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それぞれの特技

「お邪魔します。貝さん、持ってきましたよ~!」

「やった! 福田さんありがとうございます!」


 十二時を過ぎた頃、笑顔でやって来た福田を部屋に迎え入れる。随分と荷物が多い。


「並べ切れないだろうから、ホテルの方でもう一つテーブルを用意してもらいました。――あっと、こちらは……?」


 部屋の奥で控えめに立っている絵里を見て、福田は驚きと疑問の混じった表情で二人を交互に見た。


「……えっと、どうも、瀬田といいます」

「ああどうも、僕は福田です……」


 取りあえず挨拶を返すものの、状況が掴めずぽかんとしている彼に説明してやる。


「絵里さんはここのホテルに数日前も泊まってたんですけど、その時に仲良くなったんです。一旦は帰ったんですけど、ついさっき再会して。せっかくだから呼んだんです。ですよね、絵里さん」

「うん。……すみません、急にお邪魔しちゃ――」

「あっ!」


 ぱっと目を見開いたかと思えば、福田の表情が和らいだ。


「覚えていますよ、確か、貝さんと出掛けてましたよね?」

「あ、はい。それ、私だと思います」

「福田さん、私達が神社に行くの見てたんですか?」

「――あ、いや」


 福田は言葉を濁すと、稀の視線をかわすようにしてテーブルに料理を並べ始めた。


「ホテルから出るところを見掛けて。宿泊客が少なかったのもありますけど、島だとお客さんの行動とか、意図せず把握できちゃったりするんですよ。部屋の清掃もしないといけないですし」

「……? それは、確かにそうですね」


 何だろう、今の間と表情は。

 気のせいだろうとも思えたが、彼が初めて見せた素振りが妙に気になってしまった。

 どうして見ていたことを一度否定したがったのだろう。見ていたという事実を隠したい? だとしたら数日前、海に出てきたのは稀を見掛けたからだなんて言わなければよかったのに。……いや、今の態度は恥ずかしがっているとか、そんなふわふわとした感情ではなかった。恥ずかしがって焦っているというより、何かを危惧していたように見える。


「あ、私さっき早く着いちゃって。ホテルの方が優先して部屋を掃除してくださったんです。ご迷惑をお掛けして、すみません」

「ああ……いえいえ、大丈夫ですよ。夏なんか海水浴のお客様もいらっしゃるので、午前中に到着される方も多いんです。島に着いた時にお名前を確認させてもらっているのは、そういう意味もあるんですよ。お気になさらずゆっくりしていってください」

「すみません、ありがとうございます」


 稀が二人の会話を横目に思考している間にも、福田によって次々とテーブルに料理が並べられていく。


「凄い……」


 思わず絵里がそう呟いたが、稀も頷かずにはいられなかった。

 丁寧な盛り付けは女子が喜びそうなものばかり。季節の花や葉っぱなんかが可愛らしく添えられていて、彩りも良く、皿もわざわざ選んだのが分かる。その本格的な見た目は文句のつけようがない、立派な懐石料理だ。そりゃあ荷物が多くなるわけだ。


「――これでよしっと……どうですか? お造りと、あら汁でだしを取ったすまし汁、それから茶碗蒸し。天ぷらとちょっと迷ったんですけど、白身魚はわさび醤油で楽しんだ後にお茶漬けにして召し上がって下さい。お供にと思って、お酒も用意しておきました。あとは……そう、せっかくだからデザートも作ったんですけど、多めに持ってきて正解ですね。冷蔵庫に入れておくので後でお二人でどうぞ」


 一つ一つ丁寧に説明していく彼は、先程とは打って変わって自信に満ち溢れている。魚を捌くのが上手いというより、料理そのものに自信があったのだ。


「……ここまで本格的なものだとは思ってなくて。どうしよう、お返ししようにも」

「貝さん、そんなの気にしないでください。僕のは見よう見真似ですし。……それに、こうやって誰かに作るのは初めてだったんですけど楽しかったんです。思わず張り切っちゃいました。だから遠慮せず、瀬田さんも」

「すみません、急にお邪魔したのに……。ありがとうございます、いただきます」

「食器はこの箱に纏めて入れて置いてもらえれば、清掃の時に僕が回収しに来ます。じゃあ僕はこれで。どうぞ、ごゆっくり……!」


 福田はさわやかな笑顔を置き土産に、颯爽と部屋を出て行った。


「福田さん、凄く親切で素敵な人だね」

「そうなんですよ、ちょっと困っちゃうくらいで」


 絵里はすっかり彼のペースに呑まれているようだが、稀はさっきの事もあって去り際の笑顔がどうしても胡散臭く見えてしまう。しかし、そもそも会ったばかりの彼に隠されて困るような事など見当もつかない。それに今は目の前の料理の方が気になる。


「わあ、イワシに振りかけられている黄色いのって、もしかしてゆずかな? ん~、いい香り……! じゃ、さっそく食べましょうか。これだけあれば二人で食べても満足できそうですね」

「うん、本当に。ありがとう」

「私に遠慮なんかしないでくださいよ、誘った意味が無くなっちゃう。あっ、お箸……っと、さすが……! ちゃんと予備がある」

「福田さん、準備が良いね……。 えっと、それじゃあ、御馳走になります……!」




 ***




「あっ、あれって」


 絵里が指差したのは、机の上のスタンドに立て掛けてある御守りだ。神社から帰って来たあの日から今日まで、結局そのままになっていたのだ。


「ああ、仕舞っておくのも何だかなって思って」

「……稀ちゃん、どう? そういえばスランプだって言ってたよね」

「――うん、そう。なんですよ」


 米一粒残らず綺麗に平らげて、食器を片付けた二人は一息ついていた。絵里は邪魔にならないよう退散すると言ったが、稀からしたらそれが困るのだ。絵里を部屋に待たせ、下の階から将棋盤を拝借して来るとそれを口実に彼女を繋ぎ止めた。

将棋はルールを知っている程度でしかないが、いくらでも長引かせられるのは知っている。


「実は私、吸血鬼の話を書かなくちゃならないんです。それで絵里さん、協力

 してもらえないですか」

「――え? 私?」

「難しいことじゃないです。好きなこととか、嫌いなこととか、幼少期の思い出とか。思い付いたこと何でも教えてください」

「……話すのは構わないけど、でも、私なんかの」

「何言ってるんですか、絵里さんだから頼んでるんですよ。というかもう、私の中では絵里さんを書くって決めちゃってるんです」

「えっ? ……稀ちゃん、もうちょっと考えた方がいいんじゃないかな。私じゃ何も思い浮かばないよ」


 びっくりして体の動きを止める絵里は心底困っているのが分かる。しかし稀にとって彼女の意思は関係ないのだ。


「でも絵里さんが協力してくれないと、いつまでも書けないんですよねえ。――邪魔はしないって、絵里さん言ってましたよ?」

「え? そ、そういうことじゃ、えと、私……。邪魔しちゃ悪いから、そろそろ部屋に戻ろうかな――」


 視線を目一杯逸らしながら腰を浮かせ掛ける絵里の手首をがちっと掴んで、有無を言わせず引き留める。衝撃で盤上の駒が一斉に滑っていった。


「駄目です。本当は食事中も勝手に探ってたんですけど、何だか申し訳なくなっちゃって。絵里さんだから正直に話したんです。小説の出来を心配してるなら大丈夫ですよ、ちゃんと私が調理しますから」

「えーっと……」

「……ああ、せっかく絵里さんが優勢だったのに、これじゃあもう分からないですね。しょうがない、次は将棋崩しやりません?」

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