士官兵舎の小魔界
レオン、ゴーン組はトンボ返りで首都ロマヌスへの移動となる。新型砲教導砲兵小隊としてだ。
この小隊の所属は、些か微妙となる。総合総司令本部の所属であり、書類上では陸軍本部首都防衛軍砲兵部隊の遊軍扱いである。
実際は何れの砲兵部隊にも所属せず、命令系統としては陸軍に属さない。
これは、政治的な理由でのテュネス派遣であったので仕方無い。いや、仕方無いと言うより技術者派遣名目なのだから、当然と言えば当然だ。
あくまでも臨時編成部隊だ。
ただ、この立ち位置は非常に便利だと、政府上層部と軍上層部は味を占めた。
何れ、名称を変え政府直属部隊のまま手元に置くつもりではある。
ただ、現段階では新型砲教導砲兵小隊としての首都移動である。
「総員傾注」
レオン、ゴーンの帰参後、砲兵連中は辞令受領の為に兵舎広間に集合した。これは点呼後の号令である。
「本小隊は明日8:00にナザレ軍港より首都ロマヌスへ移動する。総合総司令本部直下部隊として編入される、所属は総合総司令本部開発部火砲研究課となる。
質問を受け付ける」
元首官邸の報告より、5日遅れての帰参である、その間に所属が決まった。開発部付きとなったのだ。
本気で政府、軍上層部は、今回の派兵名目に味を占めた様子である。
少数の人員での最先端の装備稼働。現実離れした戦果。切り札たり得る異能者。
アルが技術者である事も幸いし、また隊長であるパルトは元々戦術研究畑出身であり、開発部の所属としても、前歴に不都合は無かった。
元々、開発部は総合総司令本部の直属部局であり、各兵科から選抜された人員により開発補助を成していた。
正にお誂え向きの配属先だ。
挙手をしたのはダッドだ。開発部の所属なぞ糞喰らえな男だ。
「開発部の所属の意味が分かりません、機動架台や新型砲弾の、テスト部隊になると云う事でしょうか」
厳密に言うならば、それは砲兵兵科とは呼べない、内勤主体の研究技術官だ。
当然、実戦に参加する事は無い。ここはダッドにとってとても重要だ。
「口外法度で。これは表向きの所属となる、機密保持の為、その都度に部隊を編成する訳には行かないのが、我々機動砲兵部隊である。………分かるだろう曹長、南方大陸は安定してはいないのだ、火砲技術支援は今後も必要だ」
「了解しました。つまり開発部付きは隠れ蓑なのですな」
「吹聴はしないでくれよ、曹長。ただ、開発部協同で、戦術研究を進める旨は理解してくれ」
大っぴらに話されたら、隠匿された部隊の意味が無くなる。
次に挙手したのはコロンボ軍曹だ。
「武装について質問が有ります。実は隊長殿の帰参前に、アル技官が面白い発明をしていまして、あれを中央に持ち込んで構わないでしょうか」
コロンボはお調子者だ、ノリノリで遊ん……操舵操帆技術習得に努めていた。
もう、寝食を忘れる程に。お陰でコロンボが一番凧帆に馴れた。
凧帆だが、これは風上には移動出来ない、マストが無いのだから当たり前だ。
ただ、風上からの風でも、何れかの方向に車両が動き始めさえすれば、後は行きたい方角に舵を切り、手押しで構わないのが陸運の強みだ。
一度動きさえすれば、慣性で推力はあまり要らないのだ。
なので、凧帆の欠点は、まあ解消されたと言える。
「また、彼が何か発案したのか。さて彼は開発部の所属では無いからな、確認しよう。………それでどの様な発明なのだ」
船舶のように帆走する為の、凧の様な帆との説明を受けたが、今一つピンと来ない。
アルに用の有ることなので、現物を見る事にした。
「本日は明日の移動に備え、訓練は免じる事にする、各員、兵舎から荷物をまとめておく様に。以上解散」
ほぼ、丸一日免業となる。軍人なので私物荷物が少ない、移動準備は気の早い者は既に済んでいる。
肝心の変人軍属に会うべく、お目付け役にレオンは尋ねた。
「ダッド曹長、アルは今どこだい、開発部の工房かな」
「今朝食堂舎で顔を会わせた時には、工房に行く様な事を言っていましたが………分かりません。技官殿はその場その時で、勝手ばかりをするので」
糸の切れた凧の方が、まだ行方が読める。
ただ、外出は苦手な様子なので、街中には出掛けては居ない様ではある。
「曹長も付いて来てくれ。些か内密の話になるが、曹長も聞いていた方が良い内容になる」
「小官の班員も同行させましょうか?件の砲撃………アル技官の特異性は理解している面子ですので」
ダッド砲班からの砲撃狙撃だ、実は小隊の面子も、アルの砲撃狙撃によるジャール提督殺害は知らされていない。
「いや、曹長だけで構わない。アルはあれで人を見ている、曹長に一番心を開いている様だしな」
実は二番目は自分で有ることを知らない。知らぬが華だ。
三番はガリレイ技術少尉で、四番がヨイヨイの鍛冶屋の爺さんで、五番がザリガニの方のレオンだ。
家族は欄外に移動した。
「小官としては、永遠に閉じて欲しい所なのですが………まあ、分かりました。取り敢えず一号工房工廠に向かいましょう」
あてがわれた兵舎広間から、二人は移動する。この兵舎は貸し切り状態で、他所属員は居ない、こんなでも機密部隊だから当然と言えば当然だ。
「ガリレイ技術少尉、お邪魔します」
「おはようございます技術少尉殿」
「おはようございますパルト中尉殿。曹長も。中央より戻られたとはアル技官から聞いておりました」
互いに敬礼だ。レオンとガリレイは機動架台の引見で何度か面識が有る。
改良具申など、書面的な申請はレオンの仕事となり、ガリレイとしてもレオンの人となりは理解していた。
「こちらにアル技官が居ると聞いてね、辞令が下りて、彼にも首都に出向してもらう運びなった。彼はどこだい?」
兵科部局が全然違うのだが、ガリレイも三砲研に所属している、仲間意識が強い。自然、口調が砕けた物となる。
「携行糧食の開発で食品管理部に同行する所でしたが、ゴーン作戦参謀殿に呼び出されて、アル技官の宿舎に向かいました」
「少佐殿が?少佐殿は教砲小隊の総監役から外れて、今は無役なのだが………」
無役とは言い過ぎだ、ただ、ナザレの第三砲台監査役は解かれている。教砲小隊の面々は移動だが、作戦参謀の人事は不明だった。
ゴーンのテュネス派遣における立ち位置は微妙だった。
総監役とは方便で、実際は対テュネス政府軍務特使だ。
政府に公式に報告が済んだ現在は、役職は解かれている。大体、本来ならば作戦参謀の職務では無い。
此度、一緒に首都総合総司令本部への移動となるが、それ以降の去就はレオンは聞かされていなかった。
「それより技術少尉殿、何故にアルの宿舎に?………いや、まさか」
そのまさかである。アルの宿舎は現在………何と形容すれば良いのか………状態だ。
昔の処刑場で、死体置場で、大量殺人事件現場だったと与太を飛ばしても、疑う者など居ないだろう。
そんな惨状だ、凄まじく気味が悪い。
第三砲台の兵舎に居着いて居た頃は、こんな事は無かった。
やはり四号を従えた?事で、レベルアップを果たした様で有る。
凄い。
「曹長、まさかとは?何か思い当たる事でも」
首都に出ていたレオンは、アルの宿舎にまつわる怪異は知らない。
元々、怪現象の報告の有った歩兵士官兵舎で有ったが、レオン自体ナザレに移動して来て日は浅い。
兵科も違う事も手伝い、その手の噂に疎い。まあ、詳しくてもキャラが被ってしまい、某やMeが困るのだが………
「中尉殿は神を信じますか」
唐突にダッドが壊れた。あまりに自然と逝か…尋ねられ二人は面喰らう。
「曹長、その手の発言は控えた方が………」
「小官はですな、先の派兵で分かりました、神は居ません。その代わり救い様の無い悪霊が方々に屯していますよ、カバもそうだし」
「曹長………少尉、ダッド曹長は些か凄惨な軍務に就いたのだ、精神的な復調はまだ果たしては居ない様子、内密に願いたい」
その凄惨な軍務の先陣を切ったのが、当の本人なのだが、レオンは本当にメンタルが強い。
「いや、お二方、ご心配無く。小官は極めて正常です。こんな妙な事を言い出すのは理由が有っての事ですよ」
「理由を聞いて良いかい」
「件のアルの宿舎ですよ。気のせいや錯覚などと云う欺瞞なんて、気休めにもならない。
神を信じているのなら、加護を求めた方が良い、そう思ったまでですよ。あそこはまるで魔界だ」
レオンは納得だ、魔界が絡むならば、変人の少佐が湧いて出るのも当然だ。
ただ、アル絡みか………彼は本当に何者なのだろう。