【9】ついにやります! 初めての魔物作り!
「……魔物作りと言うのはじゃな」
謎の羞恥心により狼狽え悶絶すること約六時間。
ようやく魔王様が気持ちを落ち着かせ、重い口を開き始める。
「本当に恥ずかしいんだぞ、これは……」
口調から見て、平静を取り戻したと言うにはほど遠い模様。
「お前、我に話をさせる気はあるのか……?」
……睨まれた。
いや、魔王様があまりにも話にくそうだから、ついついですね。
「やっぱり主に対する態度がなっておらん……」
そんなジト目で言われても、こっちも反応に困りまグベッ!
「……これがお望み、のようじゃな?」
……お仕置き、あざーっす……
「破廉恥の度合いが深まってはおらぬか、お前は?」
いえいえ、たぶん気のせいですよ。
段々とこれが魔王様との信頼に思えて楽しくなってる、なんて事は決してありませんってば。
「……怪しいもんじゃな」
信じてくださいって!
なんだかんだで魔王様の愛情も感じま……す、し……あれ?
「あ、あ、あ、あ、ああああ愛情ううううううううっ!?」
え、いや、あの……急にどうしたんですか、魔王様?
裏返った声を張り上げて、魔王様がまた両手で顔を覆ってしまう。
俺はいったい、どんな悪いことを言ったのか?
見当が付かず、ハテナマークが頭の回りでクルクル踊る。
「……城に頭なんてないじゃろ……」
例え羞恥心に縮こまっていても、ツッコミは忘れない魔王様。
やはり愛が感じられる。
「言うなあああああ……!」
……あの、魔王様?
「うう、破廉恥な……恥を知れ……」
さっきからの反応、これって……
「……ちがうもん」
じゃあ何なんですか、ちゃんと説明してくださいよ。
「……わかった」
すっかり声もか細い、聞き取るのも一苦労な小さなものになっている。
まさかこれは、俺が夢にまで見た理想の展開になっていくのか!?
どこかで見たことのある甘酸っぱい感じの流れに、俺の胸は期待で膨らんでいった。
「城に胸なんてないもん……」
……隙のない魔王様のツッコミをオチにして。
「……魔物作りと言うのはじゃな。その……」
ようやく、本当にここまでどれほど時間を掛けたのか。
それでもまだ勿体ぶるように、言葉を濁しながらな魔王様。
「魔物作りは、魔王と魔王城の共同作業……なのじゃ」
……はぁ。
「な、な、な、なんじゃその気のない返事は!? 我が今の言うのにどれほどの決心が要ったと思っておるのじゃ!?」
え? いや、今のの説明のどこに決心を要する部分が?
要は魔物を生み出す部屋とか装置とかあって、そこで魔王様が魔力とかなんかを注いで生み出すんでしょ?
「ま、まぁ、身も蓋もない言い方をすればそうなんじゃが……」
俺の述べた簡潔な説明に、なぜかガッカリするような表情の魔王様。
拍子抜けなのは俺の方なんだけどなぁ……グヘッ!
「……実際にやれば、お前にもわかる」
ねぇ、魔王様。どうしてそんな照れた顔で踏みつけるんですか?
「破廉恥成敗!」
ヌグオホァッ!!
思いっきり上げた足を一気に床に向けて落とし、踵をめり込みそうな威力で叩き付けてから背を向ける魔王様。
な、なんか怒らせちゃって、魔物作りは中止……だろうか?
「我にも心の準備、と言うものがある。そのくらい、察しろ!」
肩越しにこちらを見やりながら、魔王様はそう言い放った。
それから待つこと小一時間。
一向に動く気配を見せない魔王様。
「お前がそうやって延々と、思考を垂れ流すから気になるんじゃろうが!」
いやでも、散々待たされた挙げ句のさらなる焦らしはちょっと……
「あーっ、もう! わかったわよ! なら始めるから覚悟しなさいよ!!」
あ、素に戻ってる。
「いいの、これで!」
……御意。
そして魔王様がこちらへ振り向いた。
俺はその顔を目にして、少しドキッとしてしまう。
今の魔王様の顔は魔王としてのそれではなく、少女のものだった。
「……じゃあ、ちょっと玉座に意識を移動して」
……え、あ、はい。
「なにボーッとしてるのよ。早くしてよね」
わ、わかりました。
素に戻ってるのに、なぜかその言葉には妙な迫力と言うか、有無を言わせぬ圧力があった。
「ん、玉座に行ったわね。なら、始めるわよ?」
俺が玉座に意識を移すと、それを確かめて魔王様がゆっくり歩き寄って来る。
その姿にはどこか妖艶なような、官能的なような、なんともドキドキとさせる雰囲気が漂う。
「ほら、あなただってそうなってる」
言った唇の動きに、俺の視界は釘付けにされていた。
ま、魔王様ってもしかしてサキュバスなのか!?
と思うような、これまでとは違いすぎる女の色香を纏っている。
「こ、この時だけはこうなるのよ……」
恥ずかしがり、消え入りそうな声で言いながら、待たされたは俺の意識が宿った玉座までたどり着いた。
ドキドキ、ドキドキ。
「気が散る。やめて」
すいません……
「ちょっと、意識そこじゃないわよ。そこじゃ踏んじゃう」
玉座の座面、俺の意識がある場所を見下ろしながら魔王様がそう言ってきた。
え?
いや踏むのならいつもやってるんじゃ……
「い、今は別にお仕置きじゃないんだから。背もたれの上の方に行って」
よくわからないけど、はい。
答えて俺は意識を玉座の座面から、背もたれの頭の当たる辺りまで移動させる。
「うん、それでいいわ。じゃあ、行くわよ……」
一旦、瞳を閉じてそう告げてから。
魔王様は片膝を座面に乗せ、背もたれの……俺の意識のある方へと顔を寄せてきた。
え、え、え、え、え!?
ななななな、なになになんなんだ、この展開!?
「あ、そうだ」
狼狽えまくって混乱してると、ピタッと動きを止める魔王様。
とは言え、その綺麗な顔は俺の視界を埋めるほど近くにある。
「名前、教えて?」
はい? 名前……?
「そ、あなたの名前」
いや、名前なんて別に無いような……城、ですし。
「じゃなくて、前の世界での名前よ」
あぁ、なるほど……ってなんで?
「なんででもよ! 早く言いなさいってば!」
はいはい、わかりました。
えー、俺の名前は『尾野真 譲』って言います。
これでいいんですか?
「オノマジョー……変な名前」
言いながら魔王様はぷっと笑った。
「えーと、なんて呼べばいいかしら?」
へ? いや、別に好きに呼んでもらって構いませんが……どうせ城ですし、俺。
「それじゃ味気ないじゃない」
……意味がわからないんですけど。
それなら、ジョーでいいですよ。
「わかった、ジョーね。ジョー、私のことはススって呼んで」
え? なんで?
いやいや、そんな魔王様を名前で呼ぶなんて畏れ多い……
「いいから。それにいつもじゃなくて、魔物作りの時だけ、だから」
はぁ、それならまぁ。
「じゃ、改めて行くわよ。私が呼んだら、あなたも私を呼んで。それだけでいいから」
了解しました。
「ん、よろしい」
にっこり笑って、そして魔王様が俺の名前を呼んだ。
続けて俺が魔王様を、ススと呼び返して。
瞳を閉じた魔王様の顔が近付いてくる。
「おいで、私たちの子よ……」
呟きながら背もたれに、ピトッと魔王様の額がくっ付けられた。
そして、何かが俺の意識の中に流れ込んでくる。
いや、俺の中の魔力と魔王様の魔力なのか、これは?
二つがぶつかり、そして絡み合うように蠢いて一つになっていく。
「出るわよ……ジョー」
ススが何かを感じ取っているのか、そう告げる。
そして、俺たち二人の真上に力が昇り宙空で凝縮していって、やがてそれが弾けた。
「生まれたぞ、ジョー」
ススの呼ぶ声。白くなっていた意識が、その声に導かれるようにゆっくりと、覚醒していく。
「我とお前の生み出した、初めての魔物じゃ」
いつの間にか、スス……いや、魔王様の口調も魔王のそれに戻っていた。
って、うお!?
「な、なんじゃ!? いきなり!?」
あ、いや、間近に魔王様の顔があったから。
「なんじゃ、そんなことか。儀式を終えたばかりなんじゃから、当たり前じゃろうて。それより見よ」
魔王様は少し呼吸を荒げ、顔も少し紅潮させてはいるものの、見た目としては普段の魔王様に戻っているようだった。
「ジロジロ見るでない。我をまた不機嫌にさせるつもひか?」
あ、すいません。
で、えっと……
「上じゃ。我とお前の真上を見るのじゃ」
真上、真上……これは!?
魔王様に促され、視覚を見上げるように動かすとそこには光る球体が浮かんでいた。
「これが魔物の源球じゃ。時間を掛けて肉体を生成し、回りの光が注ぎ込まれて魔物へと具現化する」
目を細め、その球体を愛おしそうな顔で見つめながら、自慢げに魔王様が説明する。
母の顔、俺の目には魔王様がそう見えた。
「何を言っておる。我とお前の生み出した、初めての魔物じゃぞ?」
俺の思考を読み取って、今度はこちらを見つめながら言う魔王様。
儀式の前に俺が感じたドキドキ感が、再び襲ってくる。
俺を見つめる魔王様のその顔は、なんて言うか……女、の顔。
そんな風に思ってしまった。
「魔物を作ると言うのは、そういうことなのじゃ。だから我はあれほどまでに躊躇い、羞恥に身悶えしたということでな」
……何となく、今ならわかる気がする。
要するに魔物を作る、生み出すと言うのは子孫を増やすようなものなんだろう。
「まぁ、元々の予定通りの城が出来ておるなら、我もあそこまでは狼狽することもなかったんじゃがな……」
それ、どういうことですか?
「本来の魔王城と言うもの、お前のように豊かな感情などないでの。魔物作りも淡々とした儀式でしかないんじゃよ」
はぁ、わかるようなわからないような。
「……鈍い奴じゃの。お前との日々のやり取りが、割れに奇妙な感覚を生んだせいじゃ、と言うておるのに」
んん? ……あ!
「言わずとも良いぞ。それにお前の思ってるようなものとは、ちと違うでな」
あ、違うんだ。
どう違うのかはよくわからないが。
「魔物を作ると言うのは、かなりの集中力を要するのじゃ。で、本来あるべき魔王城と言うものは言わば城主の分身のようなもので、そこに妙な気持ちなどは生じ得ぬものじゃ」
はいはい。
「じゃが、我が城は何の因果か別世界の人間の魂が入り込み、我の分身とは呼べぬ城となってしまった」
まぁ、そうなりますよね。
「それで我は困ってしまった。我ではないものとの精神の集中、その同期は困難になると思ったでのぅ」
あ! なるほど、そういうことか!
つまり、簡単には言えば息を合わせるやり方で問題が出てしまったと。
「うむ。その通りじゃ。そしてこうなってしまっては、城……つまりお前に対する我の、その……気持ち、と言うものも大きく関わってくるようになってしまう」
と、言いますと?
「簡単なことじゃ。気が乗らねば良い魔物は作り出せぬ。嫌いな相手となど、良い仕事はできぬであろ?」
あー、あー、はいはい、わかりますわかります。
「しかし我の方からそのような説明をするのも、何となく気恥ずかしくてな……」
……まぁ、そりゃそうなりますね。
「それで頭を悩ませ、とりあえず魔物作りについては保留としておったのじゃが」
そういう理由で説明を、先伸ばしにしていた訳ですか。
わかってみれば、意外と呆気ない理由だった。
いやでも、別にそんなに説明しにくいことでもないような気が。
「じゃからお前は鈍いと言うておろう。城に宿ったのが元・人間と聞いて、我は人間についての知識を調べたのじゃ」
いつの間にそんなことを。
「寝室に行った時じゃな。ほれ、お前が退屈で発狂しておったあの時の」
あー、あの時ですか。
だから覗くなって……
「そうじゃなくても覗くなよ」
……御意。
「まぁ、そういうことじゃな。それで人間での魔物作りに似た行為などは何かと調べていたんじゃが……」
……あ。
「……わかるじゃろ、我のあの態度が何かしら来るものか」
はい……今さらながらよーく思い知りました。
「それを知ったしまった以上、余計に気持ちを合わせるのが難しくなってしまってな。
我もまだお前を信用しきれてはおらんかったのでのぅ」
信用されてなかったんですか……ちょっとショックです。
「まぁ、それはいいとして。しかしあの戦いと、そのあとの我への気遣い。あれで我はお前を……し、信頼できると思ったのじゃ」
どもらないでください、魔王様。
そこで変な態度になられるとこっちもこっ恥ずかしくなります。
「えぇい、余計な茶々を入れるな! で、精神を一つにするのに、お互いの名前を呼び合うと言うのを思い付いた訳じゃな」
ふむふむ、そういうことでしたか。
「そういうことじゃ。……おぉ、見よ城よ。もうすぐ我とお前の初めての魔物が姿を現すぞ!」
『我とお前の初めての』の言葉に妙にドキドキしながらも、俺も球体を見上げれば大きな変化が起こっている最中だった。
収縮した球体の奥から、何かの形が輪郭を成していく。
「出るぞ!」
ついに生み出された魔物が、俺と魔王様の前にその姿を現す瞬間が迫っていた。