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女二人

「じゃあ、行きましょうか!」

「はい」

「――はいって。絵里さん私、たった二歳差ですけど一応年下ですよ」


 遠慮気味に返事をする彼女の肩を肩で突っついて、にこやかに笑ってみせる。


「私に敬語なんてやめてくださいよ。明日までの付き合いなんだし、会ったばかりだからなんて気にしても意味ないですよ」

「そうですか……? いや、そっか、貝先生」

「――ふっ、からかわないでくださいよ! 先生なんて普段から呼ばれてません」

「ええ、そう? 稀ちゃん、呼ばれてそう」

「そんなことないですぅー」


 明日には帰るという絵里を誘ってみたが、願ってもない提案だったようで。二人で山の上の神社まで観光に行くことになった。

 絵里の方は女友達と二人で来る予定だったらしいが、用事が出来てしまったとかでドタキャンされたらしい。絵里からしたらホテルのキャンセル料が発生するが嫌で、しょうがないから最初から一人旅の予定だったと割り切ることにしたと。まあ、約束を反故にされてもそうやってずるずると意味のない交友関係を続けてきたのだとしたら、絵里は都合の良い存在だと認識されているだけで健全な関係ではないのかもしれない。

 絵里はドタキャンの理由さえ聞かされていないのだから。




 ***




 島の観光名所である神島神社まで行く方法は二通りある。舗装された道路を車に乗って三分の二ほどを一気にショートカットしてしまうか、時間を掛け山道を登っていくか。

 この島で他にすることと言ったら海水浴くらいで、夏も過ぎ少し肌寒くなった今ではそれもおすすめできない。二人は当然のように山道を登ることを選んだ。そう大きな山ではないし、目的地である神社の鳥居は下からでも確認出来る。きっとみんな登り始める前に鳥居を見上げ、遮るものがない山頂から拝める地平線を想像し期待して登るのだろう。少なくとも稀はそのうちの一人だった。

 特に険しい山道ではないので、水分補給の為に少し立ち止まる程度で順調に歩を進めた。視界がどんどん開けていき、一時間も掛からず気付けば山頂の鳥居が目の前にあった。

 少し朱色が剥げかけている。下から見た時はもっと大きな鳥居だと思ったが、近くで見ればそう大きいものではなかったようだ。鳥居をくぐってすぐ横、簡素な作りではあったがご丁寧に手を清める手水舎がある。


「ふう、ちょっと、疲れた」

「私も、ベンチに座りたいです。取りあえず、さっさと手を合わせておきましょ」


 山頂からの眺めをゆっくり楽しみたいところだったが、それは参拝を済ませてからのお楽しみでいいだろう。二人は山を登ってきた疲れから、口数少なく柄杓(ひしゃく)を手に取った。左手、右手と順に洗えば、ひんやりとした水が手に心地良い。


 がらんがらん――


 音が鳴った方を見れば、先に来ていた参拝者が本殿の前で手を合わせているところだった。(やしろ)は小さいながらも立派で、静観な佇まいが神聖な空気を醸し出している。ホテルで過ごしている時もこの島は静かな空気が流れていると感じたが、信心深いわけでもない稀でもここの空気は他と一線を画しているように思えた。ここでなら今朝会ったホテルの従業員とも話せる気がする。少なくとも心を乱さずに済みそうだ。


 先の参拝客と入れ替わる形で、稀達も鈴を鳴らし参拝する。


 ――さて、どうしよう。


 縁結びの神にお願いすることなど特になかったが、何も言わないというのも味気ない。取りあえず、この島で絵里と一時を過ごせていることに感謝する。

 島にいる間あの強引な青年とは縁を切りたい。そうお願いしてみたいところだったが、残念ながら縁切りは専門外どころか正反対の存在だから無理な注文だろう。結局、稀がここまで登ってきても神様にお願いすることなどないらしかった。しかし、絵里はどうなのだろうか。稀と違って、少なくとも神島神社に興味があったからここを旅行先に決めたはずである。


「あそこのベンチに座りましょ」


 二人は海がよく見える場所に置かれているベンチに腰を落ち着けて、一息ついた。稀は持参したスポーツ飲料水を一口飲んで、濡れた口元をハンカチで拭う。


「いい眺めですね」

「本当、来て良かった」


 二人の前にはどこまでも続く太平洋が広がっていた。地平線が丸く見えるのは気のせいではないだろう。運動靴さえ履いていれば普段着でも登ってこられる山だったが、登ってきたから目にすることのできる景色だ。そう思えば稀も登ってきた意味を見出せた。

 横を見れば絵里が立ち上がって写真を撮っている。確かに一枚くらいは撮っておきたい景色である。稀も隣に並んで写真を撮り、その後自分達も入れた写真を撮った。

 一通り撮影会が終わったところで、気になっていたことを聞く。


「……絵里さん、何をお願いしたか聞いてもいいですか?」

「――え?」

「女友達と二人旅の予定だったんですよね。やっぱり彼氏が欲しい、とか? よかったら教えてくださいよ。スランプ中の私に」


 おどけてみせれば、絵里は困ったようにくすりと笑う。


「う~ん、でも言ったら叶えてもらえなくなっちゃうかも」

「大丈夫ですって、いいじゃないですか。ちなみに私は絵里さんと会えたことを感謝しておきましたよ」

「え! ……あっ、ずるいよ! そう言えば教えてもらえると思ったでしょ!」

「あはは!」


 稀の言うことにころころと表情を変える絵里は、会った時と比べて随分と楽しそうだった。やっぱり一人はつまらないと思っていたのかもしれない。


「やだな、本当ですって。彼氏も欲しいと思ってないし。そもそも私は縁結びの神様に用があって島に来たわけじゃないですから。小説を書いてるって言ったでしょ?」

「そうだけど……。何ていうか、口が上手いなあ」

「そうですか? 本当のことを言ってるだけですよ」

「…………」


 えーとかうーんとか言いながらちょっと悩んでいた絵里だったが、稀がベンチを軽く叩いて座るよう促せば話す決心がついたようだ。渋々といった様子で稀の隣に座ると、じゃあ、話すけど誰かに言ったりしないでね、と一言前置きした。

 今日会ったばかりの人の話を一体誰に話されたくないのだろう、共通の友人もいないのに。そう思ったが、要するに二人の秘密にしておいてくれということだろう。

 絵里は足下に目線を落として、ぽつぽつと話し始めた。


「彼氏が欲しいっていうのは、間違ってないけど。……何て言えばいいのかなあ、私、子どもの頃から人付き合いが下手で、友達っていっても同級生止まりっていうか」


 そこまで言って、稀の方を見て苦笑する。


「稀ちゃんみたいにお洒落じゃないし、何か特技とか趣味があるわけじゃないし。でもこのままじゃ駄目だと思って。一生の友達がいないっていうのも寂しいでしょ? そしたら丁度、縁結びの神様がいる島に行きたいって言ってる友達がいたから、旅行の約束したんだけど……」

「――なるほど……」


 神頼みでどうにかなるわけではないが、それでもこの旅行をきっかけに頑張ってみようと思ったところ、急きょキャンセルされて出端をくじかれたということか。

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