【22】儚い抵抗、最後の約束
「ねぇ、ジョー」
落ち着いたところを狙い済ましたキュバースと、トファースの奇襲が始まった頃。
他には誰もいなくなってしまった玉座の間で、魔王様が俺の名を呼んだ。
なんですか、魔王さ……スス?
普段通りに呼ぼうとして、口調が素だったことに気付き俺も名前で呼ぶ。
「人型になってもらっても、いいかな……?」
これまでに聞いたことのない、控えめで遠慮がちな口調でススが訊ねてくる。
意識を集中し、俺は人の形を成した。
「これで、いいのかスス?」
「ありがとう、ジョー」
ススが椅子から立ち上がる。
そのまま飛び込むように、俺の身体に抱き着いてきた。
「……スス?」
「私たちって、なんだったんだろう?」
悲しみのこもった声で、問いかけてくる。
俺は何も言わずに、ススの身体を抱き締め返して。
「どうして、魔王になんかなっちゃったんだろう?」
胸に顔を埋めながら、再び問いを口にする。
いや、それは問いではなくて、ただの独り言のようなもの。
自分に与えられた運命に、意味を見出だそうとして出た言葉。
「俺に出会う為だった、ってのはダメですかね?」
「……バカ」
俺の言葉に、完全に顔を埋めてススが呟く。
俺としては本気でそう思ってるんだけどな……
思ってたら、ススの口から出たのは。
「今ぐらい敬語やめてよ……」
そんなお願いの言葉だった。
「はい、もう一回言って」
まるで普通の、甘えん坊な女の子みたいにそう要求してくるスス。
それがなんか可笑しくて、つい笑ってしまうと彼女は少し怒った顔をして俺を見上げ。
「私だって半分人間なんだから、普通の女の子の部分もあるよ」
と言ってきた。
それを見て、俺の心に彼女を愛しいと思う気持ちが広がっていく。
こんな状況なのに、目の前まで敵が……『勇者』が迫っていると言うのに。
今のこの瞬間を、永遠にしたいとさえ思ってしまう。
「私も、おんなじ気持ち……ね、もう一回さっきの言って?」
俺の思考は読まれてる。
だからなのか、ススの顔は恥ずかしさからか真っ赤になっていた。
それでも、ススは顔を背けることもなく俺をまっすぐにじっと見つめ、言葉をせがむ。
ススの身体を強く抱き締め、耳元に口を寄せて俺は口を開いた。
「俺と出会うためにススは生まれた、それじゃダメか?」
「ううん、それで十分。それだけで、私は魔王になって良かったって思える……」
そのまま二人、強く抱き締め合う。
玉座の間の扉の向こうからは、激しい戦いの音色が響いてくる。
「ね、ジョー」
不意に俺の名を呼んで、ススが身体を離した。
「なんだ、スス?」
上目遣いにこちらを見つめるススに、俺もまっすぐに見つめ返しながら聞く。
ススは少し照れたような顔をしながら。
「人間の、恋人同士がすること……したいな」
考えていることはわかったものの、実際にその言葉を聞くと胸がドキッと弾んだ。
いや、城だから……
「キスして、ジョー」
一人ツッコミを遮ってススが言い、目を閉じ顔を寄せてくる。
俺は考えるのを止め、何も言わずにそっとススの唇に自分の唇を重ねた。
接吻をしたまま、頭の中にこの世界に来てからの出来事が浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
これまで見てきた色んなススの姿。様々な表情。喜怒哀楽に満ちた二人のやり取り。
そのどれもが懐かしくて、楽しくて、そしてかけがえのない大事なものだと思った。
重ねた時と同じように、そっと唇を離す。
そして目に入ったススの顔、瞳からは涙をこぼしていた。
「嬉しいんだよ、ジョー。これで私たち、恋人になれた」
「うん……そうだな」
泣き笑いで言ったススに、俺も頷いて。
「スス、ずっと一緒だから」
「離さないでね、ジョー……」
最後の約束を、俺たちは交わした。
「しつっこいね!」
影から影に出入りを繰り返し攻撃をしながら、キュバースが毒づく。
最初の奇襲、その矛先はリプトスだった。
だが、その攻撃を防いだのはザーディ。
一瞬にして魔力を感じ取ったのか、リプトスの前に出て張った魔法の盾でキュバースの一撃を受け止めたのだ。
「なんて素早い……! これじゃ反撃が……!!」
その後も繰り返し攻撃を放つも、辛うじて防ぐザーディ。
リプトスもまたキュバースの素早く不規則な攻撃を前に、身動きの出来ない状態だった。
一方、キュバースと同時に奇襲を掛けたトファースはと言えば。
こちらもロフィとオリューアの二人を相手に、互角の戦いを展開していた。
「やるなー、おまえたちー!」
「なんなんだ、コイツ!?」
「デタラメなのに、隙が見えない!」
トファースが持っているのはネラルジェの物よりも巨大な大剣。
それをまるで棒切れを振り回すように、軽々と振るってロフィとオリューアを攻め立てていた。
縦に横に、上から下から左から右から。
予測の出来ない軌道で繰り出される嵐のような攻撃を前に、ロフィもオリューアも受け止めるのが精一杯。
シェイドヌークとの戦いのダメージもあり、トファースの圧力を完全には受け止めきれず二人はジリジリと後ろに退がっていった。
「ほらほらほらほらぁ!!」
徐々に速度を上げながら、ザーディとリプトスの二人へ攻撃を繰り返すキュバース。
その速度に対応しきれず、二人は少しずつ傷を負っていった。
だが、攻め続けるキュバースもまた、その顔からは余裕の色が消えていく。
(さっさと決めないと、こっちが持たないね……)
この決戦の為にキュバースは、魔物を大量に生み出していた。
それは魔力を多大に消耗していることでもある。
さらには、キュバースは既に残った魔力を全て解放していた。
(残り少ない時間、なんとかコイツらだけでも……!!)
キュバースの心に焦りが芽生える。
全ては母なる魔王と、父なる魔王城を守りたいその一心。
さらにスピードを上げて、ザーディとリプトスへの攻撃を苛烈にしていく。
だが、その焦りが一瞬の隙をキュバースに生んでしまった。
「光よ!」
リプトスの声と共に、まばゆい光が生まれ辺りを照らす。
「しまっ……!」
攻撃の直後の離脱、影から影への移動がそれによって阻まれた。
リプトスの生み出した光が、離脱の為に向かった先の影を消し去り、キュバースは壁に着地をさせられてしまう。
「今です!」
「待ってました!!」
着地の反動に一瞬動きが止められるキュバース。
そこへリプトスの合図と共に、ザーディが風の刃を撃ち込んでいく。
避ける為の動きも間に合わず、迫り来る風の刃を見つめたまま。
「きゃああああああっ!!」
全身を引き裂かれ、キュバースが悲鳴と共に床に転がり落ちた。
(ここまで、か……)
身体から力が急速に抜け落ちていく。
魔力全解放の負荷による反動で、大ダメージを負ったキュバースの肉体は滅びを始めていた。
「貴女は強敵でした。ですが、これで終わりです」
掛けられた声に反応し、そちらへと何とか顔を向けると。
力を使い果たしたのかへたり込むザーディと、呼吸を見出しながらも杖を構えて近付いてくるリプトスの姿が、視界に入ってくる。
(……まだ、せめてあと一撃をっ!)
リプトスが詠唱し、目を閉じた瞬間。
「隙、あり……っ!!」
「!?」
自らの影を刃をと化して、リプトスへと放つキュバース。
「うあっ!!」
「リプトス!」
最後の一撃がリプトスの右肩を貫く。
苦悶の声を洩らし、膝から崩れるリプトス。
次の瞬間、ザーディの放った雷撃がキュバースを直撃し、その肉体を灰へと変えた。
「ザーディ!?」
「ロフィ、危ない!」
トファースの猛攻をしのぐ最中、キュバースの一撃に倒れたリプトスに気を取られるロフィ。その隙に容赦なく飛んでくる一撃を、オリューアが割って入り受け止める。
「ぐううっ!!」
だがオリューアはトファースの一撃を受けきれず、その威力に圧され身体ごと吹き飛ばされた。派手な音を立て、壁に叩き付けられるオリューアの身体。
そのままずり落ち、動かなくなってしまった。
「オリューアーッ!!」
自分を庇い、倒れたオリューアに声を張り上げるロフィ。その間もトファースの攻撃は留まることを知らず、ロフィは防戦一方の状態。
「喰らえ喰らえ喰らえーっ!!」
トファースもキュバースと同じく、奇襲を掛ける直前に魔力の全解放をしている。
見た目こそ変わらないものの、全身から溢れ出す魔力は禍々しくうねり、その攻撃も速度も通常とは桁違い。
シェイドヌークとの厳しい戦いの直後だったロフィたちには、それと渡り合うのは困難なものである。
だが……
「! そこだ!!」
「えっ!?」
トファースの怒濤の連打の合間に生じた一瞬の隙、それを衝いてロフィが剣を振り上げる。振り下ろされかけたトファースの左腕が、中ほどから斬り飛ばされていく。
「うわああああっ!!」
上がるトファースの絶叫。痛みにのけぞりながら、ロフィを見る表情がないはずの顔に浮かぶのは、驚愕の色。
なぜ反撃されたのか、トファースには理解が出来ていないようだった。
「はあああああっ!!」
態勢を崩したトファースへ、ロフィが追撃をかける為に突っ込んでいく。繰り出される斬撃を、トファースは残った右手の剣で辛うじて打ち払うが、態勢はまだ崩されたまま。
「くっ、なんでっ、僕の攻撃がっ!?」
トファースは気付いてなかった。不規則で速い攻撃には読みが通じない、だがそれはその勢いを保てていればの話である。
魔力の全解放をしたトファースの力は、時間の経過とともに急速に消耗していた。それに伴い、その攻撃の速度や威力も次第に落ちていた。
その弱まったところを、ロフィは見逃さず反撃してきたのである。
「くっそおおおおっ!!」
たった一度の反撃、そこから完全に形勢逆転し今はトファースが防戦一方の状態になっていた。感情を乱したトファースが悔恨の叫びを上げ、剣を大きく振り上げる。
「そこだ!!」
だがそれは、苦し紛れにしてしまった致命的な隙をトファースに生み出す。千載一遇の機をロフィは見逃すことはなく、一気に懐へと潜り込む。
ロフィの剣から光が発生し、そのままトファースの胴を深く薙いだ。
「つよいね、『勇者』……」
仰向けに倒れたトファースが、弱々しく言葉を口にする。足側に立ち自分を見下ろすロフィへ向けて。
「……お前も強かった。お前と、もう一人……いや、ここで戦ったすべての魔物たちが」
「そっか……それを倒した『勇者』に負けるんじゃ、しょうがないよね……」
ロフィの口にした賛辞に対して、トファースは嬉しそうな声色で言う。既に身体にはほとんど力は残されてはいない。
「でも……!」
「なっ!?」
だがトファースは残された魔力を振り絞る。最後の最後、僅かでも勝利の布石を作る為に。
倒したと思ったトファースの異変に、ロフィの顔に困惑の色が浮かぶ。
「これで僕も、魔王と城を守るんだ……!!」
俺の目にはその時、トファースが笑ったように見えた。
俺と魔王様を守るために、全てを使いきることへの満足感のようなものを感じ取れた。
そしてトファースの肉体から魔力が溢れ、爆発していく。
その魔力が『勇者』ロフィを飲み込み、そのまま破壊を撒き散らしていった。
玉座の間、扉の外から聴こえてきたのは轟音。そして城全体を大きく震わせる衝撃だった。
「ぐっ!」
「ジョー!」
同時に俺を襲う強烈な破壊の衝撃。トファースの起こした自爆が城を破壊したことで、俺自身にもダメージがあった。
「……大丈夫。それよりスス、いや魔王様」
「うむ……わかっておる」
見つめ合いながら交わす言葉に、余計なものは一切ない。俺も魔王様も、言わなくてもわかっていたのだから。
そして、扉がゆっくりと開いていき……『勇者』ロフィが、姿を現した。




