政府出向軍属
ギャラリーは解散の運びとなる。ただ、証言として記録したいので、可能な者は名前を聞いた。
こんなで総合総司令部の怖い参謀少佐だ、所属章、階級章を目の当たりにして黙秘出来る者は居ない。
また、プライベートな内容と銘打った事でもあり、彼等の内心は兎も角、所属や名前を申告した。
後日、超常現象研究所とやらから、この事を纏めたレポートが送付される事となる。
強制的に会員に入会をさせられた様だ。
ホットドッグを五秒程で完食した面々が向かったのは、いつぞや立ち寄った総合総司令部の建舎だ。
開発部のガリレイに面会依頼に寄って以来だ。
会議室を借り、ようやく腰を落ち着ける。
「では、ダッド曹長、最初から話してくれ、アル技官殿は、補足出来るヶ所をなるべく詳細に説明して欲しい」
自身が記録する。私見も記入したいからだ。何よりも、従卒のコッド二等卒は控室で待機だ、アル関係の話なので外してもらっている。
因みにコッド君は内勤主体の総務部所属だ、彼は中央所属では無いので移動はしない。
「お待ちを少佐殿。まずはアル技官に伝達事項を伝えます」
想定外のドタバタで、本来の目的が有耶無耶になっていた。出発は明日だ、アルにしても支度は有るだろうし、そもそも戸籍問題も有る。
「手短にな中尉。事は大事だ」
「了解しました」
いちいち突っ込むのも骨だ、とばかりに返答する。
「明日首都へ出発だろ、軍師さんから聞いたぜ、支度はしてある。ただ、俺の宿舎はどうなる?
こんな感じで、どっかの兵舎があてがわれるのか先生」
「衣食住の心配は要らないよ、君の待遇は開発部付き火砲研究員となる」
「あん?軍人になるのか?」
「違う、政府職員として総合総司令本部への出向となる、まあ民間志願軍属から、政府出向軍属となる」
「なんだ?公務員になったのか?いつの間に」
「今でも準特別国家公務員だよアルは。
民間企業からの出向軍属は、企業から給料を貰うだろ、軍は企業に委託契約金を支払うんだけど、アルは軍から直接給料を貰う。
これは軍と直接契約を交わして、身分を特別国家公務員にしないと出来ない」
色々と説明を端折った。志願軍属の時の給料支払いは、実は三砲台の予算から支払われていた。この時は準公務員でも何でも無い、ただの民間人だ。
レオンが仮の三砲台の責任者になった時そう申請してある。三砲研の運営に必要な人員だ。
「だから、いつ契約をしたんだよ」
「忘れているみたいだけど、技術少尉待遇の時、色々契約を交わしただろ、その時だ。控えも渡して有る」
「おお、したした、そう言えばそんな事を言っていた、手当てがどうの、給料がどうの………思い出した、先生、特許の件はどうなった。
思い起こせば特許申請が楽になるから軍属になったのが、気がつけば政府の犬になっている」
「政府の犬は言い過ぎだ、軍人と同じ特別国家公務員でも、アルは政府所属となるから待遇は違うよ、給料面でも………そうそう、失効した戸籍も政府が面倒みてくれる事になった」
「そうなのか、それは助かる。いや、腹立たしいから新規に戸籍を申請しようと思っていたら、保証人協会の保証が無ければ駄目ときた。
協会に払う保証金が少し足りなくて往生していた」
「総合総司令本部の基地内か、その周辺にアルの宿舎が用意される筈だから、新規戸籍はそこの教区で申請する事になる。
後で書類を渡すよ、枢機卿猊下の保証書付きの申請書類だから、申請は簡単に通るよ」
「なに?その枢機卿って、坊さんの一種か、それが保証人になるって、何で?その坊さん、保証人になるのが趣味なのか」
「おいアル、そんな趣味の坊主が居る訳無いだろ、常識で考えろ間抜け。そういう行か何かだ、弱者救済の施しに決まっている」
全然違う。まあ、ダッドにしても本気でそうは思っていない、只の軽口だ。
ただ、アルは想像以上に馬鹿だ。そう理解した。大体、既に特許の件を失念している、ほんの1分前の事をだ。
「曹長、あまり妙な発言は控えてくれ。アル、これは政府からの要望で、枢機卿が引き受けた話だ。だから当然裏の話も有る」
「代わろう中尉。アル技官殿、ダッド曹長、これは重要機密になる、口外した場合、最悪、情報漏洩罪が適応されるので呉々も気をつけてくれ」
この辺りは、鬼の作戦参謀課に所属しているだけの事はある。堂に入った恫喝だ。
「アル技官殿は、アルニン政府に於て最も危険かつ重要人物と判断された。理由は技官殿の異能の超狙撃能力だ。砲撃も驚異的だが、長銃狙撃もこなすと聞いている」
テュネスのザベス港で林檎を的に射撃大会だ、アルはダッドの長銃を借り立射姿勢で狙撃を行った。
50m程の距離だが、林檎は的としてかなり小さい。また、一般兵へ貸与される長銃は無旋条の滑腔銃身だ。球弾だからどう回転するのか分からない。だから命中精度は悪い。
カーブ、シュート、フォーク。人力でも回転方向を定めれば、軌道を曲げて球は放れるのだから。
因みに、狙撃部隊である猟兵の狙撃銃は、銃身に旋条が施してある。
弾丸は専用の特殊形状だ。先込め式は同じだが、弾丸が円錐形……ドングリの様な形状で、弾丸後部が黒色火薬の爆発により広がる様になっている。
これにより、銃身旋条に弾丸が押し当てられ、一定方向へ回転しながら飛ぶ。
ジャイロ効………回転するコマの安定をイメージすると分かりやすい。
弓矢の矢羽根も、矢に回転を与えて軌道を安定させる為に有るのだから、回転させれば、矢にしても弾にしても、命中精度が上がる事は分かっていた事ではある。
ただ、加工技術が伴わず、昔々は実現出来ずにいた。概念だけなら、レオナールさんのメモに残ってはいるのだ。
ベアリングの加工技術を応用し、弾丸の精度を上げ、結果、後込め式の旋条銃身をアルが開発するのは、中央に移動してからだ。
「狙撃が上手いと、政府が危険視して坊さんが保証人になるのか?軍師さん、それじゃわからん」
メインワードのみをつまみ食いするからだ。だが、平たく言えばアルの言った通りでも有る。
「技官殿、5000mも先の標的に命中させられるとなると話が違う。
危険度と有用さを秤に掛けて有用と判断されたのだよ、技官殿の異能は、実に“政治向き”なのだ」
「と、言うと?」
「事は軍事だけでは無いと言う事だ。5000m先からの狙撃など、誰も知覚出来ないし、それだから防げない。ジャール提督に起きた事が、誰にでも再現可能なのだ。
四連合王国は、ジャール提督を事故死と断じた。つまり狙撃された事に思い至らないのだ、普通はそうだろう」
「つまり?」
「技官殿を野放し出来ないから、政府で囲う事にしたのだ。技官殿は別段、国家の為、国益の為、テュネスの安寧の為に、ジャール提督を殺害した訳では無いのだろう」
「それを言われると痛いねぇ、ジョージ君の仇討ちのつもりだったけど、何でもジャージャーさんは立派な軍人だったと聞いた、分かっていたら殺さないぜ」
「つまり、技官殿の胸先三寸で何者だろうと殺害可能なのだ。そこに大義名分は必要としない。
ジャール提督殺害に、技官殿はそれ程心理的負担は感じていない。そうだね、技官殿」
「いや、いや、いや、そこまで悪辣じゃ無い、ウッカリ殺して済まないとは感じているよ」
「技官殿を責めている訳では無い。技官殿は軍属だが、我々は軍人であり、ジャール提督は敵だった。道義を論じる意味が無い。
ただ、技官殿は言わば最強の切札足り得る。そこに余分な信条や心情が無い事が最高だ」
「よせよ、軍師さん、そう褒めるなって。そうそう、ジャージャーさんは立派かも知れんが、敵の親玉。殺されたって仕方ない立場だ。ウン」
「技官殿の強みがそこだ。また最大の欠点でも有る。例えば他国に技官殿の存在が知れて、引き抜きにかかったとしたら、技官殿はどう動く」
「少佐殿、それは……」
レオンが息を飲む。確かにアルにしてみたらアルニンに縛られる理由は無い、勘当もされている事だし。
そもそも、本人は流浪生活を望んでおり、別段アルニンに囚われていない。
つまり、条件次第で他国に渡る事も考えられる。今度はこちらが標的に晒される事もあり得る話で、それを防ぐためには…………
そこまで考えてギョッとした。
国で囲う事が不可能ならば、排除するしか無い。同じ事がアルの存在を知った他国にも言える事で、囲えないなら、危険度の高い人物は排除するに限る。
ストックが尽きました、当分週一での投稿になります。日曜投稿ですね。
頑張って週二投稿が出来るようにしたいのですが、本業が多忙で手が回りません。
皆さんどうやって執筆時間を作るのですか?