硬功は使え無い。
マリア婆を捕え様と、チンピラの伸ばした腕を逆手に捻り、痛みに耐えかね捻り下がった頭部首裏に膝経打を入れる。
そこから反射経を拾い、不用意に近づいた破落戸の肝臓付近を後ろ脚“後背中脚”で一撃する。
四人、五人と一撃で沈め、距離を取ろうとした六人目に瞬歩で(縮地走の超短距離版、二三歩の距離すら縮地で詰めるのが流儀。コンマ以下の時間短縮だが、マリア婆程の武闘家には充分な奇襲となる)間合を詰める、距離にして1メートルの間合を10㎝に近接する。
「な!」と喚くが精一杯、鳩尾に喰らった浸透経右肘打で戦闘不能だ。
「あは吧吧吧吧!楽しいな小姐、わたしに替われ」
「駄目だ、大姐は見境が無くなる。俺はパルト警邏局員で懲りた」
いきなり妙な自問自答を始めるマリア婆。
二重人格の、比較的大人しいマリアⅡ婆さんが主導してきた戦闘だが、面白がって超短気の主人格が出てきた様だ。
どうも鳥兜ティー以来、人格変換スイッチの条件がガバガバになっている。
自業自得で死にかけたからだろう。
「撤収!」
収集不能と見て取ったフェルチーニが、手下に撤退を促した。
騒ぎを聞き付けた野次馬が集まり始めたのだ、警邏が来るのも時間の問題だ。
何よりも、やはりバトルモードに移行してしまった、マリア婆の暴威の巻き添えは御免だ。
大昔の事だが何度も巻き込まれたのだ。
ただ、一緒になってジャンヌ助祭もフェルチーニにくっ付いて行った。