【16】不穏な状況、守る力
「ま、まさか……!?」
自国が天からの光の柱に貫かれる光景、それを呆然と立ち尽くし見つめながら、女騎士がうわ言のように呟く。
女騎士だけではなく、その場にいた全ての人間と魔物がその光景に目を奪われ、身動きすることすら忘れ佇んでいた。
何が起きたのか、それはわからないが。
少なくとも、南の王国がただでは済んでいない。
それだけは誰の目にも明らかな光景だった。
「いったい、あれは何なのじゃ……!?」
玉座の間、窓から南方を見ていた魔王様が戸惑いの滲む声で呟いた。
「何が、起きているのじゃ……?」
わかりません……
が、南方の王国はあの光の直撃を受けて、相当な被害になっているのではないかと。
「うむ……それだけは我にもわかる……それにしてもなんと」
その先は言葉が続かない。
それだけあの光の柱は、あの光の柱を目にした者の心を揺さぶる衝撃は、圧倒的なものだった。
それより魔王様。
「それより魔王様」
あ、やべ。
ついうっかり思考と人型の両方で喋っちまった。
「……なんじゃ、言うてみよ」
これはちょっと怒ってますね、恐らくは。
悪気は無いんですよ?
ただその、ちょっとうっかり人型なのと意識を分割してるのも忘れてたと言うか……
「いいからさっさと用件を言わぬか!」
「はいっ! すいません!」
「……なにやってんだい、魔王様と魔王城は?」
魔王様に怒鳴られ、俺は謝り、そしてキュバースにはツッコミを入れられる。
緊迫した状況にも関わらず、これである。
いや、むしろ緊迫した状況だからこそ、なのかもしれない。
あの圧倒的な神秘さと絶対的な絶望感、それを目にして正気を保つなんて土台無理な話だった。
「……!」
イデッ!
はい、すいません。
さっさと話、ですねわかってます。
だから踏まないでください。それも足の甲を。
「くどい!」
ンガッ!
「大丈夫かね、この魔王軍は……?」
巨大な光の柱は次第に収束を始め、やがて消えていく。
そうなってようやく王国軍に動きが見られたり
「くっ、全軍撤退! 早急に王国へ帰還する!」
「は……はいっ!!」
女騎士の号令に従い、王国軍の兵たちが慌ただしく撤退に入る。
「に……逃がすな、魔王軍の総力を」
「ネラルジェ、深追いは禁物だ。こちらも相当な損害を被っている。魔王様からの命令だ」
「ぐぅ……承知」
深傷を負った身体をおして尚も王国軍を追おうとしたネラルジェを、俺は魔王様の名を出して押し留めた。
これ以上の損害は避けるべきだったし、なにより王国に起きた事象が何かもわかっていない。
「城と魔王様を守ることには成功した。今は失った戦力の立て直しを優先しよう」
「……そうだな。助力、感謝するぞ魔王の城よ」
城門付近に視覚を巡らせる。
魔王軍の魔物も、王国軍の兵も、相当な数が亡骸となって辺りに転がっていた。
敵を追い返す事には成功したし城も陥落はしなかったが、とても勝利とは言い難いのが本音だ。
「しかし、さっきのあれは一体なんだったのか……?」
南方の空を見つめながら、ネラルジェが呟く。
周囲では残った魔物たちが慌ただしく動き回っている。
既に空は分厚い雲も消え、元の穏やかな姿に戻っていた。
「では、戦果の報告を」
戦闘の終結から数刻。
玉座の間に主要な魔物が揃ったのを見計らってから、シェイドヌークが口を開いた。
「城門付近の戦闘は損害多数、城内への侵攻は防ぎましたが防備はしばらく手薄になってしまうかと」
促されまず言ったのはネラルジェ。
自身も決して浅くはない傷を負っている。
だが何よりも深いのは、王国軍の女騎士を倒しきれなかった口惜しさだろう。
「次はわたくしめが。魔王城、西の城壁の一部が謎の爆発により破損。その後城内にて再度、謎の爆発により損害多数です」
こちらはネラルジェとは違い、冷静そのもの。
特に感情を見せることもなく、淡々と報告を済ませた。
「城内の爆発直後から、人間の兵が城内に突如出現。ここ、玉座の間まで押し寄せられましたが撃破には成功しています」
最後はキュバース。
無数の傷は負っているものの、どれも深傷とまではなっていない。
だが、自ら提案した奇襲の失敗はかなりの悔恨を彼女に残しているだろう。
「うむ。みな、よくぞ守り抜いた。しかしあの光、なんだったのであろうか?」
一通り報告を聞き終えて魔王様が口を開く。
出てきたのは労いの言葉と、そして戦いの終わりを告げたあの謎の光の柱への疑問。
当然、それに答えられる魔物はここにはいない。
「恐らく、あの光の柱が発生したのは南方にある人間たちの国の王都だとは思われますが……」
以前に一度、偵察に出ているシェイドヌークがそう述べた。
「しかし今は事態の把握も出来ていないので、おいそれと偵察を行かせる訳にもいかず、子細は不明にございます」
「うむ、いたずらに我が軍の魔物を危険に晒す訳にもいかぬ。現状は変化の有無にだけ気を付けよ」
「はっ……」
言った魔王様の顔は暗い。
変化の有無とは言ったものの、もしもあれがこの魔王城の真上に起きたのならば……
その思いが不安となって魔王様の表情に、暗い陰を落としているのだろう。
戦闘には勝ったものの、後に残されたのは決して小さくない損耗。
そして、わからないことだらけのモヤモヤとした思いだけである。
「では、各自それぞれの持ち場に戻るがよい。そして回復に努めることを忘れるな」
「では解散!」
報告を締める魔王様の言葉に続き、シェイドヌークがそう告げてこの場はお開きとなった。
「……どう思う、我が城よ?」
玉座の間が最低限の護衛の魔物だけとなってから、魔王様は俺に訊ねてきた。
もちろん、俺にも正確な事はわからない。
だが、推測できる事はあった。
「なんじゃ、言うてみるがよい」
ええっと、これもまた元の世界でのラノベやゲームからの知識なんですが……
「戦闘を終えたばかりなせいか、妙に懐かしい響きに聞こえるのぅ、そのラノベとゲームという単語が」
まったくです。
で、それらで知ってる俺の知識だと、あれはいわゆる神の裁きとかそんな感じな印象を受けましたね。
「か、神……じゃと!?」
えぇ、そうですが……
予想以上の反応に、俺は困惑してしまう。
「……あんなの、我らで勝てるのか?」
出てきたのはひどく身も蓋もない言葉だった。
いやまぁ、あんなのを喰らったら当然ここだって、ひとたまりも無いとは思いますが……
「そうよなぁ……次はここに起きぬとも言い切れぬし……」
ですが、基本的にそう言ったイベ……事象は大抵、神の逆鱗に触れるといいますか……
そんな風なことをした時に起きる事象、なんですよね。
少なくとも俺の知ってる知識の上では。
「神の逆鱗に? では、人間どもが何かそのような事をしたと?」
まぁ、そうなりますけど……
「ふぅむ……いったい奴ら、何をしたんじゃろうな?」
そこまでは俺もわかりませんよ。
ただ俺の知ってるのだと大抵は禁忌の技を使ったとか、使った何かが暴走したとか、そういう理由の場合が多かったですね。
「禁忌か……それがわかれば、我々も同じ轍を踏まぬように出来るのじゃが」
さすがにそこまでは、俺にもわかりませんね。
「偉そうに言うほど物を知らぬであろ、お前は」
相変わらずツッコミだけは冴えてますね、魔王様。
「お前の余計な一言もな。……こうでもしておらぬと、我も平静ではいられぬのじゃ」
言った魔王様の顔に浮かぶのは疲労と、そして大きな不安の色だった。
人間との戦いには苦戦を強いられ、そして勝利したとは言えその要因は得体の知れない圧倒的な事象によるもの。
魔王軍も損害は激しく消耗も著しい状態にあり、もしもすぐに何かがあれば絶体絶命となる状況なのだから。
「これから先、我はどうすればよいのか……」
額に手を当て、目を伏せて呟く魔王様。
とりあえず俺が考えられるのは、これまで先送りにしていた結界の発動を行うことだった。
「……そうじゃな、気休めぐらいにはなるやもしれぬ。じゃが、お前は大丈夫なのか?」
ダメージはありますが、恐らく大丈夫だと思います。
「そうか……そう言えば、お前はどうして急にあんなに色々と、出来るようになったんじゃ?」
それが自分でもわからないんですよねぇ……
まぁ、ラノベでよくあるご都合主義な展開がついに俺にもって事なのかもしれませんが。
「……それこそ都合が良すぎる解釈じゃないのか、それは」
しょうがないでしょ、俺にだってなんでいきなりあんなことが出来たのかわからないんだから。
「そうか……まぁ、とりあえず城を守る為にも結界を張るとするかの」
そうしましょう、魔王様。
「では、始めるぞ」
「魔王様、顔が赤いです」
「し、仕方ないじゃろ! お前と手を繋ぎながらやるなんて、恥ずかしくなるのも当然じゃ!!」
魔王城の一番上、周囲がよく見渡せる高台のような場所に俺と魔王様は立っていた。
結界は城の全体を覆うように張るため、ここで行うのがもっとも良いらしい。
下に視覚を巡らせれば、城の防備を整えるために慌ただしく動き回る魔物たちの姿が見えた。
「よそ見をするでない! さっさと済ませてしまうぞ!」
ちなみに今の俺は人型になり、魔王様と向き合って立っている。
基本的には行程の大半は魔王様がやってくれるらしいが……
「じ、ジロジロ見るな……破廉恥なっ!」
顔を少し背けつつも、俺の顔を横目で見ながら言う魔王様。
「さっさと済ませたいなら、はい」
恥ずかしがる魔王様へと、俺は言ってから両手を差し出した。
「うぅ……なんで魔王のやることはいつも、こんな恥ずかしい形式ばかりなのじゃ……」
「別に恥ずかしがらなければ良いのでは」
「……バカ」
顔は赤らめたまま、小さく罵倒しながらも俺の手を取る魔王様。
一瞬だけ躊躇ってから、その手を握った。
「じゃ、じゃあ目を閉じて! あとは私がやるから!」
まぁ、これまたいつも通りに口調が素に戻っているが、そこは気にしないとして。
「はやくしろぉっ!!」
魔王様の怒鳴り声に促されるように、俺は目を閉じた。
「感覚に集中するのじゃ……我とお前の魔力が一つに……混ざるのを……」
声を聞きながら、言われるように意識を集中する。
そして、自分の中にある魔力の感覚を認識した。
「よいぞ……次は我の魔力を感じとるのじゃ……」
握った手から、俺の感覚が魔王様の肉体を這うような錯覚。
「んっ、そのまま我の魔力を探って……」
ちょっと変な声を出しつつも、俺に指示を出す魔王様。
えっと、どれだ?
「違っ……そっちじゃなくて……んぅっ」
あの、そんな声出されると集中が乱れるんですが。
「もうっ、ジョーがちゃんとしてくれないからでしょ……!」
俺が悪い、のか……?
とにかく早く感じ取らないと。
最初は魔王様の肉体の表面を這うようだった感覚が、次第に内側へと潜り込んでいく。
「あっ、そこは……っ」
……同時になんかイケナイ事をしてる気分になってくるが、さっさと終わらせよう。
「はや、くぅ……っ」
……あった。
魔王様の肉体の内側に漂う魔力、それを俺はようやく感じ取れた。
「ふぅ……そのまま、意識をそれに触れさせて……」
だ、大丈夫なのか?
なんとなく、もっと大変な感じになりはしないかと思ったりするんだけど。
「いいから、早くやる」
はぁ、それでは失礼して……!!
意識が魔王様の魔力に触れた瞬間、その凄まじい力の奔流に飲み込まれそうになった。
「よし……では、やるぞ」
魔王の魔力の奔流、それに押し流されまいと必死に意識を踏ん張る俺。
それとは対照的にさっきまでとは正反対に落ち着いた口調で言ってから、魔王様が結界の発動を始めた。
なんでここではそんな冷静に……?
うおおおおおおっ!!
魔力がさらに激しく蠢き、そして膨れ上がる感覚。
それはやがて肉体の外まで広がると、一気に拡散していった。
「終わったぞ、我が城よ」
……はっ!
魔王様の声に俺の意識が呼び戻される。
どうやらあまりの衝撃に、俺は真っ白になっていたらしい。
「まったくこのくらいで気絶するとは、お前もまだまだじゃの」
そう言って魔王様が俺に笑顔を向けてきた。
「ともあれ、これでようやく城を守る結界の完成じゃ」
言われて気付く。
城全体を覆い包む、厚い膜のような魔力の感覚に。