【13】激突! 魔王軍vs人間軍!!
「……お前に教えておかねばならぬことがある」
南方より魔王城に迫る王国軍を前に、それを迎え撃つ為に慌ただしく魔物たちが動くなか。
魔王様が俺だけに聞こえる声で、そう告げてくる。
改まってなんですか、魔王様?
「お前の能力、もう一つ使えるようになってもらわねばならんと思ってな」
新しい能力、ですか。
で、それはいったいどんな能力で?
「……意識を分割して動かす能力じゃ。先刻の戦いでも、お前が戦況を見ていてくれたから勝てた部分は、疑うまでもなく大きかった」
い、意識を分割!?
えっと、それってどういう……
「そうじゃな。簡単に言えば、ここにいながら城の別の場所へも意識を飛ばして見ることが出来る、というところか」
そんなことが出来るのですか。
しかし、それならもっと早くに教えてくれれば……
「……我もついさっき知ったばかりじゃ」
決まり悪そうな雰囲気で言う魔王様。
あぁ、なるほど。
まだ調べたばっかりなんですね……
「我とお前が生き残るには知識がいるからの。眠っておる間に知識を探っておったのじゃ」
そうだったんですか。
さっきの休んでいる間にそんなことをしていたとは……
ですが、それならば早速やり方を教えてもらえますか。
「……どう教えればいいのか、今考えておるところじゃ」
いやいやいやいやいやっ、今の時点で考えることじゃないでしょ、それ!?
「そ、そうは言われてもな。元・人間のお前にはちょっと難しいんじゃよ、この感覚は!!」
あの、逆ギレされましても俺も困るんですが……
「むぅ……なら説明するからやってみよ」
はい、お願いします。
「まず、自分が二人になる感覚をイメージするのじゃ」
自分が二人に……って、それどういう感覚ですか!?
「だから自分が二人になる感覚じゃと言うておるだろうに!!」
それがわからないから詳しく聞いてるんでしょっ!?
「ほら見ろ! やっぱりわからないではないか!!」
だからそこで逆ギレされても困るんだってば!!
「むー……!」
そんな膨れっ面してもダメです。
「……ふんっ、もういいもん。ジョーなんか知らない!」
あ、ちょっと魔王様!
……拗ねた様子の魔王様は、そっぽを向いて黙ってしまった。
仕方ない、自分で色々と考えて試してみるか……
「魔王様! 人間の軍が城の近くにまで来ています!!」
報告が入ったのは、魔王様がそっぽを向いてから数刻……たぶん二時間ほどが経った頃のこと。
あれから魔王様は一言も口を利かず、俺も教えられた意識の分割は出来ないままだった。
「状況はどうなっておる! 我が軍の態勢は!?」
「はっ! 人間の軍は城門からギリギリ見える辺りで進行を停止。こちらの様子を見ながら陣を展開している模様です!」
「ふぅむ……先に動くべきか、それともまだ様子を見るべきか」
腕を組み、取るべき方策に思案を巡らせる様子の魔王様。
陣形を整える前に仕掛けた方がいいのか、それともこちらも迎え撃つ態勢をしっかりと整えるべきなのか。
俺にもどうするべきか答えは出せない。
そもそもこういった事には全くの素人なのである。
先手を取れれば……
「前線で指揮を執るのはどんなやつだい? イイ男かい?」
俺の思考を遮ったのは、キュバースの口から出た場にそぐわない問いかけの言葉。
「……は?」
「だーかーらー、一番手前にいる偉そうなのは、どんな人間かって聞いてるんだよ」
一瞬、言われた意味を理解できなかったのか呆けた声を漏らす偵察の魔物に、キュバースは噛み砕いた言い方で繰り返した。
「あ、はぁ。えぇっと、確か女の騎士、だったと思います」
返ってきた答えに、キュバースが歓喜を滲ませた笑みを浮かべ、舌なめずりを見せる。
「へぇ……そいつぁ、イイね」
その様子は艶っぽく、そして芯まで滲みるような寒気を俺の心に響かせてきた。
「強そうなやつはいるのか!?」
続けて声を上げたのはネラルジェ。
いかにも戦いに飢えた様子を隠すこともなく、問いを発した。
「え、えぇ」
「そうか! 魔王様、我輩に出撃の許可を!!」
返ってきた言葉に喜色ばみ、すぐさま魔王様へと声を放つネラルジェ。
「待て、ネラルジェ。打って出ることは許さぬ」
「何故ですか!? まだ準備の整っていない今であれば、我輩の力で一網打尽にすることも容易い!」
「人間を甘くみるな、ネラルジェよ。そのように容易い相手なら、今ごろはこの世界などとっくに魔族の支配下にあるわ」
「ぐっ……しかしっ!」
「くどい。何度も言わせるでない」
「……はっ」
しつこく食い下がるネラルジェの懇願を、冷徹な眼差しと共に一蹴し下がらせる魔王様。
か、カッコいい……
まさに魔王の名を戴くに相応しいその風格と威厳に、俺はしびれていた。
って、それどころではない、確かにネラルジェの発言にも一理ある。
準備が整い終わっていない今こそが機なのでは無いか、その思いが拭えなかった。
「……みな慌てるでない、まずは我らも防備を固めよ。勝負は一瞬で決まる。そのためには機を見誤らぬことが肝要であるぞ」
……俺は何を焦っているんだ。
魔王様の口にした言葉に、俺は己の迂闊さを思い知らされる。
俺の中にあったのは、ただ魔王様を守りたい一心。
だがそれが冷静さを欠かせ、勝利への焦りから不用意な選択しか見えなくさせていた。
「シェイドヌーク、作戦や布陣はお前に任せる。だが決してこちらから打って出てはならぬぞ。それとネラルジェ、お前には最前線での戦闘を命じる」
「はっ! 仰せのままに!」
「魔王様、ありがたく拝命いたします!」
魔王様の号令に従って動き出すシェイドヌークとネラルジェの二体。
出された指示は、それぞれのもっとも心地よい形のものであった。
生み出して数刻しか経っていないにも関わらず、既に臣下の魔物の心はしっかりと把握していた。
お見事です、魔王様。
「……これでも精一杯なのじゃ。お前も我に知恵を貸してくれねば、やり遂げる事は出来ぬよ」
……御意に。
まだ不足の方が多いが、それでも魔王軍と人間の戦いがここに幕を上げようとしていた。
「城門前、攻め込んで来た王国軍と激突しました!」
伝令の魔物から、開戦の報が飛んでくる。
ついに戦闘が、それも人間の軍勢との本格的な戦いが始まったのだ。
「戦況は逐一知らせるのじゃ。良いな」
「はいっ!」
魔王様の声に敬礼を返し、玉座の間を足早に出ていく伝令。
こうなれば俺も直接この目で城門の戦いを見に行くか?
「ダメじゃ」
思った途端、それをぴしゃりと魔王様が却下する。
何故ですか!? より具体的に状況を掴めれば、俺にだって何かいい策も思い付くかもしれないんですよ。
「信じろ、我らの作りし魔物たちを」
しかし……
「……れ」
え?
魔王様、今なんと?
「ここに、いてくれ……頼む」
か細い消え入りそうな声で言ったのは、そんな言葉だった。
ハッとなって魔王様を見れば、その身を微かに震わせている。
この緊迫した状況、初めての軍同士の戦い。
素の魔王様を思えば、逃げたしたくなるぐらいに不安に苛まれていることぐらい想像できたはずだった。
すいません、魔王様……いえ、スス。
「!? お前……こんな時に……!」
今だけ、今だけですから、名前で呼ばせてください。
それで少しでも不安が取り除けるならと、俺なりに考えてのことです。
「……ジョー……」
目の端に俺……背もたれが映る程度に顔を傾けて、こちらを見る魔王様。
その顔からほんの少しだけ、不安が薄れたように見えた。
「まったく、仕方ないなジョーは……これが終わったら、ジョーの望むことしようかな」
目を閉じ、微かに口許に笑みを浮かべながら出したススの言葉に、俺は思わず唾を飲み込んでしまう。
魔王様、俺の元いた世界ではそういうのは、『死亡フラグ』って言って縁起の悪いやり方なんですよ。
「死亡フラグ? ふふっ、何かわからぬが変な言葉じゃの」
ほんの短い素のやり取りを経て、魔王様が魔王を取り戻す。
あとで教えてあげますよ、今の言葉も。
「なんじゃ、今のそれは『死亡フラグ』ではないのか?」
ははっ、そうでしたね。
じゃあ、約束は無しってことにしておきましょう。
「勝つぞ、我が城よ」
はい、勝ちましょう魔王様。
「報告いたします!」
俺と魔王様、二人が決意を新たにしたところへ伝令が駆け込み、声を張り上げた。
「戦況は互角、と言ったところか……」
「敵もなかなかにやりますな」
報告を終え、伝令が再び前線へと走り去ったのを見届け、魔王様とシェイドヌークが言葉を交わす。
伝えられた報告によれば前線の戦いはこちらが崩れることもないものの、敵もまた固く侵攻を城門前で押し止めるに留まっているとの事だった。
「ネラルジェを前線に配置したのは、やはり正解だったようじゃな」
「はい……しかし、遠距離攻撃に対しては手が出ぬようです」
「矢による射撃と、魔法による攻撃じゃな」
直接のぶつかり合いではこちらに分があるとの話だが、向こうには多数の弓兵と魔術師の存在があった。
それに対してはこちらも打つ手を見出だせず、遠距離からの攻撃を避けながら近付く敵を追い払う、という焦れったい戦いを強いられている模様。
「何か一つ、相手のどこかを崩せれば……」
だがその道は未だに見えては来ない。
他にも気になるのは、城門以外の方向からの攻撃である。
この城は三方を高い城壁に、その外側は広い湖で囲まれている。
そう容易くは攻めては来れないが……
「城門以外への敵の攻撃などは大丈夫なのか?」
「今のところは異常はないようですが……念のためにもう少し探らせましょう」
「うむ、頼んだ」
「はっ! ……おい」
他の魔物に言い付け、すぐに向かわせるシェイドヌーク。
現時点ではそう大きな動きはないものの、精神的には目まぐるしく思考を動かしているような状態だった。
俺がこんな有り様である、魔王様の方は大丈夫なのかと不安が心に沸き上がる。
「案ずるな、この様なところで折れている暇など我らにはあるまい」
「……は? いかがいたしましたか、魔王様?」
俺の思考が読み取れないシェイドヌークが、魔王様の言葉に問いかける。
「我自身への鼓舞じゃ。お前も気を引き締めよ、まだまだ戦いは始まったばかり。この先なにがあっても対応できる、柔軟な心構えを持たねばならぬ」
「! 畏まりました、魔王様!」
俺への言葉を上手く臣下への檄に変える巧みな話術。
今の言葉で玉座の間に漂う空気が、瞬時に引き締まったように感じられた。
「報告です!」
そして再び、声を張り上げ伝令が駆け込んで来る。
その顔に張り付いた焦りの色が、戦況の変化を予感させた。
「ネラルジェ様が敵の指揮官と思われる、女騎士との戦闘を始めました!」
「して、優劣はいかに!?」
「一騎討ちを宣言しての戦いでして、現在は弓矢も魔法も収まっておりますが……」
となると、大将同士による一対一の勝負を両軍の他の者が見守っている、と言う形か。
問題はその一騎討ちの趨勢だが……
「ネラルジェ様と女騎士の打ち合いはほぼ互角、どちらも一歩も譲らぬ状況にあります!」
まずい。
劣勢ではないことには安堵するが、だがその戦いに負ければ……こちらが一気に総崩れとなるのは避けられない。
何か、手を打たなければ。
「ふふふ、魔王様……あたしにいい考えがあるよ」
「なんじゃキュバース。唐突に」
俺も、魔王様も、シェイドヌークも。
恐らくは同じことを思い、思案に顔を曇らせているところへ掛けられたキュバースからの声。
余裕からなのか、それとも本当に妙案があるのか。
妖艶な笑みを浮かべ前に出たキュバースを、訝しげに見つめながら問う魔王様。
「一瞬で城門の戦をひっくり返す、最高の作戦だよ」
「……聞かせてみよ」
勿体ぶるように言うキュバースに、ため息を一つ吐き出してから魔王様が訊ねる。
「簡単さ。あたしがその女騎士に不意討ちをかけるのさ」
そして出てきたのは、あまりにも卑劣で、そして魔族らしいと言える、シンプルな策だった。