【14】奇襲! そして愚行
『女騎士に不意討ちを掛ける』
キュバースの口にした作戦に、玉座の間は色めき立つ。
その反応にキュバースは上々の様子を見せていた。
「だから魔王様、あたしに奇襲の許可をくださいな」
「……………………」
魔王様はキュバースからの求めに、しかし沈黙していた。
この提案が効果的なのは俺でもわかる、恐らくは魔王様も同様だろう。
だが……
「みなも同様の考えか?」
「確かにキュバースの策は悪くないかと……」
主の問いかけに、シェイドヌークも思案の顔を見せた後に答える。
玉座の間に立ち並ぶ他の魔物たちも、一様にその言葉に頷いていた。
「ふむ……どんなものかのぅ」
その様子を一瞥してから、視線を横に向けて呟く魔王様。
それは、俺に対する魔王様からの問い掛けだった。
キュバースの策を承諾するのを阻んでいるのは……プライド。
魔力を注ぎ込まれた俺には自分自身の価値観や思考とは別に、魔王様の考え方や心の在り方がなんとなくわかる。
彼女は魔族であり、魔王でありながら、俺の知るような人間の持つ誇りや尊厳といった概念を、その心の内に持っていた。
故に、キュバースの提案したような奇襲に対しては、卑怯と感じているのである。
だが同時に、魔族として魔王として。
そんな甘い考えに流されず、勝利を求めなければならない、と言う思いもあった。
その二つの葛藤に、魔王様は決断を下せずにいるのだ。
「魔王様、あたしに奇襲の許可を!」
「千載一遇の好機でないかと、魔王様」
キュバースとシェイドヌークが魔王様へと言葉を求めてくる。
そして当の魔王様は、俺の考えを待っている。
なんだこれは!?
俺はいつの間に中間管理職になったんだ!?
元の世界でもそんなポジションにいた事の無い俺が、まさか異世界でこんな立場に立たされることになるなんて……
「おい……」
俺の苦悩に魔王様が声を挟んでくるが、ここはとりあえず聞かなかったことにして。
いきなりそんな重要な局面で判断を求められても、俺としてもどうしたものか。
そもそも俺なんて元の世界では冴えないコンビニ店員。
せめて店長経験でもあれば、あの糞店長のように若い女の店員とイチャコラしたりグハッ!
「……破廉恥」
「は? はれ……?」
「な、なんでもない!」
「は、はぁ……?」
ひじ掛けへ放たれた俺へのお仕置きに続けての魔王様の言葉に、シェイドヌークが聞き返すが、彼女はそれを誤魔化し。
頭にハテナマークが見えるような不思議そうな顔をしながらも、シェイドヌークはとりあえずそれで納得……はしてないな、あれは。
と、俺も下らない妄想をしている場合では無いな。
この状況においてのキュバースからの献策。
俺にはプライドの他に懸念が一つあった。
ラノベやゲームにおける悪……魔王軍などの卑劣な戦法、その後には決まって人間側のとんでもない大逆転劇が待っている。
そんなお約束が、俺の頭の中には渦巻いていた。
「そ、そうなのか?」
あまり俺の思考に反応しないでください、魔王様。
他の魔物がまた不思議に思います。
「うむ……」
お、今度は思案してるフリに紛れさせて相づちを打ちましたね、その調子です魔王様。
「して、どうしたものかのぅ……?」
そうだ、こんな事をウダウダしている間にもネラルジェと女騎士の戦いは、刻一刻と変化しているはず。
急いで決断をしなければいけない。
「魔王様! あたしの策は気に入らないってのかい!?」
いつまで待っても降りない許可に、業を煮やしたのかキュバースが声を荒げた。
「待て、キュバースよ。確かにうぬの案は悪くない。が、人間の底力と言うものも決して侮れはしない」
「何を弱気な! 少し崩せばそこから一気に人間どもの軍なんて叩き潰せばいいでしょう!!」
「キュバース、魔王様への口の聞き方には気を付けよ!」
はっきりとしない主をなじるキュバースを、シェイドヌークが叱責する。
こうして見ると、魔王軍の構成はバランスが取れていると感心してしまう。
自我の強いネラルジェとキュバースを、冷静で慎重なシェイドヌークが抑える、と言った具合に魔王軍の主力は上手く回っているといえた。
……トファースについては気にしない。
「よい、シェイドヌーク。キュバースも我が軍の勝利を考えての発言。我の弱気も否定は出来ぬからのぅ」
「はっ」
「そうです魔王様! 勝つためにもわたしを、前線へ行かせてください!!」
魔王様の擁護にキュバースは口調を改めながらも、自らの出撃……奇襲の主張を強めた。
一番気にするべきは、奇襲をどんな形で行おうとしているのか、その点のような気がする。
「キュバースよ、奇襲の際にはどのような方法を用いる腹づもりじゃ?」
「はい、わたしの能力である影潜りを」
影潜り?
「影の中へその身を潜ませ、敵の女騎士へと接近する……といったところか」
なるほど、まるで忍者のような能力だな、それは。
確かにそれなら奇襲が成功する確率も高そうだが……
「どのみち、このまま手をこまねいている暇もないか。よし、キュバースよ、やってみるがよい」
自らの考えと、俺の思考を合わせてなんらかの結論を出したのか。
魔王様はついにキュバースへと、作戦実行の許可を与えた。
「はい! 必ずや吉報をお持ちいたします!」
興奮気味に言って、キュバースは己の影へとその身を沈み込ませていった。
「すまぬが、キュバースを見守ってやってくれ」
それを見届けた直後、魔王様は小さな声で俺にそう言った。
想定外の事態への備え、それを俺に託したのだ。
御意に、魔王様。
「頼むぞ……」
そして俺も意識を前線へと向けて移動を開始した。
「ぬおあああっ!」
ネラルジェが気合いと共に放った大剣の一撃を、女騎士が紙一重でかわす。
すぐさま身を転じさせ、攻撃直後のネラルジェに向かって繰り出される細身の剣の突き。
だがネラルジェは振り下ろした大剣を引く動作で合わせ、繰り出された剣の切っ先を大剣の腹で弾いた。
「やるな、人間! 我輩にここまで食らい付くとは驚嘆に値する!」
「嬉しくはない!!」
距離を取り、対峙しながらの言葉の交わし合い。
ネラルジェは目の前の敵を喜悦の色を含んだ声で称え、反対に女騎士はそれを厳しい一声ではね除ける。
城門前に意識を移動させた俺が見たのは、そんな一瞬の攻防からだった。
「我輩は嬉しいぞ、これほどの手練れとの闘いなどそうは巡り会えぬ!」
「人間を、なめるな魔族!!」
言い放つやいなや、地を蹴りネラルジェへ一直線に駆けていく女騎士。
それを迎え撃たんとネラルジェも、大剣を上段に構える。
そして再び激しい打ち合いが繰り広げられた。
「人間ごときにこのネラルジェが、かすり傷とは言え手傷を負わされるとは思わずなんだぞ!」
その言葉どおり、身に付けた鎧のあちこちには無数の小さな剣傷。
「嬉しくないと言った!!」
一方の女騎士もまた、鎧のそこかしこが損傷し露出した生身の体にもいくつかの傷が見られた。
「はあっ!」
「ぬぅんっ!」
双方、掛け声と共に放たれる剣擊。
ある時は避け、ある時は受け止め、またある時はいなし。
互いに致命傷をすり抜けながら、最善の攻撃の応酬が続いていく。
数度の報告にあった通り、この戦いは両雄一歩も譲らぬ膠着状態にあるようだ。
ネラルジェと女騎士、激闘を続ける二人を囲む両軍の兵たち。
その足元に広がる影のどれかに、キュバースは機を窺いながら潜んでいるのだろう。
そうして周囲の状況に目を向ける間も、ネラルジェと女騎士の熾烈な攻防は続いていく。
二人の戦いにはまるで隙が見当たらず、また迂闊に近付けば逆にやられる恐れも大きい。
キュバースの言った奇襲を仕掛ける時が、果たして訪れるのかという気分になっていた。
……ん?
不意に、妙な感触というか感覚を覚える。
感覚の場所を探れば、王国軍の兵士の一人の足元辺りにそれはあった。
なんだ、これは?
意識をそこへ移動させ、感覚をより明確にしようと試みる。
(ひゃあっ!?)
うぉっ!?
その瞬間、悲鳴のような思考が俺の意識に流れ込んできた。
これは、まさか……
(ななっ、なに今の!?)
感覚から流れ込んでくる困惑の感情。
間違いない、これは影に潜んでいるキュバースだろう。
魔王様とは違い、こちらの意識が向こうに伝わることはない様子。
(ま、まさか影の中にいるのに、触られた!?)
人を……まぁ、今は城だけど。
とにかく、俺を痴漢のように言うんじゃない。
俺だって変な感覚があったから確かめに来ただけで、今のは不可抗力だ。
(もしかして、あたしの存在がバレてる!?)
まずいな、これは。
俺のせいでキュバースの心が乱れている。
「はあ!」
「せい!」
ネラルジェと女騎士、両名の放つ声と剣戟が辺りに響く。
幸い、まだ隙が生じてはいないようだ。
が……
(こここ、こんなの知らないわよ!? どうしてあたしの存在がバレるの!?)
戦局の行方を左右する重要な存在が、ここまで動揺していては。
……この辺り、やっぱり生みの親たる魔王様の性格とかが影響しているのだろうか?
(なによ、どうすればいいの、これ!?)
不測の事態……まぁ、俺の不用意な行動が悪いんだが、によってキュバースはすっかりパニック状態。
なんとか話しかけられればいいんだが、さすがに今ここで人型とかになる訳にも行かず。
向こうから思考を読み取ってくれた魔王様とのやり取りが、どれほど便利だったのかを今更ながらに痛感させられる。
いや、痛感させられている場合ではない。
こうなればどうにかしてキュバースに思考を伝えねば……
(嫌、怖いっ! どうしよう!?)
混乱が悪化するキュバースを感じ取りながら、俺は意識を集中させていく。
キュバース……キュバース……
(……え? 誰か、あたしを呼んでいる?)
お、通じた。
意外とあっさり、思考を伝達させる事が出来たようだ。
キュバース、落ち着け。
今のは俺だ、魔王城の意識だ。
(はぁ? 魔王城の意識……? そんなのがどうして、あたしに?)
いや、ネラルジェと女騎士を見ていたら変な感覚があって、それを確かめようとしてだな。
(……なにかよくわからないけど、じゃあ別にあたしの存在が、敵にバレた訳じゃないのね?)
まぁ、そう言うことだ。
わかったら策の実行に集中しろ。
(集中してたのを邪魔したのはあんたでしょ……って)
ん、どうかしたか?
(よくよく考えたら、あなたってわたしを生んでくれた片方なのよね)
いや、今はそんなことを言ってる時では……
(ふぅん、そうなんだ……あなたがねぇ……)
おい、キュバース。
とりあえず自分のやることに集中しろ。
(……成功したら、ご褒美ほしいな?)
ごごごっ、ご褒美!?
(そ、ご褒美。あたしだって命懸けなんだから、それくらいはしてもらっても悪くないと思うんだけど?)
……ちなみに、どんな物が欲しいんだ?
(んー、それは成功したらおねだりするよ!)
なんだか嫌な予感はするが、わかった。
だから集中してくれるか。
(はーい! じゃあ、女騎士をちゃっちゃっと片付けますかぁっ!)
おい、ちゃんとタイミングは見計らって確実な瞬間を……
(わかってるってばぁ、じゃあしばらく静かにしててね)
……わかった。
そして繋げていた意識を切り離す。
なんだかとんでもないミスをしたような気がする。
俺のせいで策が失敗に終わったらどうしよう……
そんな事をウダウダと考えていた時だった。
「そこだあああああっ!!」
ネラルジェが一際大きく吼えて、全力を込めた一撃を放ったのは。
大剣の向かう先を見れば、体勢を崩した女騎士に吸い込まれるように迫っていき。
決まったか!?
思った瞬間、女騎士の身体がくるんと回りながら舞うように宙へと浮かぶ。
自身に触れる寸前、まさに紙一重のタイミングでネラルジェの大剣の腹を滑るようにして。
「なにぃっ!?」
ネラルジェの顔に動揺の色が広がる。
「もらったぁっ!!」
完全に無防備となったネラルジェに向かって、宙に舞う女騎士が渾身の一撃を放った。
さっきとは正反対に、動けないネラルジェに吸い込まれるように女騎士の剣が迫り……
「ここだよ!」
ネラルジェの影から飛び出したキュバースが、女騎士に向けて鋭い爪の伸びた手を突き出した。