中肉中背黒髪黒目の超平凡凡庸の変人
「それは無いな軍師さん。と、言うか外国の奴等は奇妙奇天烈だからな、こんな調子で5号、6号と増えていったら迷惑だ、だから他所には行かないよ。大体アルニン語しか俺は話せんし」
そうであった、砲撃狙撃のみに目がいってしまったが、彼は多方面に変だ。
“馬の王”だったり、“鷹の目”だったりする。今後、他にどんな称号がつくのか分からない、宗教に寛容で無い国へ行ったとしたら、どんな目に合うかも分からない。
大体、つい先ほども怪しげな儀式を行った。少佐の手引きが有ったとしても、彼は頓着が無さ過ぎる。
「賢明だ技官殿。アルニン政府に帰属するのならば、なるべく政府に高く買って貰うに限る。
日程は未定だが、政府首脳が技官殿の砲撃狙撃を直接確認するとの事だ。その時に技官殿の神技を披露するのだな、扱いが良くなるだろう」
「そうしよう。………何か今年は色々あるな、厄か?」
「少佐殿、質問が。少佐殿は殊更政府政府と連呼されますが、アルの異能は戦事向きで、軍務にしか用がないと思われますが。
そもそも、政府職員採用の意味が解せません」
「長いよ軍曹、大体、役人も軍人も大差無いだろ、サラリーが良くなるなら、どっちでも構わん」
段々と面倒になってきた様だ。投げ槍に放言する。
「政治は綺麗事を大義とした戦闘だよ、曹長。先程技官殿の性質が、お誂え向きと評したのは暗闘向きだからだ」
「そうでしょうか?技官殿は、余りに物事に頓着が無さ過ぎて、責任感を感じません。こんな出鱈目さでは、軍人でしたら、半殺しです。いや場合によっては完殺しでしょうか」
「ダッド曹長、言葉を選びたまえ。しかし少佐殿、アル技官が暗闘向きとは、小官にも理解が及びません。そもそも暗闘とは?」
「なんか、技官殿、技官殿と呼ばれると尻の穴がムズムズする、アルで良い」
「そうか、技官殿、尻の穴から虫でも涌いてムズムズするのではないのか、虫下しでも飲んでいろ、この変態野郎」
「お、やるか軍曹、言っておくが俺は運送屋のババアに、殴り合いで勝ってるからな」
「そうかよ、俺は五才の時に、近所の床屋の親父を言い負かした事が有らぁ」
「マジかよ!すげぇな軍曹、俺が五才の時は、ザリガニを生き埋めにして遊んでいたってのによ」
ザリガニの方のレオンの親だ。犬猫にけしかけられもした。
別に巫山戯ている訳ではない、本気で感心している。
………だから余計に深刻だ。
「アル、お前の価値観が分からねぇ。一度教会か医者に行こうか、俺が引率してやるから、な」
「殴り合い?技官殿がか?技官殿は直接的な暴力を振るう様な、粗暴な人柄では無いと結論付けていたのだが、意外だな」
当事者の一人でもあるレオンが補足する。
「いえ、少佐殿、私もその場に居合わせておりましたが、技官殿が一方的にやられていました。
ただ、そういった戦闘だった様でして、撲殺されなければ勝ちと云う物でした」
「益々分からない、運送屋との事だが、職業柄女傑のような者なのか?撲殺とは言い過ぎだ」
「いや、軍師さん、あのババアは矢鱈と強いよ、多分素手じゃ誰も勝てない。殺るんなら砲撃だな」
「格闘術は、陸軍幼年学校、士官学校で仕込まれましたが……ここいらとは系統の違う格闘術でした。
恥ずかしながら、小官もその老婆に拘束されました、言い訳みたいになりますが、確かに達人クラスの腕前でした」
「………隊長殿、あの時そんな事が有ったのですか、何とも………老婆に」
ダッドは、話の前後関係から、レオンが車軸の折れた車両の代わりを手配した頃と察した。
「フム、その老婆とやらが格闘術の達人として、技官殿がここに居るからには撲殺は免れているのだ。
見た所、技官殿は格闘術の心得は無い。どうやって防いだのだ?」
中肉中背、アルニンでは割りと多い黒髪黒目。見た瞬間に忘れしまいそうな凡庸の顔立ち。一目で平凡と知れる物腰、立ち振舞い。
目は口程に物を言う。目配せ、眼力、目の色と、どこからどう見てもアルは凡人で、格技の素人だと知れる。
「そう、その内に聞くつもりが忘れていた。アルどうやって?尋常で無い殴打だった、馬車に跳ねられても、あんなに人は飛ばない
………そう言えば馬に蹴られても平気だったね」
“アルは頑丈だな”で流しておいて、今更な話である。
「あぁ、そんな事も有りましたな。死んだものと思いましたが、打撲傷すら負っていなかった、今にしてみれば不思議で……でも無いですな。アルだし」
「簡単な話だ、2号が防いだ。あの時は、デッカイ鮃みたいな顔した生首が代わりに受けた。
馬の時は亀だ、手足が無いけど亀だ。
なあ軍曹、脚の無い亀は何亀だ?聞いた事も無い。首が矢鱈と長いんだが」
「馬鹿だな、脚が無い亀なら脚無し亀だろ、首が長いなら首長亀だ。
やっぱウンコシリーズか………お前、一体何なんだ?」
今更な疑問だ、こいつはコイツで呑気な男だ。あと、何だよ脚無し亀ってのは。
「少し技官殿の異能を纏めよう。そのシリーズとやらは現在4号まで存在すると。
大体で良いから、1号から役割などを教えてくれ」
ゴーンにスイッチが入る。アルは研究対象でもあるのだ。
「1号は何だろうね、何か有ると集り始めるね、最近じゃ4号のオヤツ。そうそう、テュネスで戦闘になる時、事前に涌いてきた。
してみると危険を察知るのかね、鳥兜ティーにも集っていたし」
当時を思い出し嫌な顔をするレオン。危うく口にする所だったのだ、何の因果で、地元でウッカリ毒殺されなければならないというのか。
「形状はどんなだね、2号とやらは奇っ怪な造形、生首らしいが」
本当にノリノリだ。
「特には。黒い霧、煙?かな密度はそれぞれの状況で違う、ただ、濃くても臭いは3号、4号よりはマイルド」
「ウンコ臭いと言っていたが、良く我慢出来るな、俺にゃ無理だ」
「あれ?軍曹、ジョージ君臭く無いのか、今頭の上に居るんだが」
「技官殿には臭いが分かるのか、そのジョージ君とやらの」
「3号並みの臭いだね、ただ、ウチの3号達よりは会話になるから4号寄りの賢さだ、良かったね♪」
ウチの3号達………まあ、祖父母もいる事だし。
「それだ。たまに異臭を感じる、気配もな。ただ、ウンコ臭くは無いぞ、ドブ臭く感じるな」
「感じ方が違うと……どんな感じに臭いが分かるのだ、嗅覚では無いのだろう?実際に臭いの元があるなら、我々にも分かるからな、仮に“幻臭”とするか」
妙な造語を垂れ流すから、途端に胡散臭くなるのだが、このご仁に頓着はない。
「言われてみれば。確かに鼻から感じる訳じゃ無いな……そうねぇ、軍師さんは夢ん中で飲み食いしたとして、その味を覚えてる?そんな感じかな」
「アル、言い得てる。そんな感じだ」
「記憶から該当臭を連想するのか?すると本当にそう感じているだけなのだな」
「いや、いや、俺はウンコ臭としていたが、伍長さんは死臭だと言っていた。俺はそれまで死臭なんか嗅いだ事無いから知らないよ」
「うわっ、引くわ。お前死臭嗅いで大騒ぎで殺しまくってたの?実はお前死神か何かだろ」
「カバみたいな死霊に取り憑かれた、サイコ軍人とどっこいどっこいだろ、阿呆」
うん、どっこいどっこいだ。
一神教なので、死神なる神は存在しない建前だが、生まれて生きれば、必ず人は死ぬので、それはそれ、これはこれと区別するのが人情だ。
更に死を司る守護聖人など居ないので、都合良く“死神”なる神が他所から剽窃された。
神の引き立て役の悪魔は、別に死を司る訳では無いのだ。
「伍長とは誰の事なのだ?その者も異臭を感じる事が出来るのか、技官殿」
「いや、いや、コロンボさん。伍長さんって感じだから伍長さんと呼んでいる、因に“さん”までがワンセットだ」
どうでも良い豆だ。
「前に三砲台を攻撃した時、軍曹が大手門を撃ち抜いたでしょ。その下敷きになって死んでた人の臭いを、たまたま居合わせた伍長さんが教えてくれた」
「ああ、実際に死臭がしていたのか。私も検分したが、確かに腐敗が早かったな、三砲台守のビンゴだった。時期的に半日やそこらで腐敗はしないのだが」
「つまり、アルは死臭を便臭と理解していた訳か………何か死臭とすると、急に意味合いが違って聞こえる」
変な弁解だが、ウンコ臭の方が、死臭よりは万人受けが良いのだ。
前者は最下等の笑いの種だが、後者は“死”、そのものを連想するからだろう。
アーメン。
当分週一投稿になります。