【2】なにがどうしてこうなった!?
「さて、我が城よ」
俺が魔王城として生まれ変わったのを理解して、どれぐらいが経過したのか。
玉座に腰を下ろし、脚を組んだ魔王ボーラ=ススが俺を呼ぶ。
「いい加減、我が居城として働いてはもらえぬだろうか?」
言葉は丁寧ながら、その声色に含まれたのは明らかな威圧感。
従わねば痛い目に遭わすぞ、と言外に溢れさせた、いわば命令にも等しい言葉だった。
「あの、魔王様」
「……なんだ?」
とは言えまだ状況が飲み込めていない俺は、恐る恐るながら思い切って魔王ボーラ=ススに話し掛けてみた。
「お前、今心の中で我を呼び捨てにしおったな?」
あ、やべ。なんか知らないけど俺の心の中、読まれちゃってるよ。
この人、マジで魔王なんじゃね?
「ほほぉ。主に対してあるまじきその態度。これは一度、身を持って自分が誰の城なのかを躾てやらねばならんようじゃの?」
「ごめんなさい魔王様。城の分際で呼び捨てその他諸々、心からお詫びいたします」
「……ふん。口の聞き方は気に食わぬが、まぁよかろう」
本当は土下座も辞さない勢いだったが、なにぶん今の俺は城である。
下げる頭がどこなのかもわからないし、身体を動かそうとすると城が揺れて魔王様が怖がっちゃう……イテッ!
「だ・れ・が・怖がるじゃと!?」
組んでた脚でバンッと床を踏みつけて、グリグリしながら怖い口調で言う魔王様。
痛いです。本当にその踵グリグリ痛いです。やめてください、ごめんなさい魔王様。
「ふん。わかれば良いのじゃ、わかれば」
床を踏みつけてた脚を再び組んで、不機嫌そうに吐き捨てる魔王様。
大事な事だから二回言ったのか、それとも○○可愛いよ○○的な韻を踏んでるのか。
吐き捨てたセリフに何となく親近感が湧きながら。
「? なんじゃ、今のは?」
……心の中、こんなに読まれてると考えるのも考えないといけなくて大変なんですけど……
「仕方がなかろう、今は我とお前しかおらんのじゃ。心を読みたくなくても、自然と入ってきてしまうのじゃ」
そんなもんなのか、読心術って?
って言うか、考えてるだけで会話が成立してるな、いつの間にか。
「ふふん。便利じゃろう?」
なぜかドヤ顔で言う魔王様。
その様子がちょっと可愛いな、なんて思ってすぐにしまったと焦る俺。
「……バ、バカな事を考えるでない! お前の反応が大袈裟で面白かっただけじゃ!」
……あれ?
てっきりここはまた踵でゲシゲシ、グリグリと踏みつけられるかと覚悟してたのに。
予想してた展開にはならず、なぜかほんのり顔を赤らめて毒づくだけでそっぽを向いてしまう魔王様。
「……ええい、それでさっき我に呼び掛けたのはなんじゃ!? 早く用件を言うがよい!!」
思考を読まれるのは便利だけど、全部読まれて逐一それに反応されるのはなかなか大変だな……
でもようやく本題には入れそうだ。
「えっとですね、実は俺……じゃない、自分まだ置かれてる状況が飲み込めてないんですよ、魔王様」
「ええい、うるさいのう。お前は考えるだけで良いと言っておろう? 城が喋ると城中から声が出るからやかましくて敵わん」
あ、すいません。
自分だとその辺りわからないもので。
そうか、城って口が無いから全体から声が出るんだな。
知らなかった。
「しかしおかしいの。お前を造り出した時に、我が魔力と一緒に膨大な知識も注ぎ込んだのじゃが……」
魔王様がひとしきり文句を垂れてから、俺の言葉に対して不思議そうに首を傾げる。
知識……知識?
どうやって知識って見る? 読む 感じる?
表現はわからないけど、とにかくやり方がわからない。
「うむむ、これはやはり我が失敗したか? なにせ初めての魔王城造りじゃったからのう……ごほんっ」
いや、あんた、そのバレバレな誤魔化しの咳払いはイテッ!
「……やはりお前には一度、立場と言うものを教え込まねばならんようじゃな? その身にとっぷりと叩き込んで」
ちょっと率直な感想を浮かべた途端に走る激痛。
魔王様は見た目と肩書き通り、ドSなようですね……イテテッ、イテッイテッ。
「まぁ、我も疲れるし今回は大目に見てやろう」
言って再び脚を組む。
どうでもいいけど、俺の視線これどうなってるんだ?
「ん? 目のことならどこでも自由に見ることが出来るハズじゃぞ? ちょっと意識を集中してみよ」
意識を集中? よくわからないけどやってみよう。
どれどれ……と、少し目?らしき感覚を意識した瞬間、それを動かせるのがわかった。
えーっと、こっちをこう動かして、と……
「ほほぉ、飲み込みが早いではないか。さすが我の造りし城よ!」
俺の感覚まで読み取ってるのか、即座に把握しドヤ顔を浮かべる魔王様。
腕まで組んで鼻高々と言った風にご満悦な様子。
それを俺は動かした視界で、玉座の正面の床から見上げ……うごぁっ!!
「痴れ者が! どこを見ておるか!?」
ごめんなさい、ごめんなさい。これは男の性ってやつでして、むしろ視界移動を試してる最中に起きた不可抗力みたいなものでイデデデッ! そこ目! 目だから、踏んでるの!!
「……バカ者め」
脚を揃え、手で股の辺りは隠しながら、魔王様が赤い顔をして呟いた。
とにかく視界に関してはだいたいわかった。
問題は現状と言うか、俺の身に何が起こったのか。
それの把握だった。
「俺の身も何も、お前は城じゃ。それも魔王たる我が造りし、魔王の鎮座する魔王城じゃ」
ええ、はい、それはわかりました。
そうじゃなくて、魔王城になるまでの経緯とかがオボエガなくてですね……
「……? 経緯、とは? お前は我が魔力と知識を吹き込まれて自我を持っただけであろう? いわば生まれたてで経緯も何も無いじゃろうに」
……は? いやいやそんなハズはないでしょう。
さっき目覚める前の俺は、ラノベ好きな冴えないコンビニ店員で、それで……
「むむむ、何を言っておるのかさっぱりわからぬ。その、ラノベやらコンビニやらとはなんなのじゃ?
深遠なる知識を宿す我でも、そんな珍妙な単語は聞いたことがないぞ」
あ、はい。ええとですね、ラノベと言うのは……えー、どう説明すればいいか。
……そうそう、本です本! 書物!
「ほぉ、書物とな? それならばわかるぞ。しかしラノベと言う名の書物など、我の知識にはないのじゃが……」
あー、それはですね……んーと、英雄譚? みたいなそんな感じのお話と言うか物語というか……
「英雄譚とな? それはいわゆるあれじゃな。人間どもが妄想して書いた、なんだか稚拙で都合のいいくだらん話じゃな。なんじゃお前、城のクセしてそんなものが好きなのか」
酷い言われようだが、魔王様の評は正論過ぎて反論できない。
そしてそれを好きな自分が酷く幼稚な人間に思えて、とんでもなく鬱な気持ちに陥ってしまう。
「何を妙なことを言ってるのじゃ、お前は。お前は産まれた時から城で、人間などではなかろうて」
あぁ、ええと、そこも説明しないとですよね。
さっき魔王様に起こされる前、俺は人間だったんですよ。
「……さっぱりわからぬ。我が造り出した時からお前は城じゃ。この魔王ボーラ=ススの居たる城じゃろうに」
ですから、そこが俺にもわからない所でして。
確かあの時、俺はバイトが終わってコンビニから家に帰ろうとしてて……
「待て。コンビニという言葉もわからんが、また新しい単語が出てきたのう。バイト、というのはなんじゃ?」
あー、もう。魔王様、俺が何か言う度に質問されたら話が全然進みませんってば!
「むぅ、それはすまぬ……しかし我も知らぬ言葉、知識というのは何やら興味が湧くのじゃ」
はぁ、そんなもんなんですか。
俺なんかは知らない言葉やら知識とか、出てきても聞かなかった事にしたい性格なんですけどねぇ。
「えぇい、そんなお前の性格なぞどうでもよい! 早く説明せぬか!!」
はいはい、わかりましたよ魔王様……グフッ。
「……我に対する口の聞き方に気をつけろと、何べん言わせるつもりじゃ?」
はい! ごめんなさい、魔王様! 以後、言葉遣いには細心の注意を払いますのでどうかお許しを!!
だから踵でグリグリやめてぇぇぇぇぇぇ!!!
「やかましいわ! ほれ、さっさと説明を続けよ。はよう」
はぁ……はぁ……もうダメージ受けすぎて俺、HPがピンチな気がするんですけど……
気を取り直して。
コンビニと言うのはですね、簡単にはいえば人間のお店です。色んな道具を売ってる感じの。
「ほぉ、人間のやってる店、というものか。知識にはあるが、我も実際に目にしたことはないでのう。どんなものか気になるところじゃ」
はぁ、そうですか。魔王様もお店、試しに行ってみたらいいのに。
「うっ……ば、 バカな事を申すな! 魔王たる我が人間の店に行くなど、もってのほかであろう!?」
……気にしすぎじゃないですか?
「それに魔王たる我が人間の街や村などに赴けば、きっと攻撃される……そんなの、我は嫌じゃ」
急に弱々しい声でボソボソと言う魔王様。
あれ、もしかして本当に行ってみたいんじゃないか、この人は?
「……人じゃない。魔王じゃ」
あ、そうでした。こりゃ失敬。
ってええ!?
なんで泣くんですか、魔王様!?
「あううっ、う……うるさい! 我は泣いてなどおらん!! 城の分際で生意気だぞ!! このっこのっ!」
グハッ! ウゲッ! ゴフッ!
泣きながらの強烈な三連踵落としに、俺は悲鳴を三連発。
「……それで、バイトとはなんなのじゃ?」
ゲホゲホッ、ええとバイトってのはですね……
人間のお店の店員、いわゆる店番ですかね。
「店番?」
はい。店にやって来た客に商品を渡し、代金を受け取るのが仕事の者です。
「おぉ、それならわかるぞ。我の知識にある通りじゃ!」
知ってる知識に結び付いたのが嬉しいのか、泣き顔が一転して魔王様の顔がパーッと明るくなった。
「そ、そんなに我の顔を見るな! 照れ……無礼であろう!!」
こちらの考えを読み、慌てて顔を隠す魔王様。
改めて見てたら、やっぱり魔王様って可愛い顔をしてるな。
言動とか服装のわりには童顔で。
「……お仕置き、そろそろくれてやろうか?」
あ、はい。なんでもございません、申し訳ありません魔王様!
で、話を元に戻しますよ。
「うむ。続けるがよい」
俺はコンビニの店員でして。そこの店長と同僚がまた最悪な人間だったんですよ、これがまた……
仕事中なのにバックヤードであんなことやこんなことを……魔王様?
「な、な、な、な、なんじゃ今の光景は!? ににに、人間の男と女がっ、あああああああ、あんな破廉恥な行為を!!」
いや、破廉恥なのは魔王様の格好だって変わらないと思うんですけど……
「!! こ、これは我の正式な装束であって、そんか破廉恥な格好なぞではない!!」
あ、自分でもちょっと恥ずかしいのか。
イデッ! イデデッ! イギギギッ!!!
「うるさい! うるさい!! うるさーい!!!」
罵倒しながら両足で地団駄を踏んで攻撃してくる魔王様。
痛みに意識を薄れさせながら、俺は思い出す。
……そうだ、バイト帰りに俺は車に轢かれたんだ……
「どうした、城よ……? なんじゃその記憶は? 大丈夫か……?」
背中……まぁ、今となってはどこが背中かはわからないけど、とりあえず人間の時の感覚で背中にゾクッとした物が走った。
俺の異変に魔王様も不安げな声で、気を遣ってくる。
さっきまでならそんな魔王様を茶化しもしたんだが。
「主人を茶化すなど万死に値する侮辱じゃぞ」
はい、弁えております。
こんな時でも威圧されると反射的に謝るクセは変わらず。
それはさておき、俺は車に轢かれて……それで……
「っ!! お、おまえ……これは、この記憶は……!?」
……そうだ、車に轢かれた俺は思いっきり吹っ飛ばされて、地面に叩き付けられて……死んだんだ。
思い出した記憶、それは俺の人生の最後の瞬間の記憶だった。
心を読み取り、俺の記憶を見ていた魔王様も、狼狽した顔をして震えていた。




