【21】止められない勇者、散り行く子供たち
「そうか……ネラルジェはやられたか」
玉座の間、俺からネラルジェの最期を聞いて魔王様はそれだけを言った。
その顔に浮かぶのは悲しみの色。しかし同時に、確信めいた色も混ざっていた。
「して、『勇者』の一行は?」
城内に侵入、これよりシェイドヌークと衝突すると思います。
「……うむ」
シェイドヌークの力は、ネラルジェと比べればずいぶんと劣ってしまう。
だが、魔力許容量に関しては魔王軍でも随一であった。
「城内の仕掛けも多数ある、上手く事が運べばいいのじゃがな」
信じましょう、魔王様。
「そう、じゃな……我とお前で作り出した子供、のようなものじゃ。信じねばな」
……はい。
きっと『勇者』たちを打ち払うと、自分に言い聞かせるように俺は願った。
「ネラルジェを倒したか……」
城内に入ってすぐ、四本の通路が伸びる広間にシェイドヌークは立っていた。
そして扉を開き、姿を現した『勇者』たちに向かって言葉を放つ。
「よくぞ城の中にまで辿り着いたと褒めてやろう! だが、その勢いもここまでだ!」
身体を開き、高々と声を響かせて言うシェイドヌーク。
彼の後ろには二階へと通じる大階段があった。
「おぬしらの目指す場所はこの階段の先にある。……だが!」
その瞬間、階段の前を魔力で生み出した障壁が塞いだ。
「その先へは、お前を倒せばいいのか?」
ロフィが問う。剣を正面に構えた臨戦態勢になりながら。
他の三人……オリューア、ザーディ、リプトスもロフィに倣って、戦闘態勢に入る。
だが。
「残念ながら、そう単純ではない。この一階には、四本の通路がある」
広間から伸びる通路を腕で一つ一つ示しながら、シェイドヌークは言葉を紡いでいく。
「その先に、この魔力障壁を維持している魔力の水晶が置かれている」
「……それを破壊しろ、ってことか」
「くくっ、理解が早くて助かる。その通りだ」
渋い顔をして訊ねるオリューアに、不敵な笑みを浮かべ返すシェイドヌーク。
「それでは、『勇者』諸君の健闘を祈っているよ!」
高らかにそう言い放って、シェイドヌークはその場から姿を消した。
『勇者』たちにはわからないだろうが、それはシェイドヌークの賭けのようなもの。
姿を消したのは、各通路の先へと行ったからである。
「ロフィ、どうする?」
「通路は四本。俺たちは四人」
「手分けして行く方が速く済むとは思いますが……」
「どの通路も、何が待ち受けてるかわかったもんじゃない、か」
シェイドヌークが消えてから、方策を相談する『勇者』たち四人。
オリューアの推察通り、どの通路にも様々な罠が仕掛けてある。
そしてその先には、自らを四つに分割したシェイドヌークがそれぞれ待ち受けている。
「別々に行って、さっさと終わらせる方がいいんじゃないか?」
「しかし単独行動になれば、それだけ危険は増します」
「アタシは何が来ても大丈夫だけどねー?」
「そうだな……」
それぞれの意見に、思案顔のロフィ。
しばしの間、考えを巡らせるように押し黙ってから。
「……焦りは禁物だ。一つ一つ、確実に進んでいこう」
「わかった」
「はーい」
「わかりました」
ロフィの言葉にみんなが頷き、まずは左端の通路へと歩き出した。
迎撃の魔力光、降り注ぐ電撃の雨、待ち伏せした魔物。
それらの罠を難なく掻い潜り、ロフィたちは通路の最奥にある魔力水晶の置かれた部屋へと辿り着く。
「意外と早かったな。だが、私を倒さねばこの水晶に手を出すことは出来ん!」
待ち構えていたシェイドヌークが言い放ち、ロフィたちへと攻撃を仕掛けていく。
不意を衝く格好だったが、それも予期していたのか効果的な打撃を与えるには至らず。
「おりゃあっ!!」
「ぐぶっ!」
『勇者』たち四人の息のあった見事な連繋の前に、敢えなく倒れ伏す。
四体に分かれたせいで力も四分の一に落ちている、直接の対決ではこうして倒される事は必然だった。
その為の四本の通路であり、罠の数々であったがそれも功を奏する事はなく。
その後、他の通路も然したるダメージを与えるには至らないまま、『勇者』たちは突破していく。
「ここで最後……だが、易々とは終わらぬ!」
最後の通路の最奥、やって来た『勇者』にそう言い放って攻撃を仕掛けるシェイドヌーク。
だがやはり、その攻撃も良い成果を得るには至らず。
「せぇいっ!」
「ごふっ……!」
的確に繰り出された四人のコンビネーションを前に、床に転がり消滅することとなる。
「よし、これで二階に上がれるな」
「ついに魔王とご対面、か?」
「だといいけど。まだ何かあるんじゃない?」
「そうですね、これまでとは比べものにならない守りの堅さですから」
最後の魔力水晶を破壊しながら口々に言う四人。
順調に進んでいることにも決して油断せず、それでも臆する様子もないロフィたち四人に隙は見えない。
ここまでは計画通りだ。
大きなダメージを与えられなかったのだけは悔やまれるが、それも想定の範囲内。
シェイドヌークの仕掛ける最大の罠は、この後に用意してあるのだ。
「よし、行こう」
ロフィの掛け声に頷き、大階段へ向かって四人が動き出した。
俺に出来るのは、ただ状況を見守り続ける事だけ。
魔王城という存在に転生して、様々な能力も手に入れたのに何も出来ない。
それが何よりも悔しかった。
「くっくっくっ、待っていたぞ『勇者』どもよ!」
障壁の消えた階段を昇り、二階へと辿り着いたロフィたちを出迎えたのは……シェイドヌークだった。
余裕を感じさせる口調のシェイドヌークに、ロフィたちは微かな動揺を見せる。
「おまえは……」
「まだいたのか!?」
「しつこいね、アンタ」
「用意周到、と言うべきでしょうか」
だがすぐに気を引き締め、戦闘態勢を取る『勇者』一行。
「敏いな、女神官よ……その通りだ。ぬぅぅぅぅんっ!」
身体を丸くし、拡げた翼を閉じて全身を包み込む。
「またか!?」
「そう、ネラルジェと同じく……私もまた貴様らを倒すために、魔力を全解放してくれよう!」
丸まったシェイドヌークの周りに、膨大な魔力が発生する。
「なんて魔力!?」
「この力は……みなさん、気を付けてください!」
そのあまりに巨大な魔力に驚愕するザーディと、全員に冷静な注意を促すリプトス。
「はああああああああっ!!」
発生した魔力がシェイドヌークに吸い込まれ、そして現れる。
それまでの小柄だった姿とは真逆の、巨大な体躯と凶悪さを全身に表した肉体が。
「まさかここまでの力が……!」
「感謝するぞ、『勇者』ども。貴様らが破壊した魔力水晶、あれから解放された魔力が今私の力となっているのだからな!」
そう、魔力水晶を破壊させたことそのものが罠だった。
あれを破壊する為にロフィたちの発した力が、解き放たれた魔力と合わさってシェイドヌークに注ぎ込まれているのである。
「ここが貴様らの墓場だ! 死ねい!!」
今までに見ていたのとは違う、荒々しい口調でシェイドヌークが叫び、『勇者』たちに向かっていった。
「シェイドヌーク……」
戦いの始まりを察知し、魔王様が呟いた。
真の力を解放したシェイドヌークの魔力は、ここまで伝わってくる。
また、魔王様の顔の悲しみの色が深くなった。
全ては魔王様を守る為、そのために臣下の魔物たちは全てを賭けて戦っている。
それを理解していても、心に広がる悲しみは拭うことも抑えることも出来なかった。
「魔王様!」
玉座の間、扉のそばに立っていたキュバースが魔王様に呼び掛ける。
その表情は不思議なほどに晴れ晴れとしていて。
「わたしたち、魔王様に作ってもらって良かったって思ってるよ。わたしも、ネラルジェも、シェイドヌークも……トファースもきっと!」
「キュバース……?」
「ラース様は魔王様を落ちこぼれなんて言ってたけど、わたしたちはそんなこと思わなかったよ。この魔王様のためならなんだって出来る、どんなことだってやれる。それしか思わなかった」
「……当然、じゃろ」
魔王様の声が震える。
キュバースは今、別れを告げようとしているのだ。
「だから、最後までわたしたちの戦い見届けてよ! ありがとう、ママ……そして、パパ。じゃ、行くね!」
キュバースの言葉に胸が詰まる。城の身体では涙は流せないが、それでも俺は泣いていたんだと思う。
魔王様もそれは同じで、両頬を涙が伝っていた。
魔王様が魔物たちを子供と同じように想っていたように。
キュバースたちもまた、魔王様や俺を親のように想っていたのだと知って、感情を抑えることなんて出来なくなった。
シェイドヌークと『勇者』たちの戦いは、佳境を迎えようとしていた。
「人間……いや、『勇者』! まさか全力の私を相手に、ここまでやってくれるとはな……!!」
翼は片方を失い、角も半分ほどの長さになり、全身には決して浅くない傷をいくつも負って。
それでもシェイドヌークは気圧された様子を微塵も感じさせずに言った。
対峙するロフィたちもまた、強大なシェイドヌークの熾烈な攻撃に致命傷ではないものの、それなりのダメージを負っている。
「油断、したか……」
「さっきまでとは段違いの強さだ!」
「あたしの魔力も、だいぶ消費しちゃってるよ……」
「弱気にならないで! こんなところで負けられませんよ!!」
息遣いやその見た目からも、ロフィたちのダメージが見てとれる。
だが全員の眼には今も変わらず闘志が輝いていた。
「だが、これで最後だ……喰らうがいい、このシェイドヌークの最大の攻撃を!!」
叫び、揃えた両手を前に突き出すシェイドヌーク。
開いた両の掌に魔力が集まっていく。
「くおおおおおおお……っ!!!」
「まずい!」
強大な一撃を察し、焦りの声を上げるロフィ。
オリューアが一番前に飛び出し、防御の態勢を取る。
ザーディは最後尾に下がると、自らを守る魔力の盾を生み出して。
リプトスが全員を守る為の守護魔法の詠唱を始める。
「吹き飛べえええええええ!!!!」
そしてシェイドヌークの両の掌から、極大の魔力波が撃ち出された。
「……後は、任せたぞ……」
放出された魔力波が収まると、そう呟いてシェイドヌークは目を閉じる。
魔力波を放ったそのままの姿勢で、それっきり動かなくなった。
魔力波を浴びたロフィたちの姿は、破壊によって生じた白煙によって未だ確認は出来ない。
そのまま俺は視覚をロフィたちのいた場所に向けたまま、白煙が消えるのを待った。
「くっ……」
やがて、煙が晴れていくのと同時に、ロフィのうめきが聴こえてくる。
「今のは、ヤバかった……」
次に聞こえたのはオリューアの声。
「ギリギリ、だよぉ……」
そしてザーディの疲労感のある呟き。
「間一髪、でしたね……」
最後にリプトスの安堵の一言と共に、煙が晴れて四人の姿が露になる。
「奴は……?」
言ってロフィがシェイドヌークの姿を目にして。
一つ息を吐いてから手にした剣を下ろした。
「なんとか勝ったか」
「こっちもかなりの消耗だがな……」
「もう限界ー」
「……ここは一旦、退いた方がいいのでは?」
戦闘の終わりを確認し、それぞれが緊張を解き言葉を交わす。
ここまで目立つダメージのなかった『勇者』一行は、シェイドヌークとの戦いでかなりの消耗を見せていた。
安堵の様子で、各々が消耗した肉体や精神の回復を図ろうとする。
そこが、最大の狙いだった。
「あははは! 油断したね、『勇者』たち!!」
ロフィたちの影に潜んでいたキュバースが飛び出し、四人に襲い掛かった。
同時に。
「『勇者』ー! 行くぞー!!」
キュバースの作り出した幻の廊下の奥から、トファースが飛び出してくる。
『勇者』との戦いはクライマックスを迎えようとしていた。




