【7】初めての戦い、そして
「どどどどどっ、どうしよう我が城よっ!?」
侵入してきた人間三人を認識した途端、これ以上ないほどに狼狽した声を挙げる魔王様。
いや、あの魔王様。
あなた魔王なんだから、もう少しどっしりと構えてくださいよ。
「そそそそそっ、そんなこと言われても、わわわわわわわっ我も城に人間が来るのなんて、初めてだもん!!」
魔王様、口調が素に戻りかけてます。
「えーいっ、そんな余計なことを言う暇があったら早くなんとかせぬか!!!」
イデッ、ウガッ、ンギッ!
そんなにガンガン踏みつけられたら、痛くて対処どころじゃありませんって!!
「お、おぉすまぬ……とにかくどうにかするのじゃ」
なんてやり取りをしている間にも、人間三人は城の入口まで来ていた。
風体から察するにこれは……どうやらどこかの兵士のようだ。
「ちょっとちょっと、入ってきちゃうってばぁっ!! 早く何とかしてしてよっ、怖いよっ!!」
……魔王が怖いって言うのを聞いたのは、恐らくあっちの世界でもこっちの世界でも俺が初めてなんじゃないだろうか?
すっかり怯えた表情で狼狽え、忙しなく右往左往する魔王様を眺めながら、俺はそんなことを思っていた。
「いいからどうにかしてよぉぉぉぉぉっ!?」
とにかく落ち着いてください、魔王様。
何か侵入者を撃退するのにいい能力は無いんですか?
「ちょちょちょ、ちょっと待ってて! 今検索するから!」
そんな風邪ひいた時に慌てて、インターネットの検索エンジンで治し方探すみたいな……
「だだだだだだっ、黙っておれれれれれっ! しゅしゅしゅしゅっ、集中できんではななななななないかっ!?」
早くして、魔王様……
それから頭を空っぽにして、邪魔しないようにしながら待つこと二、三分。
「あった! これじゃ!!」
ぱぁっと顔を輝かせて魔王様が声を上げた。
それで、どんな方法ですか?
急いでください、侵入者は一階の部屋を一つ一つ調べてます。
「嘘!? もうそんなことまでしてるのっ!?」
いいから、策を早く!
「あああ、わ、わかった。えっとね、廊下の壁に掛けられた魔力の灯りから、近付いた侵入者に対して魔力弾を撃つの」
この際、魔王言葉を忘れてるのは不問にするとして……
魔王様の教えてくれた方法は、かなり効果的な予感のする能力なのは確かだった。
ではさっそくそれを使いましょう。
どうやればいいんですか?
「よし、わかった! やり方は……」
って、やり方は今から調べるのかよ!?
一緒に調べとけよ、二度手間ホゲッ!
「……黙ってて」
涙目になりながらでもしっかりヒールスタンプする魔王様、さすがです。
意識を侵入者の方に向けると、一階の半分ほどを調べ終わったところだった。
城に入ってすぐの広間に戻ると、何やら言葉を交わしている様子。
何を話しているのか、俺は意識を侵入者のそばまで近付けて聴覚を澄ませた。
「何もないな」
「こんな場所に突然現れたから、魔物の城だと思ったんだが……」
「まだ油断はするな。この先何が出てくるかもわからない、慎重に調べるぞ」
まだ若い二人の拍子抜けした言葉を、二人よりも少し歳上に見える男が嗜める。
「「はっ! 了解です、隊長!!」」
歳上の男に、若い二人が敬礼し返事をした。
どうやらこの辺りを巡回でもしていた、どこかの兵士たちなんだろう。
「では引き続き城内の探索をしていく。各人、周囲への警戒は怠らぬように」
「「はっ!」」
隊長と呼ばれた男が号令を掛け、再び三人が城内の探索へと動き出した。
どうやらあまり、のんびりしている時間も無さそうだというのは、俺でも理解できた。
意識を玉座の間へと急いで移動させていく。
そしてそれほど時間を掛けず戻ると。
「……一人にするなぁ……」
玉座に膝を抱えうずくまり、ちんまりと座った格好の魔王様が、涙目で恨みがましく俺にそう言った。
「まったく、我に何も言わずに侵入者の様子を見に行くとは……」
ふんぞり返っていつもの調子で俺に文句を言う魔王様。
その姿勢が泣いて赤くなった目を見せない為なのと、声が鼻声になってるのは気にしてはいけなイデッ!
「余計なことを考えるでない」
それでやり方はわかりましたか?
「うむ、ちゃんと知識にあったのを見つけておいたぞ。お前がいつまでも戻らぬせいで、我も動けなかったがのぅ」
はい、それはあいすみません。
とにかく早速、侵入者の撃退に取りかかりましょう。
「そうじゃな。まずこの能力を発動するには、魔力弾を撃つ仕掛けのある場所に、我自身が行かねばならぬ」
え、それって危なくないですか?
「じゃから急いでやらねばならぬのじゃ。仕掛けはとりあえず、二階の廊下に備え付けようと思う。
侵入者が一階の探索をしている内に素早く行けば、なんとかなるじゃろう」
まぁ、それなら大丈夫ですかね。
では早速、始めましょう魔王様。
「うむ。お前は侵入者の動向を監視して、我に知らせて来い。よいな」
御意に御座います、魔王様!
「では行動を開始する!」
力強い号令を合図に、俺と魔王様は侵入者撃退の為の作戦を開始した。
「こっちの廊下も何もないな」
「魔物の一体すらもいないなんて、逆に不気味な感じですね」
「カエーブ、ビエッカ、気を抜くんじゃない。どこに何が潜んでいるか、わからないんだからな」
「「はっ、シージョ隊長」」
一階には四本の廊下がある。
兵士の三人が今いるのは城に入ってすぐの広間から分かれた四本の廊下の内の、左から二番目の廊下。
何も起きないことに気を抜きそうになる部下を、すぐさま隊長が注意し気を引き締め直させる。
この隊長が手強いということは、この世界をまだよく知らない俺でもわかるほどだった。
「よし、次は奥の左手の部屋だ。慎重に行けよ」
「わかりました!」
隊長の指示で部下の一人が部屋の扉をゆっくりと開いていく。
しっかりと警戒をしながら内部を窺い、何もないことを手の動きで隊長へと伝えた。
「いったい、ここはなんなんだ……?」
一向に何も起きない城内の様子を不審がり、隊長は疑問の声を漏らす。
慎重に行動してくれるお陰で、二階へと来るのにはまだ時間的な余裕はありそうだ。
三人が次の部屋を調べようと動くのを確認してから、俺は報告の為に魔王様の元へと意識を移動させた。
「おぉ、どうだ城よ? 侵入者の様子は」
今のところは一階の探索を慎重にしてるみたいなんで、もうしばらくは大丈夫そうです。
魔王様の方はどうですか?
「うむ、玉座の間を出てすぐの魔力光に仕掛けをしたら、我が撃たれてしまっての」
……はい?
「おかげで玉座の間に戻れなくなってしまった」
あの、魔王様?
「ん、なんじゃ」
その仕掛けも、撃つ相手は選べないんですか……?
「……たぶん」
……その答えに、俺は絶句することしか出来なかった。
じゃあ、解除する方法とかは……?
「そこまでは見てなかったな、言われてみれば」
魔王様ああああああああああ!!
どうしてしっかりと確認をしないんですかあああああああああ!?
「えぇい、やかましいわ!! 我だって必死なんだぞ!?」
思わず思考で絶叫する俺に対して、魔王様の上げた怒鳴り声が廊下に響き渡った。
その瞬間、一階からそれまでとは違う感覚が伝わってくる。
……まずい、連中に今のを聞かれてしまったか!
「なななっ、なんじゃと!? おおお、お前が余計なことを言うから!!」
魔王様、今はそれどころじゃありませんって!
とにかく階段の手前まで行ってください!!
「ええええっ!? でもでも、そうしたら侵入者が……!!」
階段の方からこっちに向かいつつ、魔力光に仕掛けを施すんですよ!
そうすれば足止め出来ますから!!
「な、なるほど……お前、意外と頭がいいな」
褒めるのは後! 今は一刻を争いますから急いでください!!
「わ、わかった」
俺の声に従って魔王様が階段に向かって走り出した。
俺は侵入者の様子を見てきます、魔王様も急いで仕掛けを施してくださいね!
「うむ!」
そして俺の意識は一気に兵士三人の元へと飛んでいく。
「いいか、お前たち! 決して無理はするなよ!」
「「はっ!!」」
視界が三人を捉えた時、彼らは武器を構え広間へと急ぎ足で戻ろうとしているところだった。
思ったよりも行動が速い。
やはり隊長が優秀なせいか、その動きには無駄が見られなかった。
周囲への警戒も怠らず、それでいて迅速なスピードで城の入口付近の広間まで進んでいく。
くそっ、俺が余計なことをしたせいで魔王様を危険に晒すなんて……
せめて城内を警備する魔物でもいればよかったのだが。
無い物ねだりに意味はない。
兵士たちが二階へと進撃するのを確認した俺は、再び魔王様の元へと戻っていった。
「じょっ、状況は芳しくないようじゃな」
戻った俺を感知した魔王様が、焦りの色を浮かべながら言う。
幸い、手間取ることはなく順調に仕掛けは施しているようだった。
だが、準備が出来ているのは階段から玉座の間に向かう三つほどのみ。
極めてこちらに不利な状況と言わざるを得ない。
とにかく落ち着いて、しっかりと仕掛けを整えてください魔王様。
「わかった……よし、これで四つ目じゃ」
残るは五つ、いや玉座の間手前は既に仕掛けが出来ているから四つか。
さぁ、次に行きましょう魔王様。
「うむ」
俺が言って、魔王様が返事をした瞬間。
「何かいるぞ!」
予想を遥かに越える速さで、兵士たちが階段の下から顔を覗かせた。
まさか、こんなに早く来るなんて!?
「うわああああ! 人間キター!!」
想定外のことにまるで有名なネットスラングのようなセリフを発する魔王様。
そんなことをしている間にも、兵士たちは階段を駆け上がって来て……
「女……?」
怯える魔王様の姿を見つけ、兵士の一人……カエーブが訝しげな声を漏らす。
魔王様、相手が戸惑っている今の内に奥へ!
「わわわ、わかった!」
「あ、待て!」
「止まれ、カエーブ! 恐らく奴は魔物だ」
「なんですって!?」
「ここは一先ず慎重に様子を見て……」
冷静な判断力で部下を制するシージョ隊長。
カエーブはそれに従い、立ち止まってこちらの様子を窺い見る。
が、もう一人はそうではなかった。
「だったら追って倒さないと!」
「待て、ビエッカ!」
血気に逸ったか、或いは功を焦ったか。
兵士の一人ビエッカはシージョ隊長の制止を聞かず、魔王様に向かって走り寄ってくる。
「わああああっ、キタキタキタキタ、こっちキター!!!!!」
近付いてくる外敵の姿に魔王様はパニックになり、後ろを向いた格好のまま走りながら、情けない悲鳴を張り上げた。
「フギャッ」
そしてそんな不安定な姿勢だったことが災いし、足をもつれさせ前に転んでしまう。
「魔物めっ、覚悟ーっ!!!」
万事休す!
倒れた魔王様を目掛けて、構えた槍を振り上げ飛び込んでくるビエッカ。
「迂闊に近付くな、ビエッカ!!」
シージョ隊長の制止の言葉にも、ビエッカは振り向きもせずに駆けてきて。
「ギャアアアアアアッ!!!」
そして、発動した迎撃魔力弾に撃たれて後ろに吹き飛んだ。
「ビエッカーッ!!!」
カエーブが叫ぶ。
そのままビエッカの身体は、廊下の床に叩き付けられ転がった。
「あ……たす、かった……?」
身体を起こし、後ろを振り向いて魔王様が呟く。
まだです、魔王様!
急いで立ってください。
「う……うむっ」
俺に促され、慌てて魔王様が立ち上がる。
その間、後方では床に倒れて動かないビエッカの元へ、シージョとカエーブの二人が駆け寄っていた。
「……駄目だ、ビエッカはもう……」
「くっ!」
仰向けのままピクリとも動かないビエッカに触れ、シージョの口から出たのは絶望的な一言だった。
隊長の告げた仲間の死に、カエーブは顔を歪めて呻き。
「よくもビエッカをおおおおおおおっ!!」
「やめろカエーブ!!」
激情に駆られ、物凄い剣幕と勢いで魔王様に向かってくる。
シージョの制止にも耳を貸さず、両手で握った剣を振り上げて。
「ぐあああああああああっ!!!」
「っ!!」
ビエッカと同じく、発動した迎撃魔力弾に身体を撃ち抜かれる。
その光景にしかめた顔を背け、声にならない声を漏らすシージョ。
吹き飛び足元に転がってきたカエーブを見下ろし、険しい表情で歯軋りをした。
「あ……あ……!」
魔王様が、呆けた声を漏らす。
一度は立ち上がっていた魔王様だったが、カエーブの突進に驚いて尻餅を着いていた。
魔王様! 早く立ち上がってください!
「わ……我は、こんな……こんなつもりは……」
怯え、狼狽した様子でうわ言のようにいう魔王様。
一方、シージョ隊長は足元で倒れ、動かないカエーブを見つめたまま立ち尽くしていた。
確かめるまでもなく、カエーブが息絶えているのは俺でもわかる。
胸の真ん中には穴が空き、そこから吹き出した血が床に広がっていた。
シージョが一旦目を閉じる。
恐らく、目の前で命を落とした部下二人への黙祷。
魔王様、なにをしてるんですか!?
早く奥へ!!
「ま、まだ……殺すつもりなんて……無かった、のに……」
だが俺の呼び掛けにも反応することはなく、魔王様はただひたすら目の前の状況に震えるばかりであった。
「許さないぞ、魔物よ……!」
短い黙祷を終え、目を開いたシージョが静かに……そしてとてつもない殺気を込めた声で言った。
その顔に浮かんでいるのは怒りと、悲壮。
全身から放たれた気迫に、廊下全体がビリビリと痺れたような錯覚に陥る。
「覚悟しろ……はあああああっ!!」
静かに言いながら腰を下ろし手にした剣を中段に構えると、一拍の間を置いて気合いの声と共に床を蹴り、魔王様に向かって突進を掛けてくる。
近付いたシージョを感知し、魔力弾の仕掛けが発動する。
が、放たれた魔力弾をすんでのところで身体を少しずらしただけで避けるシージョ。
俺の全身を言い知れぬ悪寒が走った。
「うおおおおおおおっ!!!」
次々と撃ち出される魔力の弾を、全て避けながらシージョが魔王様に接近していく。
魔王様!!
思考で俺が発した叫びにも、魔王様は時間が止まったように微動だにせず。
尻餅を着いたままの魔王様に向かって、シージョが床を蹴って飛び上がり、空中で剣を振り上げる。
やめろおおおおおおおおお!!
思考で制止の声を爆発させるが、俺には何をする事も出来ずに。
「いやああああああああああっ!!!!」
魔王様の絶叫が廊下を震わせた。
次いで聴こえる、何かが破裂するような大きな音。
そして魔王様の身体の上に、赤い何かが降り注いだ。
金属が壁に当たる鋭い音に続いて、シージョの手にしていた剣が廊下に落ちるのが見えた。
何が起きたのか。
すぐに理解する。
辺りに充満する、何とも言えない血と肉の生臭さ。
尻餅の格好のまま、両手を斜め上に伸ばした魔王様の姿。
どこにも見当たらないシージョの姿。
代わりに魔王様の周囲に広がった、大量の血と肉片。
それらが物語っていたのは、あまりにも単純な解答。
絶叫と共に放たれた魔王様の魔法が直撃し、シージョの肉体は文字通り粉々になったのだ。
「あ……あぁ……」
全身にシージョの血を浴びた魔王様が、己の両手を見つめて呻く。
だがその瞳はどこも見てはいなかった。
「わ……私は、私はただ……こんなつもりじゃ……」
自分のしたことを受け入れられず、誰に言うでもなく弁解の声を漏らして震えている。
そして。
「きゃああああああああああああ!!!」
精神が限界に達した魔王様が、これ以上ないほどの悲鳴を上げ、そしてその場に崩れ落ちた。
魔王城、初めての戦いはこうして幕を閉じた。