魔弾の射手
「魔弾。それが監察医官殿の結論か………ジョークでは無さそうだが………魔弾か」
ヤルタ島の四連合王国内海艦隊総司令室の暫定主の台詞だ。
「いっそ反乱で有った方が整合性がつきますよ、ベルソン総司令」
「いや、反乱ならば、魔弾の方がまだ納得できるよ監察医官殿」
「……冗談はさて置き、ジャール海軍元帥の旗艦乗員の拘束を願います。方法は不明ながら、暗殺者が居ることには間違い有りません」
そんな事は既に海軍憲兵が仕事済みだ。拘束は言い過ぎだが、副長から一水兵まで詳細に調書をとってある。
当時、甲板上に居た全ての人員が共謀でもしない限り、暗殺はあり得ない。
そもそも、ジャール総司令の人望は厚い。旗艦乗組員に到っては、総司令を崇拝すらしていた。
また百歩千歩譲り、ジャール総司令の暗殺を企む者が、旗艦に乗船していたとして、何故あのタイミングなのか。
寄りによって海戦中の、更に艦隊指揮を採っていた最中にだ。
更には逃げ場の無い海上だ。もし暗殺ならば、もっとマシな場面でマシな手段を選択する。
弾丸は発見された。発見も何も甲板にめり込んでいた。死亡時のジャール総司令の立ち位置、貫通銃創よりどの位置からの銃撃が割り出された。
背後3メートル程の至近距離から、右臀部に向けての発砲と推測される。
馬鹿馬鹿しい。そんな至近距離で長銃を構えた暗殺者が居たら、発砲前に拘束される。
また、そんな至近距離から、わざわざ尻を撃つ間抜けも居ない。体の中心線を撃つ、外しようも無い。
艦外からの狙撃はあり得ない、当時旗艦の周辺に敵、味方、何れの艦も無く、テュネスの艦隊は砲撃すら届かない艦隊位置だ。
そもそも貫通角度から推定するならば、狙撃手は海面上、最低20m上空からの狙撃となる。
更に、凶弾は狙撃弾では無く球状の一般弾だ。ただ、弾丸の規格はmm規格であり、連合王国海軍のインチ規格では無い。
まあ、球弾の場合、銃口内に納まるサイズなら発射は可能だが、精度は無きに等しい。
遠距離からの、長銃による一般球弾による狙撃で、人体を貫通し、更に甲板に弾丸をめり込ませる威力はない。
だから、至近距離からの射撃しかあり得ないのだが、そんな事は透明人間、透明銃でも無い限り不可能だ。
故に“魔弾”だ。
海軍の男は、不可思議に寛容だ。洋上では人智を越える事象が多々ある。
「………監察医官殿、これは不幸な事故だ。おそらく、ジャール艦の誰かが長銃を暴発させたのだ。
運悪くそこいらに跳弾した弾丸が、あり得ない角度から総司令殿に命中してしまったのだろう」
「いえ、それは有りません、跳弾ならば弾丸の変形や、人体貫通威力は失せ体内に………」
ベルソンは監察医官の言を片手で制した。
「分かっているとも監察医官殿。それから至近距離からでも、人体貫通後に樫の甲板に弾丸がめり込む事など無い事も。
弾丸は真っ直ぐに貫通している、骨盤を破壊してもだ。監察医官殿、これは余程の弾速度でなければ無理だ、骨盤に当たり軌道が変わる」
「………御存知でしたか、如何にもその通りです、至近距離3メートルでも、実は威力は足りません。強装薬で押し当てて撃たなければこうはなりません」
「だろう、だが、そんな間抜けな状態はあり得ない。射撃角度からしても、不格好な、いやハッキリ不自然な体勢の発砲となる」
体勢を弾丸入射角度から推測するならば、中腰姿勢で、撃ち下ろし角度で尻に発砲となる。
または槍の様に腰だめで、これも同じく撃ち下ろし角度での発砲となる。
弾丸の威力からして、短筒は無い。
何度も言うが、態々そんな変態じみた体勢で尻など撃つ理由が無い。
「ですが、現実にジャール海軍元帥は殺害されました。外部からのアプローチでは絶対無いのだから、内部の犯行です。
分からないのは、何故甲板上の人員は、犯人を庇い狂言をするかですよ」
「監察医官殿の今の考察は、海軍憲兵に報告済みかね」
「いえ、総司令に直接答申する為に、そこまでの考察は報告しては居ません。
内海艦隊総司令旗艦上で、副長を含め甲板要員が共謀し、総司令の暗殺など有ってはなりません」
「その通り。だから、“魔弾”だ、監察医官殿は冗談にせよ良い事象名を付けてくれた。
別に巫山戯ている訳では無い、海の人間には、その説明で充分納得できる」
「総司令、何を仰る、つまり犯人をみすみす逃がすおつもりかジャール提督の国家に対する………」
「犯人は必ず吊るす。だが監察医官殿、これは絶対に外部犯の仕業だ。
手段は分からない、だがジャール艦隊、いや四連合王国内海艦隊総員一同、各艦長から一水夫に到るまでが、総司令を殺害などあり得ないのだ」
「分かりません。では総司令は旗艦乗員を疑ってはおられぬと、状況は反乱しか考えられないと言うのに」
「ああ、あり得ない。やむを得ず総司令の行動を止める様な事が有るのなら、拘束手段をとるだろう。殺害など論外だ」
ベルソンはその隻眼でお喋りな監察医官を睨む。この監察医官は余計な考察を交えすぎた。
「………分かりました暫定総司令。内乱の可能性の考察は削除して報告書を提出します。無念ですが」
この監察医官にしてからヤルタ島勤務は長い。自然とジャールの人柄に触れ、彼なりにケジメを着けたかったのだろうが……
それは却下された。
そもそも監察医官は、職務柄私念を挟むべきでは無いのだが。
「監察医官殿、ジャール総司令の無念は必ず晴らす。凶器はこうして実在するのだから、これは人為だ。
………此度は、黒雷公などと云うお伽噺では無いのだ」
今年に入り、いや、ここ三月の内にベルソンは戦友を失い過ぎた。
部下にして戦友であったリーグ海軍少将。
今季勇退予定であったジャール提督の艦隊を引き継ぐ予定で有ったパルシェ准将。
共に作戦行動を通して友誼を得ていたジャール艦隊のベーリング。ガストンの両大佐。
そして上官であり、海軍の大先達であり、また大親友であったジャン.ジャール海軍元帥。
連合王国では、元帥位は名誉位であり、在官時に受官することは無い。
没時に生前の功績により追贈される。
「何れジャール海軍元帥の戦死………事故死亡公表に動きを見せるだろう。我々はそのアクションに備えなければならない。
人材を無為に収監すべき時では無いのだ」
これには門外漢の監察医官も承服した。
疑心暗鬼で海軍を割るべきでは無いのだ。
ジャール、ベルソン艦隊は定数定員割れを起こしている。早急に復旧しなければ、内海中域の四連合王国海軍シーパワーが低下したままだ。
テュネスが早速と南方大陸諸国家に働きかけていると報告を受けた。
時は金なり、海軍力の低下は、そのまま国力の低下だ、南方大陸諸国家群に睨みを利かせなければならない。
それほど遠くない未来に、国力示威の軍事行動を起こする事となる。
備えなければならない、それが海洋覇権国家の宿命なのだから。
「では失礼します、ベルソン総司令」
監察医官は退室した。概ね、初期に行った現場検証通りの報告であり、余り得る物も無かったが………
「魔弾か……テュネス近海域は鬼門だな。ランド君、君は常識的に考えて悪魔が実在すると思うかね」
ランドとは従卒長だ、流石にヤルタ島海軍総司令に従卒が一人二人と云う事は無い。
ただ、所属は海軍では無く、四連合王国総合総司令部総務局だ、階級は准尉。内勤事務が職務だ。
だから、ベルソンの意図を掴みかねた。リーグ少将の不慮の事故死は聞いている。またそれにまつわる流言も、パルシェ艦乗員からそれとなく耳にした。
なので感じたままを口にする。
「小官にはお伽噺にのみに存在する、悪意の概念で有ると認識して居ります。
ですが海軍の人員は概ね肯定的では有りますので。否定はしません」
「結構。私もな、信じてなんぞいない。だが、その手の存在概念というのはだ………」
勿体つけて妙なタメを作る。
「……………何でしょう」
「言い訳にするに大変便利だ、迷信深いのも悪いばかりでは無い」
分からない事、知らない事象、解明出来ない現象。
オカルトとはそれらの回答の別名だ。海の男はつまり盲目的オカルト肯定者でもある。
なので、実践的オカルト研究者である、とある変人少佐とは、実は相容れない集団でもあった。
困った事よ。
当分週一投稿になります。




