アル居住の歩兵士官兵舎
機動架台の方は搭載する火砲、短重火砲の関係で作成は出来ない。新規発注は些か予算オーバーだ、短尺重火砲は何とかなりそうである。
なので、各々が考案した改良案を盛り込んだ雛型図を元に、設計図の作成課題が課せられた。
現行機動架台は首都に移動しているので、搭載変更が出来ない。
短重火砲の方は、旧型が倉庫の隅に転がっていたので、引受申請を提出する運びとなった。架台の方は申請許可待ちとなる。
短重火砲用の散弾開発組と、アルの思いつきの“帆凧”の作成組とで別れた。
こちらは開発費用も下りている。汎用性の高い発明で有るため、引き続き用途開発中なのだ。
「何か本当に凧みたいだね。新考案の帆かい、細かい操作が必要だから大型船用じゃ無いね、小型船用かな?」
図案上では凧帆に数本のロープで支えて有る、形状としては骨の無い凧だ。
ただ、保定ロープは短く帆船の帆の様相である。風抜きの操作用のロープが、帆でない事を主張する。
ただ、アルには大体分かった。と、言うか四号が通訳に間に入り、大体伝わった。
三号とは相変わらず、チンパンジーと意思疎通を果たす様な不毛な有り様だが、四号はやはり上位らしく思考が明瞭だ。
………高度な知性を有する悪霊と意思疎通を果たし、殺戮兵器を開発す。
はて、やはりアルは教会預かりで、鉄格子のお部屋に隔離したの方が世の為に成りそうな気が………
しかし、まあ今回の発明は殺戮用では無い。
やはり新型帆の開発だ、小型船に使えない事も無いが、マストに保定されない関係上補助的な用途しか思い浮かばない。
これは機動架台、いや架台だけで無く
全ての車両用の帆だ、凧帆とそのまんまの名称で、そのまんまの用途となる。
帆船の様に風を動力とし車両を動かすのだ。
ただ船とは違い風上には進まない、陸路は、当たり前だが路なりに進むしか無いので、風向きにより進行方向が限定されるため、陸運搬送も余り勝手は良くないだろう。
ただ、戦場設定される様な広大な場では有効だ。
人馬共に戦闘外で疲労する必要も無い。また補助動力として用いれば、制御が楽になり、通常運搬用用途にも対応するだろう。
………操作に熟練は必要だろうが。
砲兵連中の休暇は本日までなので、午後には続々と砲兵連中が兵舎に帰還してきた。
まだ解散した訳では無いので、教砲小隊にあてがわれた兵舎にだ。
因みにだが、連中は第一砲台の砲兵兵舎があてがわれていたが、アルは歩兵士官用の個室があてがわれていた。
歴史的に歩兵と砲兵は仲が悪い、砲兵連中にしてみれば当然の措置であるが、アルは軍属で軍人では無い。なので空きがあった歩兵士官用の部屋だ。
そもそも民間人を兵舎にいれるべきでは無いので、あまり人目の無い士官用の部室への入舎となったのだが………次第に妙な噂が流れ始めた。
人気の無い筈の士官兵舎に、やたらと人の気配がすると言う物だ。ざわめきやら足音やらだ。
この手の怪異話は、軍では良く有る話だ。
最近では第二砲台が話題となった。人死にが有った場所だから、まあ分からないでも無い。
やれ訓練所で事故死した兵の霊……海難事故で回収した水死体の無念の声………演習場に出現する鬼火。
何故か一定数は目撃証言が現れる、軍隊内部の怪奇現象だ。
さて、件のアルの部屋を手配したのは、彼の御仁だ。当然いわく因縁の有る部屋へのご案内だ。
士官には割と有る事だが、ノイローゼによる自殺が多発した部屋だ。
この手の件は何故か同部屋、同敷地で同じ様な時期に発生する。
気にしない者は大した事の無い事だが、この部屋で、たまに原因不明な物音が発生すると云う。
パキリ、とか、ポキリと云う家鳴りの様な音から、ネズミの様な小動物が駆ける物音。
パンッと云う人が手を叩いた様な物音が、第三者が訪れた時に起こる。
総じて、大した事の無い怪奇現象が起きていた部屋なのだが、現在はハッキリと心霊スポットと化していた。
士官用の庭付き個室。アルの宿舎は二階層の建屋だが、現在は一階部分には彼しか居ない。
二階部分は入居している事にはなっているが、皆逃亡……避難中だ、同僚なり部下なりの兵舎に身柄を躱した様だ。
もともと入居士官が少ない、と言うか敬遠されていた建屋だが、彼が転がり込んだ当日に、ネズミやら鳥やらが一斉に逃亡し、即日草花の類いが枯れた。
本人は、不貞腐れて食事にしか外出しなかったので騒ぎを知らなかったが、周囲はこの異変に慄いた。
日没となると、妙な気配すら感じるのだ。たまにいる筈の無い馬の嘶きが聞こえる。
………まあ、結論から言えば四号なのだが、一、二、三号と違い、存在感を主張する様子ではある。
その、驚ろおどろしい歩兵科士官兵舎に来客だ。
いや客と言う程の者では無い、二個イチの片割れだ。
砲兵兵舎の方が定員集合したので、様子を見に来たのだ。
10日の休暇中、一度も様子を見に来ないのだから薄情な物だ、勿論、勘当云々は知っている。不貞腐れて寝ている事も承知の助だ。
まあ、親兄弟でも部下でも無い、野郎の部屋に足繁く通うのも変な話では有るが。
翌日以降の予定確認と、野郎の生存確認の為に訪れたのだ。
時刻は夕刻、午後5時だ。内勤の者は業務終了時間である。
冬場は日没が早い、この時間では辺りは暗い。連絡の有ったアルの宿舎に訪れて、ダッドは絶句した。
「なんだぁ………こりゃ?」
あまり芸が無い。バク転でもしながら、大見得切って言って欲しい所である。
だが、まあダッドの言いたい事も分かる。
元々評判の良くない歩兵士官舎だ、ダッドとしては“ザマァさらせ”と内心喝采をしていた位なのだが、こうなると別だ。
日に日に入舎士官が逐電退去して行き、現在ではアルしか居ない官舎なのだが、まるで作り物の怪奇屋敷の様な様相に変化していた。
庭に植えられていただろう芝生は勿論、雑草の類い、日よけの雑木。
………全て枯れ果てていた。
空気が淀んで、目に見えて濁った感じがし、まるで地下墓地に居るような雰囲気だ。
昆虫の死骸が散乱する。一言で言うならば不浄の地であろうか。
おまけに、カラスがやたらと集っている。
建屋に灯りは無い、肝心のアルが不在の様子だ。
凄い勢いで怯懦と嫌悪と後悔の気持ちが沸き上がり、回れ右した所でアルにばったり対面した、家主の帰還だ。
二人して乙女の様な悲鳴を上げた。
ダッドの方は、空気に飲まれた所に不意にアルの出現だ、藪からキ印である。
アルの方は、悲鳴を上げたダッドに驚いての釣られ悲鳴だ。付き合いは良い。
………馬鹿馬鹿しい。ただ、互いにバツが悪い事は確かなので、無かった事にした。
「やあ、軍曹とジョージ君、ご機嫌如何?最近日没が早いねぇ」
「あと一月で年も明け申すからのぅ………なんだよジョージって、あのカバ野郎マジで取り憑いてんのかよ」
「?分からん物か、ずっと肩に止まってんだが、たまに軍曹の頭を撫でてるよ」
「マジで教会に行くわ、この場合は教会の何て部所なんだ」
「知らね、精神診療部所か悪魔祓い課なんじゃねぇ?それより軍曹、飯にするから退いとくれ、荷物下ろして食堂舎に行きてぇ」
「なら俺も飯にするわ、話が有るんだ」
「金の無心なら他所にしろよ、保証人協会の保証金支払いが少し足りない」
この男は現在新規戸籍作成申請中だ、保証人なぞ居る訳無い、だから保証人協会に身柄を保証してもらい、それから教会に戸籍申請する運びとなる。当然の事だが、保証人協会とてロハでは無い。
戸籍申請期限失効の特例申請をするのと、新規戸籍申請では、時間的に大差無い事が分かり、腹立ちも相まって新規に戸籍を作る事にしたのだ。
アルにしてみれば、保証金が必要か無用かの違いだけで、完全縁切りを望むので新規戸籍作成が宜しいと、そう判断したのだった。