【18】深まる絆、激変する世界
「なんか、落ち着いた」
とりあえずあの後、魔王様のベッドへと意識を移した俺はそのままでしばらくの時を過ごした。
自分の上に女の子が乗っていると言うのはイデッ!
「我がせっかく穏やかな気持ちでいるというに、破廉恥な思考など無粋ぞ」
あの、今は俺が入ってますが寝心地悪くなりますから、ベッドにエルボーかますのはやめた方がよろしいかと……
「ん? あぁ、確かにそうじゃのぅ……まったくお前と言うやつは」
すいません、ニコニコしながら指でグリグリするのも控えた方がよいのでは……
「これぐらいよかろう? お前も嫌ではなかろうて」
……はい。
「と、そろそろ玉座の間に戻らねばならぬかの。魔王がいつまでも引きこもっていては、懸命に動いてる魔物たちにも悪いしの」
大丈夫ですか?
さっきは、みんなの反応を気にしてましたが……
「怖くないと言えば嘘になるが……何があってもお前だけは我の傍にずっといてくれるのじゃろ? それだけで我は大丈夫じゃ」
さらっと恥ずかしいことを真顔で言うんですね、魔王さグギャッ!
「……お前はそろそろ空気を読めるようになるべきじゃな」
はい、すいません……
「さぁ、行くぞ」
若干顔の怖くなった魔王様と共に、俺は玉座へと意識を移動させていった。
「魔王様! 大丈夫ですか!?」
玉座の間へ姿を現した途端に飛んできたのは、魔王様を案じるシェイドヌークの声だった。
「お前たち……」
シェイドヌークの後ろにはネラルジェとキュバースの姿もある。
他の魔物たちも一様に不安げ顔で、こちらを見つめていた。
「……すまなかったな、お前たち」
それを目にして、魔王様の表情にも安堵の色が広がっていく。
ほらね、魔王様。
俺の言った通りだったでしょう。
「そのようじゃな」
横目でこちらを見て、小さな声で魔王様が言った。
その声にはいつもの張りが戻っている。
「さて、では報告を聞かせてもらおうか」
それから玉座に腰を下ろし、居並ぶ魔物たちへとそう告げた。
すかさずシェイドヌークが前へと踏み出してくる。
「はっ! 南方の王国ですが、偵察に行かせた者によるとやはりほぼ壊滅状態の模様です」
「そうか……撤退した残党のその後は?」
「何人かは残っておりますが、大半は東の国へと向かったとの話です」
「ふぅむ……なれば、いずれはまたここを攻めてくるやもしれぬ、か」
とりあえずすぐには来ないであろう事に、俺はひとまずの安堵を得る。
城の防備は固めたが、消耗した戦力はまだ取り戻すのには時間もかかるだろう。
そしてもう一つ気になるのは……
「して、南方の王国を壊滅せしあの光の柱の正体はわかったのか?」
その問いかけに、シェイドヌークは表情を曇らせ言葉に詰まってから。
「残念ながら……」
とだけ答えた。
やはり、ラース=ボウの言ったようにあれは神の手による物だったのだろうか。
しかし、そうなるとなぜそんな事が起きたのか、と言うのが問題になってくるが。
「あの謎の爆発攻撃に関係してるのかのぅ?」
「それもなんとも……」
「……うむ、わかった」
そこでシェイドヌークからの報告は終わった。
「他にはあるか?」
「はっ」
答えて前に歩み出たのはネラルジェ。
まだ女騎士との戦いで負った傷は癒えたとまでは言えない様子だ。
「減った戦力は未だに不十分なまま、魔物を新たに作り出してもらいたいのですが……」
「うむ……それは早急にやらねばなるまいな」
「それについてはわたしからも提案が」
魔王様の言葉に続いてキュバースが前に出て、声を上げてくる。
「どうした、キュバースよ?」
「魔王様だけでは魔物を作るのも大変かと存じます。そこで、わたしにも魔物を作る許可をいただけはしないかと」
なにぃぃっ!?
「ふむ……確かに、それは悪くない案ではあるな」
驚き戸惑う俺とは反対に、魔王様はキュバースの提案に思案の顔を浮かべ。
「うむ、よかろう。キュバースよ、難儀なこととは思うが頼む」
「はっ!」
すぐに承諾を与えた。
恭しく頭を垂れ、キュバースは後ろへと下がる。
あの、魔王様……?
「他にはあるか?」
俺の思考には答えず……まぁ、今の状況では当然ではあるのだが。
居並ぶ魔物たちに問いを発し、見渡してから。
「無いようだな。では、各々それぞれの持ち場に戻るがよい」
そこで解散となった。
「では、我は居室へと一度戻るぞ。シェイドヌーク、あとの取りまとめはお前に任す」
「はっ!」
玉座から立ち上がり、シェイドヌークへと言い付けて再び寝所へと歩き出した。
「……何か言いたげじゃの?」
寝所へ戻り、ベッドに腰を下ろしてから俺へと問い掛ける魔王様。
ええっと、その……
「キュバースのこと、じゃろ?」
まぁ、そうです。
魔物を作れるのは魔王様だけだと思ってたのですが。
「我とおまえで生み出されるのは、強い魔力を備えたものじゃ。そうではなく魔力の弱い魔物であれば、臣下の魔物にも作り出すことはできる」
……知りませんでした。
「魔物を作り出すのは、我にも負担の大きいことじゃからのぅ……もちろん、お前にも」
確かに、かなりの疲労感には陥りますね。
前回の戦いの前にはかなりの数の魔物を作り出したから、相当な疲労感もありましたし。
「うむ。それに立て続けの魔物作りは、生まれてくる魔物の力も弱まってしまうからの」
なるほど。
しかしキュバースが自ら申し出てくるとは……
「そこは我も驚きはしたが……少し嬉しくもあった」
嬉しく、ですか。
まぁ、戦いの時にはネラルジェほどではないにしろ、強く主張する部分も見られましたし。
「それもあるがな。キュバースは我を気遣ってくれたのじゃ。恐らくはお兄様とやり取りで我が弱っておると見て」
……そんなことがわかるんですか、魔王様。
俺には、そこら辺はよくわかりませんでしたが。
「キュバースだけではない。シェイドヌークも、ネラルジェも我を慮っておった。それが伝わってきて、我はずいぶんと心が軽くなったのじゃ」
良かったですね、魔王様。
俺があんな恥ずかしいセリフを言うまでも……
「のぅ、城よ。……いや、ジョー」
……はい? なんですか魔王様、いきなり名前で呼んで。
「もう、察してよ……ジョーも私を、名前で呼んで?」
え、いや、急に言われると。
あぁ、もう。わかりましたよ、スス。
「ふふ、ありがとう。ジョー」
それで、なんですか?
「人型になってもらえない?」
え!? いや、なんか今の雰囲気でとなるとちょっと色々と……
「私が、人間とのハーフって知ったから?」
……まぁ、それもあります。
「ハーフ魔王は、嫌い?」
そ、そんなわけないでしょう!
魔王様が……じゃなくて、ススが純粋な魔王だろうと、そうじゃなかろうと信頼してますよ、俺は。
「……信頼だけ?」
いや、本当にこの雰囲気は色々とですね。
なんと言うか、ついつい俺の好きなラノベでよく見たような、都合の良すぎる展開とかを妄想しちゃいまして。
「妄想、じゃなかったらどうする?」
……スス、冗談が過ぎますよ。
とにかく今は色々あった後だし、もう少し休んだ方が。
「だから、ジョーに人型になってもらいたいんだけど」
もじもじとしながら、両手の人差し指をちょんちょんと突き合わせたりして、妙に可愛らしい様子を見せるスス。
俺の心はドキドキが激しくなるばかりだった。
「ふふ、可愛らしいって言ってくれて嬉しいな」
……もう知りませんよ?
お望みとあらば、人型になりましょうじゃありませませんか!
「ジョー、噛んでるよ……」
そそそそ、そんなところでツッコミ入れない!
じゃあ、行きますよ!
「……うん」
俺は意識を集中し、人の形を思考に思い描く。
そして、身体の感覚がやってきた。
「お待たせしました、スス」
「ありがとう、ジョー」
ススがベッドから立ち上り、ゆっくりと俺の方へと近付いてくる。
人間ではなくなったとは言え、まさか俺にこんな瞬間が訪れる日が来るなんて。
元の世界にいた時は元より、こっちの世界に来てからだって想像すらしていなかった。
「ジョー……」
俺の名を呼びながら、ススが両手を広げてこの胸に飛び込んで来る。
「スス……」
それを迎えるように俺も両腕を広げて、ススの身体を抱きしめようとして。
「魔王ー、なにしてるんだー?」
派手な音を立てて扉が開き、続いて飛んできたすっとんきょうな声に俺たちの動きは停止する。
錆び付いたブリキのようにぎこちない動作でそちらを向けば、間の抜けた顔をしたトファースがこちらを見つめぼんやりとしていた。
「ねーねー、魔王と城はなにしてたのー?」
「気にするでない!」
いい雰囲気を邪魔されて数刻。
あれからずっとトファースは、俺と魔王様に同じ質問を繰り返していた。
「教えてよー」
その飽くなき好奇心には、もはや感心すらしてしまうほど。などとは言っていられない。
とにかくしつこいのだ、トファースは。
「城ー? なにしてたんだー?」
「いや、だからそれはだな……」
「いい加減にせぬか、トファース!」
「なんで怒るのー?」
「うぐっ……いや、それはだな……」
なんとか黙らせようとするものの、全く動じることもなく無垢な顔で聞いてくるトファースには、魔王様もタジタジの状態である。
果たしてどうしたものか、これは……
「あー、その……なんだ」
「おっ、もしかしてー」
何かを閃いたような顔のトファースの言葉に、俺と魔王様はギクリとなる。
まさか、この能天気な魔物に俺たちのしようとしていた事を見抜かれてしまったのか!?
冷や汗がたらり……なったのは魔王様だけだったが。
「……お前は城、じゃからの」
こんな時にまでツッコミ入れないでください、魔王様。
「魔王と城ー、二人でしてたのってー」
ギクリギクリ。
もはやこれまでか!?
魔王様の素性がバレるよりも、城と魔王様の禁断の関係の方が今後の魔王軍を揺るがしかねない、大スキャンダルになるのではないか!?
「……スキャンダル、と言うのは……」
「ああああ、後で後で!」
「わわわわ、わかった!」
こんな時に好奇心を発揮するのもやめてください、魔王様!
そうこうしてる内にも、トファースの得意気な顔……まぁ、表情はわからないんだがとにかくそんな雰囲気は強まっていき。
「なんかすごい人間の対策を考えてたんでしょー!?」
まさにドヤといった口振りで、そう言ってきた。
「「……は?」」
想定外すぎるその一言に、俺と魔王様の間抜けな声が見事にハモる。
「他の魔王軍、どんどん倒されてるからねー。なんとかしないといけないけどー」
どうやら、全然こちらの恐れていたのとトファースの考えていた事は違ったようだ。
「「はああああ……」」
またもやハモったのは、俺と魔王様の深い……深ぁいため息。
……ん?
「待て、トファース……今、なんと言ったのじゃ!?」
「んー? だからー、すごい人間の対策をー」
「そ、それもじゃが……その後に言ったのは……」
さらりと言ったのと、こちらの思惑とはまるで見当違いな事とが合わさり、うっかり聞き流していたが。
トファースの口にした言葉は、とんでもない内容だった。
それを詳しく聞こうとしているところへ。
「魔王様! 大変です!!」
血相を変えてシェイドヌークが飛び込んでくる。
そして発したのは、さらに魔王様を驚愕させる内容の言葉だった。
「ラース様が……魔王ラース=ボウ様が、人間の戦士たちによって討ち果たされました!!」
魔王軍と人間との戦いが繰り広げられるこの世界で、大きな変化の時が訪れようとしていた。