青き衣を纏う者
「少し纏めよう。彼は5㎞先の対象物に火砲より打ち出した銃弾により狙撃可能な人物であり、その精度には千を越す砲撃で一度も外した事が無い」
これはクラディウス元首。
「死者と交信可能か、それから知識を得られ、多岐に渡る有用な発明開発を行えると」
マリウス副元首だ。
「現在の所属は総合総司令本部、臨時編成部隊付き技術少尉武官待遇者、部隊は一時解散となるから、新しい地位が必要か」
コルドバラ陸軍大将だ、長い名なのでそのうち略名にしよう。
「パルト中尉、彼の有用性は理解した。
ただ人柄を知りたい、実家を勘当とあるが、この手の才人によく有る、乱雑な人格者なのかね」
ガウス中将なり。実は一番説明しにくい所を聞いてきた。
勘当は以降の血統続柄関係を断つのだから、余程の事が無ければ実行しない。
だから、勘当処分をされたと云う事は、余程の事を仕出かした人物と推測されるのだ。
「………言動に奇妙な所は有りますが、乱雑と迄は。口は悪いですが、彼の実家は漁師でして、家庭環境からしてみたら相応かと。
偏屈で有るとか、排他的で有るとか、そんな事は有りません。比較的付き合い易い人柄です」
ここで枢機卿が口を入れる。
「パルト殿、私からは一つだけ質問が有ります、宜しいか?」
にこやかな坊主だが、これは営業用だ。
ただ、営業用を臆面も無く顔面に張り付けているのだから、いっそ天晴れな坊主だ。
「何なりと猊下」
ここにいる面子は、それほど敬虔な信徒では無さそうであるが、まあ、坊主に敬称をつける程度には常識的である。
「カカカ、猊下と敬称で呼ばれたは久しぶり。パルト殿に祝福の有らん事を。
さて、パルト殿。そのアル殿なのだが、何やら話題に尽きないご仁の様で有るが、気になったのは“青き衣を纏っている”との一点で、これをどう解釈すべきなのか」
「………?何の事でしょうか、“青き衣を纏っている”ですか?いえ初耳です」
一頃流れた噂話だ、ナザレ軍港城塞内部だけでなくナザレ市街にも第二第三砲台の軍事演習の噂は流れ、面白可笑しく夜の街に流布した噂の一つだ。
ほら、ウンコがどうの、ウンコ使いがどうたら、ウンコの使徒が爆誕したとか、そんなアル絡みの噂の一つで、蒼き衣を纏っているだの、大地との絆がどうしたの、といった与太話の事だ。
この坊主、抜け目無く奴の調べがついている様子だ。
ただ、レオンはスッ惚けた訳では無く、管理職の悲しさから、報告書類、現場検証書類、果てはアルの軍属申請書類、火砲術研究室の立ち上げでなどで多忙を極め、軍轄酒保へ繰り出す頃には、噂は立ち消えていて聞いてはいないのだ。
蒼き衣の下りは、当時本当に藍染のシャツをアルが着ていただけで、カーキ色の軍服集団の中で目立っていたに過ぎない。
大地との絆………………………は、アルが道路着弾補修の手伝いをしていただけ。
神の世界を………………………は、酔っ払いの戯言だ!
つまり、見たまま感じたままの様子だ。
ただ、作業中の会話が、ウンコがどうたらこうたらした話となり、それが馬鹿馬鹿しくも面白可笑しく話題になっただけだ。
そう、これが真相だ、別段不思議な話では無いのだよ。
「本当に知らないのですかな、“青き衣を纏う”とは、枢機卿の庇護下に有ると云う意味なのでは。
………調べた所では、該当者が居ないので、全くのガセなのか、よほど関係を隠匿されているのか、そう考えたのですよ」
枢機卿の僧衣色は青だ。かなりひねくれた解釈では有るが、そう取れない事も無い。
アルが全く無害な市井の人間ならば、そんな解釈をする馬鹿は居ない。
ただ、今の奴は良くも悪くも要注意人物だ。
景信教会内も一枚岩では無さそうである。
「それは………」
考え過ぎだ。と言いたい所だが、出会い以前の彼の事は知らない。
あり得ない事では有るが、当人の思考は読めな過ぎる。
砲術以前に、ウンコ関係の異能を家族から教会に相談され、そこから繋りを得たとも可能性としては考えられる。
そこから、本人がウッカリ安請け合いしたとも。
“蒼き衣”の下りは、余りに突飛な噂であり、作為が無いとも言い切れない。
ただ、枢機卿の庇護下に有ることが、何ら問題になるとは、軍人の自分にしてみたら理解の外だ。
「いや、いや、パルト殿、わかりました。これは教会内部の事なので、他言無用に」
こうした訳で、本人の全く知らない所で教会の諮問機関に内偵される事となる。
5㎞先の狙撃成功など、それ程危険な行為なのだ。バクスタール提督ではないが、切り札足り得る。
この後、更に質疑応答が行われ、実際にアルの砲撃狙撃を見聞する運びとなる。
内密の軍事査察となる為、枢機卿と軍人組を除き、身分を隠した査察となる。
枢機卿はそもそも参加出来ない、ただ、結果報告は受ける事となった。
二人と軍人組は退出した、残ったのは坊主と政治組だ。
「マカロフ猊下、アル技官をどう見ましたかな、一部に聖人に比される人物とされているが」
些か嫌みっぽい。参軍技官と教会認定聖人を同一視している者がいると言うのだ。
聞き様によっては、聖人のレベルとはその程度とも取れる。
ただ、マカロフ猊下はこんな場でノウノウとしているだけはあって、動じない。
「ウム、ひとつ奇蹟認定局で審問をかけてみますかな、新しい聖人が誕生するやもしれません、元首殿、力添え願えますかな」
シレッとした物だ、横っ面にションベンでも引っ掛けてやりたい。
いとをかし、いとわろし。大変赴きの有る事よ。
「聖人認定されたら、素晴らしい事になりますぞ、元首殿。所属は法王庁に移ります、我等は労せず切り札を得られますな、発明関係、特許、それらの収入を考えると、前向きに検討するに値しますな。
ウム、参軍武官との事だから聖騎士任命も良いかもしれませんな、聖人認定よりは現実的だ」
「………つまり法王庁での囲い込みを考えて居られると」
「東亜細亞の清那の格言に、奇貨居くべしと言う名言がありましてな、何分アルニン政府に協力するに、人材は幾らでも必要なのですよ。
我が独立行政市(法王庁)としては」
「猊下、アルなる技官殿は紐付きかも知れないと、そう仰られて居りましたな。教会内部が割れる事になりませんかな」
内務大臣のパノッタ氏である。独立行政市の折衝役でもあり、この中では法王庁の内情に明るい。
「おお、そうでした、そうでした。危うく聖下に無用な心労を御掛けする所でした。
感謝しますぞ、パノッタ殿」
本当にシレッとした坊様だ、内務大臣のパノッタ氏が独立行政市の折衝役としたら、このマカロフ猊下とやらはアルニン政府との折衝役だ。
マカロフは生粋の坊主では無く、元はアルニン政府に籍を置いた執政官の一人だ。
レオンの親父はパルト市街の終身執政官に住民から推されたが、マカロフは大都市のナントカ州の主執政官として行政を采配していた。
任期満了と共に法王庁にスカウトされたのだ。
なので、宗教家と言うよりは、政治臭い坊様なのであった。
「まあ、猊下、アル殿はアルニン政府で預かりますので、聖下の御心を煩わせる事も有りませんよ」
まるで化かし合いだ。
話は違うがナントカ州は別に巫山戯た訳では無く、本当にそんな地名だ。ワインの名産地である。
値段もそこそこでとても美味い。
100話到達です。武侠の方で達成しているので何ですが、感無量です。