【15】目覚めるチカラ、唐突な決着
「なにっ!?」
突然現れ、奇襲を仕掛けてきたキュバースに女騎士が動揺の声を上げる。
完全にネラルジェを狙っての攻撃に全力を注いだ体勢、無防備になった胴体部分へのキュバースの突きにはまったく対応することが出来ずに。
「ぐはっ!!」
そのままキュバースの一撃を受け、うめき声を上げながら後方へと吹き飛ばされる。
「ちぃっ、堅い鎧だね!」
だが見事に不意討ちを決めたはずのキュバースが漏らしたのは、悔しそうな言葉だった。
「キュバース、お主!」
「ネラルジェ、危なかったねぇ。あたしに感謝しな?」
「余計な手出しをしおって!!」
その間に態勢を整え直したネラルジェが、キュバースに不満の声をぶつける。
「しかしあんな状態から、あたしの一撃を身体の動作だけで最小限のダメージに抑えるなんてね……!」
視界を女騎士に向ければ、剣を支えに既に立ち上がろうとしていた。
キュバースの鋭い爪で受けた腹の辺りは、鎧は割れて地肌を覗かせてはいるものの、大した外傷があるようには見えない。
「おのれ魔族め、卑劣な!」
「一対一の戦いを横から襲うなど許せん!!」
「隊長、我らも加勢しますぞ!!」
怒りを滲ませた叫びを上げながら、続々と飛び出してくる王国軍の兵たち。
「ぐっ、仕方ない。魔王軍の皆よ、戦え! 人間どもを返り討ちにしてやれ!!」
雪崩れ込んでくる王国軍に歯噛みした表情を浮かべつつ、ネラルジェが配下の魔物たちに号令を掛ける。
後手に回ってしまった分、城門の内側に多数の王国軍が攻め入る情勢となってしまった。
「キュバース、貴様の横やりのせいで我が軍の不利を招いたのだぞ! どうしてくれる!?」
「あんたがさっさとアイツを倒せないからいけないんだろ、ネラルジェ! とにかく応戦するよ!!」
言い合いながらも、向かってくる王国兵を蹴散らすネラルジェとキュバース。
その視線の先には、闘気を全身に漲らせ立つ女騎士の姿が。
戦況は確実に魔王軍の不利へと傾いていた。
奇襲の失敗が、一騎討ちの反古が、王国軍に勢いを与えてしまったのだ。
この状況、非常にまずい。
一度、魔王様の元へと戻り、対応を練るべきか?
思ったところで、想定外の変化が戦場に起こった。
「なにっ!?」
「なんだい!?」
ネラルジェ、キュバースが同時に声を漏らしたのは、城から聴こえた派手な爆発音に反応してのもの。
俺には、苛烈な衝撃と痛みが襲いかかっていた。
魔王城の西側から、もくもくと上がる白煙。
白煙の上がる場所の城の壁が破壊され、ぽっかりと大きな穴が穿たれていた。
いったい、何が起こったのか?
ダメージのせいで思考が乱されながらも、戦場に視覚を巡らせる。
王国軍に今の爆発への動揺は見られない、つまりこれは想定内の出来事なのだろう。
不意の城への爆発に浮き足だった魔王軍の魔物たちが、次々と倒されていく。
ネラルジェとキュバースも動揺は見せていたが、それでも敵の攻撃は上手くあしらっていた。
「くっ、いったい何がどうなっている!?」
群がる数人の兵を大剣の一振りで薙ぎ払い、城を見ながらネラルジェが声を上げる。
「さっきの爆発、どこから飛んできたんだい!」
前後左右、四方八方から繰り出される王国兵の攻撃を巧みに避けながら、一人また一人と打ち払いつつ叫ぶキュバース。
双方ともに見事に踏み留まってはいるものの、他の魔物を倒した兵たちが一斉に向かってくるせいで思うようには動けない。
しかも城の異変を気にしてか、少なからずその動きが鈍っているように見受けられた。
「ぬぅ、埒があかん! ここは我輩が引き受ける、キュバースお前は魔王様の元へと戻れ!」
「仕方ないね、そうさせてもらうよ」
背中合わせになり言葉を交わすネラルジェとキュバース。
それぞれの成すべきことを判断し、それに沿った動きを始める。
「逃しはしない!!」
「しまっ……!?」
その時、ネラルジェの言に頷き城へ駆け出そうとしたキュバースへ向かって、女騎士の乾坤一擲の突撃が迫って来た。
「なっ!?」
キュバースへと繰り出された痛烈な一撃。
しかし驚愕の声を上げたのは、女騎士だった。
「こ、これは……魔王城の手!?」
キュバースも困惑した口調で言う。
そう、ネラルジェとキュバースの様子を見ていた際に女騎士が仕掛けるのを目にした俺は、咄嗟に手となり放たれた攻撃を受け止めていた。
「バカな、こんなところに手が生えた……だと!?」
予想外の事に女騎士が狼狽を見せる。
この状況に、回りの王国兵も動きを止めていた。
「キュバース、行け……魔王様を守るんだ!!」
「!! わかった!」
俺の発した言葉を耳にして、キュバースは気を取り直すと城へ向けて飛んでいく。
「ぬおおおおっ!!」
動揺し隙を見せた王国兵たちを、ネラルジェの振るう大剣が蹴散らしていく。
「くっ、離せ……っ!!」
女騎士がくぐもった声を漏らす。
手の形になった俺が、受け止めた女騎士の剣を掴んで離さない為である。
それでも女騎士が力を込めると刀身が俺を擦り、表面がポロポロと崩れていく。
「隊長、今援護します!」
女騎士の後方から声を上げながら駆け寄ってくるのは、魔術師だった。
杖を構え、何かを呟きながらまっすぐこちらへと向かってくる。
魔法に対してはどの程度耐えられるのか。
俺にはわからないが、恐らく無事では済まないだろうことは予感していた。
「させるものか!!」
魔術師がまさに魔法を放とうと杖の先端をこちらに向けた瞬間、駆け付けたネラルジェの大剣がそれを阻止した。
「おまえたち!!」
強烈な一振りに薙がれ、その身を引き裂かれ吹き飛ぶ魔術師に女騎士の悲痛な叫びが飛ぶ。
そのままネラルジェは身体の向きを変えると、俺に剣を掴まれ身動きの取れない女騎士を目掛けて大剣を振りかぶった。
「ちぃっ!」
「これで終わりだぁああ!!」
女騎士の舌打ちと、ネラルジェの渾身の雄叫び。
大剣が振り下ろされるまさにその刹那。
「!?」
再び城を爆発が襲った。
「ぐあっ!!」
城へのダメージ、それは俺へのダメージ。
再びやって来た強烈な痛みに、思わず俺は女騎士の剣を離してしまう。
「うぐっ」
再度の城の爆発によって生まれたネラルジェの隙、それを見逃さずに放った女騎士の剣が彼の脇腹を斬り裂いた。
蓄積されたダメージに意識を微かに薄れさせながら城へ視覚を向ければ、さきほど空いた穴の奥から吐き出される白煙。
「ま……魔王様……っ!」
間違いなくそれは城の中で起きた爆発。
「魔術師隊、おまえ達は手に集中砲火を!」
女騎士が魔術師たちに指示を放ち、自身は一撃を受けてひるんだネラルジェへの追撃に飛ぶ。
同時に俺の心に流れ込んできたのは、玉座の間の映像だった。
いつ入り込んだのか、多数の王国兵に囲まれた魔王様の姿。
その傍に付き従い、キュバースが応戦するも次々と向かい来る敵を防ぎきる事は出来ずに。
(ジョー……!!)
魔王様の助けを求める声が、俺の名を呼ぶ心の叫びが流れ込んで来る。
手になった俺に迫り来るいくつもの魔法の攻撃。
女騎士の繰り出す攻撃に防戦一方のネラルジェ。
そして絶体絶命の状況に陥る魔王様。
俺の心に抗いようのない絶望がのし掛かってくる。
その瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「魔王、覚悟ーっ!!」
「魔王様!」
「!!」
応戦するキュバースの隙を衝いて、王国兵の一人が魔王様に向かって飛び掛かる。
魔王様は不意をつかれたせいか、それへの対応に遅れが生じて放たれた槍の一撃を目前にして。
「ゴハッ!」
しかしその一撃が魔王様の身体を傷付けることはなく、逆に王国兵の身体が吹き飛び、壁に叩き付けられた。
「……ジョー?」
呆然と目の前に立つ俺を見つめながら、魔王様が名を呼ぶ。
人型となった俺が魔王様の前に立ちはだかり、攻撃を防いだのだ。
「邪魔だよ!」
鋭い廻し蹴りで群がる敵兵を薙ぎ払い、キュバースがこちらへと駆け寄る。
「魔王様、ご無事ですか!?」
「あ、あぁ……ジョーのおかげで、なんとか」
「ジョー?」
「いや、何でもない」
「はぁ……?」
この展開が意外すぎたのか、魔王様は思わず素で俺の名を口にしてしまい、それにキュバースが訝しげな声を漏らす。
慌てて誤魔化す魔王様に、俺は少し安堵した。
「それよりお前、これはいったいどういうことじゃ!?」
「いや、俺にもよくわからなくて……」
城門での戦いと、頭に浮かんできたこちらの危機的状況。
完全に終わったと思った瞬間、気付いたら俺はここに現れ魔王様を守っていた。
「意識を一気にここまで移動させたのか?」
「わかりませんが、それとは少し違うようです」
「違う?」
そう、不思議な気分だった。
今の俺は玉座に間にいながら、同時に城門付近にもいた。
「バカな、手が増えた……だと!?」
女騎士の狼狽した声、そして無数に生えた手が俺を攻撃しようとしていた魔術師たちを叩き潰していた。
手のひらに伝わる、肉のひしゃげる不快な感触。
確かめるまでもなく、手の下敷きになった魔術師たちは無惨な姿となって絶命しているだろう。
想定外に次ぐ想定外、それは再び女騎士に隙を生じさせ、それはネラルジェの反撃の狼煙となる。
「うおおおお!!!」
怒号と共に放たれた大剣の一撃が、女騎士の胴を完璧に捉え、そしてその身体を宙に打ち上げた。
「ガハァッ!」
呻きと共に空中に舞う女騎士へ、ネラルジェが更なる一撃を繰り出す。
「終わりだあああああああ!!」
「ぐうううううっ!!」
空中にいながらそれでも何とか姿勢を整え、ネラルジェの一撃を手にした剣で受け止める女騎士。
だが正面から受けたせいでその圧力までは逸らせず、その身体は背中の方向へと勢いよく吹き飛ばされてしまう。
「ぐああっ!」
城門の柱に叩き付けられた、苦悶の表情のまま地面に転がり落ちる女騎士。
そこへ部下の兵たちが駆け寄り、こちらの攻撃に備えた。
だが、ネラルジェもまたそれが限界だった。
「魔王城どの、危ういところを助けられた! しかしらそれはいったい」
無数に生えた俺を見て、ネラルジェは戸惑いの色を隠せないでいた。
「ど、どこから現れたんだアイツは!?」
魔王様と俺とキュバースを取り囲む王国兵たちは、完全に動揺し狼狽していた。
「まさか、出来たのか? 意識の分割が」
「よくわかりませんが、そうみたいです。それより魔王様、今はこの連中を!」
「わかった! 痴れ者どもが、我が前から消えよ!!」
「ひっ……」
怒りに満ちた声と共に魔王様の振るった腕から放たれた閃光が、玉座の間をひしめいていた王国兵たちを一瞬で消滅させる。
「ふぅ……なんとか危機は脱したか」
敵の気配が周囲にないのを確認すると、1つ息を吐いて魔王様は気を緩めた。
「それで魔王様、さきほどの城の爆発は!?」
「それが……我にもわからんのじゃ。まったく敵の気配はなかったのに、突然城の西側が爆発して」
魔王様にも気配を感じさせない攻撃?
王国軍の様子からすると、予めわかっていたように見えたが……
「二度目の爆発は城内だったように見えましたが、それも?」
「うむ。それもまた気配を感じぬままに爆発して、それから一気に人間どもが押し寄せてきて……あっ」
話す途中、唐突に魔王様が声をあげる。
俺を見つめるその顔に浮かんでいたのは、不安、心配、悲壮のないまぜになった表情だった。
「お前、大丈夫なのか!? あれだけの爆発、お前にはかなりのダメージだったじゃろう!?」
「あ、えぇ、まぁ。確かにかなりのダメージで、意識も朦朧としてましたが……」
俺の返事に、さらに魔王様の顔には深刻なものが浮かんだ。
しまった、余計に不安を与えてしまったか。
「あぁ、でも今は大丈夫です。意識の分割の後からはダメージも分散できるようになったみたいで……」
「そうなのか!? 本当に、大丈夫……なんだな?」
こんなに心配されると、なんだか気恥ずかしさに包まれる。
そもそも魔王様は俺の主なんだから、これじゃ立場が逆ではないだろうか?
「わ、我の城じゃ! それを心配して何が悪い」
「まぁ、そうですね。城が落ちれば魔王様を守れませんからね」
「そうじゃ。お前はしっかりとして、我をずっと守る使命があるのじゃからな」
俺の言葉と思考、両方が魔王様の気持ちを落ち着けたのか、急に照れたようにそっぽを向いて言い始める。
守れて良かった、俺の心に改めて深い安堵の感覚が広がった。
「……ありがとう、ジョー」
その思考に答えるように、小さな声で言う魔王様。
「! 魔王様、城! 何かがおかしい!」
ひとときの穏やかな空気に浸っていると、キュバースが急に声を張り上げた。
その声に再び意識を集中すると、確かに何か妙な……しかしとんでもなく大きな力の発生を感じ取れた。
これは外か!?
「なんだ、あれは!?」
ネラルジェが声を上げたのは、南方の空をまっすぐに見つめながらのことだった。
ネラルジェの異変に女騎士も振り返り、同じ空を見て。
「なにっ!?」
凍りついたように固まって、驚愕の声を口から発する。
まだ残る王国兵たちも同様に、自分達が発った方向の空に生じた現象を凝視し、身動きを忘れていた。
南方、恐らくは王国兵たちの国の上空に起きていたのは、神秘と畏怖の両方を感じさせる光景。
分厚く広がった雲が渦巻いて、その中心からは降り注ぐように光が放たれていた。
そしてそれを俺たちが見つめる中、光は強さを増して柱となって真下にある王国を突き立った。
激闘はそうやって、唐突に終結を迎えた。